【川端安里人のシネマジプシー】vol.15 ジョニー・トーの食卓
ジョニー・トーを語るキーワードは「食事」
はい、前回に引き続き香港映画もっと見ようよ!というお話。
なぜ、自分が2回連続で香港映画が好きなんだと言っているかというと、それは間違いなく今回紹介するジョニー・トーという監督がいるからでして、この人は前回紹介した「モーターウェイ」ではプロデューサーとして参加していた人です。古今東西、歴史的名作から珍作までくまなく映画を観ていますと悲しいかな、自分の好きな映画監督たちというのは既に鬼籍に入っているか、歳のせいか5年とか10年に1本新作を作れば良い方のような人たちがほとんど。もちろん好きな若手監督もいるんですが、そういう人たちも1作1作こだわって作っているような作家性の強い人たちなのでやはり数年おきというのがザラです。
そんな中このジョニー・トーという人はほぼ毎年新作を、それもぶったまげるような傑作をコンスタントに作り続けている稀有な存在なんです。しかも映画や書籍の基礎教養がないと楽しめないような高尚なものだとか、現代アートに分類されてもおかしくないような難解な作品ではなく、アクションやラブストーリーといった誰でもすんなり受け入れられる文脈の作品で常にフレッシュな輝きを放つ今や数少ない職人監督さんなんで、是非ともいろんな人に観てもらいたいわけです。
主婦のような漢たち
例えば、ジョニー・トー最高傑作とも言われる2006年の『エグザイル / 絆』。アウトローな男たちの変わらぬ友情と死に様を描いた現代版西部劇のような映画なんですが、映画の前半、犯罪組織から抹殺指令が出たターゲットと殺し屋二人、そしてターゲットを守るために雇われた二人の計5人が出会い銃撃戦が始まります。アクション映画なら普通の流れですね。ところが、ジョニー・トーはターゲット宅にいる赤ちゃんが泣き出すのをきっかけに銃撃戦を中止し、なんと壊れた家具の修理と夕食の支度を始めるのです。鶏とカシューナッツの炒めみたいな湯気だつ美味しそうな料理をほおばりながら、スープの中に先ほどの銃撃戦で紛れ込んだ銃弾が入っているというギャグもはさみむこのシーン、この5人が実は旧友同士というのが示される名シーンです。
映画というのは視覚と聴覚を刺激するメディアなので、その食卓の匂いも料理の味も楽しむことはできませんが、自分もその食卓に混じりたい!そう思わせる本当に素晴らしいシーンです。ジョニー・トーという監督はこのようにあるグループや仲間同士の結束の象徴として食卓を効果的に使う監督です。
その他のジョニー・トー作品でも効果的に使用されている「食事」シーン
他にも例をあげれば2004年の『ブレイキング・ニュース』。警察の威信をかけた生中継と巨大マンションに篭城する知的な犯罪者たちとの戦いを描く映画ですが、この映画もやはり料理が面白く使われています。
勘違いから同じ部屋に立てこもることになった銀行強盗と殺し屋が人質のために料理を振る舞うんです。どっちも凶悪犯なのに、「いつかレストランを開きたいんだ」なんて休日のお父さん感を匂わせつつ、手際よく料理を作る強盗と殺し屋、初対面の悪党たちが料理を通じて心を通わせるなんてそうそう見れる光景じゃないですよ。そして人質一家とのご飯をインターネットで生中継、警察もこれはイメージアップ作戦だと便乗して特殊部隊に豪華な蒸し鶏弁当を振る舞う……。常に緊張感の漂う映画の中での見事な緩和シーンです。
例をあげればキリがありません、オシャレな犯罪ロマンスコメディ『スリ』のスリ集団にしろ、香港特殊部隊の一晩を描く『PTU』の隊員たちにしろ、彼らの集合場所、打ち合わせの場、ひとときの休息は馴染みの食堂となっています。また人間の内面を見通すことができる特殊能力を持った元刑事を描く『MAD探偵 7人の容疑者』では、主人公が容疑者の心理を探求するため「フカヒレスープ、蒸し魚、鶏のから揚げ、ご飯」という容疑者が頼んだものと同じ注文をして、同じように食べるのを繰り返すという、ここまでくるとギャグなのか本気なのかわからなくなってくる名シーンもあります。
かと思えば同じ食卓にいない=仲間ではないというのを示すために、暗黒街の次期首領の場を奪い合うシリアスな黒社会もの『エレクション』2部作では、古参たちが皆に茶を振る舞う反面、騒動を巻き起こす厄介な異端ものはレンゲを食べさせるだとか、犬に食べさせるだとかでやっぱり食を通して異質化、異端化させています。もちろん例にあげたのは普段食と直結しないようなアクションものノワールものの方が目立ちやすいからであって、ズバリ食をテーマにした、しかも横浜中華街が舞台の楽しいラブコメ『ダイエット・ラブ』なんて映画もありますよ!
「食事」のシーンだけじゃない!ジョニー・トーの魅力
観たら中華料理食べたくなるの間違いなしのジョニー・トー作品、ぜひ観てみてください!
と閉めたいところですがジョニー・トーを語る上で絶対必須な要素をもう一つ。
自分がジョニー・トーを天才だと疑わない最大の理由、それは脚本なしで映画を作るという点です。この人は制作会社の社長でもあるために、お金を儲けるために作る映画と作りたいから作る映画をきっぱりと分けているのが特徴でして、稼ぐための映画は数ヶ月で製作して、作りたいから作る作品の場合3年とか4年という長時間をかけて製作するという独自のスタイルで映画を作っています。
通常映画やテレビドラマは最初から最後まで書かれた脚本を元に撮影をするものですが、本気のジョニー・トー作品の場合、プロットと呼ばれるあらすじだけを元に朝その日撮影する脚本が渡され、その日の撮影終了後次の日の撮影案を考えるという極めて即興的実験的なスタイルで製作されていきます。つまり、論理よりも感性を、ストーリーの緻密さよりも映像としても面白みを追求するそういった作品たちは上にあげた食卓のシーンのように”トー印”としか言いようのない日常的な空間を、遊び心で非日常的に描く面白みに満ち溢れています。この遊び心こそが映画が日常の延長線から切り離されて映画として輝き始める、あぁ、映画って本当に面白いなって思わせる要因なんじゃないかと思うわけです。
そんなジョニー・トー作品の裏話を最後に一つ、やっぱり即興で撮影を進める以上アイデアがわかない時もあるそうで、「エグザイル / 絆」の撮影が中止していた時に俳優たちが不満なんかを口にしながら建物の屋上でしゃぶしゃぶを始めたそうで、それを見たジョニー監督は対抗するかのようにその真横でバーベキューを始めたんだとか。トー監督の源はやっぱり料理なんですね。
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1988年京都生まれ
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小学校の頃、家から歩いて1分の所にレンタルビデオ屋がオープンしたのがきっかけでどっぷり映画にはまり、以降青春時代の全てを映画鑑賞に捧げる。2010年京都造形芸術大学映像コース卒業。
在学中、今まで見た映画の数が一万本を超えたのを期に数えるのをやめる。以降良い映画と映画の知識を発散できる場所を求め映画ジプシーとなる。