【川端安里人のシネマジプシー】vol.4 孤独な天使たち
先日、大学時代共に映画を学んだ仲間たちと話をしていた時に、「映画好きという人種は絶滅危惧種だ (少なくとも日本では) 」ということが話題になりました。例えば巨匠の監督の新作が公開されても、興行収入はテレビドラマの映画版に劣るし、なかなか見る機会のない有名監督の特集上映をやっても人はまばらだったりする。
そういった観客側の問題だけでなく、ジャック・リヴェットを始めとした一時代を築いた、ヌーヴェルバーグ後期組の巨匠と呼ばれる監督の高齢化や逝去は一つの時代の終わりの象徴のようだ。それが僕たちコアな映画好きにとっては深刻な問題であると共に、彼らが逝去したことをほとんど報道しない日本のメディアへの失望が僕たちをネガティブな話題に走らせたのですが、今回紹介する『孤独な天使たち』もそういった老いと直面している監督の作品です……。
皆さん、坂本龍一氏が音楽だけでなく出演もして、当時のアカデミー賞を作品賞をはじめ総なめにした『ラストエンペラー』(1987) という映画を観た事はなくても、タイトルを聞いたことはないですか?今回紹介する監督の作品なんですけどね。
ベルナルド・ベルトルッチという監督なんですが、今回紹介する『孤独な天使たち』(2012)が今のところ彼の最新作です。そしてその前作『ドリーマーズ』(2003)から約10年ぶりの作品。その間にベルトルッチ監督は何をしていたかというと、大病に侵され、車椅子生活を余儀なくされていたんです。
このベルトルッチ監督、まさに60年代以降のイタリア映画を代表する監督です。まずパゾリーニという伝説的監督の助監督、あるいは弟子的なポジションで映画界入りし、パゾリーニ原案の『殺し』(1962)でデビュー。“マカロニウエスタン”後期の大傑作『ウエスタン』の脚本をダリオ・アルジェント (『オペラ座 血の喝采』を紹介しましたね) と共に執筆し、その後は『暗殺の森』(1970) 、『1900年』 (1976) といった傑作の監督をして、ハリウッドでも作品を撮って……という流れの人です。
ベルトルッチ監督の詳細なフィルモグラフィーを書いているとキリがなくなってしまうので、早速『孤独な天使たち』の話に入りますね。この映画、もしかしたら「青春=みんなでスポーツ!」みたいな人には全く楽しめない映画かもしれないですけど……。この『孤独な天使たち』はイタリア語で「Me and You」を意味する、原題『Io e Te』と同じように本当にシンプルな物語です。男の子が合宿をサボって美人の異母姉と地下室に家出する。本当にそれだけの話です。
もう少し詳しく説明すると、多感すぎて周囲に馴染めない14歳のロレンツォ君が学校のスキー合宿に行くと親に嘘をついて一週間自宅アパートの地下室に隠れ住むことにするが、そこにしばらく会っていなかった奔放な生活を送っている異母姉オリヴィアが転がり込んできて、二人の秘密の一週間が始まるというものです。
高校をサボって映画館にカール・テオ・ドライヤーの特集上映を観に行ったのが高校時代最高の思い出という自分にはこのあらすじだけでたまらないんですが、皆さんちょっとローティーンの頃を思い出してくださいよ。誰からも理解されないと思ったことないですか?家出したいと思いませんでしたか?知り合いの年上にちょっとトキメイたりしませんでしたか?そして、今その頃を思い返して若かったなぁと思いませんか?そう思える人なら、きっとこの映画のことを好きになるはずです。
この映画、話したいことはたくさんあるんですが、その全てが“若い”ということです。“若さについての映画”と言ってもいいでしょう。たとえば主人公のロレンツォ君、事あるごとに音楽をイヤホンで聞いています。オープニングで、精神科医と思われる男性との話を適当にはぐらかした後、キュアーの『ボーイズ・ドント・クライ』を聞きながら走りだします。
もちろん自分も、ロレンツォ君も、ましてやベルトルッチ監督もキュアーのダイレクトな世代ではないと思うんですが、その音色の瑞々しいこと!それだけではなく、映画のハイライトを飾るのは先日逝去したデヴィッド・ボウイの名曲『スペイス・オデッセイ』の (ボウイ本人が歌う) イタリア語版『ロンリーボーイ、ロンリーガール』です。
今映画館でやっている『オデッセイ』でもボウイが流れますが、それ以上にこの映画でのボウイの歌は効果的に、感動的に使われています。そして何より、映画全編を覆うロレンツォくん (イライジャ・ウッドと『時計仕掛けのオレンジ』の頃のマルコム・マクダゥエルを足して割ったような危うい繊細さを持つイケメン少年) とオリヴィア姉さんのにきび面!
DVD表紙やポスターではフォトショップで加工されてしまっていてわかりませんが、是非本編で堪能してください。この子供でも大人でもない、まだ何者にもなれていないし、なることもできない時期の象徴であるかのようなにきび面!ジャ○○ズでは絶対にできないその不完全さこそがこの映画の魅力だと思うんです。
個人的にはネタバレはしたくない方なので具体的には書きませんが、終わり方も本当に素晴らしいんです。わかる人、見た人にだけわかるように書くと、青春映画の大傑作『大人は判ってくれない』のラストのアレです。あの技法、個人的には青春映画との相性が抜群にいいと思っているんですが、その理由としては同じくアレで終わる青春映画の傑作「ロッキー」のメイキングでスタローンがわかりやすく言っています。
要約すると「人生を振り返った時にある一瞬がかけがえのない最高の瞬間だと気づくことがある、あの技法はその人生の頂点の瞬間で時を止めることができる」ということです。暗く先の見えない孤独な青春の中で、やっと大人への一歩を踏み出すことができた。その瞬間のあの表情が永遠になる、それが傑作と呼べる青春映画の大事な要素なのかもしれませんね。
最後に、この映画はそういった青春映画としても素晴らしいんですが、そんな瑞々しい映画を70歳を超えた車椅子の老人が作っているということにも感動しませんか?比較的最近の作品なんで、多分どこでもレンタルしていると思うんですが、販売用のDVDやBlu-rayには50分近くあるメイキングも入っており、車椅子で移動しながら演出をするベルトルッチ監督を見ることができます。個人的には本編のみならず、メイキングでも泣かされましたね。確かに巨匠と呼ばれる映画監督たちや、シネフィルと呼ばれる人生の大半を映画鑑賞に費やすような映画好きの人たちは老いていくかもしれません。それでも、映画そのものはいつまでも若いままなんです。若いままでいて欲しいですね。
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1988年京都生まれ
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小学校の頃、家から歩いて1分の所にレンタルビデオ屋がオープンしたのがきっかけでどっぷり映画にはまり、以降青春時代の全てを映画鑑賞に捧げる。2010年京都造形芸術大学映像コース卒業。
在学中、今まで見た映画の数が一万本を超えたのを期に数えるのをやめる。以降良い映画と映画の知識を発散できる場所を求め映画ジプシーとなる。