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狐菴 KissaCo

FOOD 2020.01.08 Written By 丹 七海

烏丸通を北に上った紫野・大徳寺の近く。『狐菴 KissaCo』は、住宅街の一角にひっそりと佇んでいます。店頭には看板がなく、道を歩いているだけではその存在に気づかないかもしれません。それにも関わらず、地元民から観光客まで様々なお客さんで賑わいます。私が取材に行った日も、常連さんと一見さん2人が、グループを超えて話の花を咲かせていました。

 

狐菴には喫茶店にあってしかるべきのメニューはなく、菴主の真秀さんに今日の和菓子を教えてもらうところから注文は始まります。「自分の好きな物をお客さんにも好きになってもらいたい」と語る真秀さんが、その舌で見つけたペアリングはバラエティ豊か。コーヒーや抹茶の時もあれば、日本酒とのペアリングをお勧めされることもあります。お酒が初めての人も、種類や度数についてイチから説明してくれるので安心です。

 

お客さんとの会話を大切にされている真秀さん。店内を彩る狐の置物や書、ポートレート写真は、会話からつながったお客さんからの頂き物だそうです。紫野を訪れた時は、ぜひ狐菴に足を運んでみてください。その日にしか味わえない和菓子とペアリングを、そしてその日にしか味わえない素敵な出会いに巡り会えることでしょう。

住所

京都府京都市北区紫野上門前町66

営業時間

15:00〜21:00(土曜日のみ〜20:00)

定休日

月曜日・火曜日

Instagram

https://www.instagram.com/kiss.a.co/

台湾で出会った、人生の見方を変えた1杯のコーヒー

──

前職のコーヒー屋を辞めた後、台湾に行かれたのはなぜですか?

真秀

日本からの逃亡です。波風立てないようにとか空気を読むとか、苦しいだけの日本の空気がすごく嫌いで、台湾に逃げました。帰ってくるつもりもなかったので、向こうで住まいと職を探していましたね。

──

それがどうして、再び日本に戻ってくることになったのでしょうか。

真秀

アスターコーヒーとの出会いです。今ではアスターって有名なんですが、当時はそのことを知らなくて。そこで飲んだコーヒーはもちろん、空気が美味しかったんです。

※Astar coffee house
台北の中山國中駅近くの路地にあるカフェ。コーヒーの他に、お酒やサンドイッチなどのフードも提供している。隠れ家的な佇まいと、オーナーの腕前が光る確かな味でブログを中心に取り上げられている人気店。

──

空気というと、お店の雰囲気ということですか?

真秀

雰囲気というか、オーナーとのやりとりですね。お互い言葉がわからないから筆談やiPhoneの翻訳を使いながら話していて、店に込めた思いを聞いたんです。アスターって、旅人という意味の台湾の古い言葉に発音が似ているんですね。オーナーは人生を旅になぞらえた考えをしている方で、旅の1つとしてコーヒー屋をしている。お客さんもその1つとしてうちに訪れた。その思いを聞いているうちに、日本のことは好きじゃないけど、だからと言って逃げるのは違う、ちゃんと向き合わなきゃいけない、と思い至りました。

──

逃げる前に、きちんと向き合うことにしたんですね。

真秀

はい。一度日本に帰って、やりたいことをやろうと決めました。成功しても失敗しても、やりきってから次へ進むことにしたんです。それまでは日本人じゃなくても、日本に住んでいたらできたことしかやってこなかった。でも、日本人をやっていたら精神的なレベルで何かしらついているはずじゃないですか。その何かをこれまでやっていなかった。だから、できることをやろうと思って帰ってきました。

──

アスターコーヒーに出会っていなかったら、狐菴は存在していなかったかもしれませんね。

真秀

そうだと思います。あそこでコーヒーを飲んでいなかったら、日本には帰っていませんでした。台湾で働いていましたね。そういう意味で、アスターコーヒーの存在はとても大きいです。

試行錯誤の末たどり着いた、『喫茶 狐菴』の今のかたち

──

日本に帰ってから、どんな経緯で狐菴を開くことになったのでしょうか。

真秀

何かやろうと息巻いて帰ってきたものの、漠然とコーヒー屋をやりたいぐらいしか考えていませんでしたね。最初は祇園か古川町あたりでやりたかったので、場所に合わせてコーヒーとフランス菓子とアルザスワインの店にするつもりでした。知り合いの洋菓子職人に卸しのお願いまでしていたんです。

──

洋菓子ではなく和菓子を出すようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

真秀

1番大きなきっかけは場所ですね。物件探しをしているとき、偶然この場所を見つけたんです。近所に大徳寺さんがあるのですが、そこは千利休にゆかりのあるお寺なんですね。それで、茶道を取り入れたらどうだろうかと考えたんです。

──

この場所に来て初めて、和菓子が出てくるんですね。

真秀

そう考えたはいいものの、茶道に関しては俺自身やったことないからわからなかった。でも、わからなくても利休が何をやりたかったのか、何を目指したかったのか、そういうものは知ることができるじゃないですか。彼も楽しいことをやって、自分の楽しさを拡散させたかったはずなんです。お寺の方に色々と利休のバックグラウンドを聞いていくうちに、この場所で出すのは洋菓子じゃなくて和菓子だろう、と出すことを決めました。祇園でやっていたら、抹茶も出していませんでしたね。

──

そうなんですね。日本酒もこの場所が決まってからですか?

真秀

はい。ただ、始めようと思ったきっかけは和菓子とは全く違いますね。和菓子にあう飲み物を何にするか考えていたとき、飲みに出かけた先で日本酒が目に入ったんです。「そうだ、日本酒を出そう」と思いつきました。本当に偶然です。

──

提供されている品数を見るに、かなりの銘柄を試されたんじゃないですか?

真秀

京都のお酒だけでも50種類以上試飲しました。俺自身、お酒が弱いので命がけでしたよ。アルコールの強い友人を呼んで、外部記憶装置みたいに飲んだ時にどんな反応をしていたかを覚えてもらいました。目を覚ましてから、このお酒は和菓子に合うとか、これはダメだとか、俺がどんなことを言っていたかをまるで他人事みたいに教えてもらっていましたね。そうして、最初は京都生まれの祝米を使った3本を選びました。

──

開店まで、まっすぐなストーリーがあったわけではないんですね。

真秀

行き当たりばったりというか、いろんなことを同時に進めて収束したのが今の形です。当時からすると、まさか日本酒と和菓子を出すなんて思ってもみなかったです。

──

場所が違えば、今とは全く違う形のお店になっていたかもしれないですね。

真秀

そうですね。コーヒーだけを出していたら、もっと堅苦しい店になっていたと思います。正直、最初は悩んだんです。コーヒー屋として店を出したのに、和菓子と日本酒ばかり売れて店を畳もうかと思いました。でも、前職のオーナーが「大切なのはコーヒーを出すことじゃない、お客さんの空間を作ることだ」と言ってくれたのを思い出して。もちろん、お願いされたら出します。けれど、こちらから「ここはコーヒー屋だからコーヒーを頼め」と言う必要はないな、と。コーヒーと和菓子と日本酒、選択肢から選ぶ楽しみはあってもいいのではないかと考えています。

会話から広がるつながりを大切にしたい

──

出される商品には、どんなこだわりを込められているのでしょうか。

真秀

自分の好きなものしか出さないですね。例えば和菓子屋の嘯月さんはもう16年ほど好きで通わせていただいています。なので、辞書みたいに味が全部頭に入っているんですよ。日本酒に関しても和菓子の味を想像しながら試飲して、「これだ!」と思ったものしか選びません。俺が好きなものを、お客さんにも好きになってほしい。仮になれなくてもこんなお酒があるんだ、こういうペアリングがあるんだと知ってほしいです。

──

店内にたくさん狐の置物がありますが、こちらもこだわって集めているのですか?

真秀

いえ、ほとんどお客さんが持ってきたものです。俺が買った狐は1匹だけかな。屋号に狐が入っているからなのか、みなさん持ってきてくれるんですよね。気づいたら、こんなにたくさん増えていました。

──

お店に飾っている写真もお客さんが持ってきたものですか?

真秀

これは関西でアートディレクションの活動をしている毬乃さんの写真です。お客さんとして来てくれた時に、今度京都でグループ展をするからここにも飾らせてほしいとお願いされました。どんな写真を撮っているのか見せてもらったら、この写真をすごく気に入ったんです。これをうちに飾ってくれるなら何を持って来てもいいよという話になって、この前は彼女の個展も開きました。

──

偶然知り合ったんですか?不思議なご縁ですね。

真秀

巡り合わせです、本当に不思議ですよね。紫竹で和菓子屋を営んでいるaoiさんという方が招き猫最中を作ってくれているのですが、彼女も最初はお客さんでした。お酒を飲みながら話を聞いていると和菓子作家をしているんです、と話されて。和菓子職人とは何が違うの? って盛り上がって、うちに合う和菓子を1つ作ってきてもらったんです。それに込めた思いやこだわりを聞きながら頂いて、すごく美味しかったですね。これは是非、とお願いして今に至ります。すっかり看板メニューになりました。そういう風にうちに来て、話して、親しくなるケースが多いです。

──

2人との出会いをお伺いしていると、お客さんと話すことをすごく大事にされているように感じます。

真秀

その部分は心がけています。お客さんの話を聞いて、頭を回してその中で増えるものやつながるものがあればいいなと。皆さんと話したいからこの距離感でやっています。菴主と話してもいいし、初めましてのお隣さんと話してもいい。境界に入りこむというより、曖昧にしている感じですね。できるだけそうなるように意識しています。そうして話しているうち、こんな風にものも増えていったんです。

──

その思いが、お客さんを呼び寄せているのかもしれないですね。

真秀

どんなつながりができるかもわからないのに、はじめから話を聞かないのはもったいないじゃないですか。お酒を飲んでいる時間、和菓子を食べている時間、その間だけでもみんなで楽しく過ごしましょう、ぐらいの心持ちです。そうしていると、不思議とたくさんの方とつながりができました。

世代を超えたつながりを目指したい

──

オープンから2年経って、狐菴はどんな場所になったと思いますか?

真秀

正直わからないですね。楽しみながらやってきている、ぐらいしか考えていないです。でも、やり方は間違っていないと思います。看板も立てていないし客引きもしないから、お客さんが来てくれるまで待っているしかないんですよね。それなのにみなさんに来ていただいて、こちらが楽しませてもらっている。それはすごくありがたいです。

──

そうやって来られたお客さんと、親しいつながりが生まれていっているんですよね。

真秀

毬乃さんもaoiさんもそうですが、いい人ばかり来てくれるんです。本当にラッキーです。だって他人ですよ。それまで縁もゆかりもなかった人が店にきて、俺を喜ばせてくれる。その分少しでもお返しをしたいと思ってやっています。

──

では、これからどんな場所になると思いますか?

真秀

俺にもどうなるかはわからないです。せめて続いてほしいですね。うち、スタンディングなんですけどベンチを置いているんです。もし子連れで来られて、隣に並んだらとてもいいなと思って用意していました。最初はまさか使われないだろうと思っていたのに、家族連れでくるお客さんがいて、娘さんが生後3ヶ月の頃から贔屓にしてくれているんです。月に3回ぐらい散歩のついでに寄ってくれているんですが、あるときお父さんが「娘が大きくなったら、一緒に飲みたいな」と言われて。そんなこと言われたら、続けないといけないですよね。

──

世代を超えてつながっていくんですね。感慨深いものを感じます。

真秀

結構そういうパターンが多いです。お客さんが「私はもう来られないから、代わりに娘に行かせるね」とか、その逆もあったりします。どこでつながるのか、本当にわからないですね。

──

代をまたいで訪れるお客さんがいらっしゃるのは、すごく嬉しいですね。

真秀

そのためにも、頑張らないといけませんね。一応、歳を重ねてもやっていける形にはしています。だから、キッチンも収納スペースも狭くしてある。お客さんも入れて15人が限界、10人ぐらいで回るようにしているんです。これから何が起こるかわからないけれど、続けていきたいです。

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