COLUMN

金田金太郎のアートウォッチメン!ステートメント02『タオルがにおう』

この連載は、関西を中心に美術作家の金田金太郎が、開催されているアートな場所を訪れ、ステートメント(アーティストの声明文・展覧会のごあいさつ文)とともに、アーカイブしていくものだ。

ステートメント01:『タオルがにおう』

場所:in ホホホ座浄土寺店

ギャラリーに訪れた人と作品の前で語る谷このみ(作家ご本人)

1. におったっていいじゃないか

8月10日(土)から9月29日(日)までホホホ座浄土寺店の1F店内とホホホ座1階奥ギャラリーにて開催されていた谷このみさんの個展『タオルがにおう』へお邪魔してきた。会場では、新旧作含む約60点の絵の展示と新作出版されたアートブックやグッズなどの販売も同時に行われていた。

“タオルの匂いを嗅ぐにつれ、いつの間にか大人になりました。(…中略…)湿気たタオルをにおって、くっさ〜と言う瞬間は、残念だけどなんか憎めない。(…中略…)それは、節約という理由で、したいけどできない少し悲しい事情もあるけど、そうじゃなくて、そのにおいを敢えて、お風呂上がりのすっきりした身体に擦り付けるのも、今自分が存在していることの宿命のように思い、におうタオルと共に、運命を添い遂げたい。と思うからなのです。(…中略…)タオルありがとう。大人になって変わったようで変わらない谷このみの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。どうぞゆっくり涼んでいってください。”

展覧会風景①(一部抜粋)

彼女の手がける絵と言葉には、非日常への飛躍を感じるとともに、今でこそあれが幸せだったのかもしれないと感じれるものの、あのマンネリした長ったるい少年 / 少女時代の日常感覚を伴う。ぼくも実家暮らしの時にはよく母親が真っ白に洗濯してくれたふかふかのタオルがお風呂上がりの濡れた身体を包んでくれたものだが、そういえば、生活の中で洗濯物に生乾きのにおいが漂うことが多くなったのはいつ頃からだろうか……。

 

先日、ホホホ座浄土寺店のご近所に引っ越しを済ませたばかりという彼女は、あらためて一人暮らしの新生活を始めた。その中でこうした身の回りの変化を実直に受け止め、赤裸々に自分を再確認しようとする彼女の姿勢は、画面いっぱいに描かれた絵のみでなく、鑑賞するものたちにとってもある種のリアリティと郷愁を反映していく。

 

それは、彼女の言葉と絵が「大人になれば、誰だって生乾きのにおいを嗅いだことがあるのだ」という一種の通念を携えながら、親から独り立ちした、あるいはこれから独り立ちしようとするものたちへ向けて、“タオルのにおい”、つまり、現実(惰性ではないが、日常的に起こりうる凡ミスを含意した)を唐突に自覚させながらも、それでいて、“におったっていいじゃないか”といわんばかりに、痛々しい失敗や後悔の数々も甘んじて受け入れてくれそうな不思議な包容力を放っているからではないだろうか。

2. 描いて、嗅いて、かきまくる

展覧会風景②(一部抜粋)
展覧会風景③(一部抜粋)

前もって補足しておくが、彼女は“画家”とは名乗らない。今回も自身で最大クラスという約2m×5mの巨大な絵画作品を発表していながらもそれは変わらないようだ。それはおそらく、大学時に絵画ではなく、イラストレーションを専攻してきたという背景もあるだろう。そうしたことからも、彼女が好んで使う“絵描き”という肩書きには、今日における美術教育のそれとはまた異なるやり方で、自分自身の存在を絵と確認し続けてきた彼女ならではの感性と手応えが裏打ちされているように思う。

展覧会風景④(一部抜粋)

その絵描きである彼女の作品を順番に鑑賞していくと、自身が少女時代に過ごしたであろう場所の記憶(河川や道端のフンなど)が断片的に混在した平面として見えてくる。(あえて彼女の言葉で記述するが)“おっぱい”や“うんこ”などの一見稚拙とみられるようなモチーフは、大人社会になれば敬遠されがちだが、彼女の絵には大胆な色彩のストロークとともにこうしたモチーフが度々登場するので、観るものはたちまち作者像に対し、泥んこになって遊ぶ子どもの姿を重ね合わせることだろう。加えて、忘れてはならないのは、彼女の人並外れた嗅覚の存在と絵の関係性だ。ここでいう“タオルのにおい”とはつまり、“母親のフェロモン”であり、“犬の糞臭”そのものである。彼女の絵は視覚と嗅覚を往来する。この嗅覚としての感性は、彼女の描く絵全般に対して独自な役割を打ち出していると言えよう。

 

他にも、彼女の絵に対する意欲に関しては、多くの人から太鼓判が付いていることを挙げておきたい。僕が取材をする際も、お客さんの入りが途絶えて時間ができると、すぐさまテーブルにむかってペンを走らせた。まるで、授業が終わったあといそいそとお弁当を平らげたと思えば、途端に校庭へでかける小学生のようにいきいきと紙の上に自在に絵が描きだされていく。こうした瞬発力については、彼女自身も、

“その場の空気を止めたくない時は、とにかく手を動かします。かきまくる。かくものが見つからない時は、一度かき上がった絵の上からまた絵の具を塗って、またかきます。キャンバスとかじゃなくても、ガラクタとかその辺にあるものでかけそうと思うものならなんでも。”

と言うように、尋常とは到底言い難い彼女の意欲的な瞬発力と持ち前の人柄で、周りの人を巻き込みながらあらゆるクリエイションを行っていく。

今回、この展示に向けてお披露目した『ええのん』(pct/oubon 出版,2019)などがそうだ。普段からドローイングを描きためていた彼女は、2017年のある日、新潟のデザイン事務所poncotan w&gなどを運営するedition.nordのつつみあやこ氏たちと出会った。初めは「モノクロのドローイング集をつくりませんか?」との話を受け、彼女はすぐさま家にあるものを大のビニール袋に入るだけ詰めて会いに行った。しかし、その際に大量のドローイングから溢れる色彩を見て「カラーの方がいいですね」というように話が大きく変化していったという。

 

また、先日ホホホ座2FにオープンしたばかりのHand Saw Press Kyoto(東京武蔵小山にある日本初の対面交渉型リソグラフスタジオ)の小田氏も同じように、彼女の創作意欲を前にして「何か作りましょう」と声をかけたらしい。そのわずか1日という短期間で制作されたZINE『ちぎれそうです』(2019)は極め付けで、このように、彼女の瞬発力は、デザインやクリエイティブ、その周囲に携わる人たちにまで影響を与えて、化学反応を生み出す原動力として伝播している。

 

さて、ここまで彼女の魅力を書き連ねてきたが、最後にもう一度だけ彼女の制作の特殊な一面について紹介して締め括ることにする。

 

彼女は視覚と嗅覚を往来すること、つまり描くこと / 嗅くことの往還によって、自己の存在を確認する方法として絵という表現を選択している。それは飼い犬が散歩をする際に用をたして自分のテリトリーをマーキングするように、彼女にとっても絵がそういう場所であって欲しいという願望であるのかもしれないし、またあるいは、過去と現在を省みながら自分という存在に規定される運命を乗り越えるべく飛躍する一手段なのかもしれない。いずれにせよ、彼女の一連の描く / 嗅くという行為(生活)の集積には、周囲を巻き込んで進んでいくという側面があり、はたまた、鑑賞者に無慈悲に現実を打ち付けるも、それらを軽蔑することもなく眼差す彼女自身の深い愛情と敬意を見出すことができそうだ。

『ええのん』pct / oubon 出版 (2019)
『ちぎれそうです』(2019)

最後になったが、本展示は現在では終了してしまったものの、彼女のZINEであったり、グッズはホホホ座浄土寺店でも引き続き取り扱いがなされている。また、運が良ければ、彼女には同店舗の店頭にて会うことも可能ということなので、読者の方にもぜひ一度お店にも足を運んでみてほしい。今後も精力的に活動するであろう彼女の動きにますます目が離せなくなりそうだ。

会期

2019年8月10日 – 2019年9月29日

11:00 ~ 20:00

会場

ホホホ座浄土寺店 / ホホホ座1階奥ギャラリー

〒606-8412

京都府京都市左京区浄土寺馬場町71

出展作家

谷このみ

公式サイト

https://www.kyoto-seika.ac.jp/fleur/past/2019/0823sound/index.php

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