REVIEW
ノスタルジー
crap clap
MUSIC 2021.06.30 Written By 柴田 真希

ただ “あの頃” に戻りたいわけじゃない

東京を拠点に活動する男女5人組バンド・crap clap(クラップクラップ)。「大人になり過ぎた子供によるモラトリアム・ポップバンド」と謳っている彼らの新曲 “ノスタルジー” は、社会に出て日々悶々と生きている人に自分らしさを取り戻すための郷愁を運んでくれる。

鈍感になった心を反映したようなこもったサウンドから楽曲は始まり、ほどなくはっきりとした音に切り変わる。街中で昔の知り合いに急に声を掛けられると、一瞬で過去を思い出すことがあるだろう。 〈例えば君の脳になれたなら 君の体に入り込めたなら〉と歌う峰岸新(Vo / Gt)の声とともに広がるのは、輝いていたあの頃の景色だ。

 

かと思えばBメロの裏拍で段階的に下がる音階が早くも現実に引き戻す。〈悲しくなるほどモノクロだな〉というのは現実の景色でもあり、職場と家の往復で思い出せなくなった過去の記憶の色だ。〈青い旅〉の “青” はただ “青春” の色ではなく、人間関係のしがらみや責任に追われすり減った心の冷たさを表している。歌詞に特徴的に使われている色に注目すると、楽しかった過去と現実を1曲の中で何度も行き来する展開に気が付く。

 

〈ちょっとは色付いてよ〉という一節での川瀬朱華(Key)のコーラスは 、過去を映画『オズの魔法使い』の夢の世界さながら色付ける魔法のようだ。サビで再び鮮やかな過去に存分に浸ると、これまでとは打って変わって〈逆さまの世界〉、つまり昔を懐かしむばかりなのは〈悪くはないけど なんか違うんだよな〉と思うようになる。そして斉藤和義 “歩いて帰ろう” を想起させるリズムとともに現実に戻っても、今度は間奏で上川智也(Gt)が奏でる伸び伸びとしたギターソロも助け、少しだけ現実を邁進する気持ちに向かっていくことができるのだ。

 

終盤でキーボードとギターが同等の存在感を放つ様は sumika や、作詞作曲の森川雄太(Dr)が好きだというマカロニえんぴつにも通じる。誰もが社会に出たら浸るだろうノスタルジーがテーマということもあり、初めて聴いたときからどこか馴染み深いポップスの要素を持っていた。その上サウンドは程よい音圧で、これまでの楽曲 “ milk tea ” や “雨” ともまた違って具体的な感情やエピソードを盛り込まない歌詞のちょうどいい温度は、過去を思い出すときのしんどさを伴わず、繰り返し聴くことができる。

 

最後の一節で〈ワインの色した髪を撫でて眠ってた〉と初めて “モノクロ ” “青” 以外の色が登場するのは、何度も思い出すことで記憶が少し色付いたからだ。社会に出ると感情に蓋をすることも増えるけれど、音楽を聴くときくらいは自分の感情に素直にいたい。“ノスタルジー” はその蓋をそっと開け、自分らしさを取り戻す手助けをしてくれるタイムカプセルのような楽曲だ。

Apple Musicはこちら

ノスタルジー

 

 

アーティスト:crap clap
仕様:デジタル

発売:2021年6月2日

配信リンク:https://big-up.style/musics/458910

crap clap

 

2018年結成、東京で活動。大学のサークルで出会った峰岸新(Vo / Gt)、上川智也(Gt / Vo)、土居和真(Ba)、川瀬朱華(Key)、森川雄太(Dr)から成る「大人になり過ぎた子供によるモラトリアム・ポップバンド」。

Twitter:https://twitter.com/crap_clap

音源:https://big-up.style/artists/154018

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【2024年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
黒沼英之「Selfish」- 息苦しい時は、ただ環境が変わるのを待つだけでいいんだよ
COLUMN
【2024年3月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
ただ笑顔でいてほしい。黒沼英之が休止中の10年間で再認識した、作った曲を発表することの意味
COLUMN
【2024年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年1月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
omeme tenten『Now & Then / ブラックホールなう』 – …
COLUMN
【2023年12月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
和製ストロークスから前人未到の新機軸「シティロック」へ進化した、Kamisadoインタビュー
REPORT
あそびは学び! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC CAMP』2日目レポート
REPORT
大自然の中で音楽とコミュニケーションを! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC…
INTERVIEW
【前編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
INTERVIEW
【後編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
COLUMN
【2023年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年10月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
既踏峰『ぼくら / 青い影』- 天使に連れて行かれた先のサイケデリア
REVIEW
ハナカタマサキ『時計のひとりごと』 – ホームビデオのように思い出を刻む、ハナカタ流・愛…
REVIEW
THE 抱きしめるズ『最強のふたり / しんぎんおーるおぶみー』 – 友達を想って、友達…
COLUMN
【2023年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年8月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
映画が「作る人」をもう一踏ん張りさせてくれる -〈日田リベルテ〉原さんが映画館をやる理由
COLUMN
【2023年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
これはもはやバンドではない! 新時代のわんぱくカルチャー・コレクティブ集団 少年キッズボウイの元へ全…
COLUMN
【2023年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
10年間変化し続けてきた、場所と音の特別な関係 – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』…
REPORT
フェスでの出会いが、日常を豊かにする – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』Day1-
REVIEW
元気がないときは、お腹いっぱい食べるしかない – かりんちょ落書き『レストラン』
COLUMN
【2023年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
街なか音楽祭『結いのおと』の継続で生まれた、地域と人の結節点 – 「結いプロジェクト」野…
COLUMN
【2023年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
少年キッズボウイ“最終兵器ディスコ” - 感情の昂りは、戦争ではなく踊るエネルギーに
REVIEW
周辺住民『祝福を見上げて』 – 自分の心模様を映してくれる、弾き語り作品集
COLUMN
【2023年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
井上杜和『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』 – 古典手法を味方に現代の風俗を織り込んだ、自由…
REVIEW
鈴木青『始まりはいつもこんなポップス』 – 灰ではなく、炭になる燃え方を
COLUMN
【2023年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
一人きりでの宅録を突き詰めた先で開いた、オーケストラの彩り – 高知在住SSW・ハナカタマサキ『Sm…
COLUMN
【2022年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
照らされるんじゃない、輝くんだ – 加速する「BRIGHT PUNK」バンド MINAM…
COLUMN
【2022年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
50 pears『Wave Biograph』 – バンドは、小さな波が集合して生み出す大きな波
COLUMN
【2022年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
くぐり『形』 – 解放を志向し、現世を超越した存在となる
COLUMN
【2022年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
雨が降って虹が出るまで、ミュージカル映画のような23分間 – ソウルベイベーズ『Soulbabies…
COLUMN
【2022年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
肩書きを外した“人と人”の交流 ーー『逆光』須藤蓮監督が見つけた、地に足ついた宣伝の原理
REVIEW
かりんちょ落書き“海が満ちる” – 灯台の光のように、目的地を照らす歌
COLUMN
【2022年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
qoomol “You are so Claire” -『ミッド・サマー』に通じるアンビバレンスな芸…
COLUMN
【2022年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
みらんとLIGHTERSーー“猫”映画の公開記念イベント・ライブレポート
INTERVIEW
【第一回】音楽のラッピングーーグラフィックデザイナー・TYD™️(豊田由生)
INTERVIEW
京都の〈外〉から来て5年、確信とエラーで進む空間現代の現在地
INTERVIEW
アーティストが集まる理由ーー代表・番下さんに聞いた、bud musicが描くフラットな関係性
INTERVIEW
鈴木青が放つ、目の前の影を柔らげる光の歌
COLUMN
今、どんな風が吹いている?|テーマで読み解く現代の歌詞
COLUMN
「あなたはブサイクだから」の呪い|魔法の言葉と呪いの言葉

LATEST POSTS

COLUMN
【2024年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…

REVIEW
aieum『sangatsu』―絶えず姿形を変え動き続ける、その音の正体は果たして

沖縄出身の4人組バンド、aieumが初となるEP『sangatsu』を2024年3月20日にリリース…

INTERVIEW
新たな名曲がベランダを繋ぎとめた。 新作『Spirit』に至る6年間の紆余曲折を辿る

京都で結成されたバンド、ベランダが3rdアルバム『Spirit』を2024年4月17日にリリースした…

COLUMN
【2024年4月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

COLUMN
【2024年4月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…