旅人と編集者。2つの視点を行き来しながら見つける自分の現在地 『LOCKET』編集長 内田洋介インタビュー
最近、若い編集者が作った出版物を目にすることが増えた。「出版業界は斜陽」と言われるようになって以降に編集者の道を選んだ彼ら世代は、どんな意識で紙媒体を作っているんだろう?その答えを知りたくて、出版業界に籍を置きながら商業誌と違う方法で自分が読みたいものを作ってきた、独立系旅雑誌『LOCKET』編集長、内田洋介さんにお話を伺った。
「どんな旅でも1回くらい、めちゃくちゃ感動する瞬間があるんです」と内田さんが教えてくれた。例えば、ミャンマーでタクシードライバーとたわいもない会話をしていた時のこと。土地柄渋滞も多く荒い運転をしていたドライバーが、仏塔が見えた瞬間、ブレーキも踏まずにさっとハンドルから手を放して両手を合わせて祈り、またすぐ運転に戻る姿。日常にあるその美しい風景に、祈りの根源のようなものを感じたそう。
「僕は主観を得るために旅をしているし、真実のようなものに近づくために旅をしています。ミャンマーの話もそうですが、個人的な発見や目にしたもの、その出来事に至るまでにどういう会話があったのか、どういう経験をしてきたのか。それを編集目線で拾い上げて詰め込んだのが『LOCKET』なんです」
『LOCKET』は、内田さんと一緒に世界中を旅しているような、わくわくする没入感を与えてくれる。それは、主体性を持った旅人としての視点と、客観的にまとめる編集者としての視点の2つがあるからこそ成せるもののように思った。そのバランス感覚に、独りよがりにならずに主体性を持って生きるヒントが隠されているのではないだろうか。自分自身を深く見つめながら、同時に社会との接点を探っていく内田さんのあり方は、まさに旅人らしく、たくましくも軽やかだ。
出版社と同じやり方をしてもしょうがない。だから一人で雑誌を作る
『LOCKET』の創刊は2015年。当時23歳の内田さんは、できたての創刊号をバックパックにつめられるだけつめて、1冊1冊本屋さんに営業してまわったそうだ。そもそもなんで雑誌を作りたいと思ったんだろう?学生時代から雑誌が好きだったという内田さんには、特に影響を受けた雑誌があったそうで……。
「雑誌を作る前からとにかく旅が好きで。当時、旅好きな人が読む雑誌といえば『NEUTRAL』『TRANSIT』『Spectator』でした。どれも作り手の主観が雑誌に表れているのが好きで、今でもずっと読んでいます。それらの雑誌の編集長は、読者の頃から編集者になった今でも、心から尊敬しています」
内田さんが影響を受けた『NEUTRAL』『TRANSIT』『Spectator』はいずれも、強烈なオリジナリティを持ったインディペンデントな雑誌だ。この3誌が入り口だったことは、『LOCKET』の創刊にも影響を与えたのだろうか。
「『Spectator』はインディペンデントな形態で始まったものだったので、自分も雑誌を立ち上げる方向に進んだのかなと思います。でも、『雑誌が好きだったから雑誌を作る』ってこと自体は、割と自然な行為でした。『雑誌が好きだけどWebをやろう』っていう方が、ちゃんとした理由が必要そうですしね(笑)」
雑誌が好きだから雑誌を作るのは一見シンプルなことに思える。ただ、実際にメディアを運営するのは簡単なことではない。しかも『LOCKET』は編集者の内田さんとデザイナーのYunosukeさんの二人で作っているのだ(!)。編集は内田さんただ一人。最小単位にこだわる理由についてきくと、「一人が必ずしも正解ってわけじゃないんですけど」と前置きしつつ、こんな答えが返ってきた。
「基本的に紙媒体ってチームで作るもの。僕は出版社で3年くらい働いて、今も編集の仕事をしているので、みんなで作っていく面白さや大変さもいくらかは知っているんですけど、『LOCKET』は出版社と同じ作り方をしてもしょうがないって思ったんです。わざわざプライベートで仕事と同じプロセスを踏む必要もないですし。だから一人でやろうと思ったし、一人で“も”やろうかなって」
「一人で“も”?」と聞き返すと、何十万も身銭を切って一緒に雑誌を作ってくれる人はなかなかいないから、特に最初のうちは「一人だったとして“も”やってやるぞ」という気持ちで雑誌作りをしていたと教えてくれた。偉大な編集の先人たちに、追いつき、追い越したいという気持ちもまた、雑誌作りの燃料になっているようだ。『LOCKET』のインディペンデントな精神は、「雑誌への愛情」と「既存の枠組みからの脱却」という2つの思いから生み出されたものだった。
プロセスを自分で選ぶことが、ものづくりの実感を生む
ものとしての佇まいも『LOCKET』の魅力の一つ。中ページだけ紙を変えていたり、プラスチックカバーやコデックス装という製本様式を採用していたり。そのこだわりは、雑誌そのものだけでなく制作工程にも及んでいる。
第4号の制作の際に長野県松本市の藤原印刷さんで行った印刷の立ち合いもその1つ。今は出版社でも入稿データをサーバにアップして、あとは刷りあがった印刷物が送られてくるのを待つだけということがほとんど。印刷会社によっては立ち合いを歓迎しない雰囲気もある中で、「どんどん見に来てください」という藤原印刷さんの姿勢や印刷の精度の高さに驚いたんだとか。
「とにかく商業誌がやっていないことをやってみたくて。それに、雑誌のレベルを上げるためには写真のレベルを上げなきゃいけないけど、僕は写真家じゃないからどうしても難しい部分がある。そこで印刷所の力を借りたいというところに、藤原印刷さんの存在がありました。結果として、『刷る』という行為を自分の目で見て、雑誌を作っている実感がすごくわきました」
そして、なんといっても第4号の最大の特徴は、表紙のコーラのイラストを一つひとつ手作業で刷っていることだ。謄写版(とうしゃばん)、通称「ガリ版」と呼ばれる手法を使っていて、表紙の紙の上に赤いインクがのっているのが実際に触ってみるとよくわかる。
「シルクスクリーンのようにローラーで刷っていくので、1冊ずつ自分の雑誌に魂を込めることができると思ってガリ版を採用しました。三日三晩かけて2000部刷ったのですが、大変すぎて、途中から恨みを込めてやることになっちゃったんですけどね(笑)」
スケジュールの都合で1日だけガリ版の作業に参加したYunosukeさんが、「100冊限定にするのがいいと思うよ」と言い残して帰っていったというエピソードも、いかに作業が大変だったかを物語っている。同時に、自分の手で動かしたローラーの下に新しい絵柄が出てくる、手元から生み出だされることに、雑誌作りの確かな実感があったようだ。
一人で作ること、印刷に立ち合うこと、ガリ版で自分自身の手で刷ること。どれもが、雑誌作りの実感を得たいという素直な欲求から生まれたものだった。ただ、ガリ版を選んだ理由はそれだけではないらしい。
「クオリティの高い旅雑誌を作ろうとしていくとメジャーな商業誌と大差がなくなっちゃいますし、それを書店で並べられたら勝てるはずがないのはわかっています。でも、ガリ版のイラストのように他の雑誌にはない違和感や引っかかりがあれば、『これなんなんだろう?』って気に留めてもらえるかもしれないなって」
一人で作っている雑誌だから、好きなことを好きなようにやればいい……という意識で作っているわけではなさそうだ。
雑誌の完成が山頂なら、売り切るのが下山
「書店さんに取り扱っていただく以上はそこで成立するようにやっていかないと、と思っています。一流の人たちが作った商業誌も自分が作った雑誌も同じ棚に置かれちゃうので。同じ土俵に『立とうとしている』というよりは、『立っちゃう』という表現が正しいかもしれないですが(笑)」
雑誌作りの話になると、どうしても完成までに注目が集まる。でも販売や流通も同じくらい大切なことを、内田さんはよく知っている。営業や納品のために直接書店を訪れる中で、「これくらい減っていたな」「全然減っていないな」と一喜一憂することも多いそうだが、それも自分でやっているからこそ味わえる感覚なのだろう。
「『LOCKET』は基本買い切り※で展開していただいています。そうやって買い取ってもらっているのに売れなかったら、書店さんに申し訳ないっていう気持ちがあって。だから僕はリトルプレスを作っている人の中では売り切る意識がある方だと思っています。雑誌の完成が山頂だとしたら、売り切るのが下山なんです」
※一般に書籍の販売では、一定期間であれば書店が売れ残った本を返品できる「委託販売制度」を採用している。一方「買い切り制」は文字通り書店が本を買い取るため返品できず、書店が在庫を抱えるリスクが生じる。
とはいえ、単純に売り切ることを目標に据えるなら、少ない部数の方が達成するのは簡単なはず。だけど『LOCKET』第4号の発行部数は2000部で、リトルプレスとしては多い部類。しかも、前号の1000部から部数を倍に増やしている。そこには、自分の手が届く規模感で、少しでも雑誌を大きくしていきたいという思いがあったそう。
「『LOCKET』のクオリティや部数、売れ行きが僕の編集者としてのサイズだと思っています。その到達度を1号、2号って確認していって、2020年のサイズが第4号。特に『LOCKET』は一人で作っているので、出版社の名前や媒体のブランド力がある商業誌と違って、いち編集者のサイズが明確になりますよね。それを少しでも押し広げていくことが重要なのかなって」
頭の中ではもっと良くできるという感覚があるけれど、「案外これくらいか」とがっかりすることもあるんだそう。部数や売上など客観的な数値も含めてサイズを定期的に見つめ直すことで、内田さんは、社会の中での自分の立ち位置を正確に推し量っているようだった。それって意外と、自分ではなかなかできないことのように思う。
「主観的な“真実”のようなもの」を探す旅
第4号の序文にはこう書いてある。
どうして雑誌なんてオワったコンテンツを個人でやっているのかといえば、キミに伝えたいことがあるからだ。世界の主観的な“真実”のようなものを、臨場感のある言葉と美しいフイルム写真でキミに届けたいからだ。
『LOCKET』04「COLA ISSUE」P.5
『LOCKET』は旅雑誌だ。旅が「世界の主観的な“真実”のようなもの」を集める作業だとしたら、それを届けるというのは、どういうことなんだろう?
「多くの人に読んでもらうためには、根源的な要素が必要です。上っ面の感情じゃなくて、自分の気持ちの深い根っこみたいなところに、それはあるんじゃないかなって。そこに潜っていて丁寧に煮詰めていくことで、個人的な経験だけれど、みんなにもあるもの、誰にとっても真実と言えるようなものにたどり着けるかもしれないと思っています」
雑誌に個人の主観を乗せることは大切だ。一方で、それが行き過ぎると独善的なメディアになってしまう危険性もはらんでいる。だから「適切に編集するのも同じくらい大事です」と内田さんは話す。内田さんなりのバランスや文章、ビジュアルで表現すること。主観をどこまで打ち出すのかをコントロールするのが編集の視点であり、それは客観性が求められる作業でもある。「主観的な“真実”のようなもの」と、主観と客観のように本来対比されるような言葉を並べているのも、そのバランス感覚からきているものだった。
では、「世界の主観的な“真実”のようなもの」を伝えていく意味は?と聞いてみると、「あんまり自分がやっていることに意味は考えていないんです」という答えが返ってきた。
「『世界の主観的な“真実”のようなもの』を伝えたいからこの企画、という風に考えているわけではなくて。雑誌の号を重ねていくに従って、書き残したいことやその時の興味関心を詰め込んでいった結果、『主観的な“真実”』っぽいものになっていたんです」
わざわざ「のようなもの」をつけているのも、「主観的な真実の答えはこれです」という作りにしていないのも、意味合いより、自分が表現したいものを雑誌に込めることに価値を置いているからこそ。『LOCKET』を読んでいて感じる信頼感はなんだろうとずっと考えていた。それは、内田さんが旅人として、あるいは編集者として信じている感覚を『LOCKET』に込めているからなのかもしれない。雑誌作りは、いや、普段の生活だって選択の連続だ。客観的な視点を持ちながらも、自分が信じるものを一つひとつ選びとり実践していくことは、シンプルだけど、主体的に生きることと同義のように思った。
「自分で雑誌を運営するってめちゃくちゃ大変で。5年後10年後もやっているのかな?ってすごく考えます。子供ができたりしてもやるのか自分!?って(笑)」取材後に、そうもらしていた内田さん。大変だから、現状維持にならないように少しずつ雑誌を大きくしていく意識で取り組んでいるんだそう。お父さんがこんな雑誌を作っていたら、めちゃくちゃかっこいい!「世界の主観的な“真実”のようなもの」を探しながら、内田さんと『LOCKET』は次の冒険に向かっていく。
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千葉出身、東京在住の天然パーマ。いなたい古着と辛すぎないカレーを求めてうろうろしています。旅先で本屋さんと喫茶店に入りがち。ごはんをおいしそうに食べます。
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