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模写を通じて味わう現代の歌詞-第5回 お題:タデクイ“舟”

音楽をより深く楽しむために、歌詞を模写している人がいます(私、ANTENNAメンバー飯澤です)。「歌詞は曲を通して聴くもの」であることが前提ですが、模写を通してどのような体験を味わっているのでしょうか?音楽の聴き方をおもわず振り返りたくなる、勉強とは違った模写の楽しみ方をみなさんにお届けする連載、第5回目です!

MUSIC 2026.03.25 Written By 飯澤絹子

今回模写する曲:“舟” タデクイ

今回のお題は、タデクイが2026年2月11日にリリースした1stアルバム『MOTHER』の1曲目“舟”。タデクイは北海道釧路市阿寒町、阿寒湖温泉出⾝の3ピースバンド。2021年6⽉、幼馴染の3⼈が⾼校時代に結成。「それぞれに⾃分らしく」をコンセプトに、ジャズ、ブルース、ブラジル⾳楽などを⾃在に取り⼊れながら、幼馴染ながらの信頼関係に裏打ちされた表現⼒が⾼く評価されている。

 

音だけを聴くと、穏やかな曲調から、自然の心地良さを感じました。しかし、歌詞を模写して解釈を進めてみると、人が陥りがちな過ちが描かれていました。また「良い人生を歩みたい」「楽しい感情を味わいたい」だけのはずが、気がついたら個人や社会が取り返しのつかない状況になっていることも。どうしたらその状況を回避できるのか。ヨガインストラクターや整体師として学んできた筆者・飯澤の視点で、考えたことをお伝えします。

 

アイキャッチデザイン:おっぺけりょう子

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人も含めた自然を、音楽として浴びる

いきなり私事から始めるのだが、整体の研修に参加するために、定期的に地方都市を訪れるようになって半年くらい経つ。自分の生活圏と異なる土地に出向くと、身体の中の空気を変えてくれるような気がする。いつもとは違う土地の空気を吸う。地球に境目はないけれど、空気は確かに違っていて、その土地を豊かに表している。

 

今回は、メンバー全員が北海道の阿寒湖温泉出⾝のバンド、「蓼食う虫も好き好き」を文字った「タデクイ」の“舟”。この記事の担当編集の峯さんからは「歌詞と共にMVが美しい」のご紹介をいただいた。過去の連載では、音源だけを聴いてからMVを見たが、今回はMVから堪能した。

 

MVはこちらです。

自然が多く映っていた。雪が降っている日の、薄暗い空。ぼんやりした太陽光。建物の中のシーンさえ寒く感じる。登場する人(バンドメンバー)の肌が心なしか引き締まっているように見えた。どんな明るさであっても、雪が降っていてもいなくても、寒そうな様子は命を連想させる。雪が残る街にいる鳥の羽ばたき。鹿や鳥、山や湖からは、厳しい寒さの中で生きていく命が持つパワーを、そんな自然の中で奏でるバンドメンバーが紡ぎ出す音からはエネルギーを感じた。冒頭から、 音も自然の一部な感じ。 そんな音に圧倒され、耳で全く歌詞が追えなかった。むしろ追いたくなくて、面白かった。歌詞は意図的に置き去り、頭で考えないで浴びてみる。この曲に言葉の意味を理解することは必要なのだろうか? 20代前半でこの色合いというか、濃さや厚みを出せるんだなあ。曲が、自然の中にある人の生命を、よりみずみずしく感じさせる。

 

続いて、Spotifyで音だけを鑑賞してみる。タイトルは”舟”だけど、海ではなく、足をどっしりつけられる大地を感じた。穏やかな朝の始まり。心地良く繰り返すギターのメロディ。音に溶け込むボーカルの声色。だだっ広い大地を前に、ぼーっとしてしまう。そうでもしないと大地を受け止められないような感覚に襲われる。いつの間にかラストのサビを迎え、ボーカルの方の内側にある情緒がわーっと広がっていく。終わりの静けさが、毛筆のはらいのように凛としている。無味無臭だけれど、息遣いがはっきりと伝わってくる。心拍音だけを手に取っていると感じてしまうほどの生々しさがクセになった。

「感情に身を委ねて生きるのであれば、楽しくありたい」の罠

歌詞を味わうのが好きなのに、すっ飛ばして音だけで堪能しまくった。それだけで満たされてはいたのだが、模写しない手はない。

”舟”の歌詞を見て、なんてシンプルな言葉たちなのだろう、と思った。意味を理解しようと書き入れていくと、どんどん文字が増えていった。こんなに気持ちが変化していく曲だったなんて。模写をしなければ気付かなかった。

英語の名文は、平易な単語が多い印象がある。それと同じように、「飛沫」「逸らす」「靡かせ」など小学校では習わない言葉はあるものの、平易な日本語で構成されていると感じた。歌詞から景色をイメージしやすい。その反面、この歌詞がなにを伝えたいのかを読み解くには歯ごたえがあるように感じた。

 

冒頭から世界に引き込まれる。「息が詰まるほど 心は揺れる」。音だけ堪能していた時は大地を感じていたけれど、「揺れる」から1文目を読んだだけでも舟が泳いでいる水辺を連想させられた。

 

なぜこの曲のタイトルが“舟”なのか。歌詞に「舟」と「船」の2つ表記があるのはなぜなのか。舟は何を表しているのか。様々に疑問が沸く。舟に欠かせない言葉として、まず「波」が出てきた。「息が詰まるほど 心は揺れる 丘の上では 波の飛沫も 届かないわ」から、心が揺れるから波が発生している、と推測した。次に「目を逸らす度に あなたは変わる 外は雨が 土を跳ねる」とあり、土が跳ねるほどの激しい雨が、あなたが変わったことによって降っている。ここから波や水は語り手の感情を表しているのではと思った。次の段落では、タイトルになっている舟(ここでの表記は“船”)が登場している。「船を浮かべる」とあるので、その船に乗るのだと思うが、なぜ船の帆に海原を描くのか。海原が感情だとしたとき、引く線は理想。つまり「自分が悠々自適に感情を楽しめる状態」を示しているのではないかと仮定した。

 

前半部分の解釈が進むと、全体の意味が見えてきた。筆者なりのこの曲のストーリーを描いてみよう。

 

息が詰まるような、ハラハラ苦しい状態になると心は揺れる。でも、感情から距離を置いて生きていると、鮮やかには感情を味わえない。目の前にいるかけがえのない人のどんどん変わっていく姿に、嫉妬かもしれない激しい感情が溢れ出す。そこで、気まぐれに思い描いてみる。自分がどんな気持ちで生きていたいのかを、描いてみせて(と、自分に言ってみる)。感情に身を委ねようと思いながら生きていると、心が躍って楽しい気持ちになる。今はそうやって、感情と共に生きていきたい。そのために逃げ道を探していたら、周りに誰もいない状況になっていて、気付いたら寂しさが募っていた。逃げ道自体に終わりはないみたいで、悲しかった。そしてその道の景色はずっと変わらなくて苦しかった。感情を味わって生きている自分という舟には実態がない。でも感情という波に揺れている実感はある。以前のように、感情から距離を置かない限り、死が訪れるまで、こうやって波に揺られて生きていくのだろう。

「いろは歌」のようなカラクリと、人間の性

解釈し終えて、あまりに感情が締め付けられた。こんな解釈をしてよかったのだろうか、人によって曲の捉え方は様々とはいえ、こんなこと言葉にしてはいけないのでは、と思ってしまった。それは「個人と社会が、ヘルシーに感情と付き合うには?」が、小学生の時から持っているテーマの一つだからだ。

 

感情に身を委ねることで心豊かに生活できる場面もあるが、楽しい感情でいたいが故に、気がついたら楽な選択をしていて、後からハッとする。このようなことは多かれ少なかれ誰にでもあるのではないだろうか。

 

この曲は人間の姿をあまりにまざまざと見せつけてくる。しかも自然の一部のように描き、言葉で包み込まれている。だからある意味おそろしさすら感じた。

 

そこで連想したのは「いろはにほへと」でお馴染みのいろは歌だ。そのまま読むと「この世のものはすべて移り変わり、永遠ではない」という仏教の諸行無常の教えについて書かれているのだが、暗号のように全ての文字を五十音順の1字下げて読むと、「私は無実。陥れた人たちも道連れにするぞ」という、無実の罪で処刑される前に書いた呪いのようなメッセージになる。これが書かれた平安時代は、言葉に不思議な力が宿る言霊を信じられていたため、「いろはにほへと…」と詠むと、呪いが発動して、世の中に災いをもたらす仕掛けになっているとも言われている。

 

穏やかで雄大なメロディに、平易な言葉で綴られた歌詞。なのにじっくり解釈すると、楽しい感情ばかりで生きていきたいと思っていたばかりに、逃げとも言える人生を歩みつづけて寂しさ、悲しさ、苦しさを味わうことになる。私が取り扱っている整体の手法を作った鍼灸師の先生は「嬉しいことや喜びの感情を味わったり、楽しいことがあったら、同じ分だけ悲しいことや痛みが発生する。だから痛みが発生する前に、自ら、運動などの負荷がかかることや、鍼治療など痛みが伴うことをするといい」と話していた。ヨガの師匠からも、2000年代ごろからのポジティブ心理学の流行によって起こった出来事を例に、感情を分け隔てなく味わうことについて教えていただいた。いわゆるポジティブな感情を良しとし、ネガティブな感情を悪とすることが増えた結果、本音が言えず、うつになる方が増加したと一説には言われている。確か「物事には陰陽があって同量あるもの。だからポジティブだけにフォーカスすると、ネガティブが同量やってくる」と教えていただいた。

 

そういうものだとわかっていなかったら、天と地がひっくり返ったくらいの衝撃だろう。この“舟”に呪いの意図はないだろうが、私にとっては痛切なメッセージを読みとってしまった。

 

人間は誰もが過ちを犯すものである。ただ過ちが行きすぎて、とんでもないことになってしまうこともある。個人であれば、ハリボテの人生を歩んできたことに気付き「ああなんて愚かだったんだ。もうどうしようもない」と、幕を閉じる前に羨む。社会であれば、「ただ楽しく生きたかった。穏やかに生活したかった」と、全体主義に傾いていく。櫂を漕いで行き着いたその末路だけを見ると人間の哀れさを感じるのだが、元はと言えば「いい人生にしたい」だけなのだと気付く。それって誰だって思っている欲であり願いなんじゃないかな。それなのに、いつの間にか望んでいたのとは異なる景色になっている。曲の迫力が最高潮になる「悲しいね」から、そのことに気づいた心情が描かれているように感じた。

 

良い人生にしたいと本気な人ほど、両面の感情を味わう状況が発生するとも言えそうだ。甘党だからと甘いものばかりを、辛党だから辛いものばかりを食べるのではなく、甘じょっぱいを楽しむのが重要なのだ。また大局的な視点で捉えると、その出来事が起こっている最中は、何がポジティブで何がネガティブなのかわからないもの。ネガティブに感じた出来事も、後から振り返るとポジティブになるかもしれないし、フラットに思えるかもしれない。誰にも、その場ではわからないのだ。

 

もちろん言うは易しとはこのこと。頭ではわかっていても、実践するのは容易ではない。できるまで改善しながら繰り返すのも、人生の楽しみの一つ。そう思って、今日も歩んでいます。みなさんも良い人生を!

福岡の研修に参加する機会があったため、宗像大社を参拝。参拝者が少ない時間帯に、じっくり堪能させていただいた。身体の隅々まで空気が入れ替わったと感じるほど、身体に染み渡るように呼吸をして、大分スッキリした。ありがたい時間だった。

これまでの「模写を通じて味わう現代の歌詞」

 

この連載について

「歌詞の模写をするのが趣味です」と人に伝えると、だいたい「歌詞?」と聞き返されます。好きな曲を自分の身体に染み込ませたいと思い余って始めた模写ですが、多くは技術を体得したり、観察力を育成するなど学習や練習のためにする行為だと知って驚きました。まずは曲を聴いて音を楽しみ、歌詞を読んで味わったら、再び曲を流しながら歌詞を追って歌ったりする。そこからさらに私は歌詞の意味をあれこれ想像しながら模写をして、曲に乗った感情を追いかけていくのが好きなんです。

 

そうすることで初めてその音楽の作者の感性が垣間見え、深いところで繋がれた気になれたり、自分の身体に取り込まれて、肥やしになっているように感じます。

 

他者がいろんなことを感じながら生きている様子に希望を感じる私にとって、音楽からどこまで何を感じとることができるのだろう?そもそもこの曲を表現した人は何を思って紡ぎ出しているの?この連載は、「何の役にも立たない趣味」と自嘲しながら模写を続けてきた私自身に、何らかの役割や意味合いを見出してみようとする挑戦の記録でもあります。

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