
“表現者の解放区”日本橋THE A.I.R BUILDINGでセッションが続くために、必要なこと【Playgrounds】
東京・日本橋にあるヴィンテージビル〈THE A.I.R BUILDING〉は、アーティストの自由な表現空間を標榜するベニューだ。ベニューとはなんだろうか? 日本では馴染みがないかもしれないが、ライブハウスやギャラリーであり、「さまざまな出来事が起こるイベントスペース」として国外では認知されている。彼らはなぜ、この場所をベニューと呼ぶのか、オーナー・梁剛三さんと共同経営者の高田郷子さんの話を通して紐解いていく。
漫画みたいなことが本当に起きる場所
漫画みたいなことが、本当に起きた。そんな瞬間に、あなたは立ち会ったことがあるだろうか。日本橋にあるビル〈THE A.I.R BUILDING〉の地下にあるスタジオで、まさにそんなことが起きたらしい。フィラデルフィア出身のヒップホップバンド、The Rootsがこのビルにやってきて、その場に居合わせた若いミュージシャンたちとジャムセッションを始めたというのだ。事前に打ち合わせがあったわけでもなく、面識もない。人知れずビルの地下で繰り広げられた、一夜限りのセッションだ。
「仕事でセレブリティのアテンドをしている友人がいて、アフターパーティーの会場でここをよく使ってくれるんです。豊洲〈PIT〉でThe Rootsのライブが終わった後、メンバーがここに来る、と。『酔っぱらったときに地下のスタジオでセッションしていたら、彼らが気持ちよくなって降りてきてくれるんじゃないか』って(笑)。淡い期待を抱いて、アフターパーティーとは別のセッションイベントをブッキングしていました」
ビルのオーナーである梁剛三(りょうごうぞう)さんが語ってくれた。セッションに参加したのは、梁さんが個人的に誘った東京のジャズミュージシャンたち。中には、私物の(The Rootsの)レコードを持参した人もいた。
「到着したメンバーを案内していたら、下でセッションやってるわけじゃないですか。チラチラ見ながら『あれ、音楽鳴ってるね』『降りてもいい?』って言い出して。数分後、階段からBlack Thought(MC)とQuestlove(Dr)が降りてきたんです! せめてプレイを見てもらうだけでもと思っていたら、5分後にはQuestloveがジャムセッションに加わってて」
まるで漫画『BECK』(著・ハロルド作石)の世界だ。アメリカのモンスターバンドが、主人公たちのような日本のインディーバンドのライブに突然現れる。そんな展開、漫画で読んだとしても「さすがに出来すぎだろう」と思ってしまう。
なぜ、このシチュエーションは現実離れして見えるのか。表現の世界には「どんなレイヤーにいるアーティストか?」というシビアな評価がある。口に出されることは少ないが確かにそこに存在している枠組みが外れているからだ。
「僕はアーティストの名前が売れてるか売れてないかで、なるべく判断したくないんです。ただそれは、(新人をフックアップするだけじゃなくて)めちゃくちゃ売れてる人も受け入れるってことだと思うんですよ。そういう感じのお店があまり東京になかったので、結果的にそういうものを自分で作っちゃったんだと今は思っています」
売れれば、アーティストがプレイする会場規模は次第に大きくなっていく。いい、悪いではなく、そうしたレイヤーはどの業界にも少なからずある。“多様な”アーティストが自然と交われるライブハウスは、思ったより少ないのかもしれない。
〈THE A.I.R BUILDING〉があるのは東京・日本橋。東京駅からも徒歩圏内で、オフィス街と昔ながらの下町が共存する都心の商業地区だ。その一角にぽつんと佇む6階建てのヴィンテージビルは、通りがかっただけでは何の建物かわからない。有名無名の枠組みが外れるセッションが生まれるこの場所は、どのようにして生まれたのだろうか?
なぜセッションを始めたのか
「元々は、音楽ホテルがやりたかったんですよ。地下にライブスペースがあって、1階はカフェ、”音楽マイスター”みたいな人がコーヒーを淹れて、カフェへふらっとやって来たゲストにプレイリストをおすすめしちゃうような……。でも、東京都の中央区はホテルの開業に対して設備面のルールが厳しくて。防火設備とか、トイレの数とか。結構実現が難しいなと思ったんです」
構想とは違う形とはなったが、現在の〈THE A.I.R BUILDING〉にはそのときのイメージがかなり残っている。1階、2階はカフェ。地下一階はスタジオ兼ステージを備えたスペースで〈JUSTA BURGER〉として飲食店営業を行っている。ホテルになるはずだった上層階は主にアーティストが滞在制作を行うための貸しスペースで、アーティスト・イン・レジデンス(A.I.R)と呼ばれる形態だ。
「ニューヨークに〈Pioneer Works〉っていうアーティスト・イン・レジデンスがあります。ダスティン・イェリンっていう有名な造形作家が創立した財団がやっていて、1階がイベントスペースで2階をアーティストに貸しています。まあ、とにかくデカい。そういうのって、お金持ちが倉庫とか廃工場とか、土地を借りて、郊外でやるものなんです。その逆張りで、一個人が東京のド真ん中で、1部屋しかないけど、敢えてやっても面白いかなって思ったんですよ」
かつてミュージシャンとしてニューヨークを拠点に活動していた梁さん。現地で得た経験が〈THE A.I.R BUILDING〉の発想につながっている。梁さんが思い描くビルの在り方には、もう一つ「ベニュー」という概念がある。それは音楽が鳴っている場所ではあるけれど、ライブハウスでも、クラブでもない。
「ニューヨークって、音楽をプレイする場所に決まった形がないんです。レストランでも、バーでも、ストリートでも演奏している。クラブじゃないところでもDJが回しているし、ステージじゃないところにもミュージシャンがいる。そういうものをベニューと呼ぶんですが、しっくりきました」
当初ホテルという形を想定していたのも、既存のライブハウスやギャラリーといった概念から離れつつ、音楽や表現を許容する場の形を模索していたからだろう。
「よく覚えているのが、〈BLUE NOTE〉の近くにある〈Village Underground〉でやっていた日曜日のオープンマイク。決まった曲を段取りを決めて形式的に演奏するんじゃなくて、みんな飛び入りで歌って、演奏するんです。素人がプロよりうまいことなんて当たり前に起きるし、本当にどんな人が来るのか予想もつかない。一言でいうなら『超レベルの高い自由』ですかね。みんなが地面に引かれた道を歩いてるのに、空を飛べる人たちが建物に邪魔されず飛び回っている感じです。高い演奏技術や感性を生かすからこそ、なんでも自由に表現できる空間でした」
「レベルの高い自由」に触発された梁さんは、〈THE A.I.R BUILDING〉ではさまざまな形でそうしたベニューを日本でも実現しようとしている。そのひとつが音楽と食が交わる『音食建物』だ。
「まだビルを始めて間もない頃にイベントを行いました。馬喰町に〈BEAVER BREAD〉っていう有名なパン屋さんがあって、一緒に企画したんです。オーナーシェフ・割田健一さんは東京中のトップシェフをイベントに誘って、僕たちは音楽のブッキングを担当して。キャリアも年齢も上のベテランのシェフたちが、若いアーティストの子たちに敬語で『すごいよかったです』『最高でした』って声をかけるんですよ。料理や音楽は、一つの業界でイベントをするとヒエラルキーがあって、なかなかこうした交流は起きないよなって」
違う分野の専門家が同じ場に立つことで、業界内に存在する序列や暗黙のルールから解き放たれた瞬間だった。
表現の場が必要とされるには
「有名かどうかはもちろんだし、ジャンルでも判断しないって決めています。最終的には、人間性が合うか合わないか。実績やお金よりも、フィーリングで『いいな』って思える人と一緒にやりたい。だから、アーティストからはお金を取っていないんです」
自由な表現の場である一方、〈THE A.I.R BUILDING〉は事業でもある。アーティストからお金を取らない以上、別の収益が必要なはずだ。
「どうやって食っているんですか?」という率直な質問には、飲食、イベントスペースとしての賃料、外部イベントの企画制作などがある中で、一例として『NIHONBASHI PUBLIC JAZZ』というイベントを教えてくれた。日本橋地区の大型商業施設を巻き込んだ音楽イベントで、その名の通り公共空間で国内外のアーティストが演奏し、基本的に入場は無料(一部有料ステージもあり)だ。主催は、日本橋周辺のデベロッパーである三井不動産で、〈THE A.I.R BUILDING〉はこのイベントで総合制作を担当している。
「こんな都心のど真ん中の、しかも古い街で、今までにないことをしていたら絶対に誰かが声をかけてくれるなって思っていたんです。そしたら、三井不動産の方が遊びに来てくれて。『面白いですね!うちと何かやってみませんか?』って」
〈THE A.I.R BUILDING〉で起きていることが、ベニューの外から必要とされた瞬間だ。
ちなみに筆者は〈THE A.I.R BUILDING〉へ訪れるより先に、『NIHONBASHI PUBLIC JAZZ』に足を運んでいる。徒歩圏内に住んでいることと、筆者の憧れのDJ、Fantastic Plastic Machineが出演していたことがきっかけだ。ひと気のない週末のオフィス街を、ジャズバンドがパレードして、商業施設のコンコースにグルーヴが響き渡る。筆者がクラブで会う音楽仲間もいれば、観光客と思わしき親子連れもいる。音楽イベントにおける既存の形にとらわれず、街そのものをベニューに拡張していた。
梁さんとともにイベントをディレクションしている共同経営者の高田郷子(たかださとこ)さんにとっても、このイベントが持つ意味は大きかったようだ。
「やっぱりアートや音楽が認知されることって、大切なんですよね。普通に仕事や生活をしているだけじゃ触れにくいものですけど、視野を広げて、視点を変えてくれるものだから。そのために、表現に無料で触れられる場を作ること。そこが私たちにとって一番の目標でした。やっぱり、知らないものをお金を出して見に行くのにはハードルがある。『NIHONBASHI PUBLIC JAZZ』は大企業と一緒にやることで実現できましたが、こういうのをもっと実現できたらなあと思っています」
ベニューという状態を実現する
〈THE A.I.R BUILDING〉は創業してから10年。ベニューの中で起きている出来事に周囲の人や訪れる人が引きつけられ、ネットワークが広がっていった。
「この10年で、一番大きいのは人との繋がりですね。最初のスタッフも、イベントの出演者や滞在制作をしていたアーティストも知り合いづてでした。〈THE A.I.R BUILDING〉のことやイベントは、大々的に宣伝をしていないんです。別にこれ、いい意味で言ってないですよ。すごくいいことに聞こえるんですけど、逆に言うとあんまりパブリックに発信できていない弱さがあるなと思っているんです」
「わかる人にだけわかればいい」とクローズドにやっていくことの方が、案外難しくないのかもしれない。ただ、それは表現に無料で触れられる場所とは反対の方向だ。加えて、そうした場は表現の場としても事業としても限界が出てくる。
「今、一番必要なことは、頻度だと思っています。日本橋って、うちに来てくれるような人が、『とりあえず遊びに行こう』って思うような街ではないんですよ。だから『どこかに遊びに行きたい』って思った人が立ち寄れるように、いつでもイベントをやっているような場所にしたい」
取材が行われた8月3日(土)、この日に向けて梁さんは大きな決断をしていた。
「今日から、展示やイベントがない階も含めて、全部のスペースを開けます。これまではオープンする以上、完璧な形じゃないといけない、何かできあがったコンテンツが入っていないとって思っていたんだけど。毎日、ビルの全ての階で、何か面白いことが起きる可能性を残しておきたい」
10年の試行錯誤を経て、完璧主義をオーナー自らが手放した瞬間だった。それよりも大切なことは、ドアを開けておくこと。旅行者や通勤者、出張のビジネスパーソン、地域に住む住民、乗り換えで毎日通りすがる人。目的なく、そうした人も関わることができるようにしたいという意思表示だろう。
「僕は『すべての人がアーティストだ』って思っています。たとえば、この辺はオフィス街ですけど、普段サラリーマンをしている人も表現者としての面を持っていて、それが今は表面に出ていないだけなんです。それこそ、三井不動産の方も話を掘っていくと『昔、音楽やってました』って方も多くて」
ふらりと寄った人が表現をしたくなる。突然内側から溢れだした自己表現を、思う存分発散できる空間を、いつでも温めておく。ニューヨークで梁さんが見た「レベルの高い自由」を実現するための舞台装置がベニューだ。その延長線上に、冒頭触れたような、無名の表現者がビッグネームと同じステージに並び立つ瞬間がある。
梁さんが思い描くベニューは、特定の空間や建物のことではない。アーティストがどこからともなく現れ、場に加わり、自由に表現することで予想できないものが生まれていく。そんなセッションが絶えず起き続ける。その「状態」こそがベニューなのだ。
THE A.I.R BUILDING

THE A.I.R BUILDING=Artist In Residence。「1970年代にNY出身のジャズミュージシャン、Gilles(ジャイルス)が放蕩の末に棲みついた」というストーリーを元に作られたコンセプトビルディング。
Instagram:@theairbuilding
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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