COLUMN

【本の連載】自分とは別の「私」をさがして – #1 はじめに

身近なカルチャーやアートを通して、社会性・政治性を新たに見出す場をつくるプロジェクト『Candlelight』のアリサさんによる、書評を始めます(月1回の更新を予定)。独立系出版社から発行されている書籍やzineの中から“自分とは別の「私」が生きている本”をテーマに選書と文章を寄せていただくこの連載。第1回目となる今回はなぜこのテーマを取り上げたかというイントロダクションです。

BOOKS 2026.02.19 Written By アリサ

まず先に「私」がただ生きていることのすさまじさを

生み落とされることを望んだり悩んだりする間もなく、気づいたときには生かされている。私は、私が知らないうちに生まれてしまった。それなのに「私は私でしかない」なんてどういうことなのだろう。

 

幼稚園にあがってすぐの頃、近所の小道を母と歩いていたとき、「今見ているものは私にしかほんとうじゃないんだ」とふと気づいてしまった。私が見ている世界の形を、そのまま正しく誰かに共有することが永遠にできないという事実に小さな恐怖を覚えた。その恐怖からか、自分の姿を肉眼で確かめたくなって、目ん玉がひっくり返りそうになった。実際に目ん玉はひっくり返らないので、たぶんちょっとだけ白目をしていた。

 

私、私、私……。つい、私だけで精一杯になってしまう。人がひとり生きているというのは、そのくらい底抜けに不可思議なことだから無理もない。

 

ただ、また別の「私」がこの世界には無数にいる。

 

たとえばそれらを「他者」と呼びきってしまえば、「私か、他者か」にきれいさっぱり二分できた感覚に陥りそうになる。

 

もちろん、他者という考え方自体は悪いものじゃない。人と人が尊重しあえる距離を見つけたり、到底理解しようのない自分以外に対する敬意を示したりするために、とても大事なものだと思う。

 

だが、その「他者」と呼ぶものもそれぞれに「私」を重たく抱えているという事実を、もう一度思い出さなくてはいけない気がする。一つのラベルで集約することはできない、固有の生が自分の外にもあることを、他者ということばは時々覆い隠してしまう感じがするのだ。

 

だから、自分が唯一無二であることは揺らがない一方で、私だけが「私」じゃないんだという実感をふたたび掘り起こしたいと思う。

 

そして、無数の「私」を見ようとすることをおざなりにしたまま、「社会とは……」と、もやがかった大きなことばだけでせっせと論じることの快感も同時に手放すように努めてみたい。社会を成立させるためでも、論じるためでもなく、ましてや国なんてもののためでは決してなく、「私」はまずはじめに、ただただ生きてしまっているということを思い出したい。

 

無数の「私」が生きているというすさまじさを、そしてそれぞれに重たくて大きすぎる命を尊ぶことを出発点にして、じわりじわりと社会に手を伸ばしてみたいのだ。

無数の「私」のことばを本に見つける

幼少期の小さな恐怖が、心の深いところにコロンと小石のように転がったまま大人になった私は『Candlelight』というプロジェクトをパートナーの廣松と2023年にはじめた。

 

「身近なカルチャーやアートを通して、社会性・政治性を新たに見出す場をつくるプロジェクト」という大それた説明をすることもあるが、『Candlelight』は言ってしまえば、世界と自分をどうにか繋ぎとめようとする私たちの命の叫びみたいなものだった。

 

もうすでに生まれてしまっているのに、なぜこの社会はこんなにも命が痛むのか、疑問は押し込めても次々と湧き出るばかりで身体にまとわりつき、気づいたら場を開いていた。

 

元々トークやライブを行うイベントという形で活動をしていたが、場を開くことは固有の「私」の語りが無数に集まることでもあり、語りが集まると本のある場所に導かれていくという不思議な連鎖があった。そして今年の2月、自分たちの本屋〈小さな本屋 Candlelight〉をオープンした。

〈小さな本屋 Candlelight〉の内観。店としては開業したばかりだが、『Candlelight』の活動の軌跡が感じられる空間となっている。(撮影:澁谷萌夏)
〈小さな本屋 Candlelight〉の外観。今回、店のために新しくしつらえたロゴがささやかにお客様を歓迎する。(ロゴデザイン・撮影:澁谷萌夏)

前置きが長くなってしまったが、そんなふうにして本に囲まれる日々をはじめようとしている最中、ANTENNAの峯さんにお声がけいただき連載をしてみようということになった。

 

「他者」とも呼び難く、「社会」という主語のみでは語ることのできない、“自分とは別の「私」が生きている本”を、来月から毎月1冊読み直してみる。

 

インディペンデントな活動に目を向けてきたANTENNAの精神性にもとづいて、本は独立系出版社かzineとして出されたものから選ぶことにした。「私」が生きている本ということでエッセイや日記のようなものが多くなりそうだが、いわゆる書籍ジャンルでひとまとめにくくってしまわず、本のなかにある「それ」としか言いようがない個別具体バラバラの経験から溢れることばを見つけてみたいと思う。

 

そして、これから本のなかへ無数の「私」のことばを見つけに出かける自分もまた、ある一人の小さな「私」でしかないので、派手なことも真新しいことも何も言えないかもしれない。

 

そんな書評を誰が読んでくれるんだ、と縮こまりそうになるのをぐっと押さえる。どんなに小さな「私」だったとしても、いやだからこそ、語りはじめることができるのだと信じてやってみたいから。

(予告)次回読む本:『わたくしがYES』松橋裕一郎(少年アヤ)

小さな本屋 Candlelight

営業時間:13:00~20:00 火曜日・木曜日定休

住所:東京都杉並区成田東5-35-7 白い家西店舗

(丸の内線 南阿佐ヶ谷駅から徒歩4分 / JR 阿佐ヶ谷駅から徒歩11分)

 

Google Map:https://maps.app.goo.gl/9A1keaGEdAQ9Mjaz6

Instagram:@_candlelight_pj_

WRITER

LATEST POSTS

COLUMN
【本の連載】自分とは別の「私」をさがして – #1 はじめに

身近なカルチャーやアートを通して、社会性・政治性を新たに見出す場をつくるプロジェクト『Candlel…

COLUMN
kiss the gambler、私はなぜ韓国のことが知りたいの? – 第3回 自分の曲を韓国語で歌ってみよう

シンガーソングライター、かなふぁんによるプロジェクトkiss the gamblerがお届けする短期…

COLUMN
【2026年2月】今、東日本のライブハウス店長・ブッカーが注目しているイベント

「東日本のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「熱いイベントはどこでやっ…

INTERVIEW
「美醜の感覚」が交差する奇跡を、原田美桜は求め続ける-猫戦『ジンジャー・キャット・アプリシエーション』

原田美桜(Vo / 作詞作曲)、澤井悠人(Ba)によるバンド・猫戦が2月2日に2ndアルバム『ジンジ…

REPORT
文化センターに灯る熱のありか-円盤 Peninsula企画『in the offing』ライブレポート

2026年1月12日(月・祝)に栃木県小山市の〈小山市立文化センター小ホール〉にて、小山市唯一の中古…