【川端安里人のシネマジプシー】vol.16 プリズナーズ
最近公開された『メッセージ』の映画監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ、彼がどんな人か知ってますか?
海外で大絶賛され、日本国内でも5月19日から公開が始まり注目を浴びているSF映画『メッセージ』、さらには今年10月27日に公開される名作SF映画のなんと35年ぶりの続編となる『ブレードランナー2049』の監督に抜擢されたカナダの鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴ。久々のシネマジプシー、今回はそのヴィルヌーヴ監督と2013年の彼のアメリカ進出作『プリズナーズ』について書いていきます。
まず、そもそもここ数年で急に注目を浴びるようになったヴィルヌーヴ監督ですが、決してパッと出の新人というわけではありません。活動を始めたのは90年代からですが、日本初公開作は2000年の『渦』という映画から。カナダのアカデミー賞であるジニー賞で監督賞を受賞したこの映画は、交通事故を隠蔽しようとする女性の悪夢的体験を魚目線で描くという奇妙な内容でカナダのフランス語圏ケベックで製作されたと言う特異な製作背景とシュールな内容の1本としてひっそりと公開されただけでした。(今でこそ映画界のアイドル的存在になったグザヴィエ・ドラン監督のおかげで目にする気概が増えましたが)
普通の監督ならその後もコンスタントに映画を撮り、少しづつ知名度を上げていくものですが、ヴィルヌーヴ監督はなんとここで『自分はまだまだ修行が足りない』と約10年間表舞台から姿を消します。その間何本かのショートフィルムなどを製作しただけで、世間がその名前を忘れた2009年に『静かなる叫び』を監督し表舞台にカムバック。そして翌年には『灼熱の魂』を撮り、彼の名を世界に知らしめたしめました。中東における民族問題や紛争を描きながらもあえて国などを示さなかった結果、ギリシャ悲劇的な世界観を持つ重厚なサスペンスになり、中東が舞台ながらいきなり爆音のRADIOHEADの曲から始まるこの映画で、ヴィルヌーヴ監督は“修行の成果”を世界に見せつけ、最も今後の期待される監督に成長しました。
『プリズナーズ』は最後の二分のカタルシスを楽しめ
そして2013年にアメリカに招かれ監督したのが今回紹介する『プリズナーズ』です。この映画でその後2015年のメキシコ麻薬戦争を背景にしたハードボイルド『ボーダーライン』、そして『ブレードランナー2049』でもトリオを組むアイスランドの音楽家ヨハン・ヨハンソンとコーエン兄弟の映画や『007 スカイフォール』などで知られる撮影監督ロジャー・ディーキンスと初トリオを組むわけです。いいバンドがメンバーそれぞれに特色を持つように、「監督:ヴィルヌーヴ / 撮影:ディーキンス / 音楽:ヨハンソン」、この三人が組むだけで傑作に仕上がるのが約束されていると言いきれる、実に相性のいい3人です。
『プリズナーズ』はサスペンス映画でネタバレしないようあまり詳しくは書きませんが、この映画は山と雪に囲まれた町を舞台にしており、大半がくすんだ色合いで進行していきます。具体的に言うなら曇った空の灰色や廃屋になった、主人公の家のクリーム色のタイルなんかが常に画面を覆っているわけです。
ところが映画のクライマックスにある目的、そこまで映画を見てきた人なら応援せざるを得ない目的のために車が疾走するシーンで、最初は夜の闇と青い光だけだったのが街の中心に向かうにつれてどんどん色が増していくんですね、それまで暗く重い物語だったのが解決に向かうそのシーンで内容の盛り上がりと連動するように画面がカラフルになっていく、音楽のストリングもそれに合わせて少しづつ大きくなっていく。2分ほどしかないこのシーンのカタルシス、それだけで十分この映画は傑作だし、この三人の素晴らしいコラボレーションを体現している名シーンと言えるでしょう。
見ている人に倫理的な問題を問いかける
そんな『プリズナーズ』なんですが、いわゆるサイコスリラーであるものの、犯人を捜査官が追うと言う王道から少し離れたストーリーでして、「少女失踪事件をきっかけに釈放された、10歳程度の知能しかない容疑者を監禁し自白を強要させる父親」と、「事件の捜査をする刑事の反発」と言うツイストの効いたストーリーテリングで観客を引き込んでいきます。
題材は田舎町が舞台のサスペンスですが、戦場などで普遍的に行われている“人の命を助けるためなら容疑者を拷問してもいいのか?”という倫理問題を我々観客に問いかける映画です。普通のサスペンスなら映画の要所要所で少女の現在なんかを写して、観客に「リミットが迫っているよ」と煽るのが常識ですが、この映画は少女が消えてから徹底してその姿を映さないことによって一層主人公の行動が正しいのかわからなくさせる演出も素晴らしいところ。
サイコVS暴走おやじVSイケメン刑事
最後に、この映画のキモでもありキャラクターの核心に触れることを。この映画には象徴的なアイテムやシンボルがいくつか登場するのですが、それらには全て宗教学的な意味合いが込められています。分かりやすい例が主人公ケラーの車にぶら下がる十字架、これなんかは分かりやすく彼がクリスチャンであることを示しているのですが、事件を捜査するロキ刑事、この北欧神話の神の名を持つ男の首には八芒星(オクタグラム)の刺青が。この八芒星は元来十字架が二つ重なり『全方位を見つめる法と正義』の意味合いがあります。
そして犯人を示す重要なアイテムである迷路。この迷路もシャルトル大聖堂の迷路を模しており、意味は聖地への足取り。もう一つのシンボルは蛇です。蛇は悪魔の使いを意味しますが、もう一つ知恵を与えるものと言う意味もあります。ネタバレになるのでこれ以上踏み込めませんが、これを踏まえた上でこの映画を見ればサイコVS暴走おやじVSイケメン刑事という枠組み以上に神の代理戦争としての『プリズナーズ』を楽しむことができるはずです。
確かに暗く重くおまけに長い映画ではありますが、知的な隠し味を持ち合わせ、サスペンスとしても優れたストーリーで、監督は旬だしスタッフキャストは超豪華、食わず嫌いはせずに是非一度観てみてください。それと、音が重要な映画でもあるので、世界観に入り込むためにも視聴の際はヘッドホンとかで見るのがオススメです。
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WRITER
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1988年京都生まれ
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小学校の頃、家から歩いて1分の所にレンタルビデオ屋がオープンしたのがきっかけでどっぷり映画にはまり、以降青春時代の全てを映画鑑賞に捧げる。2010年京都造形芸術大学映像コース卒業。
在学中、今まで見た映画の数が一万本を超えたのを期に数えるのをやめる。以降良い映画と映画の知識を発散できる場所を求め映画ジプシーとなる。