REVIEW
祝福を見上げて
周辺住民
MUSIC 2023.03.03 Written By 柴田 真希

自分の心模様を映してくれる、弾き語り作品集

寒い日の夜、仕事終わり。疲れた頭をぶら下げて駅からの帰り道に思い浮かべるのは、週末に過ごした好きな人との、素晴らしい時間。そんな時に聴きたいのが、大阪を拠点に活動するシンガーソングライター・周辺住民の5曲入りEP『祝福を見上げて』だ。1枚でおよそ16分。ガットギターと歌のみというシンプルな音色は、一人の静かな夜道に寄り添ってくれて、いつの間にか部屋に到着する。

配信リンクはこちら

M1“わたしの循環”は、下津光史“愛のバラード”の間奏に通じる柔らかく体温を感じるアルペジオで始まり、この作品が愛に溢れた内容であることを予感させる。「循環」という言葉から想像できるものは水や資源、お金などこの世に色々あるが、ここでは「月」「太陽」を引き合いに出し、視点を一つマクロに導く。つまり、わたしの生命そのものも大きな宇宙の循環の一部なのだ。そう悟ると、自分が置かれている境遇も落ち着いて受け入れられる気がする。

 

他の楽曲でも天体のモチーフが多く見て取れる。特にM3“星めぐりの歌”とM4“ほしの座標”、曲名に星が入る2曲が続くが、この対比は興味深い。宮沢賢治が作詞作曲の“星めぐりの歌”は、星を人間の物語に準えた「星座」について歌う。反対に“ほしの座標”では、交わらない二人の関係を星の位置に重ね合わせた怪作だ。「街を漂ってる / 隕石みたいに / わずかな重力に頼り / あなたの元へと向かう」という歌詞は、日常と非日常の境がわからなくなる、星新一の小説のような空気を纏っている。さらに「そこにあるだけで価値を残す / 意味や文脈は削ぎ落とされて」という表現は、“星めぐりの歌”で扱われている星座の概念とは一線を画するものだ。2曲の間で星についての概念を揺らがせることで、その捉えられなさを余韻に残す。

 

鼻と喉を巧妙に使い空気の通り道を操ることで時々くぐもる声や、ガットギターで歌を押し出す演奏スタイルという点で、思い起こすのは折坂悠太だ。しかしそれだけでなく、のろしレコードの楽曲として折坂が書き下ろした“コールドスリープ”には“星めぐりの歌”のメロディが引用されており、扱うモチーフでも周辺住民とは共通項が見い出せる。

また“ほしの座標”の2番のギターには“わたしの循環”の冒頭のアルペジオと同じフレーズが隠されているのも面白い仕掛けだ。二度目に同じフレーズが登場した時はまるでジャズのソロが終わった後のような、というと大袈裟かもしれないが、住んでいる街に帰ってきたような安心感が生まれている。この安心感は、日常を描いた歌詞ととても相性が良い。

 

その他の楽曲においてもM5“祝福を見上げて”では月をモチーフに、夜から朝の時間までを描いている。M2“鳥”では、好きな人と過ごす時間を、空高く飛ぶとんびや鷹ではなく、人と近い視点で池を泳ぐ鴨を登場させて綴っている。周辺住民は、繰り返される日常について、日々空を見上げながら考えているのだろう。空にある太陽や星、そして月などの天体。あるとわかっていても実態が捉えられない空白を「見上げる」ことは、自分の心を映している時間に等しい。ジャケットにある空白も、そんな心模様を物語っているかのようだ。

 

手元のスマホで見る他人の生活には羨ましくなるような情景が、テレビからは心が蝕まれるようなニュースが絶えない。しかしそういった雑音から時には視点を逸らし、自分だけのスクリーンに映った物語を見上げる時間を大切にしたいものだ。『祝福を見上げて』はそんな時に最適な手引きとなるに違いない。

祝福を見上げて

 

アーティスト:周辺住民
仕様:CD / デジタル
発売:2023年1月27日(金)
配信リンク:https://songwhip.com/周辺住民/祝福を見上げて

 

収録曲

1.わたしの循環
2.鳥
3.星めぐりの歌
4.ほしの座標
5.祝福を見上げて

 

周辺住民

 

大阪在住のシンガーソングライター。

Twitter:https://twitter.com/Shufen_Juming

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【2023年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
少年キッズボウイ“最終兵器ディスコ” - 感情の昂りは、戦争ではなく踊るエネルギーに
COLUMN
【2023年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
井上杜和『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』 – 古典手法を味方に現代の風俗を織り込んだ、自由…
REVIEW
鈴木青『始まりはいつもこんなポップス』 – 灰ではなく、炭になる燃え方を
COLUMN
【2023年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
一人きりでの宅録を突き詰めた先で開いた、オーケストラの彩り – 高知在住SSW・ハナカタマサキ『Sm…
COLUMN
【2022年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
照らされるんじゃない、輝くんだ – 加速する「BRIGHT PUNK」バンド MINAM…
COLUMN
【2022年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
50 pears『Wave Biograph』 – バンドは、小さな波が集合して生み出す大きな波
COLUMN
【2022年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
くぐり『形』 – 解放を志向し、現世を超越した存在となる
COLUMN
【2022年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
雨が降って虹が出るまで、ミュージカル映画のような23分間 – ソウルベイベーズ『Soulbabies…
COLUMN
【2022年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
肩書きを外した“人と人”の交流 ーー『逆光』須藤蓮監督が見つけた、地に足ついた宣伝の原理
REVIEW
かりんちょ落書き“海が満ちる” – 灯台の光のように、目的地を照らす歌
COLUMN
【2022年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
qoomol “You are so Claire” -『ミッド・サマー』に通じるアンビバレンスな芸…
COLUMN
【2022年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
みらんとLIGHTERSーー“猫”映画の公開記念イベント・ライブレポート
INTERVIEW
【第一回】音楽のラッピングーーグラフィックデザイナー・TYD™️(豊田由生)
INTERVIEW
京都の〈外〉から来て5年、確信とエラーで進む空間現代の現在地
INTERVIEW
アーティストが集まる理由ーー代表・番下さんに聞いた、bud musicが描くフラットな関係性
INTERVIEW
鈴木青が放つ、目の前の影を柔らげる光の歌
REVIEW
crap clap – ノスタルジー
COLUMN
今、どんな風が吹いている?|テーマで読み解く現代の歌詞
COLUMN
「あなたはブサイクだから」の呪い|魔法の言葉と呪いの言葉

LATEST POSTS

COLUMN
【2023年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…

REVIEW
屋敷『仮眠』 – のんびりとした虚無感、幻想的だが後味の悪さもある、積層的なフォーク作品

屋敷のことをいぶし銀で長閑なフォークシンガーと捉えてしまうのは早計である。岩出拓十郎(本日休演 / …

REPORT
くるりの原点に戻れる場所〈拾得〉でみせたバンドとしての最新型

“音楽をする人のための遊園地”を目指し、店主の寺田国敏さん(愛称、テリーさん)が仲間と共に築100年…

REVIEW
少年キッズボウイ“最終兵器ディスコ” - 感情の昂りは、戦争ではなく踊るエネルギーに

知ってから数日、繰り返し聴いていたら全部歌えるようになってしまった。立て続けに音が重なってくるテンシ…

REVIEW
FALL ASLEEP#3 全曲レビュー

関西発のイベント・レーベル〈NEVER SLEEP〉から、2022年3月22日にコンピレーション・カ…