【川端安里人のシネマジプシー】vol.6 『ハンガー / 静かなる抵抗』
『ハンガー / 静かなる抵抗』
はい、ご無沙汰です。ごりごりの映画好きとして日々生きていますと、どうしても直面してしまうのがコアな映画の話をできる人がなかなかいないという問題です。具体的に言うと『 『シビル・ウォー / キャプテン・アメリカ』が面白くてさぁ〜』という話はできても『 『あやつり糸の世界』が最高でさぁ〜』と言って通じる人は限られてくるということです。で、逆に『あやつり糸の世界』を見ているようなシネフィルの皆様はキャプテンアメリカなんて興味もへったくれもなかったりするのも結構多いわけで、はぐれシネフィルことシネマジプシーとしてさまよっている自分はあくなき映画への愛情を日々募らせる一方です。
そんな“映画好き”の中ですら分断されている、さらにはそもそも映画なんて見ないよという人も増えている今では80年代のバブリーな時代と違って、ヨーロッパの小規模で美しい映画は儲けにならないと切り捨てられて、よっぽどの売り文句がない限り一般配給なんてされないわけでして、ブリュノ・デュモンやクレール・ドゥニのような名匠の映画を見たくても海外からDVD取り寄せるしかないのが現状です。
そんな前置きを踏まえつつ今回紹介する映画は『ハンガー / 静かなる抵抗』です。
この映画は2008年の映画なんですけど、2014年までは売り文句がないと切り捨てられていた映画なんですね。1981年の北アイルランドで政治犯認定を要求するIRA(アイルランド共和国軍、北アイルランドの独立を目指すカトリック系の反英組織)の囚人たちが刑務所内で抗議活動をして、最終的にハンガーストライキによって死者が出たという実話の映画化で、確かに地味な映画ではあるんですが、自分はこの作品には“今の映画”を象徴するようなエッセンスがたくさん詰まっていると思っています。つまりいろんな視点から語れる作品だと言えます。
監督はスティーヴ・マックイーンという人で (『ゲッタウェイ』のアクションスターじゃないですよ) 、2013年の『それでも夜は明ける』という映画で19世紀アメリカ南部の黒人奴隷を描いて黒人の監督として初めてアカデミー作品賞を受賞した人なんですけど、この人は元々ビデオインスタレーションなどの現代アート畑で活躍していた人でして、2006年には香川県で、2014年には東京で個展を開いたりもしているんですね。もちろん80、90年代あたりからロバート・ロンゴ (『JM』) やジュリアン・シュナーベル (『バスキア』) といった現代アーティストたちが映画を監督するという動きはあることはあったのですが、それまでは“現代アーティストが監督した映画”であったのに対して、00年代以降はアピチャッポン・ウィーラセタクン (『ブンミおじさんの森』、『世紀の光』) のように“現代アートとしての映画”が広く認知されるようになったと思うんですね。
もちろんこの『ハンガー / 静かなる抵抗』もそう言った“現代アートとしての映画”として成立していると言えます。例えば、この映画ハンガーストライキに入るまではノーウォッシュプロテストという抗議活動の描写に力を入れているんですが、具体的に言うと排泄物を壁に塗ったり、廊下に流したりするわけです。字面だけだと阿鼻叫喚の地獄絵図を想像しそうですが静謐なカメラワークと繊細な照明によってその汚れた壁そのものがまるで抽象画のように見えるように、廊下にあふれ出た排泄物を延々掃除する長回しはある種の空虚感、終わりのなさを提示するようなビデオインスタレーションのように撮られています。
また、この映画は言うまでもなく北アイルランド紛争という政治的なバックグラウンドを持つ映画なんですが、そういった政治的背景を知らないと意味がわからないかと言われるとそうでもなくて、人としての扱いを受けることができない囚人と彼らを暴力的に威圧する看守そのどちらもが誰かの夫、息子、父であるとミニマムな映像の中で明示されており、だからこそ刑務所というシステムが作り出す暴力的な構造が囚人 / 看守ともにより一層残酷に、凄惨に見えるように作られています。つまりですね、背景こそIRA対サッチャー政権時代のイギリス政府の話なんですが、物語の本質的なところは暴力生産装置としての監獄とその内側にある人間の尊厳に関しての物語なんです。もちろん自分を含めてこれを読んでる人の日常とはかけ離れていますが、まさにこの映画製作時にタイムリーな話題だったグアンタナモ収容所のように21世紀の現在でもその本質は変わらないと思います。
そして、そんな人間の尊厳をまさしく体現することになるボビー・サンズを演じているのはマイケル・ファスベンダーです。コメンタリーでの本人曰く突貫工事のようなダイエットによってハンガーストライキによって瘦せおとろえてゆく姿を演じているんですが、マックイーン監督は『それでも夜は明ける』における鞭による裂傷を本当に痛々しく描いていたように、映画内における惨たらしい皮膚感覚を想起させる天才なので、今作においても栄養失調による皮膚疾患が生々しく描かれており、ファスべンダーの演技と相まって今が旬のバリバリ現役俳優にもかかわらず本当に死ぬんじゃないかなと心配になります。そんなファスベンダーも今ではすっかりX-MENで若き日のマグニートーが定着しましたが、逆に言うと向こうのアメコミ映画はこう言った芸達者達によって支えられているんだなとも考えることができますね。
この『ハンガー / 静かなる抵抗』は確かに、日本人にはあまり馴染みのない内容かもしれませんし、休日に息抜きとして観るには重すぎるかもしれません。それでも、いや、だからこそ一度観てみてたまには映画とはなんぞや、人間とはなんぞやと考えてみるのも良いんじゃないでしょうか?この映画は芸術としての映画 / メッセージとしての映画 / 娯楽としての映画の境界を考える入門として最適な一本だと思います。
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1988年京都生まれ
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小学校の頃、家から歩いて1分の所にレンタルビデオ屋がオープンしたのがきっかけでどっぷり映画にはまり、以降青春時代の全てを映画鑑賞に捧げる。2010年京都造形芸術大学映像コース卒業。
在学中、今まで見た映画の数が一万本を超えたのを期に数えるのをやめる。以降良い映画と映画の知識を発散できる場所を求め映画ジプシーとなる。