
【本の連載】自分とは別の「私」をさがして – #2『わたくしがYES』
身近なカルチャーやアートを通して、社会性・政治性を新たに見出す場をつくるプロジェクト『Candlelight』のアリサさんによる、書評連載(月1回の更新を予定)。独立系出版社から発行されている書籍やzineの中から“自分とは別の「私」が生きている本”をテーマに選書と文章を寄せていただきます。第2回目となる今回から本編スタート。『わたくしがYES』(著 松橋裕一郎 / rn press)をご紹介します。
「本当の自分」を思い出す、少年アヤが本名で発表した一冊
『わたくしがYES』ってタイトルだけでは意味がわからないかもしれないけど、必ずあなたにも響く本だからとにかく読んでみて。そんなふうにこの一冊を、相手も選ばず至るところでおすすめしている。本書は普段東京で生活している作者が、久々に帰ったふるさとで1ヶ月ほどを家族と過ごしながら、だんだんと萎んでいくおじいちゃんの命を見つめる様子を描いたエッセイ作品だ。
今20代後半の自分は、祖父母の死をどのように受けとめるかという話題を身の回りの友人と共有することも増えてきているし、死に向かう過程や死そのものへの戸惑いと関心は、多くの人の中に共通してあるものだと思う。だから身近な人の命のゆらめきをありありと描き出す作者のことばがみんなに届いたらと、心から願って紹介してきた。この連載タイトルの通り、まさに自分とは別の「私」の生身の姿を知ることができるすばらしい作品だ。
だけど白状すると、私は本当の意味でこの本がみんなに届くことを願っているわけじゃないかもしれない。本当は「みんな」にこれがわかってたまるか、とすら思っている。なぜなら、『わたくしがYES』はまぎれもないノンバイナリーの物語だからだ。そして、私はそれをある一人のノンバイナリーとして読んでいるからだ。
冒頭、作者は自身がこれまで感じてきたジェンダー・セクシュアリティにまつわる混乱と変遷を語る。
「わたしはなにでもなくここに発生して、だいたいの時間を混乱しながら過ごしてきた」
「わたしにとってなにでもないということは、けっして人前には現れない、けれどしっかりと握りしめている必要のある、透明な石のようなものだった。そしてそれを、だいじにしていてすみません、捨てられなくてすみませんと、背中をまるめていなくてはいけない事実だった」
本書より引用
少し話が逸れるが、「ジェンダー」が最近はとうとう流行言葉みたいに使われてしまっている。「ジェンダー的にそのほうがいいってこと?」なんて目の前で言われてしまうと、体内をふつふつとした怒りが駆け巡る。それを表にあらわさないように我慢するも、頭のてっぺんから湯気がぷしゅぅと弱々しく噴き出てしまう。「ジェンダー的に」というスカスカの音を出すしかなかったあなた個人を責め立てる気はないのだけど、男とか女とか異性愛とかっていう、社会にあらかじめ用意されたことばにハマれなかった者たちにとって、性をめぐる惑いは、そのくらい常に自分の存在そのものを揺るがすものなのだ。
だから、本書の冒頭をはじめて読んだ瞬間から、私はこの本を大切にしなくてはならないと直感的にわかった。ここに書かれている「透明の石」は、美しいファンタジーや比喩とはちょっと違う。事実として、確かに私の手の中にもある。それがあるということを誰も教えてくれなかったけど、もうずっと長い間、すでに握りしめていたことを、自分とは別の「私」が語ってくれることで思い出すことができた。
借り物のことばたちよ、またいつか
「ほんとは、ノンバイナリーとさえ言いたくない」
「だってなにでもないのだから」
本書より引用
このようにも作者は語る。心の中で思っていても、なんだかみんなに見える場所では言ってはいけないような気がしていたことだった。「ノンバイナリー」ということばを確立させるまでにもたくさんのたたかいがあったことを想像すると、そのたたかいのおかげでひょいっと救われたラッキーな自分がそんなことを言うのは申し訳ないと思った。でも、日本語しか喋らない自分の口には馴染まない、カタカナの響きをつくりなおすとしたら……。「なにでもない」。まさにそれが私の存在の実態なのだ。
「なにでもない私」を受け容れることは、借り物のことばの方に自分を調整することよりも、時に厳しさを伴う。この命がなにでもなくここに存在しているということは、頼りなく心細い。ことばで包んであげることさえできなくて、命が、存在が、あまりにも鮮烈だ。
だがそれでも、作者はその鮮烈なかがやきを直視する。ときどき逃げたり走り出したりしながら、それでも戻ってきて直視する。自分に対して「なにでもない」ことをゆるした作者は、近しいがゆえについよそ目したくなってしまう家族の命もありのまま見つめるようになっていく。その眼差しがなければ映し出されることのなかった、おじいちゃんのまぶしすぎる命と存在が、語りのなかに立ち現れる。
そしてその語りは、たとえ性的マイノリティでなくても、誰しもが抱えている一つのラベルに集約することができない「私」という宇宙を「YES」と肯定するものなのだ。そういった人間の普遍性にまで到達する作者の語りを讃えると同時に、『わたくしがYES』はやっぱり、どこにも居所がないノンバイナリーたちのためにこそ書かれた本なのだということを、強く主張したいと思う。
わたくしがYES

著者:松橋裕一郎(少年アヤ)
出版社:rn press
発売:2024年10月25日
価格:¥2,200(税込)
Webサイト:https://rnpress.jp/magazine/book/watakushigayes/
内容紹介
ちいさいけどおおきくて
おおきいけどちいさい、
わたしたちの「いのち」について。
少年アヤが本名である「松橋裕一郎」として
初めて書き下ろした「存在」の記録。
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祖父が亡くなるまでの1ヶ月。 家族と、恋人、そして戦争と、いのちに向き合った「存在」の記録。
高校時代から「少年アヤ」を名乗り、19歳で“オカマ“と自称して24歳でやめた。
20代で同性のパートナーと生活を始め、30代にノンバイナリーを自認した。
祖父が亡くなるまでの1カ月間、恋人と家族、戦争といのちに向き合い、
たどり着いたのは、自分は「なにでもない」ということ。
(公式サイトより)
小さな本屋 Candlelight

この連載で取り上げた書籍やZINEもお取り扱いしています。お近くの方はぜひお立ち寄りください。
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WRITER

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1997年生まれ。『Candlelight』の発起人・主宰。
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『Candlelight』として2023年に初回イベントを渋谷〈WWW X〉で開催して以来、哲学対話と弾き語りのシリーズ企画『Where shall we go by weaving our voices together?』をはじめとし、1つの型に囚われない、自由で編集的な視点からアート・カルチャーと社会をゆるやかに接続する場を開く。2026年2月に同プロジェクトとしての拠点〈小さな本屋 Candlelight〉を開業。そのほか、〈本屋B&B〉のトーク企画なども行う。
