
相対的に考えたらさ、この先人生ずっと老いてるくない??『サブスタンス』―考察しない映画評 #3
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注射針って知ってる?痛っっったいの。いや本当に。
い〜〜〜〜〜〜や、お前は分かってない。
顔に打つ注射の痛さと、その行為に伴う奈落のような羞恥心を。
今日はそんな話をします。題材は『サブスタンス』という映画。2024年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した作品であり、馬鹿らしさと気疲れが同居する「いかにもカンヌっぽい」1本です。
『The Substance』(2024年)
映画、テキスト、考察——。
世はまさに大考察時代!
しかしながら、吐きそうなくらい中途半端な品質の「考察」がネットの海に捨てられているのが現実だ。いっそのこと「考察」とやらを手放して、極めて私的な感想文を書き綴れ! というのがこの連載の趣旨である。
「俺の主観か?欲しけりゃくれてやる。探せ!!!!」
グロテスク!グロテスク!グロテスク!
主人公のエリザベスは元人気女優。「元」。なんて残酷な響きでしょうか。
彼女の美貌が見劣りしている事実を、誰も口には出しません。言えない。言えないですよそんなの。それはエリザベス自身も同じです。収入も少なくなり、周囲からの評価や扱いも “あの頃” とはまるで違う。オワコン中のオワコン。だからこそ最後まで自分だけは自分の味方をしてやらないといけない。そうでないと耐えられないから。白旗を上げるわけにはいかないのです。
そんな彼女はふとしたことから「若返りの薬」の存在を知るのだが——とまあ、そんな話の映画です。
※本当はもう一つ “あるギミック” があるのですが、それは各自調べるなり、鑑賞するなどしてください。
ある意味チープな特殊メイクや、まあまあリアルな人体の内部描写なども見所とされていますが、私はその根幹にあるテーマのグロテスクさに芯まで脳を焼かれました。老いや美醜に目一杯フォーカスして、人を不安にさせる後味。「爽快!」って感じの弾けるようなグロテスクさとは真逆の、生ぬるく粘り気のある陰鬱さが心の隙間に入り込んできます。
損失回避バイアスは回避できない
「いやいや全然老けてないよ」とか「見た目の若さじゃなくて、本当に大切なものを……」だとか、そういう退屈な綺麗事に着地することを本作は正面から拒否しています。それに「老いを受け入れて、生きていこうね」みたいな今時の聞き心地の良い慰めも一切ありません。
どうせなら美しいに越したことはないし、醜い者とはなるべく関わりたくない。醜さに苦しむエリザベスを含む登場人物全員が、身も蓋も無い本能的な価値観に従って動いています。
仮に百歩譲って他人の美醜を評価するのは自制が効くとしましょう。理性で本能を抑えることができるかもしれません。では自分自身を対象とした場合は?
持っていたものだからこそ意地でも失いたくない。お手本のような「損失回避バイアス」です。なんだよオイ、損失回避バイアスじゃねーか。完成度高けーなオイ。
そのうえ「若さの損失」はどんなに微量であってもすぐに自覚してしまう。なにせ己の身体なのですから。困ったことに若さの価値はリアルタイムで実感することはできません。絶対ではなく相対の尺度だからです。失った瞬間に初めてその質量を感じることができる。
そしてこの感覚をフィクションとして極限まで誇張した存在こそが主人公のエリザベスです。美しさを商売道具とすることに依存してきたからこそ、その喪失感は計り知れません。
恐怖の正体は……
『サブスタンス』で真に描かれるのは老いへの恐怖ではありませんでした。相対的に若者を悪役に見立てるわけでもない。黒幕は「失った若さや美貌への執着」だと私は解釈しています。
したがって、僕はこの映画に滅茶苦茶は共感しない。それはそう。私は別にとびきり美人でもなんでもないのだから。橋本環奈が1000年に一度なら、街で1日に1000人は見るような普通の顔アルヨ。なのにどうしたことか、なんの値打ちもない平凡な顔貌のはずなのに、「何か」に耐えかねて美容クリニックで3万円を払った経験があります。
半笑いの美人受付担当。ビカビカに眩しい施術室。小さなベッド。針。顔に激痛。その痛みは「お前は身銭を切ってまで解消したいコンプレックスを、顔面に抱えているのだ」という事実を示すなによりの証です。状況としては江戸時代の罪人が額に焼印を入れられるアレとかに近い。みっともないにも程がある。
3万円程度の注射で、客観的には何も変わらない。恋人ができるわけでもなければ、収入が上がるわけでもない。自分がちょっとだけ——本当にほんの少しだけ——気が済むだけだ。それは砂漠で海水を飲むようなものであり、さらなる憂鬱の玄関口でもある。
私にとっても読者にとっても残念なことだが、映画を見て、この原稿を書いて、その末に「こう!」という綺麗な結論が出るわけではない。理性と本能のアンビバレンスを飼い慣らすほかないらしい。
ちょっとまって、やっぱりちゃんと書こう。
>>美容クリニックで3万円払った経験があります。
なんだなんだこの往生際の悪い婉曲表現は。見苦しい。いいよもう。ボトックス注射ですよ。なーーーにがアンビバレンスだ。ボトックス打ってるくせに情けない。
30過ぎて眉間の皺が気になってボトックスを打ったのです。いや誘われたからね。紹介キャンペーンでね。たまたまね。
▼余談のさらに余談
エリザベスを演じたのはデミ・ムーア。昔はブルース・ウィリスと結婚していたらしいです。「そもそも美貌に価値が与えられ過ぎている」という社会構造の話はまた別の機会にどこかでお話ししましょう。
これまでの「考察しない映画評」
この連載について
映画、テキスト、考察——。 世はまさに大考察時代!
しかしながら、吐きそうなくらい中途半端な品質の「考察」がネットの海に捨てられているのが現実だ。いっそのこと「考察」とやらを手放して、極めて私的な感想文を書き綴れ! というのがこの連載の趣旨である。
「俺の主観か?欲しけりゃくれてやる。探せ!!!!」
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WRITER

- コラマー
-
宮崎駿と親交が無い。マジで一切ない。
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