REVIEW
時計のひとりごと
ハナカタマサキ
MUSIC 2023.09.12 Written By 柴田 真希

ホームビデオのように思い出を刻む、ハナカタ流・愛情ソング

箱の中から聴こえるチクタク、チクタク。さっき買ってきたドイツ製のアンティーク時計が、まだ慣れない部屋の中で心細そうに時を刻んでいる。思えば、世界のみんなで取り決めて守れている共通の決まりごとなんて、そんなに多くはない。もしかしたら、時間は全世界共通の、唯一の平等かもしれない。

高知県在住の宅録シンガーソングライター・ハナカタマサキの新曲“時計のひとりごと”を聴いて、そんなことを思った。来年でファーストアルバム『Lentment』(2014年)から10年が経つハナカタは、昨年インタビューした際にJacob CollierやBUMP OF CHICKENなどからの影響を語っていた。しかし“時計のひとりごと”は他の音楽からの影響よりも、映画や演劇に近い記号性の高いストーリーテリングによって、豊かな奥行きをもたらせていることを指摘したい。

 

時計の秒針の音が止まらないことを示唆するようにイントロから鳴り続ける、おとぎ話“COSMOS”を思わせる印象的なリフレイン。鳴っている時間の長さと少しずつ変わっていくフレーズが諸行無常を暗に示しているようで、切なさを助長している。「チクタク進んでいく」という歌詞が乗るメロディは、銀杏BOYZ“BABY BABY”のサビを意識的になぞっているように思える。特撮映画でヒーローの登場を期待させるためにお決まりのテーマソングが流れたり、ホラー映画で不気味さを助長するために隙間風の音が流れたりするのと同じく、場面を強調するフックとして機能している。穏やかな生活の幸福を歌う曲の中で使われるこのメロディは、誰かを慕う気持ちの強さを示唆する。

 

そして聴き逃せないのは、ハナカタが2023年に手掛けた音楽劇『小さな星の王子さま』のサウンドトラック集に収録の楽曲“エンディング”で鳴っていたリフレインが、“時計のひとりごと”でも鳴っていることだ。原作『星の王子さま』(サン・テグジュペリ著)、そして劇の作品テーマの一つでもあった「出会いと別れ」は本作にも共通するテーマと言える。このテーマは、歌詞にも表れている。

「流れ星を見つけた きっとこれは夢じゃない」
「いつかまたどこかできっと会えますように」 - “時計のひとりごと”

「流れ星」は、もしかすると星になった誰かのことかもしれない。これまで歌詞への関心は少なく、サウンド面を重視していたハナカタが、ストーリー性のある歌詞を中心に据えたのは、大きな変化だ。サウンドと歌詞の両方で効果的にストーリーテリングを実現しているのは、演劇『花咲く港』(2023年)と音楽劇『小さな星の王子さま』のサウンドトラック(2023年)に取り組んだことと無関係ではないだろう。リリース時のインタビューで、「自分ひとりでつくっていたらこんなアプローチはしていないだろうな、というアレンジも随所にある」と語っていたハナカタ。本曲はそれらのワークスを経て2022年のアルバム『Small Melodies』以来、再びハナカタ自身の作品制作に立ち返った作品だと言える。

 

楽曲の中で、徐々に時計の針の音と胸の鼓動のようなティンパニーが重なってくる。さらに重なってくる鉄琴やホルンの音は、新たな人との出会いのよう。そんなこの曲の終わりは、始まりよりも賑やかな「ひとりごと」で終わる。一人ではない時間を過ごした後の孤独は、出会う前の孤独とは違った温かさを感じられる気がする。だから誰かといるこの時間は、胸に刻んでおきたい。聴き手それぞれの幸せを、リフレインがしっかり記憶に焼き付けてくれる。「時計のひとりごと」は、今この時を記録してくれるホームビデオのような楽曲で、忘れた頃に取り出して聴きたい一曲だ。

時計のひとりごと

 

アーティスト:ハナカタマサキ

配信:2023年8月12日

フォーマット:デジタル

配信はこちら

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【2024年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
黒沼英之「Selfish」- 息苦しい時は、ただ環境が変わるのを待つだけでいいんだよ
COLUMN
【2024年3月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
ただ笑顔でいてほしい。黒沼英之が休止中の10年間で再認識した、作った曲を発表することの意味
COLUMN
【2024年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年1月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
omeme tenten『Now & Then / ブラックホールなう』 – …
COLUMN
【2023年12月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
和製ストロークスから前人未到の新機軸「シティロック」へ進化した、Kamisadoインタビュー
REPORT
あそびは学び! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC CAMP』2日目レポート
REPORT
大自然の中で音楽とコミュニケーションを! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC…
INTERVIEW
【前編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
INTERVIEW
【後編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
COLUMN
【2023年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年10月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
既踏峰『ぼくら / 青い影』- 天使に連れて行かれた先のサイケデリア
REVIEW
THE 抱きしめるズ『最強のふたり / しんぎんおーるおぶみー』 – 友達を想って、友達…
COLUMN
【2023年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年8月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
映画が「作る人」をもう一踏ん張りさせてくれる -〈日田リベルテ〉原さんが映画館をやる理由
COLUMN
【2023年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
これはもはやバンドではない! 新時代のわんぱくカルチャー・コレクティブ集団 少年キッズボウイの元へ全…
COLUMN
【2023年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
10年間変化し続けてきた、場所と音の特別な関係 – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』…
REPORT
フェスでの出会いが、日常を豊かにする – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』Day1-
REVIEW
元気がないときは、お腹いっぱい食べるしかない – かりんちょ落書き『レストラン』
COLUMN
【2023年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
街なか音楽祭『結いのおと』の継続で生まれた、地域と人の結節点 – 「結いプロジェクト」野…
COLUMN
【2023年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
少年キッズボウイ“最終兵器ディスコ” - 感情の昂りは、戦争ではなく踊るエネルギーに
REVIEW
周辺住民『祝福を見上げて』 – 自分の心模様を映してくれる、弾き語り作品集
COLUMN
【2023年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
井上杜和『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』 – 古典手法を味方に現代の風俗を織り込んだ、自由…
REVIEW
鈴木青『始まりはいつもこんなポップス』 – 灰ではなく、炭になる燃え方を
COLUMN
【2023年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
一人きりでの宅録を突き詰めた先で開いた、オーケストラの彩り – 高知在住SSW・ハナカタマサキ『Sm…
COLUMN
【2022年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
照らされるんじゃない、輝くんだ – 加速する「BRIGHT PUNK」バンド MINAM…
COLUMN
【2022年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
50 pears『Wave Biograph』 – バンドは、小さな波が集合して生み出す大きな波
COLUMN
【2022年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
くぐり『形』 – 解放を志向し、現世を超越した存在となる
COLUMN
【2022年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
雨が降って虹が出るまで、ミュージカル映画のような23分間 – ソウルベイベーズ『Soulbabies…
COLUMN
【2022年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
肩書きを外した“人と人”の交流 ーー『逆光』須藤蓮監督が見つけた、地に足ついた宣伝の原理
REVIEW
かりんちょ落書き“海が満ちる” – 灯台の光のように、目的地を照らす歌
COLUMN
【2022年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
qoomol “You are so Claire” -『ミッド・サマー』に通じるアンビバレンスな芸…
COLUMN
【2022年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
みらんとLIGHTERSーー“猫”映画の公開記念イベント・ライブレポート
INTERVIEW
【第一回】音楽のラッピングーーグラフィックデザイナー・TYD™️(豊田由生)
INTERVIEW
京都の〈外〉から来て5年、確信とエラーで進む空間現代の現在地
INTERVIEW
アーティストが集まる理由ーー代表・番下さんに聞いた、bud musicが描くフラットな関係性
INTERVIEW
鈴木青が放つ、目の前の影を柔らげる光の歌
REVIEW
crap clap – ノスタルジー
COLUMN
今、どんな風が吹いている?|テーマで読み解く現代の歌詞
COLUMN
「あなたはブサイクだから」の呪い|魔法の言葉と呪いの言葉

LATEST POSTS

COLUMN
【2024年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…

REVIEW
aieum『sangatsu』―絶えず姿形を変え動き続ける、その音の正体は果たして

沖縄出身の4人組バンド、aieumが初となるEP『sangatsu』を2024年3月20日にリリース…

INTERVIEW
新たな名曲がベランダを繋ぎとめた。 新作『Spirit』に至る6年間の紆余曲折を辿る

京都で結成されたバンド、ベランダが3rdアルバム『Spirit』を2024年4月17日にリリースした…

COLUMN
【2024年4月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

COLUMN
【2024年4月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…