
「雨降って地固まる」の、直前の歌
「人と一緒に生きるって大変だよね」
「やっぱり誰かと付き合うって難しいね」
筆者含むアラサー独身女性3人が、ランニング中によくしてる会話だ。勢いで恋愛していた10代の頃と違い、傷つくことにも臆病になるし、一人でもそれなりに楽しく生活できてしまっているからこそ、出てくるぼやき。でも3人とも本音では、人間関係に傷つきながらも、誰かと一緒に生きる未来に希望を持っている。
岡林健勝のソロプロジェクト・Ghost like girlfriendの新曲“いまさら”が2026年7月にリリースされた。
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この曲は一聴すると、人と深く関わることに挑戦しては傷ついた後、1人になってその時間を振り返り、後悔している曲に聴こえる。
ただ、そこにあるのは後悔だけだろうか。踏み込んで聴いていくと、挫折しながらも、それでも人と関わることを諦められない、人間関係の荒波を揺蕩う複雑な心情が滲み出ているように思える。
飲み下せないつらさを口の中ずっと転がして
味わわなきゃいけないことを見過ごす
Ghost like girlfriend“いまさら”
あの時どうしていればよかったのか。過去について考えているうちに、いつの間にか雨は上がり、外は晴れている。でも自分の靴だけは〈まだ濡れたまんま〉だと歌う。
この曲を聴いて最初に想起したのは、歌詞に〈いまさら〉が登場する曲、Kis-My-Ft2の“雨”だった。“雨”でも〈いつかそこでまた二人は笑えるかな〉と二人が過ごした時間の経過と、雪解けの情景を重ねていた。そして〈いまさら「何で?」ってなんて言わないよ〉と、「言わない」ことを理由に二人が過ごした時間を過去にしている。
一方で、“いまさら”では、〈飲み下せない〉〈味わわなきゃいけない〉と、あくまで現在の時間軸で関係性に向き合っているように思える。二人の時間をまだ過去にはしていない。この曲は分かり合えなかった時間を回想して、自分自身に向き合い、これからどうすれば良いか考えている、その過渡期の感情を乗せている。
およそ2年ぶりの新曲は「自分自身のドキュメンタリー」
Ghost like girlfriendの、直近の活動に触れておきたい。2024年12月には黒沼英之との共作“phantom”のリリースがあったものの、自身の名義としてのリリースは5th EP『PM32000:00』以来、およそ2年ぶりとなる。
黒沼英之と“phantom”をリリースした時に筆者が行ったインタビューで印象的だったのが、岡林が“phantom”の制作のために黒沼に会った時は「自我を誰にも明け渡したくない」モードだったと話していたことだ(“phantom”リリース時の特典ZINEに収録)。『PM32000:00』のくぐもった音像には、その人間不信の距離感が現れている。
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しかし今作“いまさら”を聴いてまず感じたのは、彼の中にあった「人との向き合い方」への大きな変化だ。その感覚はインスタライブで彼自身がこの楽曲を「自分自身のドキュメンタリー」と語っていたことで腑に落ちた。これまで歌詞と自身の経験を切り離していた彼からこの発言が出たことに驚いたが、まずその率直な発言自体が、一つの変化だと感じた。
では、彼が過ごしたどんな時間が、この曲にドキュメントされているのだろうか。私は人間不信だった岡林が、誰かを本気で信じようと勇気を出していた姿を見た。
情けない心模様を笑って話せる日を信じてたから
ひた隠しにしてた弱さを見せれてたら今頃
Ghost like girlfriend“いまさら”
「自我を誰にも明け渡したくない」時期から、自身が敬愛するアーティスト、黒沼英之との出会いがあり、共同作業を経験。更に2026年3月のライブで発売されたZINEで書いていたように、「音楽以外のやってみたかった仕事にもチャレンジした」という。周囲との関わりを彼なりに積極的に広げる中で少しずつ、他人のことを信じる練習をしていたのかもしれない。
なぜ音楽以外のことに挑戦していたのだろうか。Ghost like girlfriendは作詞作曲からリリース、ジャケットなどのデザインも含めて、ほぼ一人で完結しているプロジェクトだ。メジャーで活動していた時期は人と一緒に制作したこともあったが、そこでのトラブルや挫折は彼自身がZINEなどで語っている通り。ただ挫折を経験して人間不信の時期を経てもなお、人と関わることに向き合いたい気持ちがあったのかもしれない。
人と向き合うのは大変だし、相手がいる以上、正解があることでもない。壁にぶつかると、どう乗り越えて良いのか分からない。だからこの曲の歌詞には「〜たら」「〜れば」と、仮定や推量の助動詞が何度も登場する。
“いまさら”では〈さよならって言えればそれで良かった、なのにね〉と繰り返し歌う。ふと、疑問に思った。なぜ〈なのにね〉という逆説、つまり「さよなら」を言えないのか。それは〈情けない心模様を笑って話せる日を信じてたから〉だ。だが、それだけではないだろう。浮かび上がるのは、〈ひた隠しにしてた弱さ〉を好きな人に見せるのを怖がって避けているうちに、ますます見せ方が分からなくなってしまった今だ。
仕方ない。自分の弱さを人に見せるのは、怖い。私自身それに共感するので、筆者自身の話を少ししようと思う。
ドラマ『わたしの一番最悪なともだち』にも登場する、「食卓」とすれ違い
人に自分の弱みを見せるのがとても苦手だ。知られたら嫌われる気がするし、嫌われたくないと過剰に不安に思ってしまう。
その結果どうなるかというと、大切な人に対してほど勝手に気を遣いすぎ、相手もそれを察して言いたいことを言いづらくなってしまう。さらに自分自身も勝手に溜め込んでしまった結果、態度に滲み出てしまい、相手を傷つける。負のループだ。
そんな性格なので、“いまさら”の〈折角の食卓に持ち込みたくないものが増えて〉という感覚が、痛いほどわかる。この歌詞のような状況は、最近見たドラマ『わたしの一番最悪なともだち』(NHK)でも起こっていた。
蒔田彩珠演じる笠松ほたるは、恋人の賢人(高杉真宙)に嫌われるのが怖くて本当の自分を見せられない。彼と当たり障りのない会話で食卓を共にした後、無意識に頑張り続けてしまっていることに気が付き、彼と距離を置くことを決める。
誰しも恋人に嫌われるのが怖い。だから嫌われる前に距離を置き、人によってはそのまま関わることを諦める。でもその状態で、また新しい人と出会っても、同じことを繰り返してしまうだけだと、どこかで本当は分かっている。相手だけが原因ではないからだ。
「いっその事まっさら」=「いまさら」?「wanna be a brand new〜」に込められた意味
では、ほたると賢人はその後どうしたのか。ほたるは神戸の実家に帰り、一人で考える時間や、家族や因縁の友人と向き合う経験を経て、賢人に「自分の弱さを見せられていなかった」ことを告白する。それを聞いた賢人は、「俺がトマトを嫌いなことを忘れてほたるがトマトを買ってきても、嫌いになんてならないよ」とほたるの本心を受け入れる。そして過去に激太りしていたことがトラウマで、実はほたるが買ってきてくれたチョコレートケーキを素直に喜べなかったと自分自身の弱さも打ち明ける。お互い相手のことを想い、気遣いながらも、本音を言えない時間が増えてすれ違っていたのだと、ここで分かる。別に、相手を嫌いなわけではない。ただ、弱さの交換をする勇気が、お互いになかったのだ。
ほたるにとっては、この告白がどれだけ大変だったのだろう。神戸の実家に帰る決断をしてから、賢人に本音を言えるまで。その一歩を踏み出す間の時間に、“いまさら”が流れている気がした。
そんなほたると賢人は、未来でどうなるのか。ドラマでは結末は描かれていないが、私は「あの時はお互い遠慮しすぎてたよね」「相手に期待しすぎてたよね」「嫌われることを怖がりすぎてたよね」と笑い合って、一緒に食卓を囲む二人が見えた。
人と人が関わる中で、色んな壁にそれぞれ向き合っている。好きな人とぶつかったり離れたり、再びぶつかったりしながら、お互いのことを理解していく。そんな二人が、離れている時間のあわいに、この“いまさら”は流れているように感じる。すれ違いの先にあった“いまさら”のような後悔を経て学び、少しずつ、ぶつかり方を学んでいく。少しずつ本音でぶつかりながら、そうやってお互いの形が分かっていくのではないだろうか。
“いまさら”は、変化のあわいに何度でも流れる曲
さて、Ghost like girlfriendのドキュメンタリーに話を戻そう。“いまさら”の時間を生きた彼は、これからどうするのだろうか。
己の人間性や癖をいっその事まっさらにしてから残りの人生過ごしてみたい、と思いつつ、今更いいよそんなの、とも思いつつ。
どこを取っても、あまりにも自分っぽい曲だなと今作を聴いていて思うんですが、色んな淡いを行ったり来たりし続けているからこそ出来た作品だからなのかな、なんて考えています。
プレスリリースの本人コメントより
彼は改めて、人との関わりを通して、変えることが非常に難しい、彼自身の性質にも直面しているのかもしれない。「いっその事まっさら」の略が「いまさら」なのだとしたら、曲名が「今更」と漢字表記ではない理由に合点がいく。上記コメントのように、もし変わることが難しい彼の性質が変わる未来があるとしたら、その時は少しずつ色んな挑戦をして、「変われてきた」ことを自覚することが、お守りになるだろう。
大変な思いをしながらも「変わりたい」という気持ちの根底にあるのは、他人への期待だ。他人に期待しない人は曲をリリースしないし、以前の彼がインタビューで話してくれたように、仲間内で楽しむだけに止めるだろう。でも今の岡林は、この曲を2026年5月に書き始め、すぐに納品し、7月にはリリースして届けることを選択した。それも、「自分自身のドキュメンタリー」だと明言し、自分自身を明け渡す形で。それが何よりも彼が少しずつ、変わっていることの証明と感じる。
Ghost like girlfriendの岡林健勝はその点で、この時代に稀有な存在だ。SNSで何を言われるか分からない現代で、顔出しをせず、名前すら出さずに活動しているアーティストも多い。そしてリスナーも、匿名性の高い音楽を消費している。そんな中で、岡林は逆行している。プロジェクト名を作りスタートした音楽活動で、徐々に「岡林健勝」としてのパーソナルを作品に落とし込むようになっている。覚悟と勇気、自分が作る音楽は自分にとって本当だと、圧倒的な信頼がなくてはできないことではないだろうか。
SNSで公開された歌詞カードの上に書いてある「wanna be a brand new (空白)」の言葉は、「まったく新しい(空白)になりたい」と言う意味だ。Ghost like girlfriendはこれまで、「彼女の不在」の物語を歌うことが多いプロジェクトだった。
しかし、今の彼の変化を見ると、この枠に止まり続けることはない予感がしている。これからの彼の生き方によって、プロジェクトが形を変えていく可能性もあるだろう。最後の空白には、もしかしたら岡林健勝と言う音楽家の、新しいプロジェクト名が入ってきてもおかしくない。
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人と一緒に生きるには。結局、どうすればいい?
さて、人間関係に傷付き、挫折しそうになる私たちが、“いまさら”の時間の先で人間関係にまた向き合うには、どうしたら良いのだろうか。
岡田尊司著による『愛着障害』シリーズが累計40万部を越えているらしい。それだけ、多くの人が人間関係における、変わることのない自分の「癖」に悩んでいるということだ。「愛着障害」の人は端的に言うと「人間不信」だが(もちろん、詳細は書籍にあたってほしい)、このシリーズでは、回避型愛着障害(親密な関係になるほど逃れたくなってしまう)や不安型愛着障害(愛情を信じられない)について、それぞれの特徴と対処法、克服の仕方が解説されている。
岡林と黒沼のPodcast番組『TALK TO A PHANTOM』でも、「自分の弱さを人に見せられるようになるには」という、“いまさら”にも通じるテーマが語られていた。そこで話されていた内容も含めて、愛着障害のことを想起したので触れておく。
筆者自身、不安型愛着障害を克服しようと向き合っている立場だ。つまり今まさに、“いまさら”の時間を生きている。自分の性質が、変わるのか、変わらないかの間にいる。そんな中で、どのように自分の性質に向き合っているのか。
人間不信を克服するには、「安全基地」となる他者が不可欠だという。ただ、その前に、自分自身が変わる方法もあるらしい。
詳細は省くが、筆者はまずコラム『あなたはブサイクだから」の呪い|魔法の言葉と呪いの言葉』に書いたトラウマから解放される努力をしている。並行して、ランニングを始めた。そして半年後にはカンボジアのハーフマラソンに挑戦するのを目標にしている。自分のことを肯定できた先に、不安で相手を縛らず、心地よく関われる未来があると信じている。
そして、他人と自分の違いを少しずつ受け入れる練習も必要だ。これに関しては、時間がかかる。時間がかかるが、人間関係の中で練習を続けていれば、必ずできるようになると信じている。自分にとって都合の良い、完璧な他人などいないと理解することには、職場の人間関係を通して向き合っている。誰かのある所を許せない自分と、同じ誰かの笑顔を好きだと思う自分は共存していい。
”いまさら”の中では、二人は離れ離れだ。でもその時間は、それぞれが内省して変化し、また一緒に歩むために必要な時間だ。
伝えたって仕方ないことだなんて
本当はずっとどこにもなかったはずなのに
押し付けてた物差し
Ghost like girlfriend“いまさら”
この気づきから、“いまさら”の次の時間が始まる。“いまさら”の時間に、それぞれが別々で過ごし内省して変化した先で、再会すること。それが、お互いが安全基地になれる未来に向けての、遠回りに見える近道な気がする。
もちろん、本当に変われたかどうかは、人との関わりの中でしかわからない。実際に相手と向き合う中で、少しずつ自分の弱さを見せ、それを受け入れてもらう経験を重ねていくことができれば、前に進める気がする。また傷つくかもしれないけど、傷つきの中でしか本当の意味では変われない。だから怖いけれど、勇気を持ち続けたいし、私たちは「変わること」の先に希望を見るから、後悔をするのだ。
“いまさら”の先にある「これから」の時間
“いまさら”というドキュメンタリーに触れて、筆者は自分の人生を考えるエネルギーをもらった。岡林が懸命に生きた時間が、軽やかなサウンド、音楽として届き、人を前に進ませる。これだけの覚悟を持って音楽を届けてくれる岡林の作品に、膨大な量の音楽が溢れる世の中で出会えて幸運だ。
人生は揺らぎながら進んでいる。それは、世界には自分と自分以外がいて、自分が変わっていない時間も、自分以外の波がいつしか安心する場所に運んでくれていたりするからだ。ゆえに、あわいにいながら、気がついたら少しずつ明るい方に向かっていることは、起こり得る。人と関わって生きることを諦めさえしなければ、大丈夫だ。だから“いまさら”の渦中にいるとしても、無理はしなくて良い。
人は一人では生きられない。限りなく一人で大丈夫でも、新曲をリリースし、世界と関わりたいと願っている岡林は、人と向き合う方法を探しているあわいにいるのかもしれない。そしてリリースできたから、大丈夫だ。筋肉は成長する前に痛む。胸の痛みも同じである。〈戻れなかった季節〉が教えてくれた〈新しい眼差し〉の気付きは、明るい未来で、きっと待っていてくれる。
最後に、「いまさら」の対義語はなんだろうか。私は「これから」を提案したい。「今更過去は変えられない」とよく言うが、変えられないのは、過去に起こったことの事実だけだ。その事実の意味合いは、未来の選択で変えられる。
むしろ、人との関わりを通して自分自身の性質を見つめ直し、これまでは変えられないと思い込んでいたその性質を、変えたいかもしれないと気付き、でも変えられるかわからない、どうしたらいいんだろうと、そのあわいを何度も揺蕩うこと。それに気づけた私たちは、未来を間違わずに選択できるだろう。そんな未来を生きる中で、岡林からどんな新曲が生まれるのか、楽しみにしている。
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WRITER

- ライター
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1997年生まれ、みずがめ座。西荻窪|成城|祖師ヶ谷大蔵
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