美しい顔とボディポジティブ|テーマで読み解く現代の歌詞
特集『言葉の力』の企画「#テーマで読み解く現代の歌詞」。サブスクリプションでのリスニング・ライフが主流となる中で、歌詞を見ながら音楽を聴くことが以前と比べて少なくなった気がする。逆に気になった楽曲を調べて歌詞を見ることは増えた。つまり「歌詞を味わう」ことがより能動的な行為になってきているのかもしれない。ならばいっそ、その能動性にフォーカスして、歌詞を軸にして現代の音楽を紐解いてみようじゃないか。
本企画では8人のライターがそれぞれ現代のポップ・ミュージックの歌詞を捉えるためのテーマを上げ、それを象徴している4曲と共に解説してもらった。
きゃりーぱみゅぱみゅが“つけまつける”(作詞作曲は中田ヤスタカ)をリリースし、つけまつげは「付けるタイプの魔法」だと歌ったのが2012年。なりたい姿に近づくことで自信を身につけるためのアイテムは今や化粧品や衣服だけでなく、画像や動画に加工を加えるアプリや、それを投稿する場としてのSNSも似たような役割を果たしている。加工アプリではユーザーが細かい数値まで自分で調整できるため、同じアプリを使っているユーザー同士でも全く同じ顔になることはない。しかしSNSを見ていると、彼ら彼女らの顔は、目は大きく、顔は小さく、鼻は高く見せるように加工されているものが多く、近い傾向の「美人」が並ぶタイムラインから現代日本における美のスタンダードを読み取ることができる。
整った容姿に憧れる気持ちはJ-POPの歌詞でも描かれてきた。忌野清志郎“CHILDREN’S FACE”(1987年)やミドリカワ書房“顔2005”(2005年)、チャラン・ポ・ランタン“美しさと若さ”(2014年)など、顔の造形について直接的に歌っている曲だけではなく、back number“高嶺の花子さん”(2013年)のような大衆的なラブソングでも、妄想の中の「モデルみたいな人」とそうなれなかった自分自身を比較する描写がある。
一方、近年では、欧米を発端に「ボディポジティブ」ムーブメントが興り、その動きは日本にも波及してきた。従来の美の定義に捉われることなく、「美しさの基準を決めるのは自分自身」とし、ありのままの身体を愛そうという動きだ。振り返れば、「NEOかわいい」というワードを掲げた4人組バンド・CHAIはいち早くボディポジティブを体現していたバンドだったのかもしれない。
「目は大きく、顔は小さく、鼻は高い方が美しい」という価値観が依然として優勢であると感じる場面も多いが、「美しさの定義は人それぞれ」という考えは広まりつつある。そんな2020年付近に生まれた4曲をピックアップ。
フィロソフィーのダンス “ドント・ストップ・ザ・ダンス”(2020年)
一定の年齢を過ぎれば「賞味期限切れ」と揶揄されるなど、心無い言動に晒されることの多いアイドルの立場から、ルッキズムを「前時代的な概念」と歌う。〈なにそれって 鼻で笑うけど/このジェルネイルは 誰彼の為じゃないし〉と、冒頭から自己追求としての美に言及。〈ありのままでいい〉というメッセージの前段に〈ひとりじゃ 気づけない〉という一節を入れることで、グループ自身の成り立ちや背景も語っている。作詞は前山田健一。
Ado “ギラギラ”(2021年)
〈Ugly 正直言って私の顔は/そう神様が左手で描いたみたい〉という比喩表現が秀逸。そのうえで、〈もしも神様が左利きならどんなに幸せか知れない〉とし、世間の価値基準さえ変われば同じ顔でも評価が変わるという歪な前提を匂わせている。〈強くおなり あなたなりの武装(メイクアップ)で〉と着飾ることを肯定する背景にあるのは、〈ありのまんまじゃいられない〉という本音だ。作詞作曲はてにをは。
ちゃんみな “美人”(2021年)
ちゃんみなは、17歳の時に制作した曲が評価され、2017年にメジャーデビューしたラッパー。2021年に発表した「美人」では、17歳の頃ルッキズムに基づく中傷を受けた事実や、体重が落ちたことで風向きが一変したことなどを綴っている。曲の後半でFワードが多用されているのが特徴的。例えば、〈I’m fxxking beautiful〉は「私は最高に美しい」の意としても「美しさなんか知ったことか」の意としても機能している。
土岐麻子 “美しい顔”(2019年)
自分の祖母が2019年に整形をした事実を、100年後に孫が知るというストーリー。人としての尊厳を保つため顔の造形を変えた祖母の決断を否定せず、祖母の遺伝子を受け継いだ自身の顔を〈美しいと/誇りに思う〉ことで〈ほんとうは/あなたは美しかった〉と伝える構成が素晴らしい。人それぞれの顔立ちの違いを認め、一つひとつを美しいと思える価値観が、未来では当たり前になっていてほしいという書き手の願いが読み取れる。
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WRITER
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1992年生まれ。20歳の頃「音楽と人」でインタビュー記事を執筆し、2014年よりフリーランスのライターに。以降「ROCKIN'ON JAPAN」「リアルサウンド」「音楽ナタリー」といった音楽媒体を中心に記事を執筆している。
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