INTERVIEW

【Identify Me vol.01】写真家・金サジ

ART PHOTOGRAPH 2020.04.15 Written By 堤 大樹

自分のアイデンティティがどんなものか、言葉にすることが以前に増して難しい時代だ。これまで国や民族、時には所属する企業を依り代に語られることが多かったそれは、技術の発達とともに人や情報の流動性が爆発的に高まり、随分と頼りないものになってしまった。この変化が近年「なんとなく不安だ」と感じてしまう人を増加させた要因のひとつではないかと思う。

 

私たちはどうやったって不確実で曖昧な社会で生きていかなければいけない。では誰に、そしてどのようにその手がかりを得ればよいのだろうか?そのヒントは表現者にあるのではないかと思う。音楽でも映像でもアートでもパフォーミングでも、どんなものでもいい。表現者は自己を深く見つめ、対話を重ねることで社会との関わりを手探りで模索してきた人たちだ。そんな彼らにインタビューを行うことで、今を生きる私たちの輪郭をとらえるヒントを得られたらと思う。

 

最初に取材を行ったのは関西を中心に活動する写真家の金サジ。在日韓国人の三世である彼女は、1981年に日本で生まれ育った。 自身の体験や記憶を織り交ぜた神話的な作品『物語シリーズ』でいくつかの個展を開催し、2016年に「キャノン写真新世紀」でグランプリを受賞。近年は活躍のフィールドを大きく広げつつある。まさに「清濁をあわせ呑む」という言葉がふさわしい作品を、写真で表現している彼女にアイデンティティとはなにかを尋ねた。

金サジ:プロフィール

1981年生まれ。写真家。

最近、京都の<THEATRE E9 KYOTO>の劇場空間にて個展『白の虹 アルの炎』を開催した。これまで参加してきた展覧会に『2014年度釜山ビエンナーレ アジアンキュレイトリアル展』、『Voca展2020』など。2020年度中に写真家の麥生田兵吾と共に京都に共同スタジオを設立予定。

作品:「物語」シリーズ

体験するために、DNAが刻まれた自分の身体の反応に素直になること

──

まず、ご自身の作品について教えてください。先日、2020年1月に<THEATRE E9 KYOTO>で行われていた『白の虹 アルの炎』は強烈な体験でした。あの空間だけ、日本、京都という空間から切り離された神殿のような非日常が映し出されていた。でも題材は日常に根ざしているものにもフォーカスされていましたよね。

『白の虹 アルの炎』展示風景
金サジ(以下:サジ)

展覧会で展示していた「物語」シリーズは、自分の日本で生まれ育った経験をコラージュして、創世神話として写真に撮り起こしています。神話のイメージを浮かべた時に、自分の中から出てくるビジュアルは西洋絵画にインスピレーションを受けている部分が大きい。日本に住んでいると、宗教絵画って西洋のものばかり見ているなって思うの。

──

言われてみれば確かに……、僕も神話と言われると西洋の絵画のイメージが思い浮かぶかもしれません。

サジ

でもビジュアル以外の面で言えば、日本での体験が反映されていて。熊の作品とかがわかりやすいんだけど、闇の中からぼうっと浮き上がってる光のイメージがある。私は生まれも育ちも京都なんだけど、この街は光と闇がはっきりしているなと思うところがあって、その感性は日本では伝統的な舞台や儀式として生活の中に表現されてきた。それがさっき言った西洋絵画的なビジュアルと混ざっているんだと思う。

──

サジさんという器を通じて、様々なものが混じっていますね。

サジ

私の作品は実体験の中で自分がリアリティを持ったものをミックスして、創りあげたシチュエーションを写真に撮っているから。そのためにまずは、最初の体験の段階で知識から入らないようにすることを大切にしていています。例えば、なにかお祭りを見に行く時、「この祭りで神様に献上するものはなにか」「太鼓のリズムがどんなものか」「祭りの儀式の意味」といった知識を取り払い、先入観がない状態で参加するようにしている。

──

それはなぜですか?

サジ

これまでに得た知識ではわからないものに出会った時に、まず身体が反応をすることを感じるようにするため。例えば、「サブイボがたつ」みたいなものって、私たちの身体のDNAが反応しているんじゃないかなと思う。遠い遠い自分の先祖がどこかで感じたものや、体験していたものが体に残っていて、反応しているんじゃないかって。 今、私がここにいるのは、先祖のDNAが運良く繋がってできたものはずだから。

──

実体験について、そこまで考えたことがなかったです。でも年を取ると知識から入りがちではないですか?事実、生きていると知っていることは増えていくので。

サジ

知識があってもいいんだけど、一度それを置いて体験するというのがとても大切だと思う。大学に行ってアカデミックな教育を受けると、知識を蓄えることが前提になってしまう。もちろんそれも大切なことなんだけど、私はその状態がすごくしんどかったし、息苦しかった。知識からものを見ると、目の前の事象を、目に映しているだけような気持ちになった。「身体から飛び込んでいく」というのは、全く別の体験なんです。

──

それは小さな頃から培われたものなのでしょうか?

サジ

研究生の時に踊りを習ったことが大きい。身体を動かすことそのものや、感じたものを身体の内側まで取り入れることは、普段から意識していないとできないことだと思う。今は情報がたくさんある時代だから、情報、知識の量の多さに全てを受け止めた気になってしまうよね。表面上だけでしか受け止めていないはずなのに。

──

私も普段から情報を多く扱うので、耳の痛い話です。

サジ

今の時代の人は賢いから、表面上だけで情報を受け止めるというのは、自分を守る手段が自然と身についているってことだとも思うよ。「この辺で止めておこう」って。私は情報の取り入れ方の制御の仕方が分からなくて、いつも寝込んじゃう。

──

制御ですか?

サジ

嫌なニュースを見て、落ち込む人っているじゃない。私もそうで、「そんなに落ち込んでいてどうするの」とか周囲の人に言われることもある。でも制御しないといけないと思うのと同時に、嫌だったりネガティブな感情にどっぷり浸かってしまう。しんどいものに対峙した時って自分自身の素がすごく出るから、耐えられないこともある。でも自分はこれを受け入れるしかないって思っている。このことは自分自身に素直になるために必要なこと。こういった自分の負の内面にしっかり向き合うというのも大事なことだと考えている。

──

それが自分に向き合って対話するってことですね。嫌な感情になる理由や、その背景まで自分のポジションやスタンスを含めてしっかりと理解するというか。

サジ

文化とか情報に触れるって、決していいことだけじゃないんだよね。 例えばお祭りって表から見るととても華やかなものだけど、裏を見ると地域の共同体のドロドロしたものが集結していたりする。それを見てお祭りが嫌いになるんじゃなくて、これがあるからこの華やかな部分があること、その共同体がどうやって成立しているかを理解する。体験ってそういうことなんじゃないかな。その端っこみたいなものでも感じられたら、いいんだよ。

──

そういったものへの向き合い方は作品にどう影響を与えますか。

サジ

それに向き合えなかった時っていうのは作品が作れなかった時で、作っているふりをしていたような状態。作品を作ることが全てではないのだけど、自分が生きてることに対して正直になっていないなって感じてた。 肉体を持って生まれてきたのに自分がそれを無視してた、みたいな。生きるって行為は身体と、 あるかわからないけど魂みたいなものが合わさって成立している。バランスが大切なんだよねきっと。

自分が体験してきた文化は真実

──

卒業された成安造形大学から2017年にインタビューを受けている記事の中で、「釜山トリエンナーレで評価をされた」ということが書いてありました。ひとつの転換点だと思うのですが、その時はご自身のアイデンティティについてどのような感覚で制作を行っていたんでしょうか。

サジ

私はどう頑張っても韓国人になれないって昔から思ってた。当然のことながら言葉を話せないという時点でなれない。 言葉というのは人の民族性や文化を反映するものとして基本になるものだと考えている。例えばアメリカ人ってイエスやノーをはっきり言うでしょ。でも日本人が勉強して英語を喋れても、すぐにその性格にはなれないじゃない。

──

おっしゃるとおりだと思います。

サジ

私は韓国で育っていないし、 メディアの情報を拾うにも限界がある。そして日本育ちの人間であるってことは、どうあがいても抜けられない。でもその中で小さい頃から食卓にはキムチが出てきていたとか、 おばあちゃんが悪口を言う時に韓国語になるとかそういったものは体験してきてる。自分が体験してきた生活の中に密かに在った文化、それは真実だと思う。だから、それをそのまま出したものが評価してもらえたのは嬉しかったな。

サジ

昔、「韓国の人から自分の存在を認めてもらえないんだな」って感じてすごく落ち込んだことがある。でも韓国で作品が認められたことはすごく可能性を感じた。何かあるんじゃないかって。別に韓国人になりたいわけじゃない。でも韓国のことを知らない劣等感に囚われていた自分が開放されるための糸口が見つかったんだと思う。

──

サジさんが自身のルーツを意識した瞬間って最初は何でしたか?

サジ

幼少の頃にお母さんと一緒にテレビを見ていて、アメリカの俳優さんが色白金髪青い目で、それを見て私が「外国人ってかっこいいよね」ってお母さんに言った時かな。「あんたも外人やで」ってポロッと言われたのが最初。家の生活は韓国式と日本式が混ざっていた。見た目も日本人とほとんど変わらないから。あまりにもそれが普通で自分のルーツが海外にあるとは考えたこともなかった。

──

小さい頃は家の生活以外に比較対象がないですもんね。

サジ

そうそう。そして子どもって見た目で全部判断するでしょ?だからその時自分が外国人だと言われても、意味が分からなかった。うちは日本語だけを喋って、日常的に日本のメディアに囲まれていたから、急に「あなたは韓国人です」と言われてもなかなか理解できないよね。

──

それ以降にもご自身のルーツを意識するタイミングはありましたか?

サジ

国が発行する外国人登録証明書(※現在は「特別永住者証明書」)みたいなものとか、パスポートを見た時かな。ハングルで書かれている自分の名前を見て、「誰これ……?」みたいな。あと本籍の住所があって、行ったこともない韓国の住所が自分の本籍地になっているのね。「どこ……?」みたいな(笑)。国から発行される証明書で、初めて自分の社会的存在が明かされるっていう現象が起きる 。自分では全く認識していないことなのに。

サジ

証明書は数年ごとに更新が必要。日本に住んでいることをナチュラルにするためには帰化しなけきゃいけないんだけど、そのためには面接があったり、身内の経歴を調べられたり、 韓国の住民票を取り寄せたりしなきゃいけなくて。 韓国からの書類の翻訳も自分でしないといけないから結構大変。私のような在日コリアンの人たちは 未だに自分のルーツ、歴史を封印してしまう人も多いし、日本人に帰化したいけどできない人も多いみたい。私の世代や両親の世代は特に多いと思う。

──

ご両親の世代の気持ちもわかる気がしますよ。僕も明日から「国籍だけ、アメリカだから」と言われてもスッとは受け入れられない気がします。自分はなにも変わっていないのに。

サジ

私がこの前リサーチで訪れたサハリンでは、みんなロシア人なんだけど民族のアイデンティティは別に持っているのが面白かった。国籍はロシアだけど、自分達の民族が変わるという認識はないんだよね。ソ連時代から行われてきた政策の中で、内部分裂が起きないように民族やその文化を大事にしてきた。だから昔のロシアのパスポートには、国籍と民族を書く欄がちゃんとある。(※現在のロシアのパスポートは国籍のみ)私がサハリンに行って興味深かったのはそういった部分。

──

ロシアは国土も広いですし、今でも200近い民族や多くの自治区を抱えていますもんね。サハリンにはロシア人以外にも朝鮮人、ウクライナ人、タタール人、ベラルーシ人、日本人も含め多種多様な民族が集まっている。サハリンでは韓国系で日本在住の方々と違いを感じましたか?

サジ

私はこれまでに在日コリアンの一世や二世の方と関わってきたけど、多くの人は自分の帰属する国が変わると民族のアイデンティティそのものを失ってしまうと感じている人がいるように思う。でも私たちの世代(三世)は生まれた時から日本にいるから、正直そこにこだわりを持っている人の気持ちが全部わかるわけじゃない。その理解の出来なさ、が自分の中の罪悪感としてもある。

 

サハリンでもこれまで嫌なことがたくさんあったはずだけど、少数民族やコリアンの人たちが「国籍はロシアだよ」、と清々しく言えることが本当に不思議だった。これは民族や国籍にこだわっていないってことで、自分というアイデンティティに向き合いながら進んでる感じがいいよね。

サハリンでの写真

──

多くの人が今落ち着かいない理由って、アイデンティティが国とか民族とかなにか一つの言葉でおさまると思っているからなのかもしれないですね。でもそんなものは本当はなくて、常に自分で対話してバランスをとり続けなきゃいけないものだったりして。

サジ

そうだね。もうひとつサハリンに行った時に面白かったのは、市役所みたいなところに民族保護課みたいなのがあるんだよね。 各民族が何人いるか統計を取っていたり、国を挙げて文化的な保護をやっている。そして民族保護課のリーダーはウィルタ族の女性。自分の母親がウィルタの言葉を使っていて、自分はウィルタ語を話せないけれど、それでも言葉や文化を残すんだと言っていた。

 

民族や文化の保護という表面上の言葉だけではなく、国家が「一人」を「一人」として認識している。 この認識されているっていうのがとても大事なことじゃないかと思うんだよね。だからサハリンでの取り組みは、とても意義がある。

私は自分自身の神話をつくることで、自分のアイデンティティを生み出すという意思表示をした

──

サジさんは自身のルーツに関する話を、周囲の方にすることに抵抗はありませんでしたか?

サジ

私は自分のルーツを認識し始めた時に、人にあまり話さなかった。三世であり、日本人のアイデンティティも持っている私には、植民地支配の歴史のある日本が、コリアンに対して持つ、歴史的な後ろめたさも理解できるから、自分の活動が、誰かを傷つけてしまう可能性もあるんじゃないかと考えていた。在日コリアンの私が自分自身のルーツのことを話すことは、誰かを追い詰めてしまう可能性にもなるのではないかって。逆に堤さんそこはどうですか?今はミックスも増えてすごくナチュラルに歴史の話がしやすい世代になったけど。

──

相手を傷つけてしまうかもしれないという意識から、僕からは切り出せないかも知れないですね。そんなサジさんはいつから自分のルーツに向き合えるようになったのでしょうか?

サジ

私の場合は、「金サジ」って名前を使うと決めたことが大きくて。踊りを始めた時に「名前なんて言うの?」っていうやり取りをして、 師匠に本名の「金沙織」を伝えたら、「金サジだね」って言われた。その音がめっちゃ好きで、直感で 自分はこれからこの名前で生きていくんだって感じた。それまで沙織って名前があまり好きじゃなかったんだけど、人から自分の名前を呼ばれることがうれしいっていう感情が初めて芽生えた気がする。 人に自分を認めてもらった感じがした。

──

これも最初にお話いただいた、身体が反応するもののひとつだったんでしょうね。

サジ

ルーツって一本筋のものだけじゃないと考えているし、人間ってもっと複雑なレイヤーでできているように思う。私たちの体を作っているDNAの中にはそれこそ世界を一周して出来上がっているものがあるかもしれないし、自分の先祖はいろんなところを通ってたくさんのものに出会ってきているはず。その身体の記憶の感覚に素直になれば海を越えても自分と身近に感じられるものにたくさん出会えるんじゃないかな。

──

サジさんの作品が、多くの方を惹きつける理由が少しわかったような気がします。国や民族、そして様々な知識を超えた先にあるもので繋がっているのかもしれませんね。

サジ

私の『物語シリーズ』っていうのがなぜ創世神話になったかっていうと、どの民族にも文化を形成するにあたって創世神話があるから。今現存してる国家や民族の中に私のアイデンティティは見つけられないけど、 私は自分自身の神話をつくることで、自分の故郷のようなものを産むという一種の意思表示みたいなものがあった。地球の上に立つというか。

──

今後も同じテーマで制作を続けられるんですか。

サジ

「物語」シリーズは、日本国内だけにいた自分が作り出した作品だから、もうすぐ完結させたいと思っていて。 日本で生まれ育ったディアスポラの自分が作った、自分個人の世界のような。最近、海外に行くようになって視野が広がってきた。日本の持っている特殊性を客観的に見ることができるし、前とは少し違う景色に見える。

──

次にどこかへ行かれる予定はありますか?

サジ

ドイツに行きたい。移民を多く受け入れた国だから気になっている。サハリンにもまた行きたいと思っていて。その場所で自分がどう感じるのかっていうことが知りたい。作品はその結果生まれるもので、 次に自分から何が出てくるかも楽しみなんだよね。時間がかかるタイプだからすぐにはできないと思うけど。

──

最初におっしゃっていた身体と魂が合わさって動けているということですね。

サジ

私、10代とか子どもの頃の記憶が全然なくて。 きっと物事に対して素直じゃなかったんだと思う。正直に生きていなかったのかも(笑)。30代過ぎて、もうすぐ40になるんだけどようやくいろんなものに対する好奇心が芽生えてきて、思春期が今ぐらいの勢い。ようやく生き方がわかるようになってきた。今すごく楽しい。

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