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自分の“好き”を伝えたい!-『音楽ライター講座【初級編】in 京都』総括レポート-

MUSIC 2018.12.07 Written By 和島咲藍

今年8月、京都のうだるような暑さのなか、それよりもさらに”熱い”思いをもった音楽好きたちが集まって開催された、岡村詩野による『音楽ライター講座【初級編】in 京都』。職業も年齢もバラバラ、普段好んで聴く音楽のジャンルも全く違う受講生30人と岡村詩野がつくりあげた全5回の講座は、音楽との愛ある格闘とその喜びに満ちたものだった。

講座の流れ

今回音楽ライター全くの未経験の状態で講座に参加してみて、わたしが最も学んだのは「物怖じせず自分の考えを発信しても良いのだ」ということ。一見あたりまえのことのようだが、実はこれがけっこう難しい。どこから手をつけるのか、内容は、そして形式は? 音楽についての文章を書く一歩を踏み出し、そうした難しさと向き合ってゆくための秘訣を、全5回を通して学ぶことができた。

 

今回の音楽ライター講座は”初級編”。音楽を聴き、実際に文章を書くまでの第一歩目を学んだ。具体的には ①サウンド・楽曲への理解 ②社会的、相対的な評価への理解 ③音楽的ルーツへの理解 の3つの軸だ。

 

また、講座での学びに加えて、毎回文章を書く宿題が課される。これは、講座の内容が理解されているかを確認するためだけではない。音楽についての文章を書くには上記の3つの軸に加えて「表現力」が不可欠で、その「表現力」は実際に書くことで磨かれてゆくからだ。音楽ライター未経験者も経験者も、講師の岡村詩野からの時に厳しく、しかし的確で温かい添削を受け、講座の回を重ねるにつれてどんどん書きたいことの焦点が定まっていった。講座の時間以外、例えば講座後にみんなで集ったサイゼリヤやインターネット上でも、親身に根気強く一人ひとりの原稿と向き合う岡村詩野は、心強い講師であり、戦友のようでもあった。

まずは、楽曲を”因数分解”しよう

全5回ある講座の前半は、講師の岡村詩野とも縁深い京都出身のバンド、本日休演の『秘密の扉』を例に「音楽の聴き方」を学んだ。まずは曲を、速さや使用されている楽器、歌詞、メロディ、リズム、ヴォーカル、曲の構成などの要素に因数分解しながら聴き、特徴をつかむ。

 

 

受講生たちは、探りさぐりの雰囲気ながら「構成はイントロ→A→B→A→B→サビ……といたってシンプル」「リズムはベーシックでわかりやすい4拍子」「速さはBPM130くらい……」など、次々と意見を出していく。楽器経験のない受講生にとってはピンとこない『BPM130』も、岡村が「早歩きくらいですね」と言い換えればたちまち実感を持って理解することができた。また「ヴォーカルがなんか昔っぽい」という漠然とした意見も、岡村による「それはどの辺から感じるんだろう? 例えばピッチはどうでしょう?」といった質問によってどんどん掘り下げられていった。

 

最終的には「間奏で一気に楽器の数が増えてドラムのビートを無視するところには浮遊感がある」や「易しい言葉遣いの歌詞はこの曲の脱力感に一役買っている」など、30人が30通りの聴き方をし、根拠を持って『秘密の扉』の特徴を言語化することができた。

レビューをする前に、音楽の”背景”にも迫る

講座の後半の回では、本日休演のバックグラウンドに迫った。記事に取り入れるかはともかくとして、そのバンドが置かれている状況や音楽的ルーツは、曲を理解し、その曲を切り取る”アングル”を設定するため、やはり把握しておく必要がある。

 

ここでは、”絶対的立場”と”相対的立場”という2つの視点を与えられた。”絶対的立場”とは、例えば「本日休演は京都大学で結成された」という揺るぎない事実、”相対的立場”とは、例えば「SuchmosはNHKのサッカーW杯のテーマ曲になるぐらい大衆性のあるバンドだ」という相対的な事実である。なかでも面白かったのは「例えばみなさんがタワーレコードの店員だったら、本日休演の『秘密の扉』の両隣には誰の何のCDを置きますか?」という質問だ。これによって同時代だけでなく過去の音楽に遡って注目したり、日本だけでなく世界の音楽シーンや、その楽曲への影響を視覚的に捉えることができるようになる。

 

このようにして進んだ全5回の講座の卒業制作では、ひとり1曲ずつ、2018年夏前後にリリースされた楽曲を選び、レビューした。受講生が選んだ邦楽・洋楽問わないレビューは、それぞれの個性が出た素敵なものに仕上がっている。

自分の”好き”を人に伝える後押しをしてくれる講座

わたしがこの講座で一番印象に残っているのは、岡村詩野の「経験がなくてもなんでも、あなたがあなたの名前を記名して、あなたの意見を書くことに意味があるんです。間違いなんかないんです」という言葉だ。ただ情報を並べるだけでは、解説をするだけでは、記名で文章を書く意味はない。誰もが手軽に情報を得ることができるこの時代に、調べてすぐに出てくることを書く必要はないのだ。曲やアーティストのどの部分に着目し、掘り下げるのか。文章を自分にひきつけ、「この音楽は自分にはこう聞こえるのだ」という解釈をしてゆく。

 

もちろん、好き放題書いてよいということではない。勉強やリサーチが不可欠だし、形式を無視しすぎるのは良くない。何より信念が必要だ。しかし、彼女のこの言葉は、音楽ライター未経験で及び腰だったわたしをすごく励ましたし、自分の好きなものをもう一度受け取り直して発信することへの垣根を下げてくれた。

 

音楽ライターを目指していてもそうでなくても、愛をもって自分の好きなものと格闘し、一本を書き上げ、それを人に読んでもらうことは確かな喜びで、我々の生活を豊かにする。そのためのこれ以上ない味方が『音楽ライター講座』にはたくさんいた。

 

音楽について文章を書くってどういうことだろう?

 

それは、聴き手が書き手になること、つまり、自分の好きな音楽の消費者でしかなかった者が、それを人に発信する側にまわるということだ。毎日繰り返し聴いて、もはや自分の一部になった音楽を一旦自分から引き剥がして、真正面からとっくみあって言葉にする。自分の中にある模糊とした、だけど大切な感情を、他人に届く形につくりかえる。はっきり言って、とても苦しいことだ。それでも、どうしても書かずにはいられない、伝えずにはいられない。なぜなら、音楽が好きだから。

 

『音楽ライター講座』はまだ初級編が終わったばかり。これからどんな音楽好きが京都の地に集い、どんなレビューが生まれていくのだろう。みなさんも、自分の”好き”を誰かに伝える第一歩を踏み出してみませんか?

岡村詩野による『音楽ライター講座 in 京都』が年末にトーク・イベントを開催

さて、そんな情熱たっぷりの岡村詩野による音楽ライター講座が、年末に特別トーク・イベントという形で帰ってくる。ゲストもお招きして貴重なお話を聴けるこのチャンスに、ぜひ音楽ライター講座の空気を肌で感じていただきたい。

 

詳細はこちらをご覧ください!

 

https://antenna-mag.com/post-26253/

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