INTERVIEW

カルチャー雑誌「VACANCES」にとってのインタビューって?―人は目で、身振りで、しゃべって「語る」第1回

インタビューは楽しい。普段は話せないような人に、普通じゃ聞けないようなことも聞ける。けれどそれって、不自然でもある。改めて考えると、インタビューとはどういう行為なのだろうか。この連載では、日常的にインタビュー(的な行為)をしている人々への取材を通じて「インタビューとは?」を見つめ直してみる(全10回を予定)。第1回は自主制作による雑誌『VACANCES バカンス』を発行している二人に話を聞いた。

BOOKS 2026.03.23 Written By 白鳥菜都

編集者・ライターの原航平と上垣内舜介によるインディペンデント雑誌『VACANCES』。自主制作ながら、エッセイ、漫画、小説、そしてインタビューと肉厚なコンテンツを複数含んだ新刊を送り出し続けてきている。

 

商業媒体での仕事も多い二人があえて、自腹を切ってこの雑誌を作る意味とは? そして、さまざまな手法がある中でもインタビューに重きを置いている理由とは?

 

写真:相澤有紀

VACANCES

ライター・編集者の原航平と上垣内舜介が手がける、漫画、小説、エッセイ、詩、日記、イラスト、インタビューなど雑多な要素からなるインディペンデントカルチャー雑誌。ライターという職種は、媒体やクライアントからの受け仕事が多いが、そうではなく自分たちでそのときどきの興味関心に沿って寄稿者やインタビュイーにアタックしたいと思い、2022年11月に自主媒体を立ち上げ。半年に一度、文学フリマ東京をめがけて発行している。

 

Webサイト:https://vacanceszine.theshop.jp/
Instagram:@vacanceszine

テーマをぼかしたまま作り始める雑誌『VACANCES』

──

二人がVACANCESを作り始めたきっかけは?

上垣内さんとはもともと同じ会社で働いていて、毎日「昨日これ観た?」「これ面白かったよね」と小学校の友達みたいな会話をするような仲でした。趣味もほとんど一緒で、おおよそ同じようなことが書けるので、だんだんフリーでも一緒に仕事するようになって。そういうなかで、どちらからともなく、ZINEを作る話になったような。

上垣内

決め手はひとつあって、僕が入社して初めて飲みに行った時に、たまたま二人ともギヨーム・ブラック監督の『女っ気なし』(2011年)という映画を観ていたことがわかったんです。DVDを買わないと観れないような映画で、周りではほとんど誰も観ていなかったので、ちょっと感動して。

確かに僕の周りにもそれを観ている人は他にいなかった。その映画がフランスのバカンス映画だったので、「VACANCES」というタイトルで雑誌を作り始めました。

上垣内

その後2022年11月に1号が出て、以降はだいたい半年ごとに新刊を出しています。

『VACANCES』既刊
──

そこから、雑誌のコンセプトはどうやって決めていきましたか?

上垣内

1号はテーマがなくて、とりあえず二人が好きな人に出てもらおうということで始めたんです。

一応、バカンスという雑誌の名前はつけたけれど、それが何なのかきちんと言語化はできていなかったんですよね。なんとなく、「バカンス的なもの」を詰め込んだ雑誌。

上垣内

昔、グラフィックデザイナーの森敬太さんが主宰していた『ジオラマ』『ユースカ』という漫画雑誌があって。僕はそれらを高校生・大学生の頃に読んで憧れていたので、個人的にはそういうものを作りたいなという気持ちもありました。

──

2号以降は、副題が設けられていますよね。

そうですね。2号以降はテーマを設けるようになりました。

上垣内

これも明確な決め方はないんですよね。たとえば2号は「やさしいともだち」がテーマなんですけど、当時たまたま二人とも映画を観て「友達っぽいテーマが多いな」と感じていて。その後、ドラマの『silent』を観て、鈴鹿央士さん演じる役が友達に優しすぎる、「いや、これってほんとに優しさなのか?」という話になって(笑)。こんなことをなんとなく話しながら決めました。

副題は本当に最後に決まることが多いんです。僕が興味のあることを話すと、上垣内さんが深掘りしてくれます。「待ちびらき」という副題がついている4号のときは、僕が「待つってことに興味があるんだけど」と話したら、「それってどういう意味?」「その“待つ”はどういう“待つ”?」と上垣内さんが聞いてくれる。これもある種インタビュー的なやり取りだなと思います。

上垣内

一般的にこの掘り下げって解像度を上げるためにやると思うんですけど、むしろ僕たちのは言葉の輪郭をぼやかしていく作業のような気がする。だから、企画の幅が広がるし、何をやってもよくなっていくように思います。

仮のテーマを決めて取材したり寄稿の依頼をしたりしますが、作りながら探していく。最後になって「こういうことだったのか」と自分たちもわかるような感じです。

──

『VACANCES』でインタビューや寄稿を依頼する際にも、テーマの輪郭がぼやけた状態のまま依頼しているということでしょうか?

しっかりと固まっていないものを、どうにかして伝えていることが多いですね。「“待つ”というテーマでやりたいのですが……」と。商業媒体のような「〇〇について話してほしい」という依頼ではなくて、僕たちも何を聞くのか決め切らずに依頼しています。

 

ぼんやりはしているんですけど、結構な長文で熱意は伝えています。なぜあなたに参加していただきたいかを伝えると、意外と引き受けてもらえます。

最新刊である6号に掲載された鈴木ジェロニモさんのインタビュー

インタビューを通して自分を表現する

──

『VACANCES』には寄稿もインタビューもありますが、インタビューはどんな役割を持っていますか?

僕たちは二人とも、ライターとしてインタビューの仕事をしてきたので、自然と自分たちが雑誌を作るときには絶対にインタビューを入れようという話になっていたと思います。でも、改めて考えると、自主媒体としての思想を見せるためという意図もあるかもしれない。

上垣内

寄稿だけだと人に頼りすぎている感覚がある。自分語りをする隙がない感じもします。

そう、せっかく作るんだから自分語りをしたかったんですよね。

──

自分語りならエッセイなどを書く方法もあるけれど、相手に話を聞くインタビューを通して自分を表現するんですか?

自分の中でまだ言葉になっていない感覚や他者との間にあるものを言語化したい気持ちがあって。自分の中にだけあるものでもないし、相手だけのものでもない。それを探したいときにインタビューを使っているのかな。特に僕たちは、テーマがぼんやりした状態でスタートするからこそ、人と話しながら輪郭がはっきりとしてくる過程ごと見せていくような役割を、インタビューに背負わせているのかもしれないです。

原航平
──

今まで行った『VACANCES』のインタビューで印象的だったものはありますか?

全部記憶に残る取材でしたが、2号で映画監督の杉田協士さんに取材したのは面白かったですね。当時、杉田さんのインタビューはウェブにほとんど上がっていなくて、どういう人なのかあんまりよくわからなかったから、話を聞きたかったんですよ。その取材は結局4時間くらいになって。作品の話だけではなくて、普段どんな生活をしているのか、なぜ映画監督になろうと思ったのか、小学校でワークショップをやっていることや、あまり他に出せないセンシティブな話もしてくれて、絶対に書き残したいなと思いました。こういう取材は時間の限られた仕事の場ではできないので、嬉しかったですね。

上垣内

僕は5号の「遊びはどこにある?」で歌人の上坂あゆ美さんに取材したのが面白かったですね。上坂さんが「遊び」を好きかどうかは定かではなかったのですが、いざ話を聞きに行ったら本当に小学生みたいな遊びの達人で。あとは、同じ号のミュージシャン・lilbesh ramkoさんのインタビューも面白かった。たまたまフェスでライブを観て、その音楽性とかパフォーマンスに衝撃を受けたんですよね。当時はほとんどメディアにも出ていなかったから、作品以外の前情報無しで連絡して取材に行ったんですけど。そしたら、自分が通ってきたのと同じようなインターネットカルチャーから多大な影響を受けていることがわかったりして。一昨日記事を読み返して、自分でも「面白い記事だな」と思っちゃいました(笑)

──

とはいえ、インタビューって企画から段取り、執筆まで手間がかかりますよね。それを自主制作でやっているモチベーションはどこから……?

上垣内

やりたいことをやっているだけ。この半年くらい、久しぶりに『VACANCES』の制作を休んだんですよ。そうしたらなんとなく調子悪くなっちゃって。

これがライフワークなんだろうなって感じます。今はまた、次の号を仕込んでいるところです。

撮れ高を意識しないインタビューは楽しい?

──

「やりたいこと」とのことですが、お二人はもともとインタビューが好きだった?

最初は好きじゃなかったです。僕は子どもの頃から人と話をするのが苦手で、文章の方が人に伝わりやすいからライターを選んだくらい。だから新卒の頃は、インタビューなのに全然うまく取材相手と話せないときもありました。でも、だんだんインタビューの方が楽しくなってきて、今はもう書くより聞く時間の方が楽しい。

──

いつ、楽しくなりましたか?

『VACANCES』を始める前に、映画監督の今泉力哉さんに個人的にインタビューを依頼したことがあって。『街の上で』(2020年)がめちゃくちゃ面白かったから、「5時間インタビューさせてください」ってDMしたんです。実際インタビューを受けてくださって、5時間話を聞いた上で、それでも足りなくて後日追加で1時間インタビューしました。

 

それまでは、きっちりと質問票通りに聞いて終わるインタビューがほとんどだったけれど、このときは自然体で話している感じがしたんです。結局このインタビューはほとんど表に出していないんですけど。

上垣内

原さんはゆったり取材できる人なんですよ。「これを思いついたきっかけは?」とかってあんまり聞かないでしょう?

そういう聞き方はあまりしない。むしろ緊張して強張っちゃう。

上垣内

僕は質問案を網羅することとか、撮れ高を意識しちゃうから、原さんの取材は面白いなと思う。

上垣内舜介
──

上垣内さんは、インタビューは元々好きでしたか?

上垣内

人と話すのは好きだったけれど、この仕事を始めてから本当の会話を知った気がします。前職は金融機関にいて、カルチャーの話をできる人が本当に周りにいなくて。その後ライター・編集を始めたけれど、仕事としてはいかに撮れ高を取るかに命を燃やしていました。だから、『VACANCES』を始めてからちょっとずつ、「インタビューって会話でいいんだ」って思うようになりました。最近は取材中に雑談する時間も増えましたね。

「みんなもっと話を聞きに行けばいいじゃん」

──

それまでインタビューと会話は違うものという意識があった?

上垣内

インタビューって変ですよね。初対面で、取材する側だけが相手の情報を知っているという非対称性があり、それなのにまるで友達みたいな親密な空気を醸し出しながら話し合うみたいな。すごく不自然な行為だと思うんです。

──

たしかに、不思議な非対称性がありますよね。

上垣内

インタビューと言われると、家族や友人にも話していないようなことを話してくれることもありますよね。今日会ったばかりなのに、深いところをえぐってしまったような感覚になることがあります。だけど、取材する側は記事になってしまえばほとんど意識されることのないインタビュアーでしかないから、そこにもアンバランスさを感じる。

インタビューの非対称性や不自然さの背景には「立て付けがありすぎる」のかと。商業媒体では特に、時間も文字数も限られているから聞けることが少なくなっていく。でも、もうちょっと気軽に聞きたいことを聞いてもいいと思うんですよね。「自分はこれを聞きたいんだ」という意思に基づいたインタビューができたら、自然な会話に近づくような気がする。

──

情報が溢れているいま、あえて直接「これを聞きに行きたい」と実行する人が少ないのかもしれませんね。

上垣内

少し極端な言い方をすると、もっとみんな話を聞きに行けばいいじゃんって思うんですよね。たとえばある物事が話題になると、口々に「これはいい」「これはダメだ」とか言い切るだけで終わってしまう。でも、本当は何もわかっていないことのほうが多い。「考察」とか言って邪推するくらいなら、そのテーマについてヒントをくれそうな人に聞いてしまえばいいのにと思ってしまう。

 

もちろん何かを見てあれこれ想像したり、他の人の解釈に触れたりすることは大事です。けれど、それが全てじゃないとも思っているんです。正解っぽいものを勝手に決めつけるよりは、直接話しに行ったほう方がいい時もある。ただ、現実的にはそれが難しいこともわかっていて。それでもインタビューを読めば擬似的に対話できるというところに価値があると思っています。

僕も考察をしたくなるときはあるけれど、それをあまり外に出したいと思わなくなったかもしれない。自腹を切ってでも直接話を聞きに行ったほうが面白いときもあると思います。

上垣内

インタビューはコミュニケーションなのか、という問いもあるけれど、少なくとも、いま『VACANCES』でやろうとしていることはコミュニケーションに近いのかなと。僕らは、この媒体を通して人の話を聞きに、話をしに行ってるよと思いながら、活動しています。


普段、筆者は多くの場合、できるだけ自分を消し「インタビュアーA」として取材・執筆するのが良いと感じていた。一方で『VACANCES』の二人は、インタビューを「自分と他者の間にあるもの」を探り、言葉にしていく行為だと語る。取材中、インタビュアーである筆者に対して原さん・上垣内さんから質問を投げかけてくれる場面が何度かあった。このとき、二人が言っていることが少しわかった気がする。「インタビュアーA」ではなくなり、「白鳥菜都」として会話させてもらった時間が存在した。そして、その時間があったからこそ、聞けた話もあると思う。

 

すでにまとまった考えを書き連ねるだけであれば、そこにインタビュアーはいらない。取材対象者が自ら筆を取って書いてしまった方がよっぽど正確だし、早いだろう。しかし、2者の間にあるものを探っていく行為と考えると、インタビューが存在する意味が見えてくる。

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