
模写を通じて味わう現代の歌詞-第1回 mei ehara“悲しい運転手”
音楽をより深く楽しむために、歌詞を模写している人がいます(私です)。「歌詞は曲を通して聴くもの」であることが前提ですが、模写を通してどのような体験を味わっているのでしょうか。音楽の聴き方を振り返りたくなるような、勉強とは違った模写の楽しみ方をみなさんにお届けする連載です!
「歌詞の模写をするのが趣味です」と人に伝えると、だいたい「歌詞?」と聞き返されます。好きな曲を自分の身体に染み込ませたいと思い余って始めた模写ですが、多くは技術を体得したり、観察力を育成するなど学習や練習のためにする行為だと知って驚きました。まずは曲を聴いて音を楽しみ、歌詞を読んで味わったら、再び曲を流しながら歌詞を追って歌ったりする。そこからさらに私は歌詞の意味をあれこれ想像しながら模写をして、曲に乗った感情を追いかけていくのが好きなんです。
そうすることで初めてその音楽の作者の感性が垣間見え、深いところで繋がれた気になれたり、自分の身体に取り込まれて、肥やしになっているように感じます。
他者がいろんなことを感じながら生きている様子に希望を感じる私にとって、音楽からどこまで何を感じとることができるのだろう?そもそもこの曲を表現した人は何を思って紡ぎ出しているの?この連載は、「何の役にも立たない趣味」と自嘲しながら模写を続けてきた私自身に、何らかの役割や意味合いを見出してみようとする挑戦の記録でもあります。
アイキャッチデザイン:おっぺけりょう子
今回模写する曲:mei ehara “悲しい運転手”
mei ehara
シンガーソングライター/文筆家。学生時代に宅録を始め、2017年にキセルの辻村豪文をプロデューサーに迎えた1stアルバム『Sway』でカクバリズムよりデビュー。2020年にセルフプロデュースによる2ndアルバム『Ampersands』を発表。アメリカのシンガーソングライター、Faye Websterのアルバム『I Know I’m Funny Haha』(2021年)に参加し、2024・2025年にはFaye Websterのアメリカツアーにサポートアクトとして出演した。今回の課題曲である”悲しい運転手”は2025年9月にリリースされた、約5年ぶりのフルアルバム『All About McGuffin』の7曲目に収録。
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孤独に見える私たちの周りには何が広がっているか
私はピアノ教室を開いている親のもとで育ちました。私自身もバイオリンを習っていたことで、音感が鈍るのを避けるために音楽番組を含めたポップスの視聴を禁止されていたんです。そうは言っても、世の中で「いい!」と言われている物事を知るのが好きで、ポップスにも興味はありました。そして、個人の表現に深く潜り込むことも好きです。だから10代半ばくらいから、親から隠れてこっそり聴き始めるに至りました。w-inds.やスガシカオ、森山直太朗など、気に入った音楽を何度も繰り返して聴いていましたが、ANTENNAに登場するようないわゆるインディー音楽に手を伸ばしたことは今までありません。しかしANTENNAと出会えて、この10月からせっかく加入したんだもの。今まで出会ったことのない領域に潜り込ませていただく好機会、逃すわけにはいきません!あえて、私がこれまで知らなかったアーティストの、聴いたことのない曲を、私以外のANTENNAメンバーからご提示してもらい、フラットに聴いてみることにしました。
連載のルールとしては、模写をする前に、まず曲を楽しみます。MVがあれば見ますが、今回の課題曲にはなかったので、視覚情報なしの初対面となりました。
ポップスの視聴を禁止されていた名残なのか、歌が入っている曲は歌詞が入ってきづらいです。耳には残るのですが、メロディとして認識してしまいます。言葉の意味が認識できる曲もまれにあるのですが、その差はまだよく掴めていません。ビジュアルで例えるなら、歌以外の部分は写真で、歌は写真の上に書かれたデコレーションの文字といったところでしょうか。またこれと似た現象として、疲労が高まると人の会話が全てメロディに聞こえ、言葉の意味が理解できなくもなります。
まずは歌以外の部分を特に堪能します。デコレーションの雰囲気も味わいつつ写真をまじまじと見つめる感じです。ドラム、シンバル、ベース、キーボード、meiさんの音色を聴きとることが出来ました。
スローなテンポの始まり。孤独っぽいけどそうじゃない。四つ打ちリズムの安心感で、どうやら道が開いているし世界は壊れていないとわかる。それが聴き手に対する優しさというか「ひとりに感じるかもしれないけど、社会はそれを見守っているよ」というメッセージに聴こえてくる。全体的な雰囲気は、雨上がりの小道のようなところ。もわっとした、生ぬるい空気。メロウな声。ゆっくり歩いているのだろうか、というスピード感。1番は、心なしか緊張感があるような印象を受けるが、次第に明るい音が入りはじめ、深く呼吸している。視界に周りの情報が目に入って、ああ、ここは沿道に緑があって穏やかに自動車が往来する道なのかなと思わせる。ほの明るい日の光に薄水色の空。日常の景色は、意外と自分に寄り添ってくれているのかもしれない。
かたまってしまう私と、それを見守る社会
模写をする前は「堪能するぞ!」と、ちょっと神経質になっているもの。集中して最後まで模写をしたいから、どきどきしながら、心地良く落ち着いて過ごせるときを探します。今回は、雨上がりでカラッと晴れた日の昼間でした。この気候や時間帯に合わせたわけではありませんが、曲に合うような優しい陽が差し込んでいました。
模写をする前に、歌詞を黙読します。固まった心が解けていく様を表したような歌詞でした。1番の最後に登場する一節「時が来たら話せば?」は、決して強要しない、相手のタイミングをリスペクトして、話せる時が来るまで待つ姿勢。何かが起こったことで今の状態になったことを否定も肯定もしない態度と、自分に選択肢を与えてくれる事実が、前に進む者として存在させてくれているようにも感じる。
頑なになってこわばっているもの。そうさせた何かが過去だとわかっていても、まだ自分で解くことができなくて、抱えることしかできない。知っているつもりだったけど知らない自分。赴くままに、衝動のままに走る選択しか取れなかった。その時は、この行動しか取りたくなかった。ちょっと待ってねと言わんばかりに、2番の最後では「時が来たら話せば?」に対する「時が来たら話すね」という呼応が加わって、曲が締めくくられる。
また1番では「悲しい運転手」と表現されていたが、2番では「新しい運転手」に変わっているところが、能動的に生きている主体を感じさせた。悲しくても走るって、簡単ではないように思う。日常が進んでしまうから、仕方なくて必死なのかもしれないけれど。
音を聴きながら歌詞を読むと、メロディの細やかな表現が、心情の繊細な揺らぎを感じさせる気がしてきた。揺らいでいるはずなのに環境は温かくて、その状態で存在していることを肯定してくれるようなmei eharaのどっしりとした歌の存在感が、聴いている自分を勇気づけてくれる。
だが歌詞を読んだこの段階では、特に1番では何を伝えているのか、つかみ切れていないとソワソワした。さて、いよいよ模写に取り組んでいく。1番の歌詞を書き進めていくと「何が(目的語)」が明言されていないことで、そのつかみ切れなさを感じたのかもしれないと気付く。心情の不安定さを感じさせるとも、自分のことに置き換えて曲に没入しやすいとも言える状態が、より一層聴き込みたくなる。だからこのソワソワは大事なものなのかもしれない。わかるようでわからなくて、脳内のイメージを頼りに自分なりの意味を紡ぎ出すこの作業って、実はmei eharaさんとの協働作業なのかな、なんて厚かましくも思ったりする。
ひとしきり書き終えた歌詞を見ながら改めて曲を聴き、再認識していきます。1番は淡々と現状を受け止めて味わい、2番では1番にはなかった音が現れていき、曲に登場する人物の内面も行動も動き始める。終盤にかけて、曲の体温がどんどん上がっていき、自発的に何かができそうな、道に放たれたような、前向きな気持ちになった。雨が止んで、薄ら虹が掛かっている雰囲気。最後はドラムでスパッと音が切れていて、雨上がりの街角から一気に、現実に戻される。
当たり前にあるからないように見える社会の姿
曲から優しさを感じなくはないが、通り一遍の「優しい世界」ではなく、現実も表していると思う。悲しく落ち込んでいる時も、この社会は私たちをただ見つめている。「自分の人生の状態だもの、薄々気付いていたでしょ?自分に嘘はつけないからね」と。また同時に「固執してしまっていることを手放すことで、何かしらは変わるものだよ」とも伝えている気がするのだ。ただしそこに強要はない。そこにあるだけ。
「現代社会は多くの問題を抱えていて、解決していかなければならない」という認識が一般的ではあるが、一方で何も考えずに生きていたら、生活を営むための仕組みとして馴染みすぎて(見返りも求めないし)、社会の存在がないように思える。日々の暮らしに精一杯で、自分の手元足元しか見えていないときもあるだろう。そんなときも社会はずっとあなたを見つめていることを忘れてはならない。あるけれどないように感じてしまう社会の存在が、この曲で見えるかもしれない。
自分のコンディションによって曲の感じ方は変わってしまうから、様々な場面で聴いてみた。朝、夜、お腹が空いた時、ご機嫌に身体を動かしている時、落ち込んでいる時。聴き重ねていくことで、たくさん励ましてもらっているのに、厚かましさがなくて、振り返ったら曲の存在が見えなくなるんじゃないかと思うほどだった。
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WRITER

- ライター
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東京出身・在住。身体と音と言葉に夢中なまま大人になりました。感覚の言語化にこだわりがあります。
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普段は「空ルート」という整体と、AIの対話体験開発をしています。趣味は音楽活動やご飯イベントの開催です。
