“開かれたローカル”葉山の入り口、ヴィンテージバイヤーが始めたフリーマーケット
美しい景観と大都市へのアクセスの良さが人気を集め、移住者が増えている神奈川県葉山。そんな葉山で都内在住のヴィンテージバイヤー、EMIさんが主催するフリーマーケットが不定期開催され、地域の住民と外部が交流するプラットフォームとなっている。EMIさんの話を通し、葉山という土地の魅力、そして集まるヒトを紐解いていく。
街の内と外を繋ぐ、小さなマーケット
海水浴場として知られる、一色海岸から歩いて5分ほど。潮風が吹き抜ける急な坂道の途中、小高い丘の上に現れるのがセレクトショップ〈SUNSHINE + CLOUD〉だ。〈SUNSHINE+CLOUD〉の常連客であり、古着や雑貨のバイヤ―としてアメリカ西海岸と日本を往復する生活を送ってきたEMIさんが開催するフリーマーケットは、週末にお店の駐車場で不定期開催されている。EMIさんが運営するオンラインショップ『hemm』が出店する他、メンズのアメリカ古着、サーフボード専門のネットオークションサイトやデザイナーによる水着のブランドなどの出店者が不定期で参加。出店者には、東京都内や神奈川県の他のエリアを拠点としている人が多い。
「元々〈SUNSHINE + CLOUD〉さんのファンで、同じ空間でフリーマーケットをできないか、って相談したのが最初です。相談したタイミングで駐車場の拡大工事が決まっていて、社長の高須さんが駐車場でのイベント開催を考えていたことが良いタイミングでした。そこから高須さんが屋内と野外イベントを同時にスタートしてくださいました。その後、高須さんの元に出店を希望される方が徐々に集まってきました!」
葉山の海と、夏の陽射しがよく似合うヴィンテージデニムや鮮やかなハンドメイドの雑貨、アンティークのラグ等が並ぶフリーマーケットを見て回ると、どこか共通する空気感が全体に漂っている。お買いものに足を運んだ人が、いくつもの店で買いものをしたくなるような共通性がある。
実際に何度かフリーマーケットを開催するうちにこの場所で続けていくことに手ごたえを感じているという。
「来店される方は、〈SUNSHINE + CLOUD〉さんのお客様がメインです。葉山在住の方はもちろん、逗子、鎌倉、東京からのご来店も多いです。犬の散歩をしていて、何度か通り過ぎていた人がある時目が合って、そのまま足を止めてくれたこともありました。開催してみて、自分の好きなものや提案したいものが、この場所と通じ合ってきたなと感じることもあるので、そこは『よっしゃ!』って感じですね」
実は、EMIさんは葉山に住んでいるわけではなく、都内在住だ。東京のアパレル会社でバイヤーとして働きつつ、個人で買い付けた商品を『hemm』として販売している。ファッションの仕事をする以上、ヒトもモノもコトもハコ(店舗)も、あらゆるリソースが東京に集中しているのは間違いない。だからこそ仕事や生活の基盤を都内に置いているのはごく自然なこととは思う。そうした中、敢えて葉山で自身の場を持つに至ったのは、どういった経緯だったのか。
「ずっと、私の好きな世界観を好きな場所で体現するフリーマーケットをやりたいと思っていました。それをこうして、葉山という土地で葉山を代表するセレクトショップ〈SUNSHINE + CLOUD〉さんで開催させていただけていることに本当に感謝感激ですね。憧れてたお店なので。そこでずっとやりたかったことができるのは、本当にラッキーだったなって感じています」
元々個人的に好きだったお店があることから興味を持った葉山。それこそがEMIさんの思い描く世界観を実現する上で近い要素を持っていたということだろう。葉山という土地に感じていた魅力について、EMIさんはこう語っている。
「自然。 海も山もあるし、東京都とは明らかに違う空気があります。最初はそこが一番で、カリフォルニアに似ている印象を感じたところはあったのかもしれないです。あとは、『アメリカに住んでたよ』とか、『今子供が住んでるんだ』とか、そういう人がちょこちょこいるのも面白いですよね。そういう意味でもアメリカに“近い場所”だと思います」
果たして、EMIさんが体現したかった世界観とは果たしてどのようなものなのだろうか。
カリフォルニアのヴィンテージマーケットカルチャー
フリーマーケットを始めるにあたり、EMIさんが思い描いていたインスピレーションの源。それは、カリフォルニアのヴィンテージマーケットだった。
「アメリカで買い付けをしている時は、一人で車を運転してあちこちのマーケットとか、古着の卸業者を回ります。本当に色々なマーケットへ行ったんですけど、アメリカのマーケットは主催サイドのおしゃれな方々が、それぞれすごく世界観を作り込んでいるんですよ。テントの中がめちゃくちゃかっこよくて、オーナーの色が出てる。そういうのをやりたいなって気持ちはずっと、頭にありました」
日本のヴィンテージバイヤーがこぞって足を運ぶようなマーケットが各地で開かれている。有名なものでいうと、ロサンゼルス郊外で行われる『ローズボウル』が代表格だ。
一般の人も立ち入り可能で、筆者も学生時代にアメリカ西海岸を旅していた時、幾度となく立ち寄った。そういう場所へ行くと、まるで異世界へと迷い込んだ錯覚を起こしそうな手のこんだディスプレイが見られる。多くはオーナーの手作りで照明であったり、廃車を什器にしていたり、アートともいえるくらい独創的な看板を掲げていたり、そしてそういうお店のオーナーは多くの場合、本人が明らかに“只者ではない”アイコニックでエッジが効いたファッションに身を包んでいる。まるでいつかの映画から飛び出してきたような、ちょっと異様でとびきり目を惹く存在。クラシカルなワークウェアをシックに着こなしていたり、ヘンプを草木染にしたTシャツにベルボトムを履いていたり、テンガロンハットをからだの一部のように着こなしていたり。それぞれ違うけれど「これがこの空間のスタイルなんだな」と一目でわかる。
「何年か経つと、その人たちが路面店を出しているんですよね。古着屋だったり、卸だったり、新品やリメイクの服を作り始めたり。そういう人は、マーケットが始まりだと思います。アメリカのヴィンテージマーケットを通してお金とか、他人とのつながりを作っていく一つのカルチャーなのかなって思います」
メインは業者同士、プロ同士のやり取りであっても決して裏方に徹しない。あくまで自分の世界観を表現する。ファッション、ヴィンテージのプロであるからこそ、その世界観に共感した別のプロの元にわたって欲しい。何よりも、本人がその世界観や品物を好きだから生業にしている。ある種、「好きなことで飯を食っていく」仕組みがマーケットに成り立っていたともいえるだろう。
自ら販売までを手掛ける『hemm』は彼女にとって、会社での仕事と比べてより自身のやりたいこと、好きなことを強く反映したプロジェクトだ。古着業界は数年前に比べて市場価格、相場がかなり序列化されている上に、売れるものとそうでないものが明確に分かれている。会社では自身の好きな物というよりは売れるもの、人気があるもの、わかりやすいものといったものが優先的に買い付けの対象となる。それに比べ、より純粋に自身の感性を通したバイイングを行いたいというのが『hemm』をスタートさせた動機だ。そのプロジェクトの延長として、ほかの出店者と共に思い描いた世界観を作り出す。そして、その空間がハブになり、ブランドと地域の人をつなげるハブとなる。この点で理想とするアメリカのヴィンテージマーケットを忠実に受け継いでいる。
葉山という必然的な選択
EMIさんが自身のフリーマーケットを通して実現したいことは、彼女が思い描いた世界観を実現することだけでなく、自身の仕事のきっかけとなるような繋がりを生むことでもあるのかもしれない。とはいえ、自らの店として、自身の世界観を伝える場として、またファッションビジネスで近い感覚を持つステークホルダーを囲い込む場として位置づけていているのであれば、それは葉山でやる必要はないようにも思う。むしろ、人が多く利便性に優れた東京で場所を探す方がそれだけであれば効率的だ。
「正直、元々は自分のお店をやることにもあまり興味がなくて。アメリカへ移住して、現地で古着の卸の仕事をしていきたいと思っていましたが、色々あって渡米できる状況ではなくなってしまい、今、日本でできることをやろうと思って(フリーマーケットを)始めました。数年後にはアメリカに移住することになりますが、渡米した後も葉山と繋がっていられたらなって思っています。葉山はやっぱり人が良くて、土地からもらうパワーが大きいのと、私自身のスタイルが合っているなあって思うんです」
彼女の中では、このフリーマーケット自体で提供するコンテンツと同等かそれ以上に葉山という土地で行われていることを大切にしている。そのポイントは、彼女が感じる“他人との相性”だ。
「ここに来る方は自分のスタイルがある方が多くて、流行を気にしてないし、似合わないものは買わない。他人の意見も、聞いてないかな(笑)。もちろん、これはいい意味ですよ。『自分に似合うかどうかは自分で決める!』っていう気持ちが強い気がします。接客らしい接客はしていないんですよ。日常会話をしていく中で、話しが弾んで気づいたら気に入って購入して下さっている」
実際のところ、EMIさんのいうようなコミュニケーションが成立するのは「葉山だから」なのかは何とも言えない。ただ、葉山という土地自体が他人との比較とは別の軸で自身の好きなことを追究している人が多い土地柄であるのは間違いないだろう。本稿とは別で取材したロンドン発祥のコーヒーカンパニー日本支部〈Dark Arts Coffee Japan〉や、量り売りスタイルのクラフトブリュワリー兼角打〈15 Brewery〉、その他にもいくつかのローカルビジネス、ブランドが動いているがいずれもどこか商業的成功とは別のベクトルを追究しつつクオリティと独自性には確固たるこだわりを持ったオーナーが多い印象を受ける。
「心の余裕がある人が多いなあって思うんですよ。他人は他人っていうか。自分の好きなものがわかっているんですよね。だから私も無理やり言葉を繕ってまで接客をしてないです。ここにいると、みんな好きな時に自分の好きなタイミングでっていう流れを感じます」
東京に比べて、“流されない”余裕があるというところだろうか。
葉山は決して人が少ない土地ではない。もちろん、東京の繁華街とは比べものにならないが、都内の居住区エリアと比べたら人通りにさほど差がない。飲食店や商店もそれなりに選択肢があり、どの店にもある程度人が入っている。ただし、多くの人が同じ行動をするという“流れ”がない。土日の下北沢に行けば誰が店員で誰が買い物客か全くわからない雑踏の中、声を張り上げて売り出している。終電、始発の新宿駅には歌舞伎町から大量の人が足早に押し寄せてくる。ベッドタウンは朝、私鉄の駅に9時台だけ溢れんばかりの人が並ぶ。そういう“流れ”がないから、“流されない”のではないか。
ビーチで何をするわけでもなく人がのんびりとしていて、早朝からサーフィンをしたり、犬の散歩をしたりしている人も見かける。人が何をしているかというよりも、朝と昼、それぞれが一番心地いい過ごし方をその場その場で選んでいるように見える。
「太陽と共に暮らしてますよね(笑)。人が集まる場所といえば、ビーチくらいだし、クラブや繁華街みたいにみんなが同じ目的で集まる場所はあまりないのかな。夜はお店が早く閉まるから、家にいることが多いって聞いたこともあります。 朝を大切にしている人が多く、朝早くから動いてる方が多いと思います。何をしているのかわからないけれど、楽しそうな人が多いんですよ」
各々が個として好きなことをしているのがうっすら伝わってくる。それぞれの方向を歩いている。それこそがEMIさんの感じる“余裕”であり、好きを追求する人が集まる風土の根源とも言えそうだ。
対外型ローカル
葉山にいる人々が感じさせる“余裕”は果たしてこの地域固有のものなのか。日本全体を見ても、東京が特殊な環境であることは否めない。むしろ、これだけ人口が過密で情報とモノがあふれかえり、無意識のうちに他者を意識せざるを得ない環境の方が異質かもしれない。
「私自身、決して余裕はないんですよ。そうありたい気持ちはあるけど、実際そうもいかない。このマーケットも都内で仕事をしながらやっているし、生活拠点も都内なので」
EMIさんは生まれも育ちも東京都内だ。東京での生活とファッション業界という移り変わりの激しい環境の中でその環境と離れた場所に魅力を感じることは不思議ではない。
ここで特筆しておきたいのは、EMIさんが東京での生活基盤を保ちつつ定期的に葉山での活動を続けていることだ。東京都心から葉山までは実は約1時間半で移動できる。東京駅から最寄り駅の逗子駅まではJRで1時間程度。逗子駅から葉山まではバスで20分ほどかかるため、通勤圏には少し不便だが、決して無理ではない。休日の行先として考えればかなり気軽に往復できるだろう。
ファッションというテーマでいえば、東京の関係者やショップ、ブランドとリアルタイムでの関わりを持ちつつ、家の周辺では人の目を気にしないでいい適度なローカル感が維持されている。そういう環境を心地よく思う人が集まるからこそ、それぞれが自身の好きを追求しているのかもしれない。
EMIさんのフリーマーケットが行われている〈SUNSHINE + CLOUD〉も元々は東京に店舗を構えていた経緯がある。EMIさんとオーナー高須さんの交流は都内での仕事がきっかけだ。また、前述した葉山を拠点としている『Dark Arts Coffee』は都内のカフェへ焙煎した豆を卸したり、人が集まるコーヒーイベントへ積極的に出店したりと東京都のかかわりを通じてブランドの認知度を拡大している印象がある。
葉山という都心から一定の距離を置きながらも、気軽に移動できる絶妙な距離感が外に向けて“開かれたローカル”という特殊な環境を作り出している。だから、そのローカルの中に参加するヒトやモノは、必ずしも輪の中だけとは限らない。自身のスタイルを実現することを求めるヒトが土地特有の“余裕”を求めて集まって来る。
この地で生まれ育ったわけでも住んでいるわけでもないEMIさんのフリーマーケットはそんな開かれたローカルの入り口として機能している。近い将来、彼女の作った空間を通して、また新しいブランドや表現者がこの土地に根付くきっかけとなるかもしれない。彼女自身、そのことを意識しているわけではないだろうが。
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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