【川端安里人のシネマジプシー】vol.2 オペラ座 血の喝采
今映画館では『スターウォーズ フォースの覚醒』やロッキーシリーズの新作である傑作『クリード チャンプを継ぐ男』が絶賛上映中ですね。ということで、今回はこの2シリーズが終わらせた“アメリカン・ニューシネマ”を今改めて観直s……
と思ったのですが、ごめんなさい!昨年末大阪の映画館に観に行ったイーライ・ロス監督作『グリーン・インフェルノ』の影響で、自分の中で空前絶後のイタリア産ホラー映画ブームがキてまして。ただ2016年一発目から「しょくじんぞく、しょくじんぞく、亀、自転車のサドル」と魔法の呪文を唱えると、皆さんがドン引きすることくらいさすがの自分でもわかるので、今回はイタリアが誇る映画界の魔宮、ジャッロ映画の世界とダリオ・アルジェント監督作『オペラ座 血の喝采』を紹介します!とにかくこのLOVEをどうにか昇華しないと次に進めないんで付き合ってください!
そして魔法の呪文に反応してしまった残念なお友達の皆さんや、好奇心が180%位ある人は京都 立誠シネマで29日までやっているのでそちらでどうぞ!
オペラ座 血の喝采
そもそもジャッロ映画ってなに?
さっきからジャッロ、ジャッロと言っていますが、まずはそこから説明しないと「ジャッロって何じゃっろ?」って疑問が浮かびますよね。ダメですね。 Giallo、ジャッロやジャーロって書かれることも多いんですが、意味はイタリア語で黄色です。アガサ・クリスティとかの翻訳から、B級探偵小説までを掲載していたイタリアの人気犯罪小説マガジンの表紙が黄色かったことから、犯人探し要素のある物語をイタリアでジャッロって呼ぶようになったんです。火曜日にやってなくても船越英一郎とか山村紅葉がドラマで犯人探しをしていたら”火サス”って呼ぶのに近いですかね。
じゃあ”ジャッロ映画=ヨーロッパの推理物サスペンス映画”かというと微妙に違います。1930年代からジャッロ小説の映画化はされていたんですが、ジャッロ映画というジャンルの方向性を決定的にしたのは『知りすぎた少女』と『モデル連続殺人!』という映画です。 (ちなみにこの二本は今回紹介するアルジェント監督の師匠にあたるマリオ・バーヴァ監督作です)
ジャッロ映画という物を自分なりにちょっと定義化してみますね。
①仮面などによって顔を隠された連続殺人鬼の凶行を描く映画だが、『13日の金曜日』や『ハロウィン』などのアメリカンスラッシャーがキャラクターの生死をメインに描くのに対し、ジャッロはあくまでも犯人探しの映画である。
②犯人探しの映画ではあるが“誰が殺したか”よりも“どのように殺すか”のギミックが重要である。
③フロイトの精神分析や夢診断を映像表現の根底におき、ナイフや人形、鏡やカーテンといった小道具や舞台装置にこだわる映画である。
④犯人を探す物語であるが、ミステリーにおけるトリックなどの論理的思考よりも異常心理犯のいる空間の雰囲気やキャラクターの持つトラウマなど観念的なもにに重点を置く映画であること。
⑤以上4点を映像としてスタイリッシュに、かっこよく描くことが最重要事項なので、そのためには物語が破綻するのも致し方ない。
どうでしょう、ちょっとは馴染みのないジャッロの感覚をつかんでもらえたでしょうか?そもそも定義の時点であれれ~おかしいぞ~?というジャンルなんで、アクション映画で主人公に敵の銃弾が当たらないのと同じようにそこはお約束としてあらかじめ把握しておかないと物語として筋が通っていないと憤慨するのは当たり前なんですね。
ジャッロ映画の世界
『オペラ座 血の喝采』は駄作じゃない!
ざっくりと大まかなあらすじを書きますと、ミラノ・スカラ座で行われるホラー映画監督マークが演出を務めるオペラ『マクベス』の主演女優が交通事故にあったため、急遽新人のベティが代役に抜擢される。ところがその晩から彼女の周辺や目の前で陰惨な殺人事件が起こり始め、ベティはその光景が幼いころ観た悪夢と非常に似ていることに気づき……というものです。
なぜこの映画を紹介するかと言いますと、理由は2つあります。
1:見るには買うしかないような、日本にあまり入ってきていないジャッロ映画の中で最近ほぼ唯一レンタルDVD化されていて、大手レンタルショップにも置いてあるタイトルであること。
2:劇場公開時&VHSの時には、ジャッロ映画として重要なシーンがカットされた短縮バージョンだったものに対し、今出回っているDVDは公開後26年経ってやっと見ることができるようになった完全版だからです。
と言うわけで、やっとちゃんとした形で多くの人が見ることができるようになった『オペラ座 血の喝采』。ズタズタにされた短縮版の影響か、はたまたジャッロ映画のクリシェを理解できなかったのか、そもそもアルジェントの作風に合わなかったのか、ネットのレビューで完全に駄作認定されているこの映画を改めて再評価すべく、その素晴らしさをみんなで愛でていきましょう。
まずこの映画、映像が本当に本当に素晴らしいです。82年の『ガンジー』でアカデミー撮影賞を受賞したロニー・テイラーが撮影しているんですが、とにかくオープニングだけでも観てほしいくらいです。烏の眼の超クローズアップから始まるこの映画の冒頭15分は、まさに流れるような華麗なカメラワークと編集によって見事なシークエンスになっています。
その15分の間にステディカムを使った主観映像による長回し、出来事に映像的緩急を与えるズーム、舞台裏のゴタゴタを表現する手持ちカメラ、この映画の真の主役とも言える烏やオペラを捉える固定カメラ、劇場内を捉えるパンやティルトというようにありとあらゆる撮影法が駆使されており、否応なしに画面に釘付けになります。逆にいうとここでピンとこないならこの映画、もしくはアルジェント監督の映画には合わないかもしれません。
「ダリオ・アルジェント 新・鮮血のイリュージョン」より
さらに有名な後半、なんとカメラが劇場内を飛び回る烏の視点になるんです。もちろんドローンなんて存在しない時代ですよ。長らくどうやって撮影したのか全くの謎だったんですが、『ダリオ・アルジェント 新・鮮血のイリュージョン』というドキュメンタリーを見て謎が解けました。劇場のシャンデリアを外してそこに上下できて360度回転する超巨大クレーンをつけていたんですね。
それとこの映画、音楽の使い方が異様です。ブライアン&ロジャー・イーノ兄弟にゴブリンのクラウディオ・シモネッティ、さらに元ローリングストーンズのビル・ワイマンなどなどいろんな人が関わってる上に、ヴェルディの『マクベス』を始め様々なオペラも流れます。 三種類の異なるジャンルが使われるんですが、主人公が部屋で聞いている、劇場で歌っている音楽はオペラです。トラウマの回想シーンなどではアンビエントが流れます。殺人シーンなどではヘヴィロックが流れます。その結果雑多な印象を受ける人もいるかもしれませんね。
そこで役立つのが先ほどジャジャッロの定義で書いたフロイトの理論に基づくというところです。有名な下の画像に3種類の音楽を当てはめてみましょう。
それぞれがどのようなシーンで使われているかを踏まえた上で、オペラを自我に、ヘヴィロックをイド(エス)に、アンビエントを超自我にあてはめると、あら不思議、なんとこの映画は意識 / 無意識間の歌合戦の映画である可能性が出てきます。残念ながらこの仮説を証明するインタビューなどは見つからなかったのですが、ちょっとあなたも観た上で考えてみてください。雑多な印象がガラリと変わるはずです。
通常ではアイテムや舞台といった視覚的なものをフロイト的表現で表すジャッロ映画の中で聴覚的にも精神分析的表現を行った映画は恐らくこれだけでしょう。 もちろん他にも、「ここでのアイテムの使い方見せ方がすごい!」とか色々あるんですが、それをあげているとキリがないんで監督の紹介に移りますね。
ダリオ・アルジェント知ってるよね?
監督のダリオ・アルジェントはイタリアのホラー&ジャッロ映画の巨匠です。ある程度世代が上の人なら「決して、ひとりでは見ないでください」のCMでおなじみ『サスペリア』の監督って言ったらすぐ分かると思います。また自分と同世代ならホラーゲーム黎明期の傑作『クロックタワー』の元ネタになった『フェノミナ』って映画の監督って言ったら伝わる人には伝わると思いますが、もっと若い世代の人には女優アーシア・アルジェントのオヤジっていうのが伝わりやすいかな?
この人はもともと映画制作一家の出身で、映画評論家になり、そのあとベルナルド・ベルトルッチと一緒に(!)セルジオ・レオーネの傑作『ウエスタン』の脚本を担当、それからジャッロ映画の監督としてデビューしました。巷では (ジャッロ映画の中でも特に) 話に統合性がないと批判されたりすることも多いのですが、ドキュメンタリー映画のインタビューなどによるとそれは本人も重々承知のようです。やっぱり批評家出身だけあってジャッロ / フロイト間の重要性をおそらく誰よりも理解しているからこそ話の筋よりも映像優先になったり、サスペンスなのに心霊が絡んできたりする映画を作っているんですね。
Macbeth
ちなみに、『オペラ座 血の喝采』は当初アルジェントがオペラの演出をすることになったものの、その企画が頓挫したためにできた映画です。映画内に登場するオペラに挑戦する映画監督のキャラはアルジェント自身のことなんですね。ですから映画の後半で突然スイスでハエを撮影し始めるんですけど、これはアルジェント自身の代表作『フェノミナ』オマージュのお遊びなんです。怖い顔してますけど意外とお茶目なんですね。
ちなみにですね、最近になってアルジェントはついに念願のオペラの演出をやりました。その演目はこの「オペラ座 血の喝采」内で公演しているヴェルディの『マクベス』です。烏を飛ばしてるのかは未見なのでわかりませんが、是非観てみたいですね。 あ、最後に一つトリビアを。 『オペラ座 血の喝采』に出てくるソアベ刑事を演じているのはアルジェントの弟子で同じく劇場が舞台の傑作ジャッロ映画『アクエリアス』を監督したミケーレ・ソアヴィです。これも面白い映画なんで機会があれば観てください。
アクエリアス
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1988年京都生まれ
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小学校の頃、家から歩いて1分の所にレンタルビデオ屋がオープンしたのがきっかけでどっぷり映画にはまり、以降青春時代の全てを映画鑑賞に捧げる。2010年京都造形芸術大学映像コース卒業。
在学中、今まで見た映画の数が一万本を超えたのを期に数えるのをやめる。以降良い映画と映画の知識を発散できる場所を求め映画ジプシーとなる。