COLUMN

ゆうやけしはすのロック遺伝子図鑑-第4回 自爆

ソングライターゆうやけしはすによる連載、『ロック遺伝子図鑑』。「過去のあの時代の音が、最新のロック」という考えに立ち、登場する人物の音楽の系譜を、生き物の遺伝子を辿るように追いかけていく。その人にとって音楽がどう鳴っているか。どう変異し、どう受け継がれてきたのか徹底解剖。第4回はロックバンド、自爆を取り上げる。

MUSIC 2026.09.17 Written By ゆうやけしはす

自爆のロック遺伝子

第4回で取り上げるのは、現在のインディーズロックシーンで大きな注目を集めるロックンロールバンド「自爆」。ライブ会場を巻き込む圧倒的な熱狂と、SNSを通じて広がる強烈な存在感によって、次世代のロックンロールを担う存在として勢いを増している。

 

ゆうやけしはすが自爆を知ったのは、Xで彼らの活動を見つけたことがきっかけだった。そもそも新しいロックバンド自体が少なく、ゆうやけしはす自身もロックシーンを作っていくために、単に音楽をやるだけではなく、何か新しいムーブメントを起こそうとしている仲間を探していた。

 

そんな中で、自爆がTikTokやInstagramに投稿していた縦動画を見てみると、「ロックンロールを始めよう」のようなブルース進行の楽曲には、60〜70年代の古いロックンロールのニュアンスがありながら、同時にそれまでゆうやけしはすがあまり接点を持ってこなかった邦ロックの匂いも感じられた。それがSNS上で実際に大きな反響を呼び、バズを生み出していたことも印象的だった。古いロックをそのまま再現するのではなく、現代の感覚で鳴らしながら、SNSという現在のメディアを使って広がっていく。その姿に興味を持ち、実際に彼らに会いに行った。

 

交流が始まると、メンバー全員が自分たちの音楽を広げるだけでなく、何か一つのムーブメントを起こそうとしていることが分かった。個人アカウントを使ったSNSでの発信など、既存のバンドマンが敬遠しがちなことにも自分たちで取り組んでいた。その姿を見て、ゆうやけしはすは自爆を新しい時代のロックバンドだと感じるようになった。

 

その後、対バンなどを重ねながら交流を続ける中で、自爆はフジロックへの出演や渋谷CLUB QUATTROでのワンマンライブまで実現させ、凄まじい勢いで活動を広げていった。そのワンマンライブにはゆうやけしはすも出演している。また、ゆうやけしはすが立ち上げた「ロックンロール教団」を自爆のリーダーであるササキに託し、ロックンロールの復権をともに盛り上げていく関係にもなった。

 

だから今回、自爆を取り上げるのは、単に「今勢いのあるバンドだから」という理由だけではない。ゆうやけしはすが探していた、ロックンロールをもう一度盛り上げ、新しいムーブメントを作ろうとする仲間だったからだ。

 

時代や流行に迎合するのではなく、衝動や反骨精神を武器に、自分たちだけのロックンロールを鳴らし続ける自爆。その音楽性は、どこから生まれたのか。今回はメンバーそれぞれの音楽的ルーツをたどりながら、現在進行形で進化を続ける彼らの「ロック遺伝子」を深掘りしていく。

自爆

目玉のロックンロールバンド。2023年5月、ササキがSNSに「あの子とセックスしたやつ全員殺す」「かかってこいよ」の自主制作音源を公開。それに反応したメンバーたちが集い、同8月にバンド結成。2024年1月、現メンバーが集結し、本格的に活動開始。新宿、下北沢、池袋、SNSを中心に、苛烈な活動を展開。2025年4月、初のスタジオレコーディング音源を自主レーベル・PSYCHOMACHINEGUNより配信リリース。メンバー全員、人生初バンド。完全自主運営自主活動。無所属。

 

ササキ(Gt / Vo)

 

武田ガンジー(Ba / Vo)

 

高松名人(Gt)

 

汚駄物(Dr)

今回は、子ども時代から中学2年生、高校2年生、20歳、そして現在に至るまでの「自爆」のメンバーそれぞれの音楽遍歴をたどる。各時期にどのような音楽と出会い、何に夢中になり、どのような価値観を育んできたのか。影響を受けたアーティストや作品だけでなく、その背景にある経験や時代との関わりを掘り下げることで、現在の「自爆」を形作るロックンロールのルーツを浮かび上がらせていく。

第1章:音楽の原風景(2000年~2010年代)

ササキ

ササキの音楽体験は、かなり早い時期から始まっていた。3〜5歳頃には、父親の車の中でシカゴやビートルズ、ベンチャーズを聴いていたという。その後はゲーム『サルゲッチュ』の、映画のパロディを思わせる音楽や、『機動戦士ガンダム』の劇伴に夢中になる。さらに『ハクション大魔王』や『バガボン』、『ダンボール戦機』など、テレビやアニメ、ゲームの音楽にも自然と触れていった。

 

こうした幅広い音楽体験と並行して、ヤマハ音楽教室にも通っていた。まだ「ロック」という意識を持つ以前から、身の回りにあるさまざまな音楽を吸収していたことが、後の佐々木の音楽的感性の土台になっていく。

武田ガンジー

武田ガンジーの音楽体験の原点には、父親の車で聴いていた音楽があった。THE ROOSTERSやFlipper’s Guitar、忌野清志郎など、ロックンロールを感じさせる音楽を幼い頃から自然と聴いていたという。

 

転機となったのは小学2年生の頃。Michael Jacksonの死をきっかけに、追悼番組や車の中で彼の音楽に触れ、初めて「好きになった」と実感したアーティストがマイケルだった。そこから音楽への興味はダンスへと広がり、ヒップホップダンスを習い始める。踊ることを通してリズム感を身につけた経験は、後の音楽活動にもつながる重要な原体験となった。

高松名人

子どもの頃の高松名人は、積極的に音楽を聴いていたわけではなかった。習い事で1年弱ほどEXILE系のダンスを経験したほか、家では『ONE PIECE』に夢中になり、そのサウンドトラックを車の中で聴いていたという。

 

一方、父親は「自分の趣味を子どもに押し付けない」という考えを持っており、車で流れていたのは当時流行していたGReeeeNやMr.Childrenなど平成のJ-POPだった。実際の父親の音楽的嗜好は、山下達郎、松任谷由実、中島みゆき、ZARD、Eric Claptonなど、シティポップからロックまで幅広いもの。母親も初期のアイドルやGS、LAZYなどを好んでいたが、幼少期の高松がそれらに直接触れる機会は多くなかった。

汚駄物

汚陀物にとって、子どもの頃の音楽は主に車の中にあった。父親はThe Cars、母親はMötley CrüeやGuns N’ Roses、KISSを好み、家族それぞれの音楽的嗜好が車内に持ち込まれていた。

 

一方で、ORANGE RANGEやMichael Jacksonなど、当時の流行音楽も普通に聴いていた。自身は三男だったが、長男はAKB48、次男はAK-69を聴いていたという。ロック、ポップス、ヒップホップ、アイドルまで、さまざまな音楽が同じ家庭の中に同居していたことが、後の汚陀仏の音楽的な土台となっていく。

第2章:インターネットと音楽の出会い(2015年~2020年頃)

ササキ

中学時代、カラオケではポルノグラフィティや山崎まさよしを自然と覚えていったものの、そこまで強く惹かれていたわけではなかった。佐々木が夢中になったのはゲーム『Call of Duty』だった。ベトナム戦争を描いた場面で流れていた音楽、Creedence Clearwater Revival(CCR)やThe Rolling Stonesといった洋楽ロックに出会い、ゲームのゾンビモードで使われていたメタル系の音楽にも惹かれていった。

 

同時期には、神聖かまってちゃんやフジファブリック、N’夙川BOYSなど、当時の邦ロックも聴いていた。さらに軍歌にも興味を持つなど、ジャンルにこだわらず気になった音楽を吸収していく。そんな音楽遍歴と並行して、卓球部では練習試合中に遊んでいたことを理由にクビになるという、中学生らしい(?)一面もあった。

武田ガンジー

中学時代、ガンジーはYouTubeでMy Chemical Romanceに出会い、夢中になった。もともとティム・バートンの映画が好きだったこともあり、そのダークで独特な世界観に強く惹かれたという。やがて、それが「エモ」というジャンルであり、さらに遡ればパンクという音楽につながっていることを知る。そこからSex Pistolsなどを聴き始め、パンクそのものを掘り下げていくようになった。

 

一方、学校生活では真面目な学級委員。友達は少なく、置き勉を摘発するなど、まるでゲシュタポのような取り締まりをしていた。ソフトテニス部にも所属していたが、ほとんど部活には行かず、家では『アサシン クリード』や『メタルギアソリッド』といったステルス系ゲームに没頭。学校でもゲームでも「ステルス」していたという、独特の中学生時代を過ごしていた。

高松名人

中学生の高松名人にとって、音楽との出会いはニコニコ動画から始まった。小6でスマートフォンを買ってもらったことをきっかけに動画を見るようになり、SEKAI NO OWARIを入口にボカロへとハマっていく。2017年、ボカロ10周年の盛り上がりやハチ(米津玄師)の復帰、コンピレーション作品の登場など、ボカロ・リバイバルの空気の中で、初期の作品まで遡って聴き漁った。2018年頃には、ボカロや歌い手を中心としたニコニコ文化そのものが、高松にとっての音楽体験になっていた。

 

やがて軽音楽部に入ろうとし、ピアノで挫折した経験からギターを始める。しかし部活はあまり活動的ではなく、部室は学校のルールから半ば切り離された空間になっていた。スマホやカードゲーム、音楽ゲームなど、オタク文化が集まり、男子校特有の悪ノリも飛び交う。学校では禁止されていることを部室でやる、ある種の「オタク的な不良文化」だった。フォートナイトなどのゲームにも熱中し、ネットやゲーム、音楽が混ざり合った環境の中で、高松の音楽的感性は形作られていった。

汚駄物

中学生になる頃、汚駄物の音楽体験はPCとネットによって一気に広がっていった。小6頃から家にあったPCで「おもしろフラッシュ」を見ていたが、中2になるとブラウザゲームや『艦隊これくしょん』『東方Project』などにハマるようになる。そこで出会った東方の二次創作音楽、なかでもメタル系のサークルに強く惹かれていった。母親が好きだったハードロックと、ネットやゲームから得たオタク的な音楽体験が、ここで結びついていく。

 

部活は吹奏楽部でパーカッションを担当。世間で流行している音楽とは少し違う方向へ進みながら、スマブラやマリオカートなどの任天堂ゲームやソーシャルゲームにも夢中になっていた。学校ではオタク系の友人たちと過ごし、“淫夢”や“ガチムチパンツレスリング”といったネットミームを流行らせるなど、ネット文化そのものを学校へ持ち込んでいた。音楽、ゲーム、ネットが混ざり合った環境が、汚駄物の中学生時代を形作っていった。

第3章:音楽の分岐点 (2017年~2023年頃)

ササキ

高校時代のササキは、とにかく「やりたいことを全部やる」時期だった。1年生の頃にはインターネットにハマり、淫夢や『チャージマン研!』、MAD動画などをひたすら見る一方、インド映画のブームにも影響を受け、『踊るマハラジャ』や『バーフバリ』をきっかけにインドからアラブ、中東文化へと興味を広げていった。肌を焼き、東京中のケバブ店を巡るなど、興味を持ったものにはとことん入り込んでいく。

 

部活ではテニス部をクビになったものの、バスケ、卓球、サッカー、軽音楽など、学校中の部活と関わっていた。そこでSIX LOUNGE、My Hair is Bad、クリープハイプなどのロキノン系を教わり、音楽の幅も広がっていく。同時にミリタリーから映画まで興味は拡大し、まさに「全方向オタク」と化していった。

 

そんな中、改めてCCRやThe Rolling Stonesの格好良さにも気づく。そして友人から「インドの格好をしているとモテない」と言われたことから、モテようとしてベースを始める。バスケ部の女子とプリクラを撮り、タピオカを飲むなど、当時の「モテ」の文脈にも乗りながら、ササキの音楽人生は思わぬ方向へ進んでいった。

武田ガンジー

高校では軽音楽部に入り、そこで初めて自分の音楽の趣味と周囲との隔たりをはっきりと意識する。新入生の集まりで好きなバンドを聞かれ、Sex PistolsやThe Policeを挙げたが、周囲から返ってきたのはKANA-BOONやMrs. GREEN APPLE。ガンジーは当初、「みんなピストルズなどを通った上で、自分の知らない音楽を聴いているのだ」と思い込み、焦りを感じたという。

 

部活ではドラムを担当したが、やりたい曲を提案してもなかなか採用されず、GOING STEADYならいけると思ったものの、実際に演奏していたのはあいみょんやsumika、SEKAI NO OWARIなど。限られた曲の中でアレンジを考える経験は、結果的に演奏面で鍛えられることになった。

 

部活とは別に銀杏BOYZなどを掘り始め、友人から教えられたことをきっかけにP-MODELを聴くようになる。音楽の趣味はさらに深く、独自の方向へ広がっていった。一方、学校生活では外国語科のクラスに3年間在籍し、女子の多い環境で友人も多かった。そんな高校生活を送りながら、自分だけの音楽世界を着実に広げていった。

高松名人

高校時代の高松名人にとって、大きな転機となったのがコロナ禍だった。中学3年生の頃、ゲームのやりすぎでゲーム機を没収され、手元に残ったギターを弾き始める。椎名林檎や藤井風、TikTokで流れてくる楽曲などを聴きながら、次第に自分でも曲を作りたいと思うようになり、PCや機材を揃えていった。「装備は完璧。あとは才能だけ」という状態だった。

 

高校2年からは、男子校にはなかった軽音楽部に、併設された共学校から助っ人として入部。機材に詳しい人が誰もいなかったため早々に幹部となり、一人で音響システムを組み上げるなど、裏方として存在感を確立していく。文化祭でライブができない状況の中で、映像とレコーディングを組み合わせた「収録ライブ」を企画。やがてギターボーカルも担当するようになった。

 

音楽的には藤井風、Suchmos、King Gnu、Tempalay、星野源、カネコアヤノなどのJ-POPやネット発の音楽に加え、昭和歌謡やシティポップにも関心が広がり、父親の音楽的な趣味を改めて知ることにもなった。友人の影響でラップやMCバトルにも触れる一方、軽音楽部で流行していたTHE ORAL CIGARETTES、ヨルシカ、YOASOBIなどのフェス系・ボカロ系の音楽には、どこか「爽やかすぎる」と感じていた。中学時代のオタク仲間とは別の環境に身を置きながら、高松自身の音楽的な輪郭が固まっていった時期だった。

汚駄物

好きで、『ジョジョの奇妙な冒険』やMAD動画をきっかけにGreen Dayを知るなど、ネットやサブカルを入口に音楽を掘っていった。同時に、母親の影響でもあったMötley CrüeやGuns N’ Rosesも改めて聴き直していく。

 

小学生の頃から習い事としてドラムを続けてたものの、高校では帰宅部。自分で演奏するよりも、演奏動画を見たり、ネットを眺めたり、ゲームをしたりする時間が中心だった。PS4では『Apex Legends』に熱中し、淫夢などのネット文化にも入り浸る。家族とのドライブで音楽を聴く時間も含め、外へ音楽を探しに行くというより、家の中でネットやゲーム、アニメと一緒に音楽を吸収していった時期だった。

第4章:自爆、結成

ササキ

20歳で大学に進学し、スターバックスでアルバイトを始めた佐々木は、ロキノン系の音楽をさらに煮詰め、「イケイケな自分」を楽しんでいた。しかし半年ほどでそこに拒絶反応が出始め、さらにコロナ禍が重なったことで、次第に引きこもるようになる。中東への熱も冷め、ムスリムのコミュニティ、彼女とのコミュニティ、大学のコミュニティが混ざり合った環境から、一度距離を置くことになった。

 

その頃、アニメ映画やサブカルチャーに深く入り込み、『銀河鉄道999』、『JUNK HEAD』、大友克洋などに触れる。同時にNo Buses、錯乱前線、Vaundyなど、それまでとは違うサブカルチャー寄りの音楽を聴き始め、ライブハウスにも通うようになる。しかし、現場の空気は必ずしも肌に合わなかった。引きこもりの中で「さらば青春の光」に出会い、再び自分の感性を見つめ直していく。

 

そしてCCRやThe Rolling Stonesといったサーフ・ロックンロールを改めて掘り直し、やがて毛皮のマリーズへ。原付を買い、モッズスーツを着て街を走り、英語も勉強した。大学4年になる頃には「最強のロックンロールをやろう」という思いが芽生え、仮想敵としてTHE TIMERSを意識するようになる。この頃には自分の中で音楽ジャンルの地図もかなり整理され、音楽だけでなく政治や社会への関心も強まり、マルクスなど社会思想にも触れていった。

 

大学5年にはバンドを組むためにメンバー集めを始める。しかしそのためにはまず自分たちの存在を知られる必要がある。そこでTikTokで動画をバズらせ、卒業前にようやくバンドを結成。その頃の大学生活では、図書館で社会科学の本、料理の本、軍服の本を行き来しながら読むような、あらゆる方向への好奇心を持っていた。そうした音楽、サブカル、社会思想、ネット文化への関心が交差した先に、現在の「自爆」がある。

武田ガンジー

大学進学と同時に北海道へ渡ったガンジーは、コロナ禍によるロックダウンで、知らない土地で一人暮らしをすることになった。半年ほどほとんど人と話さず、鶏むね肉に塩をかけて食べ続けるような生活の中で、完全にコロナ禍の煽りを食らった。

 

そんな孤立の中で、音楽だけは深く掘っていった。特に60〜70年代のロックを聴き込み、The Whoなどを研究。大学1年の秋頃からサークル活動が再開され、軽音楽部に入るものの、バンドを組む相手は見つからなかった。そこで家で一人、鍵盤やギター、ベースを触りながら曲を書き始める。「ビートルズになる」ために作曲を始め、やがて一人で宅録し、CD一枚分の作品を完成させた。

 

また映画のフリーペーパーでライターをしていた縁から、ポップアップでそのCDを販売。その場にいた友人が東京へ行くことを知り、「かっこいい」と感じたことから大学を休学して上京する。この時期には“国歌”も制作している。

そしてTikTokを通じてササキと出会う。DMで知り合い、バンドのベースが必要だったことから声をかけられた。孤独な北海道で一人で始めた作曲と宅録は、東京で仲間とバンドを組むことで、現在の「自爆」へとつながっていく。

高松名人

20歳の高松名人は、『FUJI ROCK FESTIVAL』をきっかけにポピュラー音楽への関心を深め、大学ではポピュラー音楽を専攻するようになる。Wikipediaなどを使って、サブスクリプションサービスでは聴けない音源や作品の情報を調べていくうちに、村八分、THE BLUE HEARTSなど、日本のロックへと興味が広がっていった。

 

さらに《ナゴムレコード》周辺の出来事を、音源だけでなくテキストとして読み込み、当時のシーンや歴史を掘り下げていく。そんなタイミングでTikTokに流れてきたのが「自爆」だった。自殺、INU、THE STALINなどの影や、さらに下北沢系の邦ロックにも通じる雰囲気を感じ、強く興味を持つ。ヘルメットのような名前と曲調にも惹かれ、夏休みに行われた1回目、2回目の路上ライブを見に行った。

 

そこでガンジーと初めて出会う。最初は物販を手伝うところから自爆に関わり、SNSの運用やフライヤー制作など、軽音楽部時代と同じようにマネージャー的な役割として裏方から入っていった。19歳の冬から関わり始め、20歳の夏には祭りのようなイベント『電脳弁慶』の運営にかかわる。そこには、ゆうやけしはすも参加した。

 

コロナ後には自爆の活動も分担制になり、高松は運営面でもバンドを支えるようになる。自爆に加入してからは、現行のインディー音楽やヒップホップにも耳を広げ、過去のロックを掘るだけではなく、現在進行形の音楽へと関心を広げていった。

汚駄物

20歳で大学進学のため上京し、軽音部に入った。コロナ禍だったためライブは一度しかできなかったが、先輩からELLEGARDEN、KANA-BOON、クリープハイプなどを教わり、東京で初めて、自分が聴いてきた音楽と周囲の音楽との間にある断絶を意識するようになる。

 

一方で洋楽では、System of a Down、Slipknot、Kornなどのニューメタルを聴き込み、自分の音楽的な方向性をさらに掘り下げていった。

 

そんな中、大学のOBライブでササキと出会う。そこで「オーラが違う」と感じ、バンドに誘われたことをきっかけに加入することになる。音楽だけでなく、飲み会に参加するなど、上京後の大学生活を楽しみながら、汚駄物は現在の自爆へと合流していった。

第5章 現在進行形のロック(現在)

現在のササキが注目しているバンドについて尋ねると、国内ではEDEL STADTの名前を挙げた。福岡を拠点とするブルースバンドで、SNSを通じてその存在を知ったという。テキサス・ブルースを思わせるサウンドに加え、黒人ブルースを思わせるようなしゃがれたボーカルが印象に残っていると語る。

 

国外では、Måneskinを挙げている。王道のロックバンドとして世界的な人気を獲得しながら、グラムロック的なルックスも含め、「イメージとしてのロック」をそのまま体現している存在だという。ポップス的な文脈を経由せず、真正面からロックバンドとして成功している点にも惹かれている。

 

また、オールタイム・ベストとしては、The SurfCoastersを選んだ。CCRやThe Rolling Stonesといったロックを経由した先に見出したのがサーフロックだったという。自身の音楽遍歴の中でも、サーフロックの魅力を決定づけた存在として、オールタイム・ベストに挙げている。

 

続いて現在の武田ガンジーが注目しているバンドについて尋ねると、国内ではDOGOの名前を挙げた。対バンイベント『ROOKIE A GO-GO』で共演した際、「すごい」と感じたという。実際のライブを通じて強い印象を受けた存在だ。

 

国外では、KNOWERを挙げている。独特のサウンドと高い演奏力を持ち、ガンジーの幅広い音楽的関心の中でも、現在注目している海外アーティストのひとつだという。

 

また、オールタイム・ベストとしては、P-MODELを選んだ。高校時代にニコニコ動画をきっかけに平沢進を知り、そこからP-MODELへとたどり着いた。現在に至るまで聴き続けている存在であり、ガンジーの音楽遍歴を語るうえでも欠かせないバンドとなっている。

 

現在の高松名人が注目しているアーティストは、国内ではハハとヘアピンズの名前を挙げた。長谷川白紙が始めたバンドで、ハイパーポップ以降の音楽をさらに混ぜ合わせたようなサウンドに注目しているという。

 

国外では、jasper deanを挙げている。こちらもハイパーポップ以降の感覚を持ちながら、さまざまなジャンルを横断するような音楽性が特徴で、そうした音楽の「混ざり方」や、どこからその世界に入っていくのかという部分に興味を惹かれているようだ。

 

また、オールタイム・ベストとしては、SEKAI NO OWARIの『ENTERTAINMENT』を選んだ。その後、高松はボーカロイドやニコニコ動画を中心としたネット音楽へと深く入り込んでいくため、この作品は自身の音楽遍歴の中でも少し隔絶された位置にある。それでも改めて聴き返すと、やはりこのアルバムに戻ってくるという。特に、政治思想や社会への視線を含んだ強い世界観は、それ以降のSEKAI NO OWARIの作品とは異なる魅力として印象に残っている。

 

そして現在の汚駄物が注目しているアーティストは、国内ではZα SAVAGEの名前を挙げた。Instagramのリールをきっかけに知ったという中学生バンドで、フジロックにも出演。その若さと、すでに大きな舞台に立っていることも含め、印象に残る存在だという。

 

海外のアーティストについては、現在特に注目している存在はいないと答えた。

 

また、オールタイム・ベストとしては、Demetriを選んだ。中学生の頃に聴いていた同人音楽サークルで、東方Projectのメタル系アレンジなど、当時の汚駄仏の音楽体験を象徴する存在でもある。さまざまな音楽を経た現在でも、改めて聴き返したくなる特別な存在だという。

まとめ — 境界線のないロックンロール

現在の自爆は、ライブハウスで圧倒的な熱狂を生み出し、SNSを通じてもその存在を広げているロックンロールバンドだ。しかし、その現在地に至るまでの道のりは、メンバーそれぞれがまったく異なる音楽や文化を吸収してきた過程の上に成り立っている。

 

父親の車で聴いたロック、ゲームやアニメから出会った音楽、ニコニコ動画やSNSを通じて広がったネットカルチャー。そこからパンク、メタル、邦ロック、60〜70年代のロック、サブカルチャーへと、それぞれの興味は別々の方向へ枝分かれしていった。そして20歳前後、それまで蓄積してきた音楽体験がバンドという形で交差し、自爆へとつながっていく。

 

重要なのは、彼らが最初から「ロックンロールをやるため」に同じ音楽を聴いてきたわけではないことだ。ゲーム、映画、インターネット、学校、家族、友人。音楽とは直接関係のないように見えるさまざまな経験までが、彼らの音楽的な感性を形作っている。

 

『ロック遺伝子図鑑』は、ロックを固定された歴史としてではなく、世代や環境を越えて変異しながら受け継がれていくものとして捉える試みだ。自爆の音楽を辿っていくと、そこには60年代のロックからパンク、メタル、邦ロック、ネット文化まで、さまざまな時代の遺伝子が入り混じっている。

 

そして、それらが現在のライブハウスとSNSという場所で、新しいロックンロールとして鳴らされている。過去の音楽をそのまま再現するのではなく、自分たちが生きてきた時代の感覚と混ぜ合わせることで、ロックはまた別の姿へと変化していく。

 

今回の自爆編は、一つのバンドのルーツを辿るだけでなく、ロックンロールがどのように現在へ受け継がれ、また新しい形へ変異していくのかを示す一例になったのではないだろうか。

 

次回以降も、それぞれの人生と音楽の接点を手がかりに、今鳴っている音の背後にある「ロック遺伝子」を追っていきたい。

ロックンロール教団

日時

2026年9月23日(水)

開場16:30 / 開演 17:00

会場

京都大学 吉田寮食堂

出演

みのミュージック(MC)
自爆
暴動クラブ
フーテン族
YAPOOL
ゆうやけしはす&すうらばあず
ボタン(OA)
洛外生(OA)

料金

一般 ¥2,500
U25 ¥1,800

チケット

事前予約フォーム

これまでの「ゆうやけしはすのロック遺伝子図鑑」

 

この連載について(過去の音が、最新である)

ロックは死んだ、とよく言われる。

 

しかしそれは正確ではない。ロックは死んだのではなく、時間から解放されたのだ。

 

かつては違った。1960年代、The Venturesの音を聴いて、日本中の若者たちはギターを手に取った。さらに数年後マッシュルームヘアーのThe Beatlesという若者たちが、世界の音楽地図を塗り替えた。日本も例外ではなく、その熱狂はグループサウンズという形で土着化した。70年代にパンクが出ればアンダーグラウンドの不良たちは飛びつき、80年代にヘヴィメタルが爆発すれば速弾きの美学が世界を覆い、90年代にグランジが鳴り響けばその轟音は数年遅れで渋谷や下北沢の路地裏にも届いた。当時の最新を真似ることが、最先端だった。ロックはつねに「今」に向かって走っていた。

 

その図式が崩れたのが、おそらく2000年代だ。

 

最後の共通語、という言い方をしてみるがそれは1990年代のNirvana、Oasisであろう。少しおまけをしてもThe Strokes、Arctic Monkeys。このあたりまでは、ロックを聴く人間ならば誰もが知っている「みんながわかる言葉」として機能していた。「あの曲」と言えば話は伝わった。

 

それ以降のロックは意義を失い、ポップスやヒップホップ、EDMに飲み込まれ、2020年代、グローバル化の波に乗ってBad Bunnyが世界を席巻しようともそれはスペイン語のラテン音楽であり、誰もその楽曲を口ずさむことすらできない。日本に目を向ければ、かつての共通言語であったオリコンランキングは秋元康にハッキングされ、もはや誰の羅針盤にもなっていない。米津玄師やMrs. GREEN APPLEのような存在をロックに含めない限り「みんながわかる」という意味での最新のロックは、もう生まれていない。

 

だが、ここで終わらないのが面白いところだ。

 

インターネットが、時間をフラットにした。YouTubeがあり、SpotifyやApple Musicがある。1967年の『The Velvet Underground & Nico』も、1971年の『風街ろまん』も、1977年の『Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols(勝手にしやがれ!)』も、1991年の『Nevermind』も、2005年の『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』も、2007年の『空洞です』も、すべてが等距離に並んでいる。現在のYouTubeの音楽チャンネルの中では、おそらく最も共通言語として機能しているであろう『みのミュージック』の名盤ランキングを眺めれば一目瞭然だ。若い世代の「あこがれ」は、過去にある。過去の音こそが、今の耳には新しく聴こえる。

 

つまりこういうことだ。

 

過去のあの時代の音が、最新のロックなのだ。

 

この連載『ロック遺伝子図鑑』は、その前提に立つ。あの時代の音楽が現在どう鳴っているか。どう変異し、どう受け継がれ、どこで枝分かれしたか。音楽の系譜を、生き物の遺伝子を辿るように追いかけていく。今のバンドや音楽を解剖しながら、その血筋を過去へと遡っていく。そして何度も「終わり」を告げられながら蘇ってきたロックを、いま再び、我々の時代に呼び戻そうではないか。

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