REPORT

泊まれる演劇 In Your Room 『Room 102』レポート

ART OTHER 2020.07.29 Written By アベ トモミ

それは、自宅にいながらあたかもそこにいるかのように、リアルタイムで一度きりの舞台を体験できる、新たな発見と喜びだった。2020年6月24日~29日の7日間、 京都の九条駅近くにあるアートホテル・HOTEL SHE, KYOTOを舞台に、泊まれる演劇 In Your Room 『ROOM 102』が上演された。“ステージと客席の境界を壊す” ことをコンセプトに、観客自身が物語の一役を買う“没入型演劇” という新しい演劇のスタイルがとられた本作。本来ならばリアルな宿泊を伴う公演・泊まれる演劇 MIDNIGHT MOTEL として同会場で実際に上演される予定であったが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえ、6月の初演は延期となった。そんな状況ではあったが、舞台はそのままに参加方法をリアルからオンラインに移し、泊まれる演劇 In Your Room として幕を開けた。初演の『ROOM 101』は1時間半でチケットが完売。上演後もSNSを中心に大きな反響を呼んだ。本作はその2作目の公演であり、前作と同じく脚本・演出はSCRAPのきださおりとミステリー作家で劇団渋谷ニコルソンズ主宰の木下半太によって手掛けられた。今回は6月28日(日)21時の回の公演についてレポートする。

リアルとフィクション、繋ぐ鍵はZoomと “謎の招待状”

前置きでも触れているがこの作品は、演者だけで作品が完結するのではなく、観客も登場人物と協力しながら物語に隠された秘密を暴いていく。観客と舞台をつなぐのはオンライン会議サービス・Zoom。オンラインでどこにいても鑑賞できるだけでなく、観客もその舞台に参加できるというふれこみに、筆者もHOTEL SHE, KYOTOから遠く離れた宮城から楽しさが未知数の世界へ飛び込んでみることにした。

 

上演約1週間前になると、参加者の自宅へ “謎の招待状” が送付される。届いた封筒の裏側には “指示があるまで、どうかこの封は開けないでください” の文字。開けたい気持ちをぐっと抑え、事前情報をほとんど知らされないまま当日を迎えることに。鑑賞会場のページにアクセスし、上演時間を迎えると本作のナビゲーターともいえる人物が登場しZoomの設定・操作方法のレクチャーが始まった。なんだか、テーマパークのアトラクションの前のような気分で説明を受けながら、知らず知らずのうちに作品の世界へ足を踏み入れていたようで、気がつくとすでに物語は始まっていた。

上演約1週間前に自宅へ“謎の招待状”が届けられる

物語の舞台となっているホテルに現れる登場人物は5人。それぞれがホテル内の別の部屋からZoomを繋ぎ、画面上で会話が進んでいく。時折、意見を聞かれるように登場人物が起こすアクションへのレスポンスが求められることもあるので、画面から目を離せない。その場に実際にいるわけではないが、画面上でのコミュニケーションを返すことで、自分もこの物語の一つの役割を与えられているような実感が湧いてくる。画面上から物語の行方を見守る約40名の一人ひとりも登場人物の一人としてこの物語に関わっていくのだ。そんな観劇する私たちと登場人物達とのコミュニケーションを可能にしているのもZoomなのだが、チャットやマイクなどの機能を最大限に使い巧妙に物語に組み込まれていて、会議で使っている時とはひと味違う体験ができる。特にチャット機能を介したやりとりは、音楽のライブでのMCのようで、その日にしか味わえない臨場感が生まれていた。

 

また、ステージのような一つの空間で物語が展開されるのに対し、画面の中に複数の空間を同時に存在し、それぞれの登場人物のアングルで世界が広がっている。複数のアングルからの映像を組み合わせることで、一つの物語となって進行できるのもこのオンライン演劇の特徴だ。

 

そんな中、物語に隠された秘密を暴くにあたって謎解きが発生するが、筆者はその謎解きが苦手であり、謎を解けるか、そもそも謎の内容を理解できるか不安感を抱いていた。しかし、一人で参加しているつもりであったが、画面の中には自分と同様の役柄の登場人物、すなわちたくさんの参加者達がいる。そこにホテルにいる登場人物達も加わり、ともに協力し合い謎を解いていくことで、なんとか閃きを理解し、楽しみながら謎を解くことができた。そして実は物語の始まりとともに謎解きがスタートしていたと気づいた時、今まで劇中で起きた出来事が腑に落ち、真実に辿り着いた物語はクライマックスへと向かっていくのだった。

物語の舞台となるHOTEL SHE, KYOTOの一角

90分間の “運命共同体”

小さな画面を通して鑑賞していたが、体は部屋にありつつも意識はホテルの方向を向いたままで、一時たりとも画面から目を離せない約90分であった。Zoomの機能を利用して登場人物とコミュニケーションを取るだけでなく、劇中にて自宅に届けられた招待状を使用したり、参加者自身の電話を用いる演出など、オンラインの世界から誘導されリアルな世界で行われる行為が、よりフィクションとの境を曖昧にさせた。この作品だからこそ成せる手法であり、物語への没入感を深めた大きな鍵とも言えよう。

 

そして作品の鑑賞を通して、劇場のような “ただ隣に座っていた観客同士” 以上の関係性、すなわち人とのつながりが生まれていた。謎を解くことで登場人物や他の参加者とのコミュニケーションが自然と発生し、そこに関わった人間として解かれた謎の結末を一緒に見届ける参加者達は、ある種の“運命共同体”でもあった。それは外出自粛により人とのつながりが希薄になってしまった現在において、オンライン上演という実験的な試みを通して見出すことのできた希望ではないだろうか。

 

今、コロナ禍によりあらゆるエンターテインメントが影響を受け、それまでスタンダードであったリアルな体験が伴う楽しみ方が制限されている。そんな中での泊まれる演劇 In Your Room は本来の形で上演できないネガティブな状況を、オンラインの特性を生かしてポジティブに変え、自粛期間により生まれた 「制限されつつ守られた環境下でも、楽しみを見出したい」に見事に応えたのだ。これは、病気を抱えていたり、育児に追われているなど、何らかの事情により会場に赴くことができない人にとっても演劇を楽しめる手段であり、コロナが終息した後の世界でも必要とされる存在でい続けるだろう。

自由に没入できる二つの世界

泊まれる演劇 In Your Room は本編『MIDNIGHT MOTEL』のスピンオフ作品という位置付けであり、公式noteにて「ホテルというリアルな場に固執するのではなく、オンラインでの経験や学びを本編に還元していく」と語っている。8月1日(土)からは、ついに本作と同じ会場にてリアルな宿泊を伴う新作公演『STRANGE NIGHT』の上演が決定。また、オンラインでも7月24日(金)から『ANOTHER DOOR』が開催中で、その言葉がようやく現実のものとなる日が近づいている。しかし、この物語はこれで終わりではない。実際に宿泊をし、あの空気感を味わうことにより、いっそう深く没入体験することができるだろう。ホテルのどこかであの愛おしい登場人物達と再会できる気がしてならないのは、紛れもなく完全に物語へ没入していた証に違いない。

 

しばらくの間はコロナ対策を講じながら、ホテルの営業と作品の上演が行われる予定とのこと。一日も早く、どちらも気兼ねなく楽しめる世の中になることを願ってやまない。しかし、オンラインの形で演劇を楽しめたのは、コロナ禍で遮断されてしまった人とのつながりを実感することができたからかもしれない。本シリーズを上演するにあたり、公式noteでこのようなことが語られている。

「これまで当たり前にあった日常が損なわれ、人との関わりが少なくなりがちな時代。
だからこそ、物語の世界に入って、登場人物と触れ合う。そんな作品が観てくださる方の栄養剤になると信じて、私たちは制作を続けて参ります。」

未だかつてない困難の中で作品がもたらしてくれたのは、新しい演劇の楽しみ方と、忘れかけていた人とのつながりの重みだった。何物にも代えられないその価値が、ソーシャルディスタンスを飛び越えて確かに存在していた。リアルとオンライン、それぞれの世界においても泊まれる演劇は変化を止めることなく、ステージと客席の境を壊しながら、今後も人々を物語へ深く誘う謎を生み出していくだろう。

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