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みなみ会館の思い出 – さよならは別れの言葉じゃなくて –

よく京都の街並みについて話す時「京都駅より南にはなんにもない」なんてことを言う人がいるが、そう言われた時、京都駅以南、伏見区に住む私は食い気味にこう返すことにしている。「いや、みなみ会館あるし!」と。

 

2017年12月、みなみ会館が建物の老朽化を理由に2018年3月に閉館、そして年内の移転を目指すことが発表された。「みなみ会館」という言葉がツイッターのトレンド入りし、地元の映画ファンのみならず、京都で学生時代を過ごしたであろう人達など、全国からたくさんの言葉がみなみ会館に寄せられた。

 

かくいう私もその一人である。18歳で大学進学のために京都市内に引っ越してきて18年、奇しくも人生のちょうど半分を市内で過ごしてきたことになるが、最も足しげく通ったのがみなみ会館であった。節目ということもあり、私のみなみ会館での思い出を記しておきたく、この原稿を書くことにした。私が知るのはここ18年のことであり、成人映画館であった頃から知る人にとっては言わずもがな、また若い世代にとっては「おっさんのノスタルジーにつきあってる暇はないぜ!」といったところだろうが、衝動的にアンテナ編集部に「書かせろ!」と言った手前、稿を進めさせて頂くこととする。

西暦2000年。京都府北部、日本海に面した映画館のないド田舎から市内に越してきた私は道端に石が転がっていないことに驚いたり、ファミレスに入って意気揚々と「コーヒーください!」と宣言したところ、ウェイターに半笑いで「ドリンクバー頼んでください」と言われたりと、様々なカルチャーショックを受けつつ、街中いたるところにある映画館に足を運び、テレビではなくスクリーンで映画を観られる環境を享受していた。この頃はまだ京都で最初のシネコンであるMOVIX京都が進出する以前であり、京宝会館(スカラ座)、弥生座、祇園会館、八千代館などの映画館が存在した。まだ紙媒体だった頃の「ぴあ」で各館のスケジュールをチェックし、主にハリウッド製の大作を観ることが多かった。

 

半年ほどそんな映画ライフを送っていたある日、いつものようにぴあをぺらぺらとめくっているとどうにも無視できない文字を発見した。『江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間』である。上映館は「京都みなみ会館」。それまで三条・四条界隈の映画館しか攻めていなかった私が初めてみなみ会館を意識した瞬間であった。

 

『恐怖奇形人間』(1969)は当時、倫理的な問題から一度もソフト化されたことがなく、ダビングを重ねた海賊版ビデオが高値で取引されていた伝説のカルト映画である(2017年になってやっと日本でも正式にソフトがリリースされた)。大槻ケンヂ氏のコラムでその存在だけは知っていたので、「この機を逃してなるものか!」と上映当日、自転車で向かった。興奮のあまりずっと立ちこぎであった。実際はずっと立ちこぎをしていた訳ではないが、メンタル的には立ちこぎであった。

初めてみなみ会館へ行く人の多くがそうであるように、私も1階にかつてパチンコ屋があった頃の面影を強く残す外観に騙されて一度素通りし、映画ポスターを発見して引き返し、なんとか辿り着いた。

 

緊張しながら階段を上り、受付で「きき、恐怖奇形人間……」と言ったところ、「券売機でチケットを……」と入り口外の券売機(現在はない)を指され、必死に「あー、そうだったそうだった」なんて表情を作りながらロビーに入ったのを憶えている。ロビーの奥には今はないポップコーンマシン(これも現在はない)があり、上映を待つ人達(ほぼ男)が数人いた。客は皆一癖も二癖もありそうな者ばかりで、アート系の学生、「映画のことで頭がいっぱいで身だしなみなど気にしない!」と宣言してそうな”いかにもシネフィル”といった男、そしてその二つどちらにも該当しないがとにかく得体の知れない男、と田舎ではまずお目にかかれない人種であり、私はとりあえずナメられないように眉間に力をこめて竹内力のような表情で壁面のポスターやリーフレットを眺めていた。

 

上映時間が近づくにつれ人が増え、ロビーがほぼ満員になったところで開場が宣言され、劇場内に入ると目の前に古式ゆかしい緞帳に囲まれたスクリーンと真っ赤な椅子のある風景が広がった。適当な席に腰を下ろすとその真っ赤な椅子はこれまでに感じたことのない優しさで私を包み込んだ。『あすなろ白書』で木村拓哉に後ろから「オレじゃ駄目か?」と後ろから抱きしめられた時の石田ひかりもこんな気持ちだったのだろうか。「死ぬ時はこの椅子で死にたい!」などと劇場にとって非常に迷惑なことを考えているうちに上映開始を告げるブザーが鳴り、みなみ会館名物のスタッフの方の生声前口上が始まった。

 

ここから上映が終わるまでのことは正直あまり憶えていない。「とりあえずなんか凄い体験をした」という実感だけが頭の中をぐるぐると回り、なかなかまっすぐ帰る気にもならなかったので壁のポスターを再び眺めていると、また新たに客が増えてきた。その後の予定を見てみると「黒沢清オールナイトスペシャル」とあり、前年、高校3年生の春に交際していた女性にフラれたショックで学校をサボり、黒沢清監督の『CURE』を観て精神的に弱っていたのもあって吐く、というトラウマ体験があったので一目散に帰宅した。現在みなみ会館の壁面に展示してある歴代のリーフレットで確認したところ、2000年10月14日のことのようだ。

それから10日後、私は再びみなみ会館を訪れている。松江哲明監督の『あんにょんキムチ』を観るためだ。高校生の頃、深夜にたまたま観た森達也監督の『放送禁止歌』でドキュメンタリーのおもしろさを知り、話題にもなっていたこともあり足を運んだのである。

この最初の2回の訪問が私のみなみ会館で観る映画の傾向を表している。要は「カルト映画とドキュメンタリー」である。所謂三大ミッドナイトカルトシネマと呼ばれる『エル・トポ』、『イレイザーヘッド』、『ロッキーホラーショー』はすべてみなみ会館で観ているし、ジョン・ウォーターズの『セシル・B・シネマウォーズ』で笑い、ロメロの『ゾンビ』で奮え、井口昇の『片腕マシンガール』で返り血を浴びた女性の顔に興奮することに気付いたり、塚本晋也『六月の蛇』で前かがみになったり、園子温『愛のむきだし』で走り出したくなったり、ジェームズ・ガンの『スーパー!』でなんとも言えない気持ちで駐輪場に立ち尽くしたり……。

 

そういえば河崎実作品もよく観に行った。『いかレスラー』、『コアラ課長』、『ヅラ刑事』、『日本以外全部沈没』、『地球防衛未亡人』。「どれがおすすめ?」と問われたら「どれもすすめないけど『地球防衛未亡人』は壇蜜がエロいよ」とだけ答えるだろう。

 

ドキュメンタリーでは『ダーウィンの悪夢』、『ドキュメンタリー頭脳警察』、『ロスト・イン・ラマンチャ』、『ROOM237』、『ライブテープ』、『ホドロフスキーのDUNE』なんかが強く印象に残っている。

 

ドキュメンタリーといえば学生時代に『ボウリング・フォー・コロンバイン』を観に行ったときにロビーで同じゼミのちょっと気になる女の子と出くわして一緒に話しながら帰るという、青春映画の一場面ような出来事もあった。その後の二人がどうなったかは言いたくない。

そしてみなみ会館といえばオールナイト上映。初めて行ったのは2003年9月22日の『パンチドランクNight』だ。ポール・トーマス・アンダーソンの『パンチドランク・ラブ』公開のタイミングで、上映作品は『ブギーナイツ』、『マグノリア』、『ウェディング・シンガー』だった。

 

以降、上映作が明かされない名物『ポップコーンナイト』はもちろん、ゴダールやトリュフォー、ホドロフスキー、園子温などの監督特集、『銀河鉄道999ナイト』、『トロマのしたたりナイト』、『猛女オールナイト』etc……どれだけの朝をみなみ会館で迎えただろうか。

 

ゾンビ映画のオールナイト終わり、ディープ・ヒット・オブ・モーニング・サンシャインを浴びてふらふらと九条通りを歩く我々観客達はゾンビ以外の何者でもなかった。

以上が大まかな私のみなみ会館の思い出である。この原稿を書くためにリーフレットの展示を見に行ったのだが、懐かしい作品の名前がゴロゴロ出てきて、当たり前なのだが「ああ、これみなみ会館で観たなぁ……」という言葉が頭に浮かぶ。シネコンしか行ったことのない人には出てこない言葉であろう。

 

そんな私が愛してやまないみなみ会館では3月26日から6日間、「京都みなみ会館さよなら興行」が執り行われる。『田園に死す』、『太陽を盗んだ男』、『台風クラブ』、『鉄男 TETSUO』、『大人は判ってくれない』、『シング・ストリート』、『狂い咲きサンダーロード』etc……そして『江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間』も! どの作品も誰かにとっての思い出深い心の一本であるものばかりである。ぜひホームページで全上映作品をチェックして足をお運び頂きたい。たとえ知らない映画であってもいい。「みなみ会館で観る」ということが重要なのだ。

 

長々と駄文を連ねてしまった。本当は『刑事まつり』のことも書きたかったが、さすがにもうやめておく。

 

最後にこの言葉をみなみ会館に送りたい。

 

「さよならは別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの遠い約束」

 

橋本環奈さんと長澤まさみさんの言葉である。
そして一時閉館後はみなみ会館からこの言葉がアナウンスされるのを静かに待つこととする。

 

「開……館……」

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