未来は僕らの手の中(か?)|テーマで読み解く現代の歌詞
特集『言葉の力』の企画「#テーマで読み解く現代の歌詞」。サブスクリプションでのリスニング・ライフが主流となる中で、歌詞を見ながら音楽を聴くことが以前と比べて少なくなった気がする。逆に気になった楽曲を調べて歌詞を見ることは増えた。つまり「歌詞を味わう」ことがより能動的な行為になってきているのかもしれない。ならばいっそ、その能動性にフォーカスして、歌詞を軸にして現代の音楽を紐解いてみようじゃないか。
本企画では8人のライターがそれぞれ現代のポップ・ミュージックの歌詞を捉えるためのテーマを上げ、それを象徴している4曲と共に解説してもらった。
「未来」はどこか遠くにあるユートピアではない。自分たちの(ときに受け入れがたい)現実の延長線上にしかつくりだすことができないもの。終劇を迎えた『シン・エヴァンゲリオン』にはそんなメッセージが込められていた。
語るべきテーマの多い作品だが、主要な人物すべてに「今を受け入れる」という態度の変化が表れていたこと、そして物語の終盤で願いを叶える力を持ったシンジが「過去をやり直す」選択をしなかったことは大きなポイントだ。旧作品を覆っていた諦念とは180度意味が違う、現実を受け止めるという一種の諦め。それが未来へと向かう、スタートラインに立つ第一条件だった。
こうした意識の変化は日本の音楽シーンにも見て取れる。2010年初頭はヒップホップやトラックメーカーを中心に、2015年前後からはバンドシーンでも「チルい」音楽が求められてきた。そこで歌われてきたのは「僕」と「あなた」の刹那的な出会いと別れであり、それこそが “世界” として描かれている。そして私的に完結した世界は、わずらわしい現実を切り離し、都市が持つ輝きの一側面に過ぎないどこか甘美な「未来」に浸ることを私たちに許してきた。
そういった逃避的な役割もまた音楽には必要だ。だが蜃気楼が見せる幻のような未来を眺めているだけではトラックは先には進まない。そうしたムードに言葉で風穴を開けようとしてきたバンドがGEZANであったし、この世界はディストピアであることを繰り返し言及してきたのがHave a Nice Day!だ。彼らはクソまみれの世界にこそ存在する美しさと愛おしさを歌ってきた。
またSuiseiNoboAzは “3020” の中で〈ドブ臭い川べりでビールを飲む〉ことを約束し、今となにひとつ変わらない完璧でないものが1000年後の世界にすらあることを鮮烈に描きだしている。そしてROTH BART BARONの『極彩色の祝祭』からはアルバムテーマのひとつとして、「世界に対し自身が影響を持つ存在であることの自覚」を読み解くことができるはずだ。
ユートピアはない。しかし、この世界に夢を見ることはできるはずだ。これらどれも、そのための現実の肯定だ。「未来」を語る前に、まずはそこから始めよう。
KID FRESINO “Cats & Dogs feat. カネコアヤノ”(2020年)
とかく、関係性は「好き嫌い」の二項対立で語られがちだが、そう簡単に切り離せるのなら苦労はしない。特に人間関係は「好き」と「嫌い」の双方が不可分な状態で餃子の餡のように詰まっている。エヴァで言えばシンジから見たゲンドウへの感情をイメージするとわかりやすい。
自ら関与することのできない大規模な〈都市開発は進んでく〉一方で、〈君のことを嫌いにならないよう努力〉をするとはいじらしい。好きと嫌いを別のものとして受け入れる、この矛盾する感情を自覚することが世界を受け入れる最小の一歩なのかもしれない。
Lucky Kilimanjaro “KIDS”(2021年)
自分というものが「私」と「なにか」の関係性で成り立つ以上、自らの変化なくして「受け入れる」という行為は成立しない。それは不可逆的でとても怖く、また痛みを伴う。それをできなかったのが旧作品のエヴァンゲリオンだ。
大人になればなるほど、思考や価値観は硬直し変化する力を失っていく。その中でこの楽曲では未成熟ゆえに変化することに恐れを持たない「少年性」を取り戻そうとしている。大切なのはただ子どもに戻りたいと言っているわけではないということ。〈もう子供じゃいられないけど〉と自らの社会的ポジションを客観的に受け止めている点だろう。
SuiseiNoboAz “3020”(2020年)
一年先もろくに見通せない社会状況の中で、1000年後の約束を交わす意思の強さには恐れ入る。ドブ臭い川べりでビールを飲むことは、妙な確かさを持って「変わらずやっている」と想像ができる。けして特別とも、美しいとも言いづらい体験。だが、それゆえに今という現実を受け入れた印象が強く残る。
映画やマンガで描かれるピカピカした未来の生活や、デザインコンサルが予測する大胆な未来予測。そのどれからもこぼれ落ちるようななんでもない出来事と、それに心が揺れる瞬間。諸行無常な世の中で見つけられる普遍的なものは、案外そんなものなのかもしれない。
星野源 “創造”(2021年)
任天堂の『スーパーマリオブラザーズ』、その発売35周年記念でつくられた当楽曲は「創造」することの喜びと孤独を歌っている。多くの人はつくられ、出来上がったものにしか目を向けない。だが「つくる」ことは、自分自身の至らなさと向きあい続ける終わりなきロングジャーニーだ。つくるを通じて知る自分のサイズはあまりに小さい。ただこの現実との対峙なくして「創造」は生まれ得ないのだ。
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WRITER
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26歳で自我が芽生え、とうとう10歳に。「関西にこんなメディアがあればいいのに」でANTENNAをスタート。2021年からはPORTLA/OUT OF SIGHT!!!の編集長を務める。最近ようやく自分が持てる荷物の量を自覚した。自身のバンドAmia CalvaではGt/Voを担当。
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