夜の波に流された果てで見る、朝焼けのマジック・アワーのような時間
「鬼才」や「天才」といった語り口で評されることが多い、大阪のシンガー・ソングライターASAYAKE 01。しかし彼の音楽人生は決して平坦ではなかったのだと、本作『S S W』を聴けば容易に想像することができる。彼の音楽人生の中での苦悩ややるせなさが並べられている本作は、一度でも何かに向かう姿勢を自分に問い直したことのある人間ならば、その苦悩に寄り添い、共に歩んでくれる友人のような1枚になるだろう。
思えばずいぶんと長い間、彼の作品の発表を待った。音楽活動をルーチン的に続けていくことへの疑問から疲弊し、彼は2012年頃にぱったりと音楽活動を休止してしまう。そこから『S S W』を発表するまでの7年間、一度失った音楽への情熱を取り戻すのはそう容易ではなかったはずだ。その7年間の音楽に向き合う大きな気持ちの波の揺れ動きが、ミニアルバム発売に先駆けて発表された“ゴースト”や表題曲“S S W”の歌詞、メロディ、楽器の音色の選択ひとつからも、これでもかと感じ取ることができる。特に”S S W”の歌詞からは、「誰も知らない無名の S S W 」と自分の音楽活動を自虐的に歌いながら、作った歌の亡霊に引き止められたりそそのかされたりと、活動休止中の葛藤が感じ取れる。
また、前作『都会というよりその下で生きる』(2007年)がアコースティックギター1本で構成されていたのに対し、本作はバンドサウンドを大きく取り込み、音色やアレンジもかなりバンドアプローチに寄っている。彼と同じく大阪を拠点に活動しているバンドNayutaの中心メンバーや、ASAYAKE 01に所縁のあるプレーヤーたちと、長い時間をかけて音の実験を繰り返してきた、7年間で蓄積された頭の中のたくさんの音色。それらを存分に鳴らしているように感じられる。その中で、ASAYAKE 01の芯として変わらず存在していることもある。例えばバイオリンの旋律に置き換えても絶対にグッとくるであろう美しい歌のメロディラインや、古いアンプから放たれる少しひずんだ甘いギターの音色のようないつくしみ深い歌唱、日々の暮らしから湧き上がってきた生活感のあるワードとカタカナ英語のコンビネーションからくる独特な言い回しなど。これらは本作でも彼の個性として光っている。
“ゴースト”や“S S W”が彼の心に近い歌だとすると、銭湯で日頃の疲れを落としつつイメージを広げる時間を、広がる大海原への船出に例えた“湯船オーシャン”や、平成が終わり新しい時代が始まっても変わらぬ生活を望む“LAST MAY”などは、日常のワンシーンを彼の視点で切り取った写真のような楽曲たちだ。そして本作最後に収録されている“「I like it」”は、まさに夜明けのあと、朝焼けを見ながらどこかに腰掛け、誰かと話すようにぽつぽつと語る歌唱が、そのような美しい時間に意識を連れて行ってくれる。
『S S W』は仲の良い友達と、深い話をしながら一夜を明かしたような作品だ。例えばとても濃いオールナイトのライブイベントが終わり、友達と缶コーヒーでも飲みながら朝焼けを眺め電車を待つような、ああいう時間だ。あるいは、この作品自体がひとつのオールナイトイベント、そしてその終わりの朝焼けの、写真撮影用語でいうところのマジック・アワーまでを追体験できる、こっくりとした時間そのものかもしれない。昨今ではそのようなオールナイトイベントも失われてしまったが、眠れないまま夜を越え朝を迎えそうなとき、コーヒーでも淹れながら聴いてみてほしい1枚だ。
S S W
アーティスト:ASAYAKE 01
仕様:CD / デジタル
発売:2019年4月3日
レーベル:New Years LABEL
収録曲
1. intro
2. S S W
3. ギター
4. ゴースト
5. 湯船オーシャン
6. LAST MAY
7. 「I like it」
Webサイト:https://www.asayake01.com
Twitter:https://twitter.com/ASAYAKE01
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アンテナの遊撃ライターと特大マスコット(自称)を担当してます。寿司が好きですが甲殻類は食べられません。
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基本的には音楽が好きです。ベースも弾きます。