今の世の中は心をざわつかせるようなニュースでいっぱいだ。不安や恐怖にばかり触れていると、心がくさくさしていく。そんな時、初めて“Sweet Impact”を耳にして、その耳障りのいい電子音に心が落ち着くのを感じた。浜田淳、吉岡哲志、児玉真吏奈の三人により2017年に京都で結成されたエレクトロニック・ミュージック・ユニット、Sawa Angstrom(サワオングストローム)。2018年に行われたヨーロッパ、台湾ツアーで撮影された写真と、5ヵ国8公演のツアーを敢行後に制作された楽曲で構成されたCD付きZINE『SYNAPSE VISUAL NOTE』に収録されているのが“Sweet Impact”だ。
児玉の歌声は、詩を訴えかけるというよりは楽器の一つに聴こえる。本作を構成する一つの音として彼女の歌声が響き渡ると、心は静まり、無心になっていく。呼吸に集中し、今を意識する瞑想のように、心が整っていくのだ。その理由はインドネシアの民族音楽「ガムラン」を思い起こさせるからだろう。“Sweet Impact”の曲の始まりを告げる電子音はまるでインドネシアの民族音楽「ガムラン」のようだ。ガムランの特徴的な音を印象づける銅鑼や鍵盤打楽器などに含まれる高周波は、やすらぎや好感形成などを心身にもたらすと言われている。またガムランにはオンバと呼ばれる、調律されていない楽器の微妙なずれにより生まれる音のうねりがあるのだが、Sawa Angstromが鳴らす音には似たようなうねりが感じられる。それがこの音楽の心地よさを生み出す一因なのかもしれない。
心地よさを生み出す理由はSawa Angstromの歌詞の作り方も関係しているように思える。アンテナのインタビューで吉岡は「たとえば“tape loop”(EP『DdTPt』収録曲)だったら、チルアウトっぽい雰囲気とか、時間帯や景色のシチュエーションをなんとなく3人で共有して。で、それをイメージするような言葉を紙に書き出していくんです。ブレインストーミングですね。」「これは僕の個人的な好みなんですけど、最近は、その人の人間性が強く出ているような歌詞より、音として楽に聞けるような歌詞の方がええなって思ってますね」と答えていた。
私は詩を強く訴えかける楽曲を聴くと、頭の中が言葉でいっぱいになり、そわそわしてしまうことがある。だが、音として心地よく聴ける本作の歌詞は、むしろ頭をクリアにしてくれ、荒れていた心を落ち着かせてくれるものとなった。
それから“Sweet Impact”は心地よさだけでなく、懐かしさも感じられる。なぜならブランコのように揺らぐ児玉の歌声が、詩人・中原中也の『サーカス』を思い起こしてくれたから。『サーカス』には、サーカスのブランコがゆれる様子を表した「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という有名な一節がある。この曲を聴いたことで頭の中からこの一節が引き出され、加えてこの詩を読んだときの思い出や印象も引き出されたから、懐かしさを感じたのだと考えている。
私がこの曲を聴いて中原中也を思い起こしたことは他にもある。Cメロで曲調が変わり、吉岡の歌声が重なった時、『サーカス』の最後の段落
やがいは真ッ暗 暗くらの暗くら
夜は劫々(こうこう)と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
で感じられる、寂しげな余韻を感じ取った。夜が深くなり、真夜中になっていく様を2行に渡ってじっくりと描き、“ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん”で幕切れとなるこの詩を声に出して読み上げたとき、決して口にはしていないのに、遠くの方から“ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん”がこだまするような感覚に陥った。闇に吸い込まれていくような、その終わり。
“Sweet Impact”のCメロも、メロディと重なる歌声が曲の終わりを悟らせる。それは不思議な余韻を残す『サーカス』の詩によく似ていてた、「あと少しだけ」と思わせる寂しさを醸し出しながら、吸い込まれるように終わる。揺れ続けるブランコをずっと眺めていたくなるように、できることなら延々と聴き続けたかった。
情報が洪水のように溢れかえる今、見たくないものが目に飛び込び、心が疲弊することがある。そんな心を、やすらぎや郷愁を思い起こさせる“Sweet Impact”の奏でる世界が癒す。心が波立つ、そんな日には、目を閉じ、聴き入りたいものだ。
参考文献
- 中川真、小迫直子「音と身ぶりのリズム」『民族とリズム』(東京書籍、1990年)
- 大橋力、『ハイパーソニック・エフェクト』(岩波書店、2017年)
Sawa Angstrom『SYNAPSE VISUAL NOTE』
収録曲
1.Thunderbolt
2. wataridori
3. Sweet Impact
定価:2,200円(税込)
フォーマット:CD+ZINE
アンテナ mall購入リンク:アンテナ mall
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WRITER
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1991年生まれ、東京都青梅市出身。ライターとして生計を立てながら、心身の健康や生と死をテーマに、内臓や骨をモチーフにした作品を描いています。
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