REVIEW
ANATOKANI
知らないひと
MUSIC 2020.05.08 Written By 岡本 海平

傾いていく太陽とそれに照らされて橙色に染まるマンション、群青色に姿を変える東の空、コンビニのガレージでタバコを吸う若者、カゴに今日の夕飯の食材を乗せた自転車を漕ぎ家路へ急ぐ主婦。よくある街の風景に私は温もりを感じる。京都を拠点に活動する3人組オルタナティヴ・ロックバンド、知らないひとが2019年9月にリリースした、現体制初となる作品『ANATOKANI』は、そんな街の温もりを音楽にしたような作品だ。

 

“生活は夕暮れに”と“思惑垂らす深海魚”のゆったりとしたリズムを刻むドラムとベース。それを深いリバーヴと強烈な歪みがかかったギターが覆うことで飽和したバンドサウンドは、まるで街のざわめきのようだ。道路のすぐそばを流れる川、町を行く車、そこに吹く風。故郷で感じた心地よさ、ぼんやりとルーズに流れる時間を、この二曲は記憶の隅から呼び起こさせてくれる。

 

ただ、ゆるやかに時が流れるような場所ばかりが故郷というわけではない。ビルがひしめき、人々が多く行き交う眠らない街も、誰かにとっての故郷である。3,4曲目に収録されている“踊る街並み”と“さよなら薄れて”は、歪みきったギターに引き締まったアップテンポなリズムが合わさった、都会と呼ばれる街の喧騒や慌ただしさを感じる楽曲だ。

 

しかしこの楽曲たちは、それぞれの故郷の心象風景を思うだけではなく、その場所を離れた誰かを思う歌なのだ。“生活は夕暮れに”では「向こうが元気ならそれでいいよ」、“さよなら薄れて”では「向こうの暮らしはどうだい」と、誰かを思う歌詞が綴られている。長い間関わることがなくなった人は記憶から薄れていく。そしてついには、自分の周りにいたことも記憶から消えてしまう。しかしその人の生活は終わることなく続いていく。そんな当たり前だけど忘れがちなことを、この楽曲を聴くと思い出す。そして、私にとってのどこかに行ってしまった誰かとの記憶を掘り起こさせ、しばしの間ノスタルジーに浸らせてくれる。

 

街に溢れかえる人たちの一人一人にも、どこかに行ってしまった人がいて、同時にその人も誰かにとってのどこかに行ってしまった人なのだ。それでも、今は違う場所にいる誰かとの過去を心の奥底に潜めながら今を懸命に生きている。そんな、一人一人の過去や今の暮らしが折り重なり、街は成り立っている。だから、人に感じる優しい温もりを街にも感じるのかもしれない。

 

知らないひとの音楽は、聴く者の過去や思い出を呼び起こしながら街の温もりへと昇華していく。

知らないひと『ANATOKANI』

 

 

リリース日:2019年9月21日

定価:1,000円(税込み)

フォーマット:CD / Digital

販売:https://shiranaihito.thebase.in

配信:Apple Music、Spotify 等、各種配信サービスにて配信

 

収録曲:

1.生活は夕暮れに

2.思惑垂らす深海魚

3.踊る街並み

4.さよなら薄れて

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