ロンドン発、驚きと発見に満ちた一杯―Dark Arts Coffee Japan【MAKE OURSELVES! Vol.2】
「最高の美味しいコーヒーを提供することだけに焦点を当てる」というコンセプトを持つ『Dark Arts Coffee』は、ロンドンに本部を置くインディペンデントなコーヒーロースティングカンパニー。神奈川県葉山には世界で唯一の“支部”〈Dark Arts Coffee Japan〉がある。そこでは、カフェ兼ロースタリーとして日本国内で流通する『Dark Arts Coffee』の豆を焙煎している。
果たして〈Dark Arts Coffee Japan〉は、どういった人たちによって支えられ、どのような価値を提供しているのか。メンバーたちの声を通して解き明かしていく。
欲しいもの、または作りたいものを作る。そして、それを仕事にする。インディペンデントなビジネスやブランドの根底にある動機といっていい。自らが作り手であり、使い手でもあるからこそ、妥協したくない。それに、改善点が見つかればすぐにでも新しいことを試したくなる。この連載では、音楽やアートといった表現活動とはまた別の角度からインディペンデントなカルチャーの成り立ちを紐解いていくことを目的に、そうしたインディペンデントなプロダクト、ブランドの作り手にフォーカスする。
発見を生むコーヒー
「最高の美味しいコーヒー」とは具体的にどのようなものを指すのか。美味しさは個人の主観で、「好み」と片付けられてしまいがちだ。それでも〈Dark Arts Coffee Japan〉が目指すただ一つの達成指標に「美味しい」が掲げられている。イタリア出身のオーナー、Jacopoさんに聞いてみると、それは驚きや発見を生む味のことだという。
「もちろん、味の好みは人それぞれ違います。ただ、共通することとして私たちは店を訪れる人に予想外の驚きや発見を届けたいんです。大切なのは、コーヒーを飲んだ時の反応。お客さんが何か新しいものを飲んで、興奮する様子を見たいんです」
その味はきっと、多くの人が「コーヒーが飲みたい」ときに思い浮かべるコーヒーではなさそうだ。デスクワーカーがオフィスで一日に何杯も飲む気付け薬のようなコーヒーではないし、コーヒーゼリーやコーヒー牛乳の“コーヒー味”とは似ても似つかぬ別物だろう。予想もしない一杯を味わいに来るコーヒーショップ、となると数あるコーヒーショップの中でもかなり限られた存在になるのではないか。
「多くの人は、コーヒーの味が持つ可能性をまだ(完全には)知らないと思います。世の中には本当にたくさんの種類のコーヒーがあるけど、レモングラスのような味やベリーのような味、パッションフルーツのような味がするとても美味しいコーヒーがあることはあまり知られていないですから」
このJacopoさんが伝えたいと思うコーヒーの味そのものの魅力は、現在〈Dark Arts Coffee Japan〉でヘッドバリスタとして、焙煎や豆の選定を務めるMamoruさんにも共通している。
「バリスタになろうと思ったのは、30歳でオーストラリアのメルボルンへワーキングホリデーに行った時です。それまでは、苦い深煎りしか知らなくて。あっち(オーストラリア)で初めて浅煎りのシングルオリジンを飲んで、『うわ、なんだこれ!知らない味だ』と思って。それまで、周りに教えてくれる人がいなかったんです。そこがきっかけでバリスタとして僕がそれを伝えていこうって決めました」
バリスタを志すきっかけとなった驚きのコーヒー体験。それは『Dark Arts Coffee』とは別のコーヒーだったが、現在の彼が提供するコーヒーの軸として外すことができない要素だ。
そんな〈Dark Arts Coffee Japan〉で提供されるコーヒーを飲んでみると、コーヒーにある程度関心のある人も、そうでない人も誰もが味わったことがない一杯を前に表情を変える。この瞬間が、まさにJacopoさんが大切にしているお客さんの反応だ。驚きと発見を生む一杯をと届けることこそ、彼らの理念といえる。
土地、生産者の味わいを伝える
〈Dark Arts Coffee Japan〉のコーヒーを生み出す上で意識しているのは、どのような豆を買い付け、取り扱うかということだ。それは、前の章で述べたようなコーヒーを通した驚きや発見をお客さんが味わうために、提供するために必要な品質基準となる。
「コーヒー豆に対して私たちが特に大切にしているのが、豆の特性を見極めて買うことです。すべてのコーヒー豆には、それぞれ違った特徴があります。だから、有名な産地や生産者である必要はないんです。重要なのはネームバリューではなくて、味と機会、そして、可能性です」
未知なる味を探し続けている、自分たちも“発見”を追い求めているという想いがみてとれる。コーヒーを提供する側の目線で見る“発見”とは、これまで市場で大規模に扱われてこなかった産地、そして若い生産者を見出すことを意味する。
メニュー表を見ると『Lost Highway』や『Calypso』、『Freak Out!』など様々な映画や音楽からのインスピレーションを感じさせる文字が並ぶ。『Dark Arts Coffee』で扱うコーヒー豆には産地と別に付けられた、オリジナルの名前だ。先入観にとらわれず、コーヒーを味わうための思いが込められているのかもしれないと感じた。
実際にこのフィロソフィーを商品に落とし込むのが焙煎を担当するMamoruさんの役割だ。生産者から仕入れた豆をどうやって飲む人に届けることがブランドの目指すコーヒーの在り方を伝えられるのか。
「コーヒー豆って、それぞれの産地によってはもちろん、生産されたときの環境でも味が違って、そこに生産者の努力や工夫が出ます。たとえば、同じコロンビアでも、生産者によって全然(味が)違う。シングルオリジンの浅煎りが一番違いが出るんですよね。逆に深煎りにすればするほど苦味が強く出る分、豆の個性はなくなっていきます。(悪く言えば)焦がしちゃって、一緒になっちゃう。それってなんか(生産者が)可哀想だなあって」
『Dark Arts Coffee』が提供しているコーヒーは、スペシャルティコーヒーと呼ばれるものだ。一つの産地で生産された豆を混ぜることなく抽出することで、豆の産地によって生まれる味の個性を際立たせ、楽しむスタイルだ。コーヒーが持つ味のバリエーションの豊富さがダイレクトに味わえるうえに予想だにしない味と出会う可能性もある。ただ、〈Dark Arts Coffee Japan〉で提供されているコーヒーは、新たな発見を生むこと自体に特化しているという意味で、他のスペシャルティコーヒーを提供する店とも一線を画している。Mamoruさんは日本のスペシャルティコーヒー業界のことも踏まえて自身の焙煎で心掛けていることを話してくれた。
「オーストラリアから日本に帰ってきて思ったのが、スペシャルティコーヒーを出すお店は“ティーライク”な味が多いなということなんです。すごくお茶、紅茶に近い。もちろん、それはそれで美味しい。ただ、浅煎を知らない人が飲んだら『浅煎りってこういうお茶みたいな薄いコーヒーなんだ』で終わってしまうかもしれない。いろいろなフレーバーがあるのに、同じように浅く焼いて、違いが伝わりづらくなっちゃう。それじゃもったいない。僕は誰が飲んでも、豆の個性がわかるようなコーヒーを目指したいんです」
市場が確立されるうちにメインストリームの味が固定される。彼らにとって、あくまでスペシャルティコーヒーという形はコーヒーを通した驚きを提供するための“手段”だからこそ、メインストリームに捉われることはない。
市場が大きくなるほどネームバリューがあるところに人やお金が集中していく。だから、味が画一化されていくのはごく自然なことだ。それでも、小規模ながら良質で個性豊かな豆を作り続けている人がいることや、これまでに味わったことがないコーヒーが生まれる土地があることを伝えていきたい。〈Dark Arts Coffee Japan〉で味わう一杯には、こんな思いが込められている。
“開かれたクローズド空間”であること
〈Dark Arts Coffee Japan〉で飲むことができる、土地や生産者の個性が色濃く反映された、飲む人に驚きや発見を届ける「最高の一杯」。それは果たしてどのような人に向けて提供されるのか。更に言えば、そうした人たちはどういった形で彼らと関わりを持つのだろうか。
実際にお店へやってくる人について、店のマネージャーであるMayaさんが教えてくれた。
「葉山って夏は観光客が多いけど、冬はいないじゃないですか。やっぱり、メインは地元の人ですよね。 地元で通ってくれる人たちって、ほんとに幅広いんですよ」
事実、店を訪れるお客さんは非常にバリエーションに富んでいる印象を受ける。筆者が何度か訪れている時も、地元葉山に住んでいると思われる夫婦が朝早い時間に朝食をとっている様子を見かけたこともあれば、遠くから来たというコーヒー好きの一人客がふらりと訪れているのを見かけた。この光景は、Jacopoさんが考える〈Dark Arts Coffee Japan〉としてありたい空間、場そのものだ。
「いつでも、全ての人に開かれた場でありたいと思っています。これはロンドンにいた時から大切にしていることです。私たちのお店へ来てくれる人たちは、常に多様性に富んでいます。だからメニューもヴィーガンメニュー、グルテンフリー、非乳製品ミルクなど、さまざまなオプションを提供しているんです」
コーヒーに詳しくない人であっても、その味の違いに気づくきっかけとなって欲しい。新たな発見に重きを置く『Dark Arts Coffee』の豆が持つ個性が、全ての人にとってオープンな場であることを作り出している。
「結局のところ、一日が終わる時人々を惹きつけるものは美味しいコーヒーとその場の雰囲気に違いないと思っています。だからこそ、私たちはより多くの人が惹かれる、あらゆる人、様々な価値観が共有できるような空間を作ろうとしているんです」
Jacopoさんが描く〈Dark Arts Coffee Japan〉には、日常的な安らぎを提供する“カフェ”としての要素が重要であることだ。画一的な味ではなく新鮮さ、ある種の刺激を追求する『Dark Arts Coffee』のコーヒーは、どちらかといえば非日常的な喜びを提供する存在が理想に映る。ただ、自らが提供するコーヒーを通した知的好奇心や五感を揺さぶる体験は、あくまで日常の中にあって欲しい。そんな想いがあるのだと、筆者は受け取った。その実現のためにお店そのもののあり方も試行錯誤が繰り返されているようだ。
マネージャーとして〈Dark Arts Coffee Japan〉を支えるMayaさんがオープン当時のことを振り返りながら話してくれた。
「最初は、コーヒーがオーダーされないんですよね。まだ知名度もなくて、それに『何屋かわからなかった』って言われることも多くて(笑)。本当は食事も提供するつもりなかったんですけど。でも、この街でやっていくためにはいろいろ試してかないと、初めて入った人が足を止めたり、興味を持つ要素が必要だなと思って」
店内を見回すと奥には古着がかかっていて、キャッチーなデザインが施されたTシャツやマグカップも置かれている。実際に初めて訪れた人がコーヒーを待つ間、手に取っている様子をよく見かける。
「『葉山っぽくない』っていうイメージがあるみたいです。始めた頃はよく言われましたね。真っ黒い、外からもあんまり見えない、イメージ的になんか怖い感じ(笑)。こういう内装を『かっこいい』って言ってもらえることが多いんですけど、自分たちもそういう(内装に雰囲気がある)お店に入る時って、スタッフの方が“ツンケン”してる時が多かったんですよね。で、私たちはなるべくフレンドリーでありたいし、来てくれた人にフラットな接し方ができたらと思っていて」
独特の雰囲気がある店内は一見外から見ると入りやすくはないかもしれないが、不思議な居心地の良さがある。晴れた夏の日、昼間に訪れてもどこか一日の終わりを満喫できる。隠れ家のような安心感に近い。事実、〈Dark Arts Coffee Japan〉には、長時間滞在する人が多い。
廃材やアンティークのインテリアが並ぶ店内はJacopoさんが自ら手掛けたものだ。彼の言葉からは、創業の地であるロンドンの下町ハックニーから遠く離れたこの地で始めることについて、訪れる人の質や街の雰囲気から手ごたえを感じていたことがうかがえる。
「葉山は日本の中でちょっと特別な場所なんです。ここに住む日本人は外国人とコミュニケーションをとることに慣れています。海も山もあるとても美しい場所で、ここに住みたいと思う人がたくさんいますからね。この辺りに住んでいる人たちは東京へ通勤していて(ある程度離れた場所を敢えて選んで)海の近くの家を探して住む人が多いです。確かに、街そのものはイーストロンドンとは明らかに違いますが、傾向として近い要素がある。小さな街ですが、とても強い個性を持っています。そして、他にもインディペンデントなコーヒーショップがいくつかある。こういう場所ならうまくいくかもしれないと思いました」
国内外を問わず、魅力を感じた人が移住してくる場所。それは、ローカルコミュニティのようでいて多様性に富んでいて開かれている。中に入った人にとって非常に心地いいコミュニティだ。都心で仕事をして、リラックスした日常を送る場としての葉山は、〈Dark Arts Coffee Japan〉が提供する場としての在り方、そして提供する『Dark Arts Coffee』のコーヒー豆と相性が良かったことがわかる。
ブランドは思想のシンボル
掲げる理想を追い求めながらも、その実現のために葉山という地域の環境を見極めたうえで完成した空間が現在の〈Dark Arts Coffee Japan〉だとしたら、そこで提供されているコーヒーも日本市場へ向けて調整されている。巨大なマーケットを持つコーヒーという商材において、日本とイギリスでニーズや人々の好み、環境が大きく異なるからだ。Jacopoさんもそのことをシビアに捉えている。
「日本のコーヒー市場では、常に激しい競争が起きています。日本のバイヤーはとてもレベルが高く、他のどこでも手に入らない、非常に高品質な商品を揃え、市場価格も非常に高騰しています。そこで約3年前、私たちは競争力を高め、より高品質のコーヒーを焙煎し、提供するためにMamoruを誘いました」
イギリスとは異なる市場での競争力を持つためには、『Dark Arts Coffee』のマインドに共感しつつ日本の市場に精通した専門家の存在が不可欠だった。当時、都内の某有名コーヒーショップでバリスタをしていたMamoruさんに声がかかったのは、そうした経緯がある。
「 ロンドンで受け入れられるものが、日本では受け入れられないかもしれない。その逆もあり得るんです。コーヒーに対して求めるクオリティのポイントとか、届け方とか、全然違ってくる。だから、一応同じブランドなんですけど、(日本とイギリスで)それぞれ違うんですよね。あっちはあっちで仕入れたものをあっちで焼いていて、こっちはこっちで仕入れたものをここで焼いて提供しています」
ロンドンと葉山、それぞれ焙煎所としての機能を持っており、独立している。市場が違うからこそ提供するコーヒーも別だ。あくまでコーヒーを通して驚きや発見を与えること、豆が持つ個性や生産者、土地ごとの違いを伝えることが『Dark Arts Coffee』の理念だとしたら、自然とそれを実現するためのアウトプットはそれぞれの地の影響を色濃く反映したものになる。
こうした取り組みは、ファストフードチェーンへ行って、世界のどこでも大体同じような味が提供されていることとは好対照だ。生産者や年ごとによって変化する生産地の環境要因、そうした味の変化すらブランドの存在意義と結び付けられる在り方だからこそ、『Dark Arts Coffee』というブランドのアイデンティティはコーヒーの味ではなくコーヒーとの向き合い方といっていい。
追究し続けているものとそのために必要なこと。「最高に美味しいコーヒー」を実現するために集まったチームの合言葉ともいえることかもしれない。一見外からは何の店かわからない〈Dark Arts Coffee Japan〉のたたずまいは、理念に共感する人が集まる彼らの基地にぴったりだといえそうだ。
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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