INTERVIEW

ローカルから問い直す「メディアの役割とはなにか?」『IN/SECTS』編集長・松村貴樹さんインタビュー

BOOKS 2020.10.30 Written By 新原 なりか

普段目にするメディアで取り上げられているのは、当たり前のように東京の話題ばかり。カルチャーの分野においては特にそうだ。そんな状況に慣れすぎて、違和感を覚えることすらめったにない。様々な分野で東京一極集中の見直しは叫ばれているけれど、まだまだ実現は遠そうだ。

 

しかしそんな中、地方に拠点を置き、ローカルの視点から独自のスタンスで情報を発信するメディアがある。この企画では、そんな地域に根ざしたメディアの仕掛け人に、なぜ地方を拠点にするのか、地方が拠点だからこそできることはなんなのかを聞いてみたいと思う。またそれに留まらず、ローカルを起点に改めて「メディアの役割」についても考えてみたい。それは私たちANTENNAがこれから目指すもののひとつでもあるからだ。

 

今回お話を伺ったのは、ローカルカルチャー・マガジン『IN/SECTS』編集長の松村貴樹さん。創刊以来、大阪をはじめとする関西のユニークな人・こと・ものを取り上げ続けている『IN/SECTS』は、関西内外に多くのファンを獲得している。単なるスポット紹介になりがちなローカルメディアの中で異彩を放つ、そのおもしろさの基盤となっているものについて掘り下げた。

IN/SECTS

 

 

2009年創刊、大阪を拠点に発行されているローカル・カルチャーマガジン。拠点である関西という物理的なローカリティと同時代性などのシンパシーもローカリティと捉え、国境、人種に囚われないローカリティで編集を行う。最新号の「Vol.12 特集『大阪観光』」は、見慣れた大阪の景色を「観光」の目線で捉え直す、原点回帰にして新機軸の一冊となっている。

 

Webサイト:https://www.insec2.com/

本当のローカリティは個人から出てくる

──

まず、関西から情報発信をしようと思ったきっかけはなんだったのでしょう。

松村

単純に「地元だったから」ですね。東京を目指して何かやりたいっていうことでもなかったので。であれば自分の生まれ育った関西で何かつくっていけたらおもしろいだろうな、というのがまずありました。自分のおもしろがれる場所はやっぱり関西なんだろうと。それ以上でも以下でもないという感じです。

──

東京でやるのは違うと感じたんですか?

松村

東京を目指すんだったら、海外行った方がいいなと思ったんですよ。もちろん日本のメディアの中心は東京ですけど、自分はたくさん広告をとって売り上げ部数伸ばしてっていうことをやりたいわけではなかった。自分たちがおもしろがれるものって、地域関係なく当然存在するものなので、それをちゃんと伝えるっていうことを考えていくと、地元の方が居心地がいいしやりやすい。もし生まれ育ったところ以外でやるとするなら、同じ日本の中にある東京に行くくらいでは大きな刺激は得られないので、だったら思い切って海外に出た方がいい。でも海外行くとなったら大変だし、パッと始められないので、まずは関西で始めようという選択をしました。

──

「おもしろがる」という言葉が何度か出てきましたが、その姿勢って大切だなと最近よく感じます。今は情報が溢れていて、おもしろいものを「与えられる」ことが多い世の中だと思うんですが、松村さんの「おもしろがる」という能動的なマインドはどうやって育まれたんですか?

松村

その姿勢が身についたのは、一度海外に住んだ経験が大きいですね。日本の中にいると、ある程度同じような考え方とか価値観の人たちの中で暮らすことになるけれど、海外に行くと急に「違う人」と一緒にいることになるじゃないですか。それが僕にとってはすごく良くて。価値観も違うし、言語も違うから考え方のロジックも違う。身体的な特徴にも違いがある。そんな中にいたことで、「違う考え方があることが普通」ということを植えつけられたのかなと思います。

 

実はだいたいのことっておもしろいんですよ。例えば、こっちから見てたらおもしろくないけど、相手側から見たらおもしろいということがある。立場や状況が違うっていうことですよね。じゃあ、自分が相手側にぐるっと回ったらおもしろいんだったら、そうした方がいいという話で。

──

お話を聞いていて、「おもしろがる」の前にいろいろなものの見方に気づくということが重要なんだなと思いました。物事を多面的に見るという部分について、メディアはどうすれば読者をサポートすることができるんでしょうか。

松村

難しいですけど、僕らがやっていることで言えば、やっぱり「長く見せる」ということです。人のムードとかお店の成り立ちを伝えようとすると、どうしてもテキストは長くなるんですよ。短いお店紹介をいっぱい載せようと思えばいくらでも載せられるけれど、ひとつのお店に関してできるだけたくさんのことを伝えて、背景まで知ってもらいたい。そういう記事を作ることで、読んだ人が「行ってみたい」という気持ちになるだけではなくて、「あぁ、ここの店主はこういう気持ちでやってるんだ」とか「なるほど、今こういうお店が増えてるんだ」みたいに、思考につながっていくということを僕は信じています。「ローカル」を掲げているのであれば、近しい人たちのことを表面だけでは見えないようなところまで伝えるっていうのが自分たちのできることであり、やりたいことであり、やるべきことなんだろうなと思っています。

──

『IN/SECTS』では、個人がやっている小さなお店を取り上げていることが多いですよね。個人店のおもしろさってどういうところにあるんでしょうか?

松村

個人でやっていると、ともすれば趣味的になりやすいじゃないですか。だけどそれを開かれたお店としてやっているというところにおもしろさがある。その人がなんでそのお店をやっているのかっていうところは、深く聞いてみないとなかなかわからなかったりするので、そういうところがおもしろいですよね。

 

ローカリティって言うと場所の話になりがちなんですけど、本当のローカリティって個人から出てくるものだと思っています。言ってしまえばわがままというか、そういうところが出てきてしまうのかもしれないけれど、でもわがままだからこそ見えてくるものがある。単純に言えば個性というものですよね。でもやっぱりお店としてやる以上は他者との関わりを考えないといけないじゃないですか。売れないと食べていけないとか。それでもわがままが勝っちゃったりする部分もあって、それが余計であったりする場合もあるかもしれないけれど、そこが個性的である要因になっているのがいいなと思います。

私たちが注目したいカルチャーは「どっちにも転がる可能性があるもの」

──

『IN/SECTS』に掲載されているインタビュー記事を読んでいて思うのが、インタビュアーが取材対象者とちゃんと「会話」しているということです。「はいはい、そうなんですね」と聞いて終わりじゃなくて、時には「それは違うんじゃないですか?」って切り返したりもする。そういう姿勢にはこだわりがあったりするんでしょうか。

松村

気をつけているポイントとしては2つあります。まず1つ目は、「自分だから聞けることを聞かないと意味がない」ということ。例えば、映画が完成してそこに出演している俳優にインタビューする時、「この作品で苦労した点とよかった点を教えてください」なんて誰でも聞けるし、返ってくる答えは資料を読み上げるようなものにしかならない。それをどれだけ聞いてもしょうがないですよね。自分のメディアで文字にした時に、どこのメディアにでも書いてあるようなことしか書いてないんだったら、そんな記事なんてもう要らないじゃないですか。だったら自分のバックグラウンドまでひっくるめて「自分に聞けることってなんだろう?」って考えないといけない。そういう質問者としてのあり方は大事にしています。

 

もう1つは、「わからないことをわからないままにしない」ということ。話を聞いても今の自分にはわからないということは当然ある。あるいは読者がその記事を読んだだけではわからないような話が出てきたりもする。だから「ちゃんと理解できるまで質問しよう」ということは気をつけています。つまり「具体的にする」ということですね。会話って、その場ではわかった気になりやすいんですよ。すごく理解したつもりでいても、帰って文字起こししたらよくわからないということがけっこうある。そうならないように、現場でちゃんと理解しないといけない。そのために、なるべくわからないことは聞く。それは繰り返さないとなかなか培われない姿勢だと思います。

──

私は今まさにインタビューをしている最中なので、ちゃんとそれができているかなと心配になってきました(笑)。

松村

インタビューって現場でいろいろ考えながら進めないといけないから難しいですよね。決めていった話題が実際話してみたらあまりおもしろくないということもあるじゃないですか。そういう時は現場で軌道修正しないといけないし、その時に気の利いた一言が言えるか言えないかは大きい。取材する側の知識、相手や相手の活動しているジャンルに対してどれくらい理解しているかっていうことが大事だし、自分がこれまでどういう風にやってきたかっていう蓄積も大事。だからいろいろ見てインプットを増やしたほうがいいっていうことはメンバーには言いますね。

──

それって、取材対象者だけでなく取材する側も個人としてしっかり立って、個人と個人のぶつかり合いでなにかが生まれるということなんでしょうか。

松村

いや、でもやっぱり取材対象者がおもしろいのであって、僕らはそんなにおもしろくないですよ(笑)。対象者は本当におもしろい人たちで、僕らがその人をおもしろいと思っているのは当然。でも、僕らが思っている目線をそのまま伝えても、その人を知らない人からしたらわからなかったりすることもあるんですよね。

 

例えば美術作家だとしたら、美術の素地がないとおもしろがれない。じゃあ違う視点でどう見せることができるかっていうところを工夫します。飲み屋で飲みながら取材した方が伝わりやすいとか、真面目な固い雰囲気でやったほうがその人のおもしろさが見えてくるとか。そういう状況も含めて、どうやって紙に落とし込んでいくのか、編集していくのか考える。企画を立てる段階から、ただインタビューすればいいのか他の方法がいいのか、どういうテーマで取材するのか、そういうことは常々考えていますね。

──

やっぱり「多面的に見る」ということにつながってきますね。『IN/SECTS』を読んでいると、特集の立て方にもその考え方が通底しているような気がします。最新号の特集「大阪観光」にしても、今までずっと取り上げてきた大阪がテーマだけれど、それを「観光」というキーワードを使って視点をちょっとずらしていますよね。

松村

大阪の紹介はずっとしているんですけど、「観光」っていう目線で見た時に、自分たちがどういうところを今「大阪っぽい」と思っているんだろうというのを最新号では考えました。あと、僕らは「KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET」っていうイベントを毎年やっていて、そこでアジア圏の友達が増えたこともこの特集を立てたきっかけですね。彼らがおもしろがれる、彼らを案内してあげたいと思えるようなところを紹介できたらいいなと。それで今英語版も作っています。

──

「こんな人に読んでほしい」というのはいつも想定しているんですか?

松村

いろんな人に読んでもらえたら嬉しいのはもちろんなんですけど、まずはやっぱり知り合いからですね。自分たちを中心として考えるなら、「1つ目の円」の中にいる人たち。それで、その人たちが「これおもしろいから読んでみて」って言うことで広がる次の円がある。そこぐらいまで想定できていたらいいなと思っていて。自分たちの近しい人たちからどんどん広がっていくようなものができたら嬉しいなと思っています。そういう関係性を構築していくことが課題というか、ずっと考えていることですね。

──

最後にちょっと大きな質問をさせていただきたいと思います。私自身が最近よく考えていることでもあるんですが、「カルチャー」って一体なんなんだろうと。狭義では、例えば音楽、映画、アート、みたいなものを指すと思うんですが、一方で「大阪のカルチャー」「街のカルチャー」みたいな言葉の使われ方もあって。「カルチャー」とはなんなのか、考えれば考えるほどわからなくなってきているんです。「ローカル・カルチャーマガジン」を掲げている『IN/SECTS』にとって、「カルチャー」とはどんなものですか?

松村

ひとつ言えるのは、「この先、何物かになろうとしている動きやムードみたいなもの」なのかなと思っていて。それは「どっちにも転がる可能性があるもの」だと思うんですよ。例えば、本屋にカフェがあるっていうのは十数年前にはなかったことですけど、今では当たり前のようになっていますよね。

 

『IN/SECTS』で取り上げるお店の中には、何屋さんかよくわからない、カテゴライズできないようなお店もあって、そういう複合的なお店が増えているのは今っぽいなと思うんです。でも、それが残っていくのかはわからない。もっとおもしろくなっていくかもしれないけれど、ダメになっていく可能性もある。「これからどうなっていくんだろう」みたいな楽しみがあったり、発展性があるんじゃないかと思わせてくれたりするようなことが、僕らにとっての注目すべきカルチャーだなって。それが巻き起こしているムードとかもひっくるめて、僕らはカルチャーって呼んでるんじゃないかな。だから、完成されたものじゃないっていうイメージは持っています。

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