COLUMN

今、どんな風が吹いている?|テーマで読み解く現代の歌詞

特集『言葉の力』の企画「#テーマで読み解く現代の歌詞」。サブスクリプションでのリスニング・ライフが主流となる中で、歌詞を見ながら音楽を聴くことが以前と比べて少なくなった気がする。逆に気になった楽曲を調べて歌詞を見ることは増えた。つまり「歌詞を味わう」ことがより能動的な行為になってきているのかもしれない。ならばいっそ、その能動性にフォーカスして、歌詞を軸にして現代の音楽を紐解いてみようじゃないか。

 

本企画では8人のライターがそれぞれ現代のポップ・ミュージックの歌詞を捉えるためのテーマを上げ、それを象徴している4曲と共に解説してもらった。

MUSIC 2021.05.20 Written By 柴田 真希

ライブがほぼ開催されなかった昨年の春、同じ空間で直接言葉を伝える機会は失われた。しかしたとえ同じ場所にいなくても、多くの人がそれぞれの部屋で一人で過ごしていた日々、詞が風のように個々を閉塞感から開放する役割をしていたように思えた。

 

2020年冬から春にかけて下津光史(踊ってばかりの国)が不定期に行っていたインスタライブで披露した“orion”の〈カーテン越しにOrionを見たの 赤く小さくて〉という歌詞をベッドの上で聴いたとき、外の世界を想う切実さに身体が共鳴した。きっとたくさんの人が一人でこの歌を聴いて、部屋の外のことを想っている。開いた窓越しに外の世界といくつもの部屋を吹き通る風のようなこの言葉は、絶望の渦中、部屋に一人でいるのは自分だけではないんだと感じさせてくれた。

 

気まぐれな人を「風来坊」とも言うように風は変わりやすいものの象徴だが、歌詞も受け取る時と場所でまるで感じ方が変わる。前述の“orion”には〈音もなく飛ぶカモメ見て泣いて〉という一節もある。自粛期間に部屋の中で聴いたときは窓越しに外を飛ぶカモメを見ている情景が浮かび、部屋から出られない切なさを感じた。しかしどこかの浜辺で聴いたとしたら、鳴き声が聞こえないくらい空高く飛ぶカモメのことだと思うだろう。丁寧に選び取られ録音された言葉は曲が生まれた時の空気を内包しつつも、場所と時間を選ばず、数年後も数十年後も余白を持って聴き手に届く。

 

そして風は隙間があるから吹くことができる。下岡晃“どこまでいけるとおもう?”の歌詞には、歌詞カードにだけ載っていて歌われない部分がある。〈少し気分を変えようと窓を薄く開け話しかける〉という歌われない一節を読んだとき、その歌詞の前後で風が吹いている気がしてはっとした。〈窓を薄く開け〉吹く風はきっと強い風ではなく、二人の絶妙な距離感とリンクする。どんな風が吹いているか、想像しながら聴きたい4曲について。

下津光史 “bird song”(2021年)

今年3月にリリースされた、踊ってばかりの国 Vo/Gt下津のソロ名義アルバム『Transient world』リード楽曲。風は匂いや音を運び、忘れていた記憶を瞬時に引き出すことがある。〈絶望のど真ん中〉にいる時、〈夜の窓辺 耳を澄まし 風の声〉と呼びかけられ耳を澄ますと聞こえるのは、もういない愛する人の〈永遠の向こう側で 待ち合わせ 約束は覚えてるからね〉という言葉だ。その声が聞こえたときに初めて忘れていた約束を思い出し、それを守るために生きなくてはいけないと思える。風は時に喪から抜け出す手がかりになる言葉を覚えている、あの人がいなくなった時に放った白い鳥のような存在だ。

Akira Shimooka “どこまでいけるとおもう?”(2021年)

Analogfishの下岡晃がソロ名義で今年4月にリリースした本楽曲。カセットテープに付いている歌詞カードは縦書きで、二人の会話と情景描写で構成されている歌詞はまるで3場面から成る小説だ。中盤から急に吹く風は、いつ状況が変わるか分からず、気休めの会話をするしかない二人の心情の機微を感じさせる。物語の終盤で高速道路を降り〈いくあてもなくて〉走る車は序盤ほどの勢いもなく、それ自体がどこに向いて吹くか分からない風のようだ。

MINAMIS “GOOD LUCK”(2021年)

昨年の夏リリースされた“The Beginning Of Summer”の一節〈And my body is missing sea breeze everyday-身体は毎日潮の風を恋しがっている-〉は、べたついた潮風とライブハウスで汗を飛ばし合った日々が重なり、失われた機会に焦がれているようにも思えた。しかし幾度もの配信ライブを始め、その時出来ることに真摯に向き合い続けて3月にリリースした本楽曲には〈いつでも〉〈待つ〉という言葉が繰り返し綴られ、現状への焦りや不満は感じられない。風は種を運び、花を咲かせる。〈旅立ちを待つ愛の風〉はMINAMISそのものだ。全国をツアーで回れる日が来たら、彼らもきっと各地に花を咲かせてくれるだろう。

横沢俊一郎 “窓越し”(2020年)

2020年リリースのセカンドアルバム『絶対大丈夫』に収録された本楽曲。風は温度が違う空気の移動で、暖かいところから冷たいところに吹く。鳥が〈窓越しに見てる〉二人は同じ部屋で体温を共有していて風が吹く隙はない。この曲では最後まで風が吹くことはなく、吹かない風が二人の親密さを表している。そこに反して同アルバム収録の“期待してるぜベイビー”では〈雨上がり 風のせいで涙が出る〉と繰り返される。君は僕ほど何かに夢中になれず、二人に温度差があるから風は吹く。その温度差が涙を流させる理由なのだろう。

Apple Musicはこちら

「#テーマで読み解く現代の歌詞」の記事に登場する楽曲プレイリスト

 

 

WRITER

RECENT POST

REPORT
10年経って辿り着いた“パラダイス” – 黒沼英之ワンマンライブ『YEARS』レポート
COLUMN
【2024年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
黒沼英之「Selfish」- 息苦しい時は、ただ環境が変わるのを待つだけでいいんだよ
COLUMN
【2024年3月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
ただ笑顔でいてほしい。黒沼英之が休止中の10年間で再認識した、作った曲を発表することの意味
COLUMN
【2024年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年1月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
omeme tenten『Now & Then / ブラックホールなう』 – …
COLUMN
【2023年12月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
和製ストロークスから前人未到の新機軸「シティロック」へ進化した、Kamisadoインタビュー
REPORT
あそびは学び! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC CAMP』2日目レポート
REPORT
大自然の中で音楽とコミュニケーションを! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC…
INTERVIEW
【前編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
INTERVIEW
【後編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
COLUMN
【2023年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年10月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
既踏峰『ぼくら / 青い影』- 天使に連れて行かれた先のサイケデリア
REVIEW
ハナカタマサキ『時計のひとりごと』 – ホームビデオのように思い出を刻む、ハナカタ流・愛…
REVIEW
THE 抱きしめるズ『最強のふたり / しんぎんおーるおぶみー』 – 友達を想って、友達…
COLUMN
【2023年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年8月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
映画が「作る人」をもう一踏ん張りさせてくれる -〈日田リベルテ〉原さんが映画館をやる理由
COLUMN
【2023年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
これはもはやバンドではない! 新時代のわんぱくカルチャー・コレクティブ集団 少年キッズボウイの元へ全…
COLUMN
【2023年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
10年間変化し続けてきた、場所と音の特別な関係 – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』…
REPORT
フェスでの出会いが、日常を豊かにする – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』Day1-
REVIEW
元気がないときは、お腹いっぱい食べるしかない – かりんちょ落書き『レストラン』
COLUMN
【2023年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
街なか音楽祭『結いのおと』の継続で生まれた、地域と人の結節点 – 「結いプロジェクト」野…
COLUMN
【2023年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
少年キッズボウイ“最終兵器ディスコ” - 感情の昂りは、戦争ではなく踊るエネルギーに
REVIEW
周辺住民『祝福を見上げて』 – 自分の心模様を映してくれる、弾き語り作品集
COLUMN
【2023年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
井上杜和『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』 – 古典手法を味方に現代の風俗を織り込んだ、自由…
REVIEW
鈴木青『始まりはいつもこんなポップス』 – 灰ではなく、炭になる燃え方を
COLUMN
【2023年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
一人きりでの宅録を突き詰めた先で開いた、オーケストラの彩り – 高知在住SSW・ハナカタマサキ『Sm…
COLUMN
【2022年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
照らされるんじゃない、輝くんだ – 加速する「BRIGHT PUNK」バンド MINAM…
COLUMN
【2022年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
50 pears『Wave Biograph』 – バンドは、小さな波が集合して生み出す大きな波
COLUMN
【2022年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
くぐり『形』 – 解放を志向し、現世を超越した存在となる
COLUMN
【2022年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
雨が降って虹が出るまで、ミュージカル映画のような23分間 – ソウルベイベーズ『Soulbabies…
COLUMN
【2022年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
肩書きを外した“人と人”の交流 ーー『逆光』須藤蓮監督が見つけた、地に足ついた宣伝の原理
REVIEW
かりんちょ落書き“海が満ちる” – 灯台の光のように、目的地を照らす歌
COLUMN
【2022年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
qoomol “You are so Claire” -『ミッド・サマー』に通じるアンビバレンスな芸…
COLUMN
【2022年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
みらんとLIGHTERSーー“猫”映画の公開記念イベント・ライブレポート
INTERVIEW
【第一回】音楽のラッピングーーグラフィックデザイナー・TYD™️(豊田由生)
INTERVIEW
京都の〈外〉から来て5年、確信とエラーで進む空間現代の現在地
INTERVIEW
アーティストが集まる理由ーー代表・番下さんに聞いた、bud musicが描くフラットな関係性
INTERVIEW
鈴木青が放つ、目の前の影を柔らげる光の歌
REVIEW
crap clap – ノスタルジー
COLUMN
「あなたはブサイクだから」の呪い|魔法の言葉と呪いの言葉

LATEST POSTS

REPORT
地域のライブハウス、フェスはどうやって生き残る?アジア各国での取り組みーTRENDY TAIPEIパネルディスカッション

2024年9月9日(日)、台北ミュージックセンターで開催された東・東南アジアのイノベーション×音楽の…

REPORT
台北都市型フェス“Jam Jam Asia”はアジア音楽の“今”を見るショーケース―TRENDY TAIPEI 2024前編

2024年9月8日(土)、9日(日)に都市型音楽イベント『JAM JAM ASIA』が台北ミュージッ…

REVIEW
今度のコンセプトは教祖!?音楽だけに収まりきらないロックンロール・クリエイティビティーゆうやけしはす『ロックンロール教団』

ロックンロールに依存し、ロックンロールに魂を売り、ロックンロールに開眼する。彼の活動を追っていると、…

COLUMN
【2024年9月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…

COLUMN
【2024年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…