どこか塞ぎ込んでいた私の心にするりと風が吹き込んだ。そんな感覚を覚えたのはYeYeによる5枚目のアルバム『30』。彼女が30歳を迎え人生が新たなフェーズへと突入し、結婚と出産、活動拠点をオーストラリアと京都に移すなど大きな出来事を経て完成した本作。M1 “STEP IN TIME” からM2 “Catch Her” への流れに象徴されるように特にエレクトロ色が強くなり、 “Blessing in Disguide” や “I See The Forest You See” といったバンドサウンドが際立っていた前作『MOTTAINAI』とはまた違った表情を見せた。 リードトラックであるM3 “幸せにはならない” では、 ‟きみはどこをみてる? 探れないほどに泣き続けていて 救えたらと思うよ” や “知らず知らずのうちに彷徨って 翻るたびに自分が嫌いになってしまう” と歌う。その歌詞にあるように、自身や側にいる大切な人の中にある弱さや憂いの存在をを認めつつも、タイトルとは裏腹に幸せに向かって自らの足で進もうとする姿をホーンとストリングスの繊細かつ伸びやかな調べとともに描いている。
もうひとつのリードトラックであるM6 “暮らし” では、穏やかに爪弾くアコースティックギターのコード進行と一定に繰り返されるリズムが、特に大きく奇抜な展開ばかりではない現実世界と同じように淡々と過ぎゆく日々を表現している。暮らしの中に時折現れる憂いの表情を想起させるのは、ファルセットを使った息遣いを感じる歌声によるものだろう。単調であれば飽きてしまいそうにも思うが、なぜか優しい気持ちになれる。それは ‟なんともないふりして 心はトゲトゲ” と日常にある些細な不安やわびしさを経た後に歌われる ‟大きく包み込み合おう” の一節と、アクセントのようにサビの終わりにかけて短く鳴らされる口笛のフレーズのおかげなのかもしれない。例えるなら一輪、花を飾るだけで部屋が少し明るくなるみたいに。そんなこの曲が内包する優しさをより引き立たせているのがM5 “だけどそれは愛” を経た流れである。 “暮らし” とは対照的に真夜中の静けさにも似たシリアスさや愛への深い真剣さという印象を歌った曲から日常がテーマとなるシーンへ移ることで、日常が持つ重みをさらに感じる作用が働くと思えてならない。
今回も彼女の持ち味であるコーラスワークの豊かさは健在で、先述したM3 “幸せにはならない” ではファンファーレのように楽曲世界の広がりを先導している。さらにM7“義兄妹”ではYeYeに加え、本作のレコーディングメンバーでもある田中成道(Key)、浜田淳(Ba)、妹尾立樹(Dr)の3人がコーラスに参加しており、4人によるコーラスのかけ合いから生まれるハーモニーは、人間の体から発せられる声によって結びつくことで血の繋がりはなくとも繋がれるというタイトルそのものを体現している。そして “赤の他人が 家族になって 運命ともに サヴァイヴするわ” の歌詞の如く、運命を共にし一丸となってアルバムを作り上げたからこそ歌うことができたであろうこの曲を本作のハイライトとして挙げたい。
シンセサイザーなどを多用したメロウで都会的なサウンドは、一聴するとシティ・ポップのように聴こえるが実はそうではない。それは、きらびやかな外の風景ではなく、日常や自分の内面に視線を向けて歌っているからだ。街の景色やそこに生きる人々を歌ったシティ・ポップの元祖であるシュガー・ベイブの “DOWN TOWN” の対義語が存在するならば、私はそこにYeYeの “暮らし” を挙げたい。そんなありふれた日常を洗練されたポップソングに昇華していることもこの作品の特徴であろう。
今回YeYeは憂いや弱さのような自己の内面を楽曲の焦点としたが、それは今に始まったことではない。前作の “ゆらゆら” や “うんざりですよ” の歌詞にも現れていたが、本作ではそれがさらに色濃く反映されている。ただ無鉄砲かつがむしゃらに押し進める強さとは違い、自身の中にある憂いを認め、それを受け入れた上で進むことが強さであり愛することだと音楽で表現したのではないだろうか。
SNSの存在が当たり前となり、小さな画面の中に見えるものが全てだと捉えがちだが、そこに映らないものこそが生活の本質であったりするのだ。無意識に完璧な自分を演じてしまうこともあるけれど完璧など存在しない。実際は淡々と過ぎる毎日を必死に生きているが、ここで歌われているのはそんな私たちの日常であると感じた。いつもの日常に潜んでいた感情が音楽として歌になったことで私は迷う心が少し軽くなった。これこそが作品がリスナーのものになるという体験なのだろう。
これまでの生活がどうだったかすら忘れそうになる現在、このアルバムは何気ない日々の暮らしの匂いを思い出させてくれた。今、起こっている混乱が落ち着いた後の世界は変わってしまっているかもしれないが、それでも日々の暮らしは続く。だからきっと、楽曲たちはいつまでも私に寄り添い、そして心の窓に風を吹かせてくれるだろう。
Apple Musicリンク:YeYe 『30』
YeYe『30』
アーティスト:YeYe
仕様:CD
発売:2020年3月18日
価格:2,750円(税込)
収録曲
1.STEP IN TIME
2.Catch Her
3.幸せにはならない
4.サイレント・ダンス
5.だけどそれは愛
6.暮らし
7.義兄妹
8.Invisible Coyote
9.こわれかけのトナカイ
HOLIDAY!RECORDS購入リンク:HOLIDAY! RECORDS
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宮城県出身。
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好きな写真家は奥山由之とソール・ライター。ラジオが好きで、ジングルとコールサインが特にツボ。よく書き、よく撮り、よく眠る。