REVIEW
くぐり
MUSIC 2022.07.10 Written By 柴田 真希

解放を志向し、現世を超越した存在となる

疫病が流行る世の中で拠り所を求めた人びとが、神にすがるのは神道の習わし。無病息災を祈願するためにくぐり抜ける「茅の輪」の如く、この令和のコロナ禍に神秘性を持って現れたバンド・くぐり。2019年に結成し、吉祥寺を拠点に活動するこのバンドの1st EPが5曲入りの『形』だ。

 

バンドの概要を抑えておくと、メンバーは和田知久(Vo / Sax)・折田侑也(Gt)・佐藤日向子(Ba)・小野里悠(Dr)の4人編成。サンプラーも駆使した音作りは既にライブでも定評がある。1曲目“違う生き物”ではナツノムジナのような自然と調和する耳に心地よい声と柔らかいギターの導入が日本の自然を見せてくれるかと思えば、後半は一変してシューゲイザーの轟音にサックスが乗って涼しさが広がり、例えるならアイスランドまで来たかのようだ。またbetcover!!を連想する不気味で癖になる“蛇”はサイケデリックで彩りも豊か。一方、“素敵”での高音ボーカルと緩く力の抜けたリズムにはフィッシュマンズも感じる。

ここまで幅広いサウンドを持っているとどんな世界観を表現しようとしているバンドなのか、一聴では迷うリスナーも多いだろう。もしそうなら、何時間でも聴いて欲しい。筆者が虜になったのは、くぐりが音楽を通して表現した「形あるものからの解放」が、社会ないしは個人として求める、絶望からの解放と通底していたからだ。そのテーマに強く共感した上、解放に近づくためのアプローチが、他の音楽を聴いても得られない奥深さを持っていて、依存性を生んでいる。

 

1曲目“違う生き物”で「僕のことを覚えてますか 今に違う生き物になるよ」と問いかけた僕は、4曲目“素敵”で「体の形が変わっていった みるみるうちに昇っていった」と歌われる。ここでいう形が変わった姿とは3曲目の“蛇”なのだろうか。そういえば、小さい頃によく母親に言われた「夜中に口笛を吹くと蛇が来るから駄目」という言葉が蘇る。これは口笛が神や精霊を呼び出すため、タブーとされていたことが理由の逸話だ。2曲目“浮かぶ光”の最後で無双する和田知久のサックスは禁忌に触れて神を呼び出してしまいそうな、恐さがある。呼び出した神に触れ、現世での形を奪われたことは通例だと死を意味する悲惨な結果なのかもしれないが、ここでは自ら望んだ「形」に変化したように思える。

「ばいばい、形が消えて飛んでいくよ」
「目に触れないものだけを持っていたいよ、僕」“違う生き物”

“浮かぶ光”や“蛇”、“永久影”で「光」に関する描写があるのも、全て形からの解放を思考しているがゆえだ。物体はそこにあることで光を反射する。だから物体そのものが目に見えなくても、光を捉えられるということはそこに何か「ある」ことを指している。形を失った最後は“永久影”、つまり影となり焼失したというのが、このEPの結末なのかもしれない(その余韻は最後の燃えるような音の通り)。

 

形が変わる=転生は、つまり絶望している現世からの解放でもある。

 

スペインの画家、ジョアン・ミロは第二次世界大戦下、魂を天まで掬い上げてくれる救済を求め、身近な悲惨とは距離を置いた「星座」シリーズを描いた。現世での生を終えて星となり、「星座」として存在すること。新たな戦争が起こっているこの時代に生まれた本作のCD盤面に描かれた画は、ミロの絵に繰り返し登場する星や月をイメージしているように見える。ミロが形式を破壊する抽象画風でもって探究したところを、くぐりはギターやベース、ドラムのみならずサックスやサンプラーを用いた斬新なサウンドでもって既存の形式を破壊する。“浮かぶ光”で歌われる「五つに狭めた感覚の垣根を壊して」という現象界を否定する行為も、「形あるもの」ではなくなる、つまり現世を超越した存在になることに通じている。くぐりは音楽を用いて「形」について探究し、形あるものの先に向かうことが、“救い”に繋がる道筋だと思考しているのかもしれない。

Apple Musicはこちら

 

発売:2022年6月8日

フォーマット:CD / デジタル

価格:¥1,650(税込)

 

収録曲

1.違う生き物
2.浮かぶ光
3.蛇
4.素敵
5.永久影

くぐり

 

東京・吉祥寺を拠点に活動する4人組バンド「くぐり」
ドラム・ベース・ギターを基盤にサックスやエフェクトを駆使した静かな揺らぎに揺蕩うような、サイケデリックでありながらも純真な音楽を鳴らす注目の気鋭バンド。

 

Twitter:https://twitter.com/queguerie

Instagram:https://www.instagram.com/queguerie/

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【2024年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
黒沼英之「Selfish」- 息苦しい時は、ただ環境が変わるのを待つだけでいいんだよ
COLUMN
【2024年3月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年2月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
ただ笑顔でいてほしい。黒沼英之が休止中の10年間で再認識した、作った曲を発表することの意味
COLUMN
【2024年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2024年1月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
omeme tenten『Now & Then / ブラックホールなう』 – …
COLUMN
【2023年12月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年11月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
和製ストロークスから前人未到の新機軸「シティロック」へ進化した、Kamisadoインタビュー
REPORT
あそびは学び! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC CAMP』2日目レポート
REPORT
大自然の中で音楽とコミュニケーションを! 14回目の開催・みんなであそぶフェス 『ONE MUSIC…
INTERVIEW
【前編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
INTERVIEW
【後編】わんぱくカルチャー・コレクティブ集団・少年キッズボウイとは?1stアルバムリリース記念で全員…
COLUMN
【2023年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年10月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年9月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
既踏峰『ぼくら / 青い影』- 天使に連れて行かれた先のサイケデリア
REVIEW
ハナカタマサキ『時計のひとりごと』 – ホームビデオのように思い出を刻む、ハナカタ流・愛…
REVIEW
THE 抱きしめるズ『最強のふたり / しんぎんおーるおぶみー』 – 友達を想って、友達…
COLUMN
【2023年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年8月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
映画が「作る人」をもう一踏ん張りさせてくれる -〈日田リベルテ〉原さんが映画館をやる理由
COLUMN
【2023年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
これはもはやバンドではない! 新時代のわんぱくカルチャー・コレクティブ集団 少年キッズボウイの元へ全…
COLUMN
【2023年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2023年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
10年間変化し続けてきた、場所と音の特別な関係 – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』…
REPORT
フェスでの出会いが、日常を豊かにする – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』Day1-
REVIEW
元気がないときは、お腹いっぱい食べるしかない – かりんちょ落書き『レストラン』
COLUMN
【2023年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
街なか音楽祭『結いのおと』の継続で生まれた、地域と人の結節点 – 「結いプロジェクト」野…
COLUMN
【2023年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
少年キッズボウイ“最終兵器ディスコ” - 感情の昂りは、戦争ではなく踊るエネルギーに
REVIEW
周辺住民『祝福を見上げて』 – 自分の心模様を映してくれる、弾き語り作品集
COLUMN
【2023年2月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
井上杜和『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』 – 古典手法を味方に現代の風俗を織り込んだ、自由…
REVIEW
鈴木青『始まりはいつもこんなポップス』 – 灰ではなく、炭になる燃え方を
COLUMN
【2023年1月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年12月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年11月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
一人きりでの宅録を突き詰めた先で開いた、オーケストラの彩り – 高知在住SSW・ハナカタマサキ『Sm…
COLUMN
【2022年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
照らされるんじゃない、輝くんだ – 加速する「BRIGHT PUNK」バンド MINAM…
COLUMN
【2022年8月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
50 pears『Wave Biograph』 – バンドは、小さな波が集合して生み出す大きな波
COLUMN
【2022年7月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
COLUMN
【2022年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
雨が降って虹が出るまで、ミュージカル映画のような23分間 – ソウルベイベーズ『Soulbabies…
COLUMN
【2022年5月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
肩書きを外した“人と人”の交流 ーー『逆光』須藤蓮監督が見つけた、地に足ついた宣伝の原理
REVIEW
かりんちょ落書き“海が満ちる” – 灯台の光のように、目的地を照らす歌
COLUMN
【2022年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REVIEW
qoomol “You are so Claire” -『ミッド・サマー』に通じるアンビバレンスな芸…
COLUMN
【2022年3月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
REPORT
みらんとLIGHTERSーー“猫”映画の公開記念イベント・ライブレポート
INTERVIEW
【第一回】音楽のラッピングーーグラフィックデザイナー・TYD™️(豊田由生)
INTERVIEW
京都の〈外〉から来て5年、確信とエラーで進む空間現代の現在地
INTERVIEW
アーティストが集まる理由ーー代表・番下さんに聞いた、bud musicが描くフラットな関係性
INTERVIEW
鈴木青が放つ、目の前の影を柔らげる光の歌
REVIEW
crap clap – ノスタルジー
COLUMN
今、どんな風が吹いている?|テーマで読み解く現代の歌詞
COLUMN
「あなたはブサイクだから」の呪い|魔法の言葉と呪いの言葉

LATEST POSTS

COLUMN
【2024年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…

REVIEW
aieum『sangatsu』―絶えず姿形を変え動き続ける、その音の正体は果たして

沖縄出身の4人組バンド、aieumが初となるEP『sangatsu』を2024年3月20日にリリース…

INTERVIEW
新たな名曲がベランダを繋ぎとめた。 新作『Spirit』に至る6年間の紆余曲折を辿る

京都で結成されたバンド、ベランダが3rdアルバム『Spirit』を2024年4月17日にリリースした…

COLUMN
【2024年4月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

COLUMN
【2024年4月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…