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アジアからの未知なる音楽にリスナーは何を求めているのか-BiKN shibuya 2023 クロスレポートNo.2

アジア音楽を照らす日本発ショーケース・フェスティバル『BiKN shibuya 2023(以下、BiKN)』が2023年11月3日(金・祝)に開催。アジアの人気アーティストたちと、日本からも世界を射程に見据えた面々が全35組が東京・渋谷で一堂に会する全く新しいライブ・イベントだ。ANTENNA編集部2名がそれぞれの視点で当日の模様をレポートする。

MUSIC 2023.11.29 Written By ivy

Cover photo:渡邉隼(Say Sue Me)

この世のものとは思えない、Stars and Rabbitのエネルギー

観ているこちらが不安になってしまう。Stars and Rabbitのライブを目の当たりにしたら、無理もない。それくらい圧倒されたからだ。

 

インドネシアの2人組オルタナティブユニット、Stars and Rabbit。音楽性を一言で表すのがこれほど難しいアーティストも珍しい。インドネシアの民族音楽を感じさせる独特のグルーヴ感と女性シンガー、Elda Suryaniの憑き物が乗り移ったかのような歌声が合わさったとき、ただならぬエネルギーを生み出す。歌い方を例えるならBjorkがわかりやすいかもしれない。

 

YouTubeで2100万再生を記録し、一気に注目を集めた代表曲“Man Upon The Hill”では、多彩な声色を使い分け、フォーキーなサウンドとの対比が強烈なインパクトを残した彼ら。この日も演奏されたが、音源やMVと生のライブではまるで別物だ。Eldaによるエキセントリックなジェスチャーを交えた儀式めいたステージングと対照的に淡々とした演奏は得体のしれない迫力と不穏な違和感を湛えていた。

 

そして時に物悲しく、時に郷愁を覚えるほど牧歌的に情感豊かで繊細な旋律を奏でるDidit Saadのギターは、まるでEldaに憑依している“何か”と対話するようだ。音の世界だけに存在する別の生き物が縦横無尽に空間を暴れまわる様にはこちらは呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

編成はメンバー2名にベースとドラムが入るごくシンプルなものだが、この厚み、奥行き、臨場感がたった4人によって創り上げられているという事実が目の前で繰り広げられているのに信じ難い。文化的に日本とは馴染み深いとはいえない国の音楽であるからこそ、新鮮に映る部分もあるかもしれない。ただ、彼らが繰り広げた異世界は、それを考慮しても説明しきれない衝撃度の高さをもって空間を支配した。

Stars and Rabbit(Photo:Masushi Watanabe

じっとりと染み込む、マレーシアンソウルBabychair

しっとり、というよりもじっとりしている。マレーシア出身のバンド、Babychairの甘く、官能的な音色が持つ質感は、そんな感じ。

 

ブラックミュージックの影響を感じさせる厚みのあるグルーヴ感とアンニュイな歌声、そしてどこかレトロな世界観は近年のUKやUSのメインストリームで持て囃されているネオソウルとリンクしている。その意味では、彼らがインタビューでも影響を公言しているStill Woozyを彷彿とさせる。

 

ただ、それ以上に彼らが持っている質感は〈O-nest〉の決して広くない空間においてこそ存分に味わえる魅力だった。路地裏の水溜りに反射する歪な街の景色や鳴りやまない喧騒、過行く人々。アジアの街角がよく似合う息苦しいほどの湿度が充満している。

 

終盤に披露されたアルバム『Summertime』(2021年)の収録曲“Oh It’s You”は、往年のディスコファンクへの愛を感じさせるアナログシンセがゆったりとした曲調の中でノスタルジーなフレーズをなぞるムーディーな名曲だ。小洒落たバーのBGMにでもしたらすごくはまりそうな小粋なナンバーでありながら、どこかさらっと聴き流すだけでは終わらせない哀愁を含んでいた。

 

洗練された楽曲からは拍子抜けしてしまうくらい初々しい、あまり場慣れしていなさそうなMCは見ていて微笑ましい。隠しきれない哀愁、湿っぽさこそが唯一無二の魅力でもある彼らにとっては、そんな“誤算”すらむしろポジティブなことかもしれない。

Babychair(Photo:Masushi Watanabe

不器用で瑞々しい、Say Sue Meの青さ

相変わらず、不器用で繊細なバンドだと思った。2018年の8月、東高円寺で開催されたサーキットフェス『Mixtape』でSay Sue Meのライブを観たことがある。当時はアジアのインディーミュージックが注目を浴びだしてまだ間もないタイミングで、Say Sue Meにとってもそれが初来日だった。

 

それ以降もコンスタントに活動を続け、今やアジアのインディーロックを代表するバンドの一つに数えられる韓国、釜山発の4人組バンドSay Sue Me。今回は最大のキャパを誇る事実上のメインステージ〈O-EAST〉に出演した。

 

このバンドの音楽において特徴的なのは、繊細で甘酸っぱいスペアミントのようなメロディーと重厚なギターのアンサンブル、そしてどこかあどけないチェ・スミ(Choi Su-mi / 최수미)のヴォーカルだ。全体としてLa SeraやSeapony、Vivian Girlsといった00~10年代半ばのローファイなサーフロックからの影響を感じさせる。

 

初来日時からの代表曲でもある疾走感溢れるギターロック“Old Town”が演奏された際、その瑞々しさが全く損なわれていないのが印象的だった。最新シングルの“4am”はミドルテンポのロマンティックな雰囲気の曲だが、こちらも中盤に挟まれたギターソロや朴訥とした歌声が音源以上にローファイで歪な魅力を際立たせ、初期から残している「らしさ」を感じさせてくれた。

 

ポップで透明感のあるメロディを、ささくれだったギターや弾け切らないヴォーカルで「不器用に」奏でる。キャリアを重ねるうちに角が取れて丸くなり、だんだんと失われていってしまう、ローファイ・インディーロックの「青さ」がタイムカプセルのようにパックされたSay Sue Meのステージは、愛おしく、どこか郷愁を感じるものだった。

Say Sue Me(Photo:渡邉隼

眩いネオンのように、妖しく煌びやかなタイファンク、FORD TRIO

小さなステージで熱い夜を繰り広げる。それはまるでバンコクの歓楽街ナナプラザのけばけばしいネオンのように、まばゆくも妖しい輝きを持っていた。タイ出身のファンクバンドFORD TRIOのステージは、多彩な顔ぶれが揃った『BiKN』でも特に異彩を放っていたといえる。

 

金属的で派手なディスコファンクサウンドは、ともすればノスタルジーなくらいコテコテ。そこにタイ語の独特の響きやモーラム(タイ東北部の伝統音楽)を思わせるメロディが加わることで、狭苦しいほど満員の〈O-nest〉に濃密なグルーヴを生み出していた。

 

Helsinki Lambda Clubの橋本薫とコラボレーションした“เปล่าเลย (なんにも)”が演奏された際、橋本の登場もあって一番の盛り上がりを見せたことはいうまでもないが、それ以外の曲でもその強靭且つ艶やかなサウンドで瞬く間にフロアを揺らした。たとえそこがドレスアップしたディスコではなくて、埃っぽいライブハウスのむき出しのステージであっても、彼らの世界には一点の曇りもなく、華やかな宴を繰り広げていった。

 

何よりも特筆したいのは、どちらかといえばシャイでナードなインディーミュージック好きたちを踊らせたということ。タイ語の曲が多い彼らには、言語の壁もある。サーキットフェスという性質もあり、この日彼らのライブを見ていたオーディエンスのうち少なくとも半分は初見だったことが考えられる。

 

こうした条件下でも、オーディエンスは掛け声を入れ、コールアンドレスポンスに応え、全身で踊っていた。シンプルに曲の存在感とグルーヴの心地よさが見る者を魅了したという事実に他ならない。喝采の中、少し照れ臭そうに引き上げた彼らの背中は、早くも次のステージへの期待を感じさせてくれた。

FORD TRIO(Photo:Masushi Watanabe

アジアにしかないものを求めているリスナーの熱

今年の『BiKN』のラインナップを見ると、既に知名度もファンの基盤も確立している日本人バンドと並んで、アジア各国からの来日勢の中には日本語の情報が検索であまりヒットしないようなバンドも少なくない。そうしたバンドたちが既に何度か来日ツアーをしているバンドや日本のフェス常連バンドたちにひけを取らない盛り上がりを見せていたのが強く印象に残った。

 

インディーミュージックにフォーカスしているイベントというだけあって耳の早いリスナーが多いことは間違いない。ただ、そうはいっても「サブスクで数曲を聴いてみて様子を見に来た」という程度の接点があるかどうかという状態だろう。馴染みがない中でアーティストが熱狂を生むということは、グルーヴ感やメロディラインの心地よさ、パフォーマンスの説得力であったり、純粋にその日のステージ上で表現されるものが全てだ。

 

だからこそ、この日の開場を満たしたあたたかい空気は、来日経験も少ない(もしくはない)バンドが魅せたものが予備情報を抜きにして純粋にリスナーたちに届いていたことの証明といえる。また、アジア諸国から届けられる、異文化・異風土のフィルターを通した音楽に求めるものはリスナーの中に確立されてきているともいえる。まだ馴染みのないバンドにも期待を込めてステージに運ぶ。かつその音楽を心から楽しむ。それが成立しているということが体感できたという意味で、このイベントが持つ意味は大きい。

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