INTERVIEW

2024年台湾音楽シーンを揺らす、ローカルフェスとその原動力―『浮現祭 Emerge Fest』主催者・老諾さんインタビュー

台湾で昨今盛り上がりを見せるインディペンデントな音楽フェスの先駆者ともいえる『浮現祭 Emerge Fest』。今回は、このフェスを主催する老諾さんの話からイベントそのものや、台湾の音楽シーンのことを紐解いていく。

MUSIC 2024.04.01 Written By ivy

「週末、台湾のフェスへ行こう」

 

こんな誘いが来たらどうするだろう。

 

2024年2月24,25日の土日に、台中〈清水鰲峰山運動公園〉で音楽フェス『浮現祭 Emerge Fest(以下、Emerge Fest)』が開催された。昨年は二日間で約二万人を動員し、台湾国内に加え、日本、香港、タイ、韓国からもアーティストが出演。海外のレーベルやライブハウスと連携し、アーティスト間、リスナー間の交流の場として、例年大盛況となっている。台湾では、ここ5、6年の間に大小様々な規模のインディペンデントなフェスが各地で催されてきた。『Emerge Fest』はその中でも先駆者といえる立ち位置であり、その独自性やスタンスも含め、近年の台湾フェスシーンを牽引している存在だという。

 

日本の音楽は台湾でどのような反応で迎えられるのか、また昨今の台湾ではどんな音楽が親しまれ、どういった人々によってシーンが形成されているのか。あくまでライブハウスやレーベル、音楽関係者が近い距離でアーティストをサポートしているインディペンデントなフェスだからこそ、『Emerge Fest』ではその空気感を存分に味わえるはずだ。

 

今回は『Emerge Fest』主催の老諾( 通称・Nuno)さんの話からイベントそのものや、台湾の音楽シーンのことを紐解き、成田から飛行機で2時間の場所で繰り広げられる台湾の音楽シーンの現在地を紐解く一手としたい。

2023年の『Emerge Fest』に日本から出演したCody Lee李のライブ映像。

台湾最新フェス事情と『Emerge Fest』

──

日本では、フェスは夏の風物詩として、定着しています。日本と比較して一年通じて温暖な台湾でも、フェスは特定の季節に開催されますか。

老諾

台湾には20年前くらい前から大きなフェス(*1)があります。そういうフェスについては、海外のアーティストが夏の方が行き来しやすいという事情もあって夏の開催が主流でした。逆に、最近になって始まった新しいフェスは特に時期は決まっていないですね。彼らは企画をする上で優先順位として、まず(台湾内外の)大きなフェスとの被りを避ける。結果として、フェスは年を通じて行われるようになりました。台湾政府(文化部)は、音楽賞(金音創作獎 Golden Indie Melody Awards)を主催したり文化施設への支援をしたり、音楽シーンへの金銭的な支援をしているので、企業が行うような大規模な音楽祭もたくさんあるんです。ただ、そういうものと一線を画すようなインディペンデントで小さな規模のフェスは、2019年頃を境にして盛り上がりをみせていますね。Emerge Fest以外だと、TAKAO Rock(打狗祭)が代表例です。

──

Emerge Festはそうしたインディペンデントなフェスの中でも、2019年に立ち上がった取り組みが早かったフェスと聞いています。やはり、Emerge Festも同じような考えで開催をされていたのでしょうか?。

老諾

Emerge Fesに関していえば、最初(2019年)の頃は他のフェスとの被りを避けて5月に開催しました。その後は、パンデミックでストップしてしまい、パンデミックが明けた後は私の故郷でやりたいと考えるようになったんです。(私の故郷、台中は)田舎なので、すごく伝統的な行事や習慣を大切にする人が多い地域。だから、旧正月の後の現象節の時期にやっていこうと決めました。みんな旧正月を家でゆっくり過ごして、その後来てもらうというイメージです。

*1:台北で1995年から開催されている『Formoz Festival』のこと。過去に日本からはORANGE RANGE、10-FEET、土屋アンナ、RIZE、Buffaro Daughter等が出演している。台湾最大規模のフェス。

──

なるほど。では、Emerge Festの、これまであった台湾の他のフェスとの違いはどのようなものか、始まった時から現在に至るまでの経過とあわせて教えてもらってもよいでしょうか。

老諾

主催者である私の故郷で行われていることです。『Emerge Fest 』は、地域に根差した“街興し”も兼ねているフェスで音楽と地域の共生をテーマとして考えています。台中は多くの人が集まってくるような、商店街や夜市が少ないので、地域のグルメマップを作って地域にある小さな店舗へ人を回したり、協会とコラボレーションしてアートや福祉とのコラボレーションも行ってきました。それから、会場の近くには、台湾の原住民族が6千年前に建てた遺跡があり、来場者へ原住民族の文化体験ができる取り組みも行っています。

 

また、場所の利用も特徴的だと思います。地域にある運動公園を活用してやっています。フェスのためにゼロからフェスの開場を建設するのではなくて、元々公園にある体育館とか、運動場とか、子供向けの施設とか、その環境を利用してやっているんです。

──

地域と連動しているんですね。具体的にはフェスを通して台中という街にどのような変化を起こしたいと考えていますか。

老諾

一番のポイントは、若者のアイデンティティを作りたいんです。これはほかの国でも言えることかもしれませんが、台湾の地方は、少子化や、働き手不足が慢性化しています。パンデミックが起きた時、あまりにやれる仕事がない場所なので、若い人たちが街を出て行ってしまいました。ちょうどそのタイミングで地元の商売をしている人たちが代替わりをする時でもあったりして、後継ぎがいるかどうかという問題もありました。

 

出ていった人たちのなかにもUターンして帰ってきた人もいるけれど、そうした人たちが定着して欲しいし、もっと人が訪れるようになってほしい。だからこそ、故郷への誇り、肯定感を持ってもらえるようなイベントにしたいんです。たとえば、海外の有名なアーティストが故郷の街に毎年やってきて演奏していくことで、故郷への誇りが生まれたらいいんじゃないかと。ほかの街に負けないものを作りたいと思ったのが最初ですね。それから、音楽祭を使って地域の営みが生きる地域の独自性を打ち出せたらと思っています。だんだん地域でのコラボレーションも増えてきましたね。

──

2019年から『Emerge Fest』を開催してきて、パンデミックによる休止期間もあったと思います。台湾全体として、パンデミックの前後でフェスへ来るお客さんの雰囲気や年齢層はまた違うのでしょうか。

老諾

規模が大きくなり、ターゲットも広がりました。『Emerge Fest』に関していえば、今まで来ていたようなインディーミュージックを好きな人だけに向けたフェスではなくて、観光で訪れる人も来てくれたらと思っています。パンデミック以降、台湾全体でフェスが増えて、且つ規模が大きくなってきています。1、2万人動員するような大型フェスがいくつもありますから。それから、政府の文化部が運営している賞をインディペンデントなバンドやアーティストが受賞することも増えてきて、ライブハウスやフェスにいかなかった層が音楽に触れる機会になっているんです。フェスへ足を運ぶ人そのものの裾野が広がってきている印象ですね。

──

なるほど、フェスそのもののすそ野が広がりを見せている中で、最近の『Emerge Fest』には、どんな人が来ますか。

老諾

若い人が多いです。年齢でいえば、18歳から35歳が7割を占めています。あとは最近の傾向として、特定のアーティストではなく、フェス全体をゆるく楽しむ人が増えてきました。今までの参加者は、好きな出演アーティストを目当てにしている人が多かったんです。最前列をとるためにそのアーティストのライブが始まる前から並んだり、出演時間を想定してステージのスケジュールを組んだり。ところが最近は、後ろの方やステージ横でピクニックシートを敷いてずっとチルしている人もいます。そういう人たちは友人たちと音楽を聴いて踊っていることもあれば、おしゃべりをしていることもある。ただ、音楽を真剣に聴く場というよりも、あくまでフェスをソーシャルな社交場として扱っているのではと考えています。

台湾の音楽シーンにおける『Emerge Fest』

──

出演するアーティストにとって、『Emerge Fest』はどういう場所であって欲しいと思っていますか。

老諾

台湾の音楽シーンにおける国際的なプラットフォームであって欲しいと思っています。今まで世界中のアーティストやレーベル、ライブハウスとの交流を行ってきました。だからこそ、台湾の音楽が『Emerge Fest』を通して世界中に届いて欲しいですし、海外からくるアーティストが台湾のリスナーやシーンと関わるきっかけになって欲しいと思います。

──

最初に開催された2019年も海外からアーティストを呼んでいますね。具体的に声をかけるアーティストの基準などは設けているんでしょうか。

老諾

全体の2割ほどはターゲットの若い人から人気があるバンド、アーティストです。多くの人が知っているであろう、いわゆるメジャーどころ。それから、台湾国内のオーディションで新しい才能を発掘しています。これが2割。海外からの交流があるライブハウス、レーベルからの推薦が2割。残りの4割は、『いないとフェスが成り立たないバンド』ですね。

 

台湾中のフェスで声がかかるような、フェスの常連アーティストが何組かいます。台湾の音楽シーンはまだ規模がそれほど大きくなくて、あまり選択肢が多くありません。だから、(フェスによく行くけれど、ニッチなアーティストのことは知らないくらいの)中間層向けの出演者を少ない選択肢から選ぶ必要があります。フェスの数はすごく多いので、中間層向けのアーティストは必然的に台湾中のフェスで被ってしまうんです。

──

出演アーティストが被ることも多い中で、他の台湾のフェスとどのような点で差別化を図っていますか。

老諾

ご指摘の通り、台湾のフェスはどうしても似たようなものが多くなってしまうんです。あとは、大きな規模のフェスの中には、悪くいえば「フェスもどき」というか、形式だけがフェスであとは会社のお金儲けが目的になってしまっているものも少なくありません。私たちとしては、将来的な選択肢の多様性を作りたいんです。私自身もビジネスマンではなくて、音楽関係者としてフェスに携わっています。最近やっていることは、出演できる場やステージを沢山作ったり、有名なアーティスト以外もステージへ立てるようにすること。そして、フェスへ来る人が幅広く楽しめるような、ミドル層に認知されているアーティストを増やすことです。

──

そういったアーティストを育てるために日常的な取り組みはあるんでしょうか。

老諾

ライブをして、リスナーに見てもらう場を提供することですね。ライブがアーティストにとって一番大きいと思います。逆にそういうステージへ立つまでには、アーティスト自身の努力も大切だと考えていて、あまり介入し過ぎないようにもしています。これからは、もう少し小規模のフェスも作れたら。レーベルの人も新しいバンドを知りたいコアなリスナーも来るような場所を考えています。あとは10代のリスナーです。まだフェスに行ったこともないし、お金もあまりない。そういう子たちが「ちょっとフェスへ行ってみよう」って思えるような、規模の小さなものができたらいいなあと。

──

そうしたまだあまり認知されていない、まだ見ぬアーティストたちは今、どこから登場してくるのでしょうか。

老諾

やはり、ライブハウスですね。実は、台湾では中小規模のライブハウスは台北に集中しています。一方で、フェスは島の中部、南部にも増えてきました。特に台中は、中型、大型のフェスが多い街だから、アーティストが発展していく可能性を秘めた街だと思います。インディペンデントなアーティストが台中のフェスで中間層や他の地域から来るリスナーと触れることで、台北に戻って人気が爆発するイメージですね。こういう形で育っていくバンドだと……康士坦的變化球(*2)、怕胖團(*3)、溫蒂漫步(*4)あたりが該当すると思います。

*2:英語名、KST。ポストロックからの影響を感じさせる複雑な曲展開と映像を組み合わせたパフォーマンスで知られる。2021年、前述の金音創作獎 Golden Indie Melody Awardsを受賞した。

*3:英語名、PAPUN BAND。ストレート且つメロディアスなポップパンクを鳴らす3ピースバンド。ハイテンションでコミカルなパフォーマンスとは裏腹に幅広い音楽アプローチを持つ。

*4:英語名、Wendy Wander。どこか夢見心地でロマンティックなアーバンメロウポップサウンドが特徴。デビューアルバム『Spring Spring』(2020年)が海外のリスナーからも注目を浴びた。

──

これまでも台湾にフェスや音楽シーンが存在してきた中で、『Emerge Fest』が新たなプラットフォームになる必要性があると考えたのはどうしてでしょうか。

老諾

政府が関わっているような大規模なフェスはまだ若手をフックアップする環境にないと感じています。だから、まずはインディペンデントなアーティストにとって、目指すべき場に『Emerge Fest』がなることが必要だと考えています。多くの人が遊びに来るフェスで、みんなが音楽へ関心を持つ場。そういう場が新たなプラットフォームとしてこれから機能するはずですから。

台湾の音楽と街の空気、五感で味わうフェス体験

2017年ごろから台湾のアーティストがカルチャーメディアで取り上げられるようになったり、頻繁に来日公演が開催されるなど、台湾の音楽が日本のリスナーの耳目に触れる機会は決して少なくない。また、台湾のポップカルチャー全般に目を向ければ、バーチャルアバター型SNS『Bondee』が台湾での人気爆発をきっかけに日本でも注目されたり、台湾を代表するセレクトショップ『MOB LAB』が日本上陸したり、数年前では考えられないほどその接点は増えているといっていい。

 

そのような状況にある今だからこそ、台湾のカルチャーが起きている背景には、どんな人たちによって、どのような生活が営まれているのかを知ることにも大きな意義がある。

 

たとえば、日本のフェスでは、リスナーが社会において営んでいる生活とフェスでの過ごし方、そして聴いている音楽そのものに繋がりが見えてくる場面が数多く目に入る。たとえば、有り余る体力と抑圧された学校生活のフラストレーションを発散するかのようにラウドロックバンドのモッシュピットに飛び込んでいるティーンエイジャー。仕事の余暇を全身で謳歌するように友人たちと自然のなかへパーティーに繰り出す20~30代のグループ。そして、渋谷系に熱狂した青春時代を懐かしみ、パートナーや家族と洒落たキャンプグッズをそろえてのんびり楽しんでいる40代のファミリー層。こうした層が聴く音楽の先に無意識レベルで浮かび上がるからこそ、その音楽やカルチャーをより深く、味わい深いものとして、当事者意識をもって楽しむことができる。

『Emerge Fest』が開催される台中は、台湾第3の都市でありながら台中市と台中県という2つの自治体が合併してできた比較的新しい街だ。台湾全体の中でも北と南から発展してきた歴史があり、島の中部にあたる台中はこれから新たな文化の流れが作られていく場といえる。首都である台北が国内外からヒト・モノ・情報が行きかう国際都市であり、根付いたポップカルチャーもあり、第2の都市、高雄が歴史ある地方都市として伝統的な文化・生活が根付いていることを考えると、台中は文化的にまだまだ発展途上にある。だからこそ、現地の「今」、リスナーやアーティスト一人一人の温度感がダイレクトに感じられ、これから新たなシーンが作られていく過程に立ち会うことができる貴重な体験となるだろう。

 

日本で私たちがライブを見たことがあるアーティストを、恐らく大半は初めて見るであろう台湾のリスナーがどのような反応を示すのかを見るだけでも面白い。名前も知らない台湾のインディペンデントなアーティストは、彼らのホーム、生活空間で聴くからこそより強烈なインパクトをもって脳裏に焼き付いてくるのかもしれない。日本でサブスクリプションを通して聴いた台湾のアーティストも、生でのパフォーマンスという以上に、現地のファンも含めた空気感や海外公演という「よそ行き」の姿とは違ったシチュエーションだからこその違いが楽しめるはずだ。

 

台中の街には、高美湿地や大坑4号步道といった自然を楽しめる観光名所や、台中國家歌劇院、台中文化創意産業園区といった文化施設も数多く存在する。台北から日帰りで行ける距離間でもあり、観光も兼ねてショートトリップにも向いている。

 

『Emerge Fest』を通した音楽体験を通して、その地域、文化とも関わりを持つきっかけになる。それ自体が地域への社会貢献だけではなくて、私たちリスナーにとっても大きな意義を持っている。あくまで音楽シーンの当事者としてフェスを運営しているからこそ、そのマインドがよく伝わってきた。

 

『ANTENNA』では、近日『Emerge Fest』当日の模様を記したレポートも公開される予定だ。本稿と併せて読んだうえで、興味を持った方は、ぜひ来年以降実際に足を運んでみることをおすすめしたい。

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