INTERVIEW

生音が鳴らない街のレコード屋 〈円盤 Peninsula〉があげる「好き」の狼煙

〈円盤 Peninsula(ディスク ペニンシュラ)〉は、栃木県小山市では街で唯一のレコード屋だ。ここ数年、街で数を減らす一方のレコード屋だが、お店を始めたのはなんと4年前の2021年。「やりたくないことはやりたくない」、でも将来を見据えた大きな打算があるわけでもない。そんな素直な言葉に「商売」の枠にとらわれない「いち音楽リスナー」としての店主・岡凜朗さんの生き方が見えてきた。

 

 

MUSIC 2025.05.28 Written By 青木 里紗

宇都宮市に次いで栃木県で2番目に人口の多い小山市は、栃木県の南部に位置する。新幹線の停車駅があり、都心までは在来線でも1時間半~2時間程度で移動できる他、群馬と茨城にもつながる交通の要所ともいえる街だ。東京方面からの移住者も近年増え、ベッドタウンとしての認知は高まってきているが、そこに文化的な遊び場が数多くあるとはなかなか言いづらい。

 

そんな場所に、街唯一の中古レコード屋〈円盤 Peninsula〉はある。バンドが全国ツアーで立ち寄るようなライブハウスは一軒もなく音楽との縁は程遠い小山市で、2021年の大学卒業と同時にお店を立ち上げたのが岡凜朗さんだ。店内に所狭しと並ぶ中古レコードと中古CDは、どんな人の興味やニーズにも応える豊富な品揃え。その一方で新譜のラインナップからは、岡さんの興味関心や嗜好が伺える。

 

なぜ、率直に言ってしまえば「たくさんのお客さんが来る」とは思えないこの土地で、彼は中古レコード屋を始めたのか。話を聞いていると、「好きなこと以外、仕事にできない」、「ただ、自分が知らない音楽をもっと知りたい」、「音楽好きな友達が欲しい」といった一人の音楽リスナーとしての素直な気持ちが伝わってきた。

写真:Daisuke Murakami

働くなら、少しでも興味のあることがいい。そこで浮かんだレコード屋

──

まず岡さんが音楽にハマったきっかけを教えてください。

幼稚園とか小学校低学年の時に、親が車の中で流していたB’zを聴いて好きになったことが最初ですね。小学校高学年の時に、YouTubeでB’zを聴いていたら「この曲はLed Zeppelinに似てる」みたいなコメントが書かれているのを読んで。子供ながらにそんなに似てるのかな?って気になって、原曲を検索することでどんどんといろんなアーティストにハマりました。あとは父親も昔ハードロックとかメタルが好きで、そのCDが家に残ってたんですよ。Aerosmith、Bon Jovi、Skid Rowとかも聴くようになって。

──

その中で特に影響を受けたものはありますか?

メタルですかね。自分で初めて買った新品のCDがSLAYERっていうスラッシュメタルのバンドの6枚目で(『Divine Intervention』 / 1994年発表)。アートワークとか音の迫力も含めて他のバンドよりエクストリームだし、なんか怖い!っていう衝撃が強く残ってるんです。

──

とっつきづらいな、と思ったりもしそうですが。

いや、でも怖いもの見たさってあるじゃないですか。例えばホラーとかもそう。あとは当時思春期だったんで、こんな怖い音楽を聴いたり知ってるのって俺しかいないんじゃないか、っていう変な優越感みたいなのもあったし(笑)

──

周りの人とは違う音楽を聴いてる、知ってるぞっていう。

うん。そういう気持ちもあってのめりこんでいきましたね。

──

レコードに触れるようになったきっかけは?

自分が高校に入ったタイミングで、父親が「これがレコードだぞ」って昔買ったものを引っ張り出して見せてくれたんです。当時は家にプレーヤーがなくて聴けなかったんですけど、高校3年の時に父親が家にオーディオ部屋を作りだしてレコードプレーヤーを新調して。そこから自分も家にあるレコードを聴き始めました。

──

実際にレコードを聴いた時はどう感じましたか?

「わ、これがレコードか」っていう感じ。もちろんこの作品はレコードで聴くべきかもとか、CDよりレコードで聴く方が低音がちょっとよく聴こえる、みたいに違いを感じることはありました。だけどそういうところに興奮はしなかったですね。これでレコードでもCDでもどちらでも聴けるぞ!っていう喜びが強かった。でも地元の秋田県大仙市はレコード屋がなかったので、本格的にレコードを買い始めたのは大学進学を機に宇都宮に来てからでした。

──

そこから今のお店を持とうと思ったのはどういうきっかけなんですか?

大学4年になって就活してたんですけど、別にやりたい仕事もなかったですし、働きたくもない。(就職するのが)嫌だなと思って(笑)。それに内定も全然出ない。どうせ働くんだったらちょっとでも興味のあることをやった方がいいんじゃないかな、って思った時に浮かんだのがレコード屋でした。すぐに決断できたわけじゃないけど、これくらいお金を貯めればいけるかな、とか当時の自分なりに調べたり考えた結果「できるんじゃないかな」と思えたんですよね。

レコードを買う人が少ないからこそ、一人ひとりのアンテナに引っかかるものを

──

レコードブームと言われる昨今とはいえ、お店の将来性とかリスクを考えた時に不安になりませんでした?

いや、それは今もありますよ(笑)。でも自分の地元の秋田は本当に田舎だからそもそも人だって少ない。それに比べて栃木は人が多いなって感じたし、自分が宇都宮のレコード屋に通っていたからある程度お客さんはいそうだなって予想はついた。でも宇都宮にはすでに何軒かレコード屋がある。ライバルになるわけじゃないですか。そうなったら栃木県内で人口が2番目に多くて東京、群馬、茨城方面にもつながる交通の要衝。かつレコード屋が一軒もない街――小山でやるしかない!って思ったんですよね。実は、物件を探しに来るまで一度も来たことがなかったんですけど(笑)

──

はははは。とはいえ、東京に比べたら小山は大都市と言えないですし、もっと立地的に恵まれた場所はあるわけで。お店をやるうえで、都市部との違いを踏まえて意識していることはありますか?

東京とか違う場所でお店をやったことがないので憶測ではあるんですけど、例えば東京ってレコードが好きな人はたくさんいると思うんです。だからお客さんの取り合いになるだろうなって。そうなると自分のお店で買ってもらう理由がより必要だと思うので、ジャンルに特化したり他店との差別化をより強く意識しないとやっていけないんじゃないかな。大手ショップもありますしね。でも小山はさっき言ったように競合がいない。逆にジャンルに特化したりすると厳しいというか広がらないんじゃないかなって。

──

間口が狭くなる。

レコードを買う人がそもそも少ない中で、関心がある人全員に来てもらうことを考えたら、一人ひとりのアンテナに引っかかるものを取りそろえる必要があると思いますね。

──

だから基本的に60~70年代以降のロックからジャズ、昭和歌謡など国内外問わず幅広いジャンルを扱っているんですね。あと今は実店舗がなくてもお店を持てる時代です。地方にいるからこそオンラインに力を入れてより多くの人に届ける、という選択肢もあると思うのですが。

そこは仕入れの関係もあって、うちはバイヤーとかからではなく一般の方からの買取をメインにしてるんですね。だから実店舗もある方が強いと思ってます。

──

というのは?

例えば家からいらないレコードが出てきて、捨てるのはもったいないから買い取ってもらおうと思ったとする。その時に実店舗があれば直接持ち込んで査定してもらえると考えるじゃないですか。だけどそもそも買取していることを知ってもらうのがまず難しいんですけどね。レコードに興味のない人たちも多いので。これが自分の地元なら友達とか知り合い、家族づてに紹介してもらうこともできるんだろうけど、小山には親戚もプライベートの友達も全然いないんで。お店の宣伝が大変です(笑)

自分がやりたいことと、ニーズがうまく噛み合って利益になっている今

──

そういう苦労もありつつ、逆にレコードに興味のある人たちの反応はどうですか?

やっぱり小山近辺にはレコード屋がないから需要があるんだなって思います。栃木はもちろん、隣の茨城や群馬、埼玉の北部あたりからも来てくれるので。あとレコードを見ていくお客さんが基本は多いですけど、中にはBOOKOFFを除くとうちみたいにCDを置いているところがこの辺にはないから、って中古CDを目当てに来てくれる方もいて。

──

CDが壁一面にぎっしり詰まっていますが、この物量ってレコード屋にしては珍しい気がします。

それは自分でも思いますね。CD棚を潰してレコードを置いた方が利益にはなるんじゃないかなと思うんですけど、レコードと同じくらいCDにも力を入れたいんです。

──

それはどうしてですか?

ジャンルによってはレコードよりもCDの方が取り扱いが多かったり、CDでしか出てない音源もあったりするんですよ。両方聴きたいからどっちもあった方がいいよねって、自然とそうなりました。

──

幅を広げる、という意味では新譜の取り扱いもそうですよね。ラインナップを見るとハードコア、パンク、実験音楽、ノイズあたりが多い印象で。もちろんそれ以外もありますし、品揃えは都度変わると思うのですがどれも岡さんの趣味がそのまま反映されていると感じます。

そうですね。新譜は自分がカッコいいと思ったものしか並べていないです。お店に面白いものを置きたいという気持ちがあって2年くらい前から始めました。今在庫がある作品だと、自主企画のライブに出てもらうmoreruもそうですし、Nina Girassóis & Pauleraっていうブラジル人シンガーとレゲエプロデューサーの共作が特にオススメですね。新譜を置くのって売上はあまり立たないだろうし、費用がかさむだけだと思いましたよ。でもお店の個性にもなると思ったのでやってます。

 

 
 
 
 
 
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──

お話を聞いていると岡さんは、自分のやりたいという気持ちや、興味関心も商売をするうえで大切にしているのかなと。

自分がやりたいと思うことしかできないしやる気が出ないんです

──

でも世間一般的には自分のやりたいことや、好きなことを仕事や商売にするのは難しいと言われる部分もあって。それでも自分の気持ちにウソなく、やりたいことを事業として形にできるのはどうしてなんでしょうか?

単純にこれだけで生活してるんで、お店を動かさないと生計が立たないっていうのが一番にありますね。あと今はすごく運がいいんですよ。例えば中古CDが一ヶ月に5,000円分くらいしか売れない。それがずっと続いていたら、CD棚をなくしてレコードだけ置くかもしれなくて。でも今はCDも買ってくれる人がいて多少の利益にはなっている。だから自分の好きな形で続けられる。そうやって今は自分がやりたくてやったことがお客さんのニーズとうまく噛み合って利益になってるんですね。それに最初から諦めている部分もあるんです。

──

諦めている部分?

例えばさっき言った新譜は、利益にならないって最初からわかってる。だからその分は別の中古レコードで補う。正直に言うとあまり興味が持てない音源もあるんです。でも、お客さんが欲しいだろうなと思ったら置きます。やっぱり売上も必要だから。お客さんはこういうものを求めてるんだな、って自分が予想していたのとギャップがあったりもしますけど、そこも含めてうまくバランス取ってやってます。

 

──

置きたいものと、求められるものの間でバランスを取ること自体は楽しめていますか?

基本的に音楽だったらどのジャンルにも興味は持てるので楽しいです。その中でどうしても興味が強くあるのとそうじゃないものは出てきてしまうけど、うちは買取メインで仕入れているから、その中で知らなかった音楽や作品に出会えることがあって。面白いんですよね。「うわ、きた!何これ!」みたいな。だから買取がいちばん好きだし、買取が楽しくなくなったらお店を辞めるかもしれない。

 

音楽が好きな人、面白い人たちに出会いたい

──

今度、自主企画でライブイベントを行うそうですが、こちらはどういったモチベーションで行うんでしょうか?

これは単純に、自分が音楽好きな人たちと出会いたくて企画しました(笑)。レコード屋をやっていれば自然とそういう人たちがどんどん集まって友達も増えるのかなと思ったんですけど、まだまだなんですよね。ライブハウスもあればそこで新しい出会いがあるかもしれないけど、小山にはライブハウスがない。だったら自分でライブイベントを開催しようと思って。

──

今回、出演者はどういう基準で選ばれているんでしょうか?

moreruはうちで新譜を扱っていますし、自分も好きで彼らの企画に遊びに行ったり逆にメンバーがお店に来てくれたこともあったんですよ。もとから交流があったのと、そもそも栃木で観れる機会もないので声をかけました。DJのirnaとdagrassの2人も、以前観たことがあって今回のイベントにもマッチするなと思ったし、東京のイベントでもなかなかこの組み合わせはないと思って呼びました。

──

場所は小山の文化センターです。

お店は小山にあるしこの近隣で友達を作りたかったので、ライブハウスがなくても小山でやろうって決めてました。ほんとに、初めてのイベントなのでどうなるかわからないですけど。

──

面白い一日になりそうですね。そういう取り組みを通して小山にもっと根付いて、このお店から新しいコミュニティやカルチャーを作りたい、みたいな気持ちはあったりしますか?

それはほぼないですねもちろん商売をやる上で街に根付く必要はあるし、もっといろんな人にお店を知ってもらいたいとは思いますよ。でも小山のカルチャーを作りたいかと言われたら……申し訳ないですけどほぼない。とにかく自分の周りに面白い人がいてほしい。友達が欲しい。だからお店とかイベントをやるのも突き詰めると自分のためです。

──

自分がワクワクしたり興味を持って楽しめるかが大事。

お金も欲しいですけど、例えばめっちゃ稼いでフェラーリに乗りたいとかそういう欲求は全然ないんで。だから利益のためにこうした方が絶対にいいんだろうとわかっても、自分が興味を持てないならやらないしできない。だから周りから見るとやりたいことやってんな、って映るのかもしれないですね。

──

そういう今の岡さんの、好きなことをやり続けるんだ、というスタンスに共鳴して人がまた集まってくる気がします。

だとしたら嬉しいですけどね。今年の6月でお店を始めて丸4年ですけど、これからも音楽好きな人、面白い人がお店に来てくれたらいいなって思っているし出会いたいんです。そのためにもまだ小山で続けるつもりなんで。

好きなことを仕事にする。一見シンプルな発想だが将来性がどうだ、社会に役立つのか――そういったことも世間一般的に論じられがちだからこそ、岡さんの商売に対する向き合い方にはハッとさせられる。もちろん好きなことをやるうえで制約が出てくる部分もあるはずだ。それでもやりたいことをやり続ける、という真っ直ぐな思いを貫く姿勢は、やがて誰かの「好き」という気持ちを後押しし、それを商いに重ねるヒントになるのかもしれない。

円盤 Peninsula

住所

〒323-0022 栃木県小山市駅東通り3丁目31−9 エムジャパン コーポ102

営業時間

12:30~20:00

定休日

金曜(祝日の場合は営業)

SNS 

Instagram 

 

X 

オンラインショップ 

https://enbanhanto.base.shop/

ライブイベント『in the offing』

詳細はこちら👉️

https://antenna-mag.com/post-76784/

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