
草率季(TPABF)が示す自由奔放さの美学と アートと日常が溶け合う場作り
年々、世界的に盛り上がりをみせ各地で次々と立ち上がっているアートブックフェア。台湾・台北を拠点とする「草率季(Taipei Art Book Fair)」はそんな中、来年10周年を迎える。
私、筆者である東成実は、アートブックやzineの収集を趣味としている。台湾の文化・歴史と中国語をはじめとした言語に興味を持ち、2024年8月から2025年8月まで台北でワーホリ生活を送っていた。
暮らす中で訪れた草率季(TPABF)のもつ独特な雰囲気に惹かれた私だが、日本からの出店や訪れる人も年々増えているこのイベントや団体の実態をよく知らない人は実は多いのではないだろうか。
それを探るべく台北は內湖区にある、まるで秘密基地のようなアトリエに向かい草率季(TPABF)の現場を担当しているxavia(サヴィア)に話を伺った。
草率季(Taipei Art Book Fair)
開催日時:2025年11月21(金)、22(土)、23(日)
2025年9月入場チケット販売開始予定
https://taipeiartbookfair.com/
Instagram:@taipeiartbookfair
名は体を表す。草率季(TPABF)の空間を起点にした自由な精神性とは
「草率(cǎoshuài)」とは「奔放である、いい加減である」を意味する中国語。この名前を冠した草率季(TPABF)は、訪れたことがある人はお分かりいただけるだろうが会場の雰囲気から出店者・出品物まで、まるで芸術のお祭り、文化祭のような自由で楽しげな雰囲気が特徴的だ。
草率季の始まりはアートスペースからだった。主宰であるfrankが2013年に「空場(意:空き地)」と名付け始めたアートスペースは、ダンサーやインスタレーションアーティスト、ストリートアーティストの大腸王など多種多様な分野のアーティストたちが集う場所だった。草率季(TPABF)というイベントは初年度は「空場」入居アーティストや国内外の出版社が集い、領域を横断する交流の場かつ化学反応を起こしていくような雰囲気のイベントから始まったものだった。
その後2018年に建物の都合で閉館を余儀なくされた「空場」は、約7年の休止期間を経て「空場2.0」として今年再始動した。
「草率季(TPABF)は空間から始まっている。だから例えば本だけにとらわれないような、領域を超えていくような空間作りを心掛けている。その環境自体に惹きつけられるような、ローカルなもので表現をしていくこと。なので草率季(TPABF)のやり方は比較的自由な感じと言えると思う」
弱点をプラスに。芸術と日常の融合が独自の発展を遂げている草率季(TPABF)
私がもともと台湾のアートシーンに持っていたイメージはリソグラフや手製本のような、かたちにこだわったおもしろいZINEの数々だった。その背景にある要因をxaviaはこう語る。
「自分がスペインのアートブックフェアに行った時に感じたが、ヨーロッパは出版環境が充実していてアートブックの出版やイベントもある程度の規模が担保できる。本への購買意欲もとても高く、文化としてアートブックが根付いている感じがする。台湾はまだまだやはりグッズ類が手に取られやすい。本を作る場合は自分で表現形態を模索しzineなど固定観念にとらわれない自由な表現が多い傾向にある。その背景として、実は台湾の出版業界の資本は決して多くなく“何か作ろう”と思ったら自分で作るしかない、というのが実情」
「台湾では、例えば芸術に関わる人以外の人たちにとって芸術やアートブックとの距離感は割と遠く、あまり身近なものではない。だからこそ、アートの存在が“美術館”みたいな高尚なものだけになるのではなく、普段アートに触れない人たちにも軽やかに認知・理解してもらいたい」その役割を担っているのが草率季(TPABF)なのだ。
私自身、昨年台北で生活する中で訪れた草率季では、アートブックに関心のある人だけではなく、ファッショナブルなものやかわいい、かっこいいものに興味のある様々な人が自由に散策を楽しんでいたのが特に印象的だった。
事実、出版物以外に草率季(TPABF)の会場では雑貨やグッズなども高評価を得ている。
「何かを表現するとき、必ずしも本という体裁でなくてもいいのではないかとも思う。自分が好きなもの、表現したいものを好きな媒体で表現できることがいちばん理想的。草率季(TPABF)が他のアートブックフェアと最も異なる部分はグッズ類が多いこと、ヘンテコなものが多いこと。笑 ここ数年で国外からも安定的に応募が増えてきた。そんな中、草率季の英語名はTaipei Art Book Fairで本のイベントにはなっているものの、徐々に理解されてきているように草率季(TPABF)は本だけのイベントではない。なので実は今年は国外からも出版物以外の応募もとても多かった。今年日本からはネイルアーティストも出店する。こうやって世界各国から草率季(TPABF)に集まる人たちがいることはとても嬉しい。」とxaviaは笑顔で話す。
xaviaもとい草率季の「何かを表現する時に必ずしも本でなくてもいい」というのはとても重要な視点だ、と私は思う。なぜならアートブックフェアは世界各地で盛り上がりをみせてきているが「芸術に興味のある人たち」だけが集まりがちになってしまう問題もあるからだ。実際に、“アートブック”という存在を知らない人がイベントにアクセスしようと思うとハードルが高いイベントであることも事実だ。
「ただ、草率季(TPABF)でももちろんアートブックをみせていくことはとても重要で。アートブックとそれ以外の垣根をなくし、互いに交流・融合できるような空間をつくることが大事」
アートブックフェア自らが発行する出版物の在り方と意義
草率季のもう一つ大きな特徴として、草率季(TPABF)自らがグッズだけではなく本を出版していることだ。一つは記録集である『草率簿(TPABF Catalog)』、もう一つはアワードブック『草率獎(TPABF Award Collection)』。
「最初に発行したのは2021年。その年はコロナ禍でイベントとしての開催はできなかったが、それでもコンピレーションブックの形として『草率簿(TPABF Catalog)』を発行した。それをきっかけに、本だけでない様々なクリエイターや会場で行われる数多くのワークショップも含め、毎年草率季(TPABF)にどのようなアーティストと作品があったのかと記録することが大事なのではと思い2023年度から毎年発行するようになった。草率季(TPABF)がイベントだけで終わるのではなく、きちんと形としての記録を残していくことが大事だと思っている」
『草率獎(TPABF Award Collection)』は審査員を迎えたアワードで、台湾国内の作品を審査し、受賞作品をまとめた作品集だ。
「これは実験の一つ。私たちの立場として、たとえ本だけではない様々なものがあるのが草率季(TPABF)の特徴だとしても、(台湾の出版環境の背景もあり)やはり台湾現地のアーティストや出版物を激励、鼓舞する必要がある。どうやって一緒におもしろい本を作るか議論を深めていくことが大切で、このようなかたちで作り始めた」
『草率獎(TPABF Award Collection)』は特に、大小様々で創造性豊かな作品がぎゅっと詰まった作品集で、見た目にも楽しい。
9月6日(土)、7日(日)に開催される「次の電車がくるまで Vol.5」にはこれらの出版物が並ぶのでぜひ現地で手にとってみてほしい。
草率季がつくる創造の根底にあるもの
草率季(TPABF)というイベントはDouble-grassという小さな会社で運営されている。
「草率季(TPABF)のイベント以外にも、実は私たちは芸術や建築、空間、イベントに関するあらゆる仕事を行っている。クライアントワークでも重要なのは“草率季”として関わること。今年は台灣文博だったり、去年はLOEWEの夜市企画などもあったが、その際もこれまでに私たちとコラボしてきたアーティストと一緒にプロジェクトを進めていった。会社自体も、少しずつ少しずつ色々なことができるようになってきて、みんなが協力し合って進んでいるような状態」
提供:草率季(TPABF)
提供:草率季(TPABF)
空間から始まった草率季はイベント空間や内装の面白さにも独自のこだわりがある。まさに草率季(TPABF)も段ボール箱や卵のパックを利用したDIY感溢れる装飾が特徴の一つでもある。その創造性はイベント時だけでなく、クライアントワークでも発揮される。
「実は私たちも全員空間デザインの専門家ではないが、共通認識としてあるのは材料や空間について“いかにおもしろくできるか”というアイデア。普段から自分自身もヘンテコなものが好きだし、草率季のアイデアや装飾自体、台湾の街中に少し似ている部分があると思う。そしてこのアトリエの環境も、毎日のように新しいものがやってきたり模様替えが行われたりする。その中で異素材同士を組み合わせていく面白さや考えが身についた。なので専門家ではないにしろ、この環境下にいることで自然と“草率季”としての考えが身に付いてくる」
自動車整備工場の2階にアトリエを構えるDouble-grass・草率季は、その環境と名前が表すようにとにかくおもしろいものを探求し続ける実験集団のようだ。
「自分が思うに草率季、会社自体も実験段階にある。『とにかくおもしろい、楽しいことを見つけて実行していくこと』が私たちの理念かもしれない」
板や木板を組み合わせテーブルにしたものに不揃いな椅子、たくさんの仕事道具とガラクタと、世界各地から集まった大量の本が並ぶアトリエで、今日も草率季はおもしろいものに向かって突き進む。
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WRITER

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佐賀県出身。福岡→台湾→京都へ。
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zineや自費出版本を作ったり、音楽をはじめとしたあらゆる芸術に救われつつ人情食べて生きています。
