
冥丁『赤城 夜神楽』レポート+ソウワ・ディライト渡邉辰吾との対談で明かす「過去を探り、未来を開く営み」
広島県尾道出身、京都在住の音楽家・冥丁が、2026年5月16日に群馬県前橋市の〈三夜沢赤城神社〉で、『赤城 夜神楽』を開催した。最新作『瑪瑙』の発売記念巡演の一環として行われ、前橋を拠点に電気設備工事を営む株式会社SOWA DELIGHTが主催を務めた本公演。当日の模様をレポートに加えて、冥丁とSOWA DELIGHT代表取締役・渡邉辰吾の対談をお届けする。二人の共鳴や公演の背景に始まり、両者の活動を通じた今の社会における芸術のあり方にまで話が及んだ。
冥丁

冥丁は、“自明でありながらも幽微な存在として漂う日本”(誰もが感じる言葉では言い表せない繊細な日本)の印象を「失日本」と名付け、日本を主題とした独自の音楽表現を展開する、広島 尾道出身・京都在住のアーティストである。
現代的なサウンドテクニックと日本古来の印象を融合させた、私的でコンセプチュアルな音楽表現を特徴とする。『怪談』『小町』『古風(Part I, II, III)』からなる三部作シリーズを発表し、その独自性は国際的に高く評価されている。TheWireやPitchforkなどの海外主要音楽メディアからも注目を集め、冥丁は近年のエレクトロニック・ミュージックにおける特異な存在として確立された。
⾳楽作品の発表だけに とどまらず、国際的ブランドや⽂化的プロジェクトのための楽曲制作に加え、国内外における公演活動や⾳楽 フェスティバルへの出演、ヨーロッパやアジアでのツアーを通じて活動の幅を広げてきた。さらに近年は、寺 院や⽂化財、歴史的建造物といった空間での単独公演へと表現の場を拡げ、⽇本的感性と現代的表現の新時代 を⾒いだし続けている。
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音楽を触媒とした、自然への畏敬を思い出す試み
幽霊みたいだと思った。初めは冥丁のことを、次第に自分のことを。赤城神社本殿のさらに奥、漆黒の森で聴く音楽は格別だった。暗闇の中、誰も彼も存在が曖昧になっていく……。時間が経った今でも、あの日抱いた感覚をどう形容すればいいのかわからない。
5月16日、冥丁による公演『赤城 夜神楽』が、群馬県前橋市にある〈三夜沢赤城神社〉にて開催された。本公演は彼の最新作、『瑪瑙』の発売記念巡演の一環として行われたものである。
冥丁はこの翌週5月24日にも和歌山城、天守閣中庭での演奏を行っている。また、4月18日には〈音羽山 清水寺〉での奉納演奏を達成するなど、彼は国内において比類のない活動を展開しているように思う。「失日本」と題したテーマを掲げ、独自の音楽表現を探求すること8年余。「日本とは何か?」という問いを、音楽を通して模索し続けてきた彼だからこそ実現できることがある。
文化財での公演を複数経験してきた冥丁だが、御神域でライブを行うのは初めてのこと。厳かな雰囲気は、公演が始まる前から漂っていた。これが「場」の持つ力だろうか。赤城神社に到着すると、天を衝くように並ぶ杉の木に出迎えられる。神様がすぐ隣にいるような気もするし、異界の入口に立ったような気もする。受付を済ますと御神木を用いたお守りが配られ、お茶とお茶請けが振る舞われた。口に含むと独特の苦味が広がるーーなんともサイケデリックな逸品である。
© (1)(2)(3) Shinya Kigure、(4) Inoue Yoshikazu
事前に告知されていた通り、本公演は拝殿前でのご祈祷に始まり、日の入りとともに演奏へと移行していく。ただ音楽を聴くのではない。神社という場所を借り、冥丁の音楽を触媒にして自然への畏敬を思い出す、そうした機能がここにはあったように思う。
©Inoue Yoshikazu
演奏は本殿の奥にある森、ここがこの日だけの舞台である。まず驚いたのが、冥丁が我々の遙か頭上でパフォーマンスをしたこと。観客は皆、傾斜のある低い場所から見上げるようにして彼の存在を確かめる。また、薄明かったのは開演直後だけで、演奏が進むにつれてとっぷりと日が暮れていく。慎ましいライトがステージを照らすものの、辺りはほとんど真っ暗になっていた。
©Inoue Yoshikazu
クラブやライブハウスで経験する、照明が消えることによる暗さではない。森の中で経験する本物の暗闇である。この公演においては「時間」と「空間」、それ自体が重要なファクターだった。それらが冥丁の音楽と共鳴し、相互作用を及ぼしていく。おおよそ『瑪瑙』を曲順通りに披露していたはずだが、葉の隙間を縫うように迫ってくるノイズには怖いくらいの迫力があり、地面から這い寄るドローンが心にさざなみを起こす。場の引力と音楽の引力が互いに引き合い、衝突し、ある種の霊性を伴いながらオーディエンスを誘惑するのだ。
「結局は自分という存在と向き合うような時間をいただいた気がします」ーー冥丁が後で語ったこの感想は、そっくりそのままあの場にいた全員に共有される感覚だろう。
冥丁と共鳴する前橋のデンキ屋
この公演を主催したのが、群馬にある電気設備工事の会社、株式会社SOWA DELIGHTの代表取締役・渡邉辰吾である。彼と冥丁の出会いは2022年、奇しくもこの〈赤城神社〉で果されている。『赤城SUN do 〜ふたつの空と太陽の道〜』ーーカナダ・ホワイトホースと中継を結び、オーロラ鑑賞を行った催しである。そこに参加したミュージシャンのひとりが冥丁だった。その時は数分話しただけとのことだったが、お互いなにがしか通ずるものを感じていたのだろう。後に冥丁のマネージャーから連絡が届き、2024年には渡邉が主催した前橋の文化財〈臨江閣〉でのライブが実現。翌2025年には、再びこのタッグで赤城山の火口湖である小沼にて奉納演奏『幽愁』を開催。この度の『赤城 夜神楽』への導線が引かれていくことになった。
渡邉辰吾は風変わりな、そして気骨のある経営者だ。彼は電気設備工事会社を営む傍ら、子どもの遊び場を作り、図書館を作り、森を作り、アートを蒐集しながら動物と共生する(図書館は『世界一小さい図書館・Tiny library』として、ギネス世界記録に認定されている)。公演前に立ち寄ったSOWA DELIGHTの事務所には、所狭しと書籍、絵画、オブジェなどが置かれ、道路を挟んだ場所には馬や山羊、猫らが暮らしていた。説明を受けなければ、誰も「電気会社の事務所」だとは思わないだろう。その他、群馬県立沼田女子高等学校の100周年記念に、プロジェクションマッピングを用いたファッションショーを開催。アーツ前橋21世紀美術館の運営もこなすなど、持ち前のカウンター精神で前橋の地域活性化に尽力している。本記事は彼の活動について詳述するものではないが、是非SOWA DELIGHTのWebサイトを是非見てほしい。「尊きミライの為に過去を探求している」という彼は、移ろう時代の中で失われつつある、しかし本来なくしてはいけない大切なものを守り、育み、伝える仕事に注力しているように思う。
「私はよく『呼吸経営』と言っているんですけど、いただいたならそのまま吐いてやればいい。会社って生命的な意味合いは感じないじゃないですか。どちらかと言うとシステムですよね。だけど私は会社に有機性を付加することによって、面白い可能性が生まれるんじゃないかと思っているんです。システムとして数字を追うよりも、有機的にあり続ける企業。その方が自分の性に合ってるんです」
自身の経営理念について、渡邉はこんな風に語っている。デンキ屋を営みながら、音楽や芸術に積極的に(そして恐らく採算度外視で)スポットを当てるのは、恐らくこうした発想からくるものだろう。彼は冥丁の活動に対し「だから孤高なのかもしれないですけどね。他の流れには乗ってないとこもあるかもしれないですから」と語っていたが、なんとなく渡邉自身の仕事にもそうした性格があるのではないだろうか。立場は違えど、両者の活動には日本社会のあり方を問うような視点が内在している。あるいは、どちらも過去を探求することで、未来を開こうとしているように思うのだ。
アンビエント / エレクトロニカの分野にて国内外で評価を高める冥丁と、「デンキの会社」を営み群馬を活性化させる渡邉辰吾ーー『赤城 夜神楽』公演から一夜明けた5月17日、某ホテルにてふたりの対談を行った。
冥丁と渡邉が打ち出す、多様でピュアな音楽のあり方
冥丁さんは昨日の公演を終えてどんな感想を持っていますか。
なんとも言葉では形容し難い、貴重な体験でした。あのような御神域で公演を開催するのは初めてのことです。演奏していると肉体的にも、また感覚が研ぎ澄まされていくという点でも……どう説明したらいいのかな、圧力みたいなものを凄く感じました。演奏を始めた時にはまだ日が昇っていたので、お客さんのことは上から見えていたんです。けど気が付けばどんどん帳が落ちて真っ暗になっていた。自分と向き合うような時間をいただいた気がします。
何故あのような御神域で冥丁のライブを開催したんですか?
私はイベント会社でも音楽業界の人間でもない、ただの電気屋です。でも冥丁さんとご縁をいただいて、勝手に惚れ込んで、冥丁を稀代のアーティストだと思っているんです。そして本当におこがましいんですけど、音楽業界や今までの慣習の中では、冥丁の実力を最大限に発揮することができないんじゃないかと感じているんですよね。だから私は冥丁というアーティストの“表現の際(きわ)”を作る手助けをしたい。どういう表現をしたいのか、どういう場所でやることで活きるのか、そういうことを追求するイメージなんです。私の中では去年の小沼も今年の赤城神社も、冥丁を素直に表現し感じられる場所であると考えました。
それは渡邉さんにとって神社がどういう場所だからだと思いますか?
神社という場所を私が完全に理解できてるのかはわかりませんが、今はいろんな人が未来ばっかりなんですよね。未来志向というか、新しく前衛的なものに対する意識を強く持ってる。そこに逆張りをすることの重要性もあると思うんです。温故知新、不易流行じゃないですけども。神社というのはいわゆる宗教的な要素というよりも、私の中ではある種のアニミズムというか、生態系や日本人の生命の源流としてとても大切な場所という気がしているんですよね。で、きっと冥丁さんも私と同じで、未来というより過去や本質を覗こうとする衝動がある。
やっぱり音楽って現代だと聴くものーーサブスクリプションサービスを筆頭にリスニングが主体性を持っている時代です。でも、1000年前はどうだったかというと、音楽はみんなでそこで何かを感じるための儀式的な部分を持っていました。“儀式”と言ってしまうと今では胡散臭く思えてしまいますが、僕がここで言いたいのは、音楽の使い方には物凄く多様性があるということ。それをどのように打ち出していくか、渡邉さんがそこに着眼してくれていることもあって、相互作用が働いてるんだと思います。
そうですね。
昨年度の小沼の時からそれが色濃く出てきている。音楽を作曲してリスニング向けに開放するというやり方は全然否定しません。そういう産業だと思うんです。でもそこにだけ首輪がついているわけじゃない。他にも音楽の使い方、作曲の仕方はあるはずです。それはかつてインスタレーションや電子音楽が探求していた部分なのかもしれませんけれど、現代ではそれすらも仕上がってしまい、ある種リファレンスの対象物になってしまっている。要は「実験音楽をやるんだったらこういう音楽だね」って。その時点でもう実験できていない。
だから僕が言いたいのは、自分の気持ちにピュアになろうということ。「あれいいよね」という感覚をそのまま音楽で作曲する。でも、そうすると怖いんです。やっぱり自分の感性を信用できないから。僕は自分の作ったものに、いつもコンプレックスを感じています。でもそれは何かを出すことによる、直感的なものなので、作曲に関してはその経過自体に物凄く力を使ってます。今の時代の音楽にもっとできることがあって、音楽業界の外にいる方々の方が、そういう感覚に対して柔軟な気がします。
私は業界の人間じゃないので、冥丁さんに合う形ってなんなんだろうっていうのを素直に探求できちゃうんですよね。今回の公演に関してはイベントを成功させてお金を得るとか、収支を合わせようということは考えてなくて。冥丁さんの表現からなる価値をそのまま神社に奉納させていただき、私は繋がせていただく役割を担うことによって、ある種プリミティブな部分のあり方で恩恵を享受させてもらう。最近「役損」という言葉が重要だと思っていて。みんな「役得」という言葉は使うんですけど、経済合理性の中では損をしているように見えるけど本質的な部分では大きな寄与を果たしてるってことがあるんですよね。そういった考えの人たちが増えてくると、こういうアーティストが活きてくると思います。
御神域の舞台に込められた意図と背景
昨日の公演では、まず開演前に祈祷がありましたね。
「神社でやる」のではなくて、「神社に受け入れられている」という感覚をしっかり作りたかった。宮司様や巫女の方々もいていただいたおかげで、あの場が成立してるんです。
なるほど。
鳥居の外には馬もいたので、私は公演の途中も入口の方を行ったり来たりしていたんですけど、何人か泣いている人がいたんですよね。それはライブに行くと感動して泣くみたいなこととはちょっと違う涙のような気がしました。
© (1)(2) Inoue Yoshikazu、(3) Shinya Kigure
わかります。
何か忘れてしまった感覚みたいなものを、あの場所でもう一度思い出しているように見えたんです。私があの空間表現の中で意識したのは、本来の神社で受け取られるべきものを改めて可視化するような雰囲気です。そこに冥丁さんのサウンドが加わって、恐らくあそこにいた人たちは神社の本質というか畏怖なる気配を感じたんじゃないのかなと。
とにかく特殊な公演だったと思います。まず、冥丁さんが凄く高い場所にいることに驚きました。演者をあれほど見上げて音楽を体験することは、普段まずありません。
僕もびっくりしました。
現代社会って(携帯を見て)こうじゃないですか。でも、たとえば星読みもそうなんですけど、人って本来は上を見る生き物なのかなと思ったんですよ。なので神社という特性の中で、私は冥丁さんを通じてみんなの目線を上げたかった。そして実は境内の中の最上位が本殿の屋根なんです。そこは神様の頭という風に言われているんです。
ちょっとあの配置が気になってたんですよ。
もしかして冥丁さんの目線が屋根の位置に来てたんですか?
はい。だから場所も考えられているのかなと思いました。
もちろんです。私は畏怖とか畏敬という概念の中で冥丁さんを感じる時があるので、みんなにもその感覚で見上げてほしかった。あとあの構成は事前打ち合わせゼロですから。一発合わせなんですよ。
じゃあ冥丁さんからすると、到着してその場でここでやりますと?
そうです。
毎回そのパターンですよね。え、ここですか?って。
初めて渡邉さんとお会いしたのも、実はあの御神域なんですよね。
4年前ですね。2022年。
あそこからの光景を見ると、凄く不思議な邂逅だなと感じました。
昨日不思議な瞬間がありましたよね。しばらく無音の時間があったでしょ?あれは凄く象徴的だと思った。あの空間は、あの場にいた人たちにとって一生の財産だと思います。あの瞬間、冥丁さんの音楽は流れていない。でも、冥丁さんじゃないと作れないものだと思います。
音楽と音楽があったからこそ、“そこにある間”というものがあったのかな。要は音が終わっても音楽は終わっていない。そういう瞬間というのがやっぱりあるんだと思います。
私はてっきり〈赤城神社〉で演奏されると思っていたのですが、実際はほとんど杜(神社の木立や森の意)の中でしたね。
その経緯は奇跡的で。赤城神社境内の建物は、その脈略を踏んだ神事でしか使えないんですよ。そこで眞隅田さん(赤城神社の宮司・眞隅田吉行)が「杜は如何ですか」と仰ってくれたんです。でも、実は杜こそがご神域なんですよね。格式で言うと遥かに高い場所。でも、神事の中でご神域である杜で行われるものはなくて。つまり伝統を守りつつ、眞隅田さんが新たな可能性を見出して頂いたんです。眞隅田さんの判断と覚悟に身が引きしまりました。
暗くて全く見えなかったのですが、音は何を使って出していたんですか?
MacBook Proです。あとはAbleton Push 2という機材で、この6年ぐらい公演でずっと使っているものです。もう5代目ですかね、何回も使い古しちゃって、廃盤になっています。
次に使い古したらもう手に入らないんですね?
いや、一応ストックしてあります。あとはUNIVERSAL AudioのApollo Xだったかオーディオインターフェイスがあって、本当にシンプルな機材です。これも実は狙いがあって、いわゆる電子音楽の作家の方々って、いろんな機材を並べてライブパフォーマンスをする。電子音楽とされる電子音楽を届けたいんだと思うんです。それはそれとしていい。でも、そういう時代が20年以上続いているので、僕はもっと違った見せ方をしたい。そう思った時に、機材は少なくていいんです。
それを試し始めたのが6年前でした。最初はステージに僕しかいないので、映像か何かあった方がいいんじゃないかとしょっちゅう言われました。でも、こうすることで自分の身体的な動きや、姿勢がより見られる。音楽が自分を翻訳してくれるんです。お客さんに語れる部分も、説得力が増してきているような気がします。自分の感性を試したいんだったら素っ裸で立つしかない。
それは凄くわかります。いつも思うんですけど、冥丁さんって決して飾らないんですよね。彼の魅力ってね、音楽はもちろんですが、このお人柄なんです。その精神性の中に常に音楽が収まっているというのが凄いと思います。ほとんどの人って、パーソナリティを音楽で超えようとするんですよね。でもそうすると見ている方もわかるんです。ちょっと無理してんなと。私が冥丁さんに一番好意を持ったのが、普段の言葉遣いや気配り、それとメールの丁寧さですから。
嬉しいです。
人としてのリズムとか、気遣い、空気感ーー冥丁さんのアート性の高さは、自身の人間性の中で調律を合わせている部分にあると思います。だから孤高なのかもしれないですけどね。他の流れには乗ってない部分でもあると思います。
二人が共有する、社会から失われていくものへの眼差し
冥丁さんは「失日本」というテーマを掲げて活動されています。この度の公演は、そうした主題とどう関連づけられるとご自身では感じていますか。
4月に奉納演奏をした清水寺は1200年、今回の赤城神社も2000年ほどの歴史があります。そういった歴史を目の当たりにすると、僕たちはその文化や伝統を想像しようとするんですけれど、眞隅田宮司が「僕はずっと赤城神社にいるから、ここがどういうところなのかよくわかってないんです」と言われていて。実は清水寺の住職の英玄さん(大西英玄)も同じことを言っていました。「逆にここはどういうところだと思いますか?」と言われて、難しい質問だと思いました。どんな言葉で取り繕っても、見透かされてしまうでしょう。
ただ、僕が「失日本」という主題を設けて活動をするようになったのがおよそ8年前です。いろんな想像や直感を受け取ったが故にできた言葉だったんですけれども、活動を通じて、当時の自分が説明できなかった部分が見えてきました。それで2年前あたりから「自明」や「幽微」という言葉を使うようになり(「自明でありながらも幽微な存在として漂う日本」)ーー要は僕たちが当たり前のごとく知っていることの周囲には、実は当たり前のように知っていたはずなのに忘れてしまっている何かが漂っていると。そしてこういう本当に歴史のある場所で演奏をすると、そういったエネルギーを物凄く感じるんです。
それがどんなものかというと、率直に「気持ち」です。「思い」とか「気持ち」。それを僕たち現代人は忘れてしまったような気がします。けれど忘れてしまったからダメなのかというとそうではなくて、忘れてもなお残るものが歴史とも言えるじゃないですか。赤城神社も、清水寺にも気持ちを持った人たちが、そこで生きている。そういう人たちと出会った時に感じる波動や波長というものを、音楽に置き換えて表現したい。その取り組みを言語化しようと、考えたのが「失日本」です。8年前の自分では気づききれなかったことが、こうやって渡邉さんとの出会いを通じて、また共感してくださる方々の意識を通じて、どんどん「失日本」ってこういうことだったのかと自分自身がわかってきている。要は言葉が先に来て、その意味を自分が学んでいるような、不思議な個人史が始まったなと感じています。
また冥丁さんの音楽からは、日本的な感覚や響きというのを強く感じます。
生まれ育った広島尾道の実家は古い日本家屋だったんです。風呂は火を焚かないと湧かないし、トイレは外にあるし、水洗じゃないので糞尿の匂いが漂っていて、豆電球には蜘蛛の巣が張っています。そういう部分って音楽を志す人は隠そうとするんですよ。安っぽい言葉になるんですけど「もっと東京っぽくなろう」とか「もっとおしゃれになろう」とかーー僕にもそう考える時期はありました。けれど年齢とともに自分の生まれた場所から音楽を導き出さないといけないと意識し始めました。それが20代後半の頃です。どういう音色が日本的なのか、何が日本的な感覚としての最大公約数になり得るか、かなり検証しました。時には、他の音楽家がタブーと感じるやり方も作曲時には使ってます。たとえば位相を変えることです。音が濁るから、皆さんやりたくない。でも、音の芯が濁ることによって得られる体感値のボケに、物凄く日本的な雰囲気を感じる。
なるほど。
もっと例えるなら、小学校の時に絵画教室に通っていたんですけど、アクリル画と日本画をどっちも専攻していたんです。アクリル画はキャンバスに描くし、色がくっきりしてるけど、日本画は色紙に描くし、色はちょっとボケてて滲んでる。やり方が全然違うんです。僕は日本画をやるのが物凄く億劫でした。細かなニュアンスの調合が難しいんです。だけどその時の感覚をいつしか思い出すようになって、これを音でやったらどういう風になるんだろうと思いました。僕はその模索を物凄くやったということに尽きると思います。第三者に聴かせてその人が自分の描きたいイメージと同じように聴こえているかを確認するーーそれを何年も繰り返しやってきました。
「失日本」という話がありましたが、渡邉さんの活動からも何かこの社会から失われていくものへの眼差しを感じます。
それはめちゃくちゃありますね。幼少期、自身の経験として美しかったとかあたたかかったとか、そういう美徳のようなものを会得できていた時代があったんですよね。でも、その当時と現在がそのまま繋がってるかと言ったらちょっと違う。時代が変遷する過程でそれがもう抗えない不文律として存在していて、どうしようもない部分もあるのかもしれない。
ただ特に若い子なんですけど、フォーカスさせることはできる。こんな社会背景でも、全体を見るんじゃなくてここを見たら美しいものは存在してるよって。そうすることで人生が今よりちょっと幸せになるんじゃないかって思います。本当に残したい希望に私は光を与えたいと思うんですよ。
森を作ることも図書館を作ることも、そうした意識の延長にあるものだと思いました。
そうですね。やっていることは小さいんですけども、だからこそ大切なものへの光の当て方って特に今の時代は大事。だってビッグデータから醸成されたものが価値というわけでもないでしょ?本当の価値基準は、やっぱり一人ひとりが勉強したり感性を磨いて見出されるものだと思います。
利便性とか利潤じゃないものを。
それは全然関係ないですね。ただ、どうしても経済合理性の中での会話が多くなるじゃないですか。私はそれだけじゃないところで話したい。嫌なんです。尊い話をしている時に「でも食えないでしょ」って言われるのは。
僕も何百回と言われました。
そうでしょ?それはわかるんですけど、その言葉を使う議論じゃない。本当に大切で尊き要素を、自分たちは模索したいから。
冥丁は時代にコントラストを生み出す希望
両者とも自身の活動を通して、日本の社会のあり方を問うような視点があるように感じます。
そうですね。「自明でありながらも幽微な存在として漂う日本」という風に謳っていますし、それはこの時代を見ていて感じる日本への感想であり、この社会への感想であると。そしてそれを感想で済ませないというところが、自分の音楽表現だと思います。
「異」という字があるじゃないですか。異人とか異界とか、私はそこに影響を受けていて。たとえば岡本太郎とか、三島由紀夫とか、馬を飼っているので岩手の遠野に行ったり、それらを通じて本質を見ようとしたのかなーー去年大阪・関西万博に出させてもらって、万博記念公園(1970年に開催された日本万国博覧会の跡地を整備した公園)に行ったんですよ。そこで今を生きる日本人の圧倒的な劣化を感じたんですよ。表現というものや、感性、本質というものからの乖離みたいな。私は滞在期間2週間ぐらいだったんですけど、ほぼ毎日行ってました。万博がやっているのに前の会場の方に。そこには名残しかないけど、訴えかけられるものを感じましたね。
僕がその立場にないのでなんとも言えないんですけれど、なんで予算のあるような企画や現場に、ここで言ってるような本質的なことに直結させられる大人がそんなにいないんですかね?
それはやっぱり、ある一定のやり方で勝ち続けている型があるからだと思います。解を見出し、ひとつのパターンが確立されて正義になる。それとは別の道があることを認めてしまうとビジネスとしては成立しづらい。「実はこっちが本質的なんじゃないか?」って言われた時に、勝ち続けている人ほどなかなかその領域への一歩を踏み出せないと思います。
音楽業界も、もっといろんなことができるのにと思うことがあります。いろんなアワードがあるのに、またこの並びなのかと思うし、もうそういう時代じゃない気がするんです。渡邉さんの言葉を借りると、勝ち続けてきた人しかそこに立てないんだとしたら、その人たちが選択できる未来って一体どういうことなのかなって。
それはアート業界にも言えると思います。それがたぶん時代というものだし、私たちはちゃんとその時代を押さえていかなきゃいけない。そこに対してどういうコントラストを作っていくかということが、本当に大事な気がします。だから冥丁さんは希望なんですよ。冥丁さんみたいな存在にスポットが当たりさえすれば、時代や未来の概念も変わるかもしれない。評価しろ、褒めろと言ってるわけじゃなくて、ただそこに光が当たるだけで何か新しい循環みたいなものが生まれてくるんじゃないかという気がするんです。
最後に今後のビジョンなどがあれば教えてください。
私は今年で50歳なんですけど、これからも変わらずに衝動的に動いていきたいと思います。自分の感性に触れたものーー特に尊くあたたかなものを大事にする、守り続けるということをしていきたい。そしてそれを成り立たせるためにも仕事も頑張りたいです。
素直にやっていきたいですね。音楽ってふとした時に嘘になってしまうことがあるんです。時間の芸術なので、ふわっとしてたら1分過ぎちゃう。そしてその時間で自分がどういう風にやっていたかが、刻まれて出るんですよ。で、それも美しかったら良しとしちゃいそうになる。僕はそれを“美しい嘘”と言ってるんですけど、できるだけそれをしないようにしたい。音楽ってつい美しいものにしてしまうんですけど、美しくない音楽を『古風』ではやったと思っています。そのためには自分の感性を疑い続けることを、音楽家としては肝に銘じていきたいです。
Photo:Inoue Yoshikazu、Shinya Kigure
瑪瑙(めのう)

発売日:2026年4月17日(金)
アーティスト:冥丁(めいてい)
レーベル:KITCHEN. LABEL
フォーマット:CD・LP・デジタル
価格:CD ¥3,520 (税込)
LP ¥5,940(税込)
収録曲
1.覇王(未発表新曲)
2.新花魁(古風 2020年「花魁Ⅰ」再編成)
3.新貞奴(古風 2020年「貞奴」再編成)
4.新和蝋燭(古風Ⅲ 2023年「和蝋燭」 再編成)
5.旧劇(古風Ⅱ 2021年「忍」「黒澤明」再編成)
6.新花魁Ⅱ(古風 2020年「花魁Ⅱ」 再編成)
7.新江戸川乱歩(古風Ⅲ 2023年「江戸川乱歩」再編成)
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平成元年生まれ。千葉県出身。
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