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「外向きの自己内省」それは、音楽を通して己を肯定するセラピー-『“Tough Love Therapy” RELEASE TOUR』ライブレポート

元she saidのSAGO(Vo / Gt)を中心としたユニット、SAGOSAIDがアルバム『Tough Love Therapy』のリリースツアー東京公演を8月12日、新代田〈FEVER〉で開催した。SAGO自ら「大好きなバンド」と語るCruyffとkurayamisakaを迎えた本公演は、ツアーの最後を締めくくるにふさわしい、熱気で満ちた濃厚な一夜となった。

MUSIC 2023.08.28 Written By ivy

8月12日、SAGOSAIDのアルバム『Tough Love Therapy』リリースツアーファイナルが新代田〈FEVER〉で開催された。

 

SAGOSAIDは、京都や名古屋を拠点に活動してきたshe saidのVo / Gt、SAGOを中心に結成されたプロジェクトだ。参加しているのは現在VINCE;NTのギタリストとしても活動し、〈Studio REIMEI〉をSAGOと共同で運営している新間雄介、大学時代の先輩であるベーシストのkimchang、ドラマーは元シャムキャッツの藤村頼正、サポートギターにベランダの田澤守という布陣。グランジ、パワーポップ、ガレージロックリバイバルといった90~00年代前半のオルタナティブロックを彷彿とさせる荒々しいサウンドと物憂げで気怠い歌いまわし、親しみやすく耳に残るメロディが音楽性における最大の特徴といえる。

 

1stアルバム『In REIMEI』(2021年)で既にその方向性は定まっていたが、2023年6月にリリースされたニューアルバム『Tough Love Therapy』では日本語詞を前面に取り入れた曲も増え、よりキャッチーにメッセージを投げかけるような楽曲が並んでいた。内省的で決して明るい内容ではないが、どこかカラッと乾いた後味を残すその歌は、心の奥底へ語り掛けるように、共感をもって響いてくる。

 

当日の開場は17時。半地下になっている会場ロビーは、まだ真夏の陽射しで照らされていた。入場を待つ人の列には、年齢も服装もかなり幅広い顔ぶれが集まっていた。その中でも目立ったのは、まだ10代と思しき若いファンの姿だ。中にはスタジオ帰りなのかギターケースを背負っている「後輩」バンドマンの姿もあった。特定の層だけではなく、これまでずっと彼女たちのライブに足を運んでいた層だけでもなく、初めてライブハウスへ足を運ぶかもしれない人も含めて、多くの人へとその音楽、そしてメッセージが届いていることがうかがえた。

 

SAGOSAIDの楽曲を聴く際、聴き手は音楽を通して自己内省をすることになる。それは、己の過去・現在と向き合い、肯定することでもある。それまでの音楽体験のタイミングや量にそれぞれ違いがあっても、その本質は揺るがない。だからこそ、世代もカルチャーも幅広い人が集まった客層にも納得がいく。

この日ラインナップされたSAGOSAID以外の2バンドも、そうした内省の性質が共通していた。アプローチこそ違えど、音楽を通して己を曝け出し、見つめる時間。それは、あまりに濃厚で、刺激的な音楽体験となった。


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異なる狂気が衝突する、Cruyffの轟音

曲間、静寂が訪れる。それは必ずしもポジティブなことではないかもしれないが、Cruyffにおいてはその凄まじいインパクトと破壊力へ、オーディエンスから贈られた最上級の賛辞といっていい。「圧倒される」という言葉がこれほどふさわしいライブにはそうそう出くわさないからだ。その証拠にどこからともなく「ヤバい」という声がぽつりぽつりと聞こえていた。

 

まず、そのずっしりとした音圧に面食らう。重たく、巨大な音の塊が凄まじい爆発力をもって襲い掛かってきた。何か開けてはいけない蓋に手をかけてしまったかのような、見てはいけない光景を目の当たりにしているような錯覚を引き起こす。

 

呆気にとられ立ち尽くす者、ステージへと引き寄せられる者、呼応するように身体でその衝撃を表現する者。ものの数十秒で、この空間に居合わせた全ての人を制圧してしてみせた。

ヘヴィなリフと複雑な曲展開が交錯する“summercut”や、フィードバックノイズと囁くような声が息苦しいまでの湿度を生み出す“chou-chou”など、MCを挟まずに淡々と進行していく。曲間にギターをチューニングし直す際も、一切言葉を挟まない。その際に出るハウリングやノイズすらもこの時間、この空間を創り出す一要素として魅せていた。

 

彼らの凄みが為す芸当なのはいうまでもないが、途方もないエネルギーの正体が露わになったのは、最後から数えて2番目に演奏された“headlight”だった。少しかすれたような、それでいて肚の底から湧き上がるような渡邉(Vo / Gt)の歌声は、絶叫といっていい。スクリームでもシャウトでもないが、明らかに叫んでいる。

 

この曲は、彼らの最新アルバム『lovefullstudentnerdthings』の収録曲だ。実はこのアルバム、SAGOが運営するスタジオ〈Studio REIMEI〉でレコーディングされ、新間雄介がミックス・マスタリングを手掛けている。会場には、既に音源で“headlight”を聴いたことがある人がいたはずだ。ただ、この日オーディエンスが目のあたりにした演奏は、想定を大きく上回る、異様な迫力を持っていた。

 

彼らの歌詞は、ただ字面を追っただけでは伝わり切らない。ステージに立つメンバー4人が内に抱えた感情や苦悩、葛藤を歌詞と音に載せて吐き出すことで、狂気ともいえるエネルギーが生まれている。その日の曲が持つ意味はその瞬間のメンバーそれぞれによって大きく変わるのだろうし、アルバムをレコーディングした時とは別の作品になっているといっていい。

 

“ビートを速めて リフレインは回る あなたらしい音階が 凪のようで”

 

この瞬間、聴く者にとっても己が抱えたものが解放されていることに気づく。このライブが持つ意味はその場に居合わせた全ての人にとってそれぞれ異なる。それらすべてが衝突して生まれるエネルギーこそがCruyffの持つ凄みだ。「二度と同じライブは見られない」。すべてのバンドにおいて言えることではあるが、この言葉の重みをこれほど噛みしめた体験が今まであっただろうか。

不安も不満も抱きしめて、kurayamisakaのメロディは響く

kurayamisakaは、決してハッピーな感情を表現しているバンドではない。日々どこかに感じている虚しさであったり、大切にしているものの脆さであったり、美しさと表裏一体の儚さであったり。そういう誰もが心の片隅に抱えたまま生きているであろう、「陰」の部分を歌い上げている。

 

ところがこの日のライブで感じた空気は明らかに見る者を前へと向かせる、ポジティブなパワーに満ちていた。オーディエンスの反応も生き生きとしていて、見方によっては楽し気ですらあった。拳を突き上げて飛び跳ねている人もいたし、元々曲を知っている人なのか口ずさんでいる人もいた。

 

せだいやyubiori, the dim siland等、メンバーそれぞれが別のバンドで活動していることもあり、そのライブハウスでの場数に裏付けられたステージは盤石のクオリティといっていい。また、ポップでキャッチーなメロディと優し気で甘い声質の女性ヴォーカルの役割が特に大きいのかもしれない。ただ、それ以上に5人が鳴らす音楽そのものが持つ力強さがその空気を創り出していた。kurayamisakaの楽曲には、今直面している現実や向き合わなくてはいけない苦悩から目を背けさせない力が宿っている。彼らの存在が一躍注目されるきっかけになった代表曲、物憂げなシューゲイザー風味のギターロック“Farewell”を生で聴いて、改めて確信した。

 

音源では、アンニュイで儚げな雰囲気が印象的だったが、ライブでは演奏もヴォーカルも、かなり生々しく、イメージよりも遥かに人間臭い響きを持っていた。喜怒哀楽ではもちろん、表情でも伝えきれない、複雑で脆い、歪な形をした感情を丁寧に切り取ったような、情景がステージ上に描き出されていく。

前述の“Farewell”やアルバムの先行シングルである“evergreen”、“modify youth”でも共通する楽曲のテーマは、「別れ」であったり、「時の流れ」や「季節の移り変わり」といった誰もが多かれ少なかれ経験し、直面していくことだ。誰に伝える訳でもなく、時として大きな葛藤やどうしようもない虚しさを生んでしまうこともある。そんな思いが嘘偽りなく歌にされているからこそ、彼らの音楽には重みがあり、力強さがある。

 

ライブが終わった後、なかなか日常では味わうことのない爽快感が会場に漂っていた。心の中にずっとあった、硬くてどこにあるかも定かでないしこりがとれたような感覚だ。それは、これまでも、この先も直面するし、もしかしたら明日やってくるかもしれない……そんな胸につっかえていた葛藤や苦しみが高らかに歌い上げられ、この空間で共有したという事実に他ならない。

過去も今も、目を背けずに肯定するSAGOSAIDのアンセム

「生きててよかった」

 

2度目のアンコールに応えてステージに立ったSAGOは、ほとんど独り言のように呟いた。それは彼女にとって心からの言葉だろうし、ライブを見た者にとっても同じ言葉を口にしたかったのではないだろうか。

ライブの幕開けは、アルバムのオープニングトラックである静謐な“the name only you know”に続き、2曲目に同アルバムから“Brainstop”。蒸し暑い夏の夜を切り裂くように、歪ませたギターが唸りを上げる。アルバムの1曲目から3曲目、というやや変化球気味な始まりだったが、非常に緊張感のある滑り出しでよりライブ向きな流れだ。

 

荒々しいバンドサウンドはヒリヒリとした刹那的な響きをもって、気怠い歌声、そしてオーディエンスの歓声と共鳴した。バンドサウンドの魅力は音源でも充分に味わえるが、やはりライブでのサウンドの立体感、メンバーの表情や身のこなしとも連動する生々しさには換え難い。このパフォーマンスを目の当たりにしたら、SAGOSAIDが完全なソロプロジェクトではなく、あくまで特定のメンバーでのバンド編成という形をとっている理由は言うまでもないだろう。

 

この日のSAGOは、髪はブリーチしてグリーンに染めたウルフカット、黒いキャミソールと端切れを縫い合わせたようなデザインのスカートという出で立ちだった。00年代のAvril LavigneやLillix、Ashlee Simpsonといったポップロックシンガー(「ロックプリンセス」なんて惹句がよくCDの帯に書いてあったっけ)を思わせるし、同時代のギャルファッションにも通じる要素がある。彼女が鳴らしている音楽へのインスピレーションともつながるかもしれないし、好きだった音楽と同時代のカルチャーを反映している要素もあるかもしれない。ただ一ついえることは、間違いなく彼女が見て聴いて体験し、咀嚼したことをアウトプットしたという意味で、この日のスタイルも音楽同様に彼女以外の誰のものでもないということだ。

 

SAGOSAIDの楽曲は、アーティスト名にもある通り、SAGO自身が過去に体験したことや大切な誰かへの思い、内面の葛藤から創ったと思われるものが多い。歌詞もどこか私小説、日記を読んでいるような、パーソナルで、口語的な印象を受ける。視覚、聴覚を通して彼女自身の生き方や存在そのものを表現する、ライブが繰り広げられていった。

ただ、内面を吐き出すような楽曲と緊張感のある演奏が生む会場の熱からすれば意外なほど、ステージ上のメンバーたちは淡々としていた。その表情は、アルバムを支配していた気怠さ、やるせなさのようなものとも違う。どこか目をじっと閉じて、その瞬間を味わっているような、過去に思いをはせているような様子だ。

 

「今日、めっちゃ目合うね(笑)」

 

SAGOが自らMCで触れたように、この日彼女は歌を通してステージ上から一人一人へ語り掛けていた。

 

非常にパーソナルでピンポイントな実体験を想起させる内容であるのに、他人事とは思えない。同じ体験はしていないはずなのに、聴いている側も当事者であるかのような感覚を引き起こす。それこそがSAGOSAIDの音楽が持つ不思議な魅力だ。

この日居合わせた人が楽曲に込めた思いや体験すべてを受け止めているような姿勢が、そのままステージでの立ち居振る舞いや歌いまわし、演奏にも表れていた。無意識のことかもしれないが、ステージへ送る視線にはその人そのものが曝け出されるような、普段心の奥底にしまい込んでいる「何か」が滲んでいた。注がれる思いや葛藤をパフォーマンスに昇華した彼らのステージは、会場を埋め尽くした人すべてに届き、彼らのこれまで、そして今現在を肯定するアンセム(賛歌)として響き渡った。

 

やはり、この日の会場を満たした温かな空気は、アンコールのMCでSAGOが発した言葉「生きててよかった」に集約されている。終演後の彼女のツイートにも触れておきたい。

 

“私みたいになりたい!!ってたまに言ってくれる人がいて嬉しいんだけど、私もなりたい人がいっぱいいて、でも誰にもなれなくて悲しかったからSAGOSAIDって名前にしたんだよね。私は私にしかなれなかったから、、でも今はあなたはあなただから誰にもなれないからすごく素晴らしいんだよって思ってるよ”

 

彼女が他の誰でもないことと同じように、この日ライブハウスへ足を運んだ人たちそれぞれが違った特別な個人だということ。そのことを音楽を通して肯定する時間は、これ以上ないくらいに瑞々しく、重みのあるものだった。

音楽を聴くこと、それは己の声を聞くこと

「どうして音楽を聴くようになったのか」その答えは人によってかなり違いがある。ただ、「何のために音楽を聴いているのか」という話になったら、かなり近いベクトルの答えが集まるように思う。

 

集中したい、心地よくなりたい、思い出に浸りたい。少なからず、その瞬間の己の感情に向き合い、支えてくれたり、寄り添ってくれたりするものを聴いているはずだ。だから、敢えて極端な言い方をすれば、音楽を聴くという行為自体が自己内省といってもいい。

 

この日SAGOSAIDとCruyff、そしてkurayamisakaが繰り広げた饗宴は、「アーティストとリスナーが最大限に己を曝け出して、それを肯定し合う場」だった。言い換えれば、「外向きの自己内省」だ。日々、他人に言えない、自ら言語化することすら憚られるような複雑な感情を抱えて生きている。そんな人たちにとって、バンドのことを知っていても知らなくても、必要としている空間がそこには広がっていた。

撮影:wakaiwamoto

SAGOSAID

京都を拠点に活動していたshe saidの佐合志保(Vo./Gt.)を中心としたプロジェクト。これまでにシングルを自主制作のカセットテープで3本、2021年12月に7曲入りEP『REIMEI』をリリースしている。2023年6月、満を持して初となるフルアルバム『Tough Love Therapy』をリリースした。それに伴い、東名阪3公演のリリースツアーを敢行。8月12日の東京・新代田〈FEVER〉でツアー最終公演を行った。

 

Webサイト:https://sagosaid.com/

Instagram:https://www.instagram.com/sagosaid/

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