郷愁の歌声が中毒性抜群な、インドネシア産ポストパンク
外はサクサクしていて、一口齧ってみたら中からとろりと濃厚で甘酸っぱい中身がたっぷり詰まっている。ちょうど、某ファストフードチェーンのアップルパイのように。それだけを毎日食うのはきついかもしれないが、定期的に無性に食指が伸びる。
インドネシア、ジャカルタ出身の4人組バンド、Bedchamberの2作目のアルバム『Capa City』を一通り聴いてみて、そんな印象を抱いた。彼らの音楽は、所謂インディーロックの中でも特に近年サウスロンドンを中心に盛り上がりを見せている、Black MidiやShame、Squidといったポストパンクリバイバルとの同時代性が強く感じられる。具体的には、意図的にローファイな仕上がりのサウンドや軽快で歯切れのいいドラムとチャキチャキしたリズムギター、全体的にローテンションで抑揚をつけないヴォーカル。曲や聴き手によってある程度の違いはあるかもしれないが、アルバム全体を通しておおよそ当て嵌まるといっていい。
本アルバムに先駆けてMVが公開された“Tired Eye”も例に漏れず。全体として軽い聴き心地で音自体は乾いていて、常温。ベッドルームポップのようにぬくぬくしていないし、シューゲイザーのようにひんやりじっとりともしていないし、ネオアコのようにさらりと涼しい風が吹くわけでもない。MVを見てもわかる通り、絶妙に似合っていないスーツの衣装といい、まるで昭和の刑事ドラマのような世界感といい、この生温い肌感が一貫している。
オープニングを飾るタイトルトラック“Capa City”から3曲続く軽快な流れは、まずサクサク感を大いに堪能できる。ライブでも楽しそうに身を揺らすオーディエンスが見られるだろうし、ずっと流して聴いていられるくらい耳に心地いい。
ところが、このサクサクには何か「中身」が入っていることに気づく。正体は、楽曲自体が持つ甘酸っぱさだ。少年っぽいあどけなさを残した歌声だったり、随所に挟まるセンチメンタルなギターのフレーズだったり、曲をピンポイントで印象付けるエッセンスには漏れなくこの味付けがなされている。
そして、このエモーショナルな側面がより色濃く出ている楽曲がアルバム全体の中で「聴きどころ」となっていることにも着目したい。レトロでチープなシンセの音色がキュートでありながらどこか切ない旋律を奏でるインスト曲“Elevator Pitch”や、アルバムの最後を飾る愁いを帯びた“Patterns”などがそれに該当する。前述の「中身」が全面に押し出されたこれらの楽曲を聴くと改めて、Bedchamberというバンドの本質がこの素朴でノスタルジーを感じるメロディラインにこそあることが見えてくる。
2018年のアルバム『Geography』では、もっと荒々しい印象のガレージロック寄りの曲が多く見られたり、哀愁漂うメロディを情感たっぷりに歌い上げる曲などが見られるが、本アルバムではより明確に方向性を打ち出しているといえる。音楽的に絞り込まれた印象を受ける『Capa City』を聴いた後で、『Geography』以前の曲も含めて演奏されるであろうライブを見れば、バンド自体が持つ振り幅、印象の違いも楽しめそうだ。
今のところ、来日の予定は発表されていないが、ぜひ何らかの機会で彼らのパフォーマンスが日本でも見られることを期待したい。メロディの質といい、いい意味での軽さといい、メンバーが持つナードかつどこか愛嬌のある佇まいといい、日本のインディーロックファンにも受け入れられることは間違いない。
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Capa City
アーティスト:Bedchamber
発売:2023年7月7日
フォーマット:デジタル
収録曲
1. Capa City
2. Peak Season
3. New Times
4. Elevator Pitch
5. Mandatory
6. Tired Eyes
7. Riptide
8. Static Comedy
9. Patterns
Bedchamber
インドネシア、ジャカルタ出身。同国のインディーポップレーベルであり、Grrrl GangやGizpel、シンガポールのSobsやSubsonic Eyesらも音源をリリースしている《Kolibri Records》に所属している。2018年2月にアルバム『Geography』をリリースし、その後もインドネシア国内を拠点に活動。まだ来日経験はないものの、2021年2月には沖縄で開催されたオンライン、オフラインのハイブリッドフェス『Music Lane Festival Okinawa 2021』へ出演を果たした。
Instagram:instagram.com/bedchamber
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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