「聴いたことがない曲」に熱狂する、新たな音楽を目撃する場所―『BIRTH vol.9』ライブレポート
新進気鋭のバンドやアーティストにスポットライトを当てたイベント『BIRTH vol.9』が下北沢〈近道〉にて9月20日開催された。今回は、ベースミュージックを取り入れたネオミクスチャーバンドTyrkouaz(ティルクアーズ)、奈良発のラッパー8(エイト)、様々な音楽を独自のオルタナティブなうたものロックへ昇華したLovebuff(ラヴバフ)の3組。テイストもファン層も活動拠点も全く異なる彼らが見せたのは、聴いたこともないバンドに熱狂する、いつの間にか身体が動き出してしまう……そんなプリミティブな音楽体験の場だった。
ライブハウスで全く知らない音楽と出会う。実は、「ありそうでない」シチュエーションだ。リスナーがライブハウスへ足を運ぶ場合、多くの人は目当てのバンドがいるだろうし、そのバンドと関係性のあるバンドや音楽的に近接したバンドが集まってイベントをしている場合が多い。だから、どんな音楽かはある程度「心の準備」ができているし、「あのバンドに似ているな」とか「こういうのり方をする音楽だ」とか頭でわかっていることの「答え合わせ」を無意識的にしてしまう。
さて、そんな「ありそうでない」を体現するイベントが2023年9月20日、下北沢〈近道〉にて開催された。その名も『BIRTH vol.9』。『BIRTH』は、「新しい才能の誕生」をテーマにしたイベントだ。ジャンルや活動拠点といった枠を超えて新進気鋭のバンドやアーティストがブッキングされる。たとえ目当てのバンド1組を知っていたとしても、他の2組はそれまで一切接点がなかったような初見のバンドの初耳の音楽に触れることになる。
今回のラインナップは、ブレイクビーツやドラムンベースといったベースミュージックを取り入れたネオミクスチャーバンドTyrkouaz(ティルクアーズ)、奈良発のラッパー8(エイト)、様々な音楽のエッセンスを独自のオルタナティブな歌モノロックへ昇華したLovebuff(ラヴバフ)の3組。いずれも音楽ジャンルやライブ形態、ファン層や活動拠点、すべてが異なっている。それぞれかなり尖った音楽性や個々の表現者としての癖が滲み出ているアーティストたちであり、果たしてどんなイベントになるのか。想像もつかない組み合わせだけに開場直後の半分ほど埋まったフロアには、ある種の緊張感すら漂っていた。
Tyrkouazの音が生み出す、発散・自己解放の空間
この場に居合わせた多くの人にとって最も馴染みがない音楽をやっているのがTyrkouazかもしれない。ドラムンベースやブレイクビーツはクラブミュージックであり、(少なくとも日本国内では)ライブハウスではプレイされているのをあまり見かけない。この日彼らの音楽を初めて知った多くのオーディエンスは、驚かされたはずだ。それだけ、彼らの音楽に身体が自然に反応してしまう、ハイカロリーで高密度な空間を生み出していた。
ステージにはドラムセットとギターアンプが左右に配置され、双子の兄弟であるSoüta(Vo / Gt)とRent(Dr)が並び立つ。
いよいよライブが始まると、打ち込みありきの音楽であることを忘れてしまいそうなほど、鬼気迫るドラムが刻みつけ、金属的なギターが暴れまわる生々しいバンドサウンドが脳天を痛打してきた。掻き鳴らされるフレーズは単体でやけに耳に残る上に、無機質な打ち込みの音の中で挿入されるリフがやけに心地いい。
無機質・機械的という打ち込みへのイメージを気持ちいいくらいに裏切ってきたのはそのサウンドに加え、暑苦しいまでに人間臭い歌によるところが大きい。魂を震わすサビとダンサナブルでタイトなグルーヴが連動した“Crush Core”を最後の曲に選んだことは完璧な選択だった。ただ音に身を任せるだけではなくて、拳を突き上げサビをシンガロングしたくなるくらい、彼らの音と声は周囲を巻き込むエネルギーに満ちていた。
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実際のところ、当日のオーディエンスにはスマホで動画を撮影したり、最初は棒立ちで観ていたり、「大人しく」鑑賞している人が多かった。ただ、途中から少しずつ拳を突き上げたり身体を動かす人がちらほら目につくようになったことが物語っているように、彼らの音楽は、声を上げて、身体を揺らして、ビートに身を任せて己を開放することに神髄がある。
初見のオーディエンスたちを相手に、踊れて歌えて叫びたくなる、「発散の音楽」としてのポテンシャルを存分に見せつけたTyrkouaz。海外のレイヴの如く、フロアがもみくちゃになり、終演後はオーディエンスがメンバー同様汗だくでドリンクカウンターへ駆け込む……。そんな光景が見られる日はそう遠くないだろう。
自らのストーリーを描き、魅せる、8
大柄な体躯に黒ずくめのファッション、真っ赤に染め上げた短髪。出で立ちとは対照的なくらいにあどけない表情が印象的なラッパー、8。これまでは地元・奈良県を拠点に活動し、近年は大阪でのライブも行っているという。東京でのライブは初めてだそうだ。
不慣れな場でも、彼にはホームもアウェイも関係ないのかもしれない。8にはその場をホームへと変えてしまう求心力がある。
8の曲のビートは、ゆったりとしたグルーヴィーなものから、キャッチーでアップテンポなものまでアプローチの幅も広く、おしゃれで洗練されている。そんなビートとは対照的に一つ一つの言葉を力強く、不器用なほど丁寧に発していく彼のラップスタイルは、己がたどってきたストーリーと映画のように連動し、オーディエンスを惹き込んでいった。レイドバックしたチルヒップホップ風のビートに、繰り返す日々の遣る瀬無さや尽きない自己内省を綴ったリリックが乗る“夕暮れと街角”が会場の空気をがらりと変えたように感じた。その後は野望や葛藤、挫折から立ち上がる苦しみと希望を赤裸々に綴った”都会ど真ん中で”の出だしをアカペラで歌い上げ、アップテンポな“花束”、“163”へと繋げていく。ラストは代表曲でもあるキャッチー且つストレートなリリックが力強く突き刺さる”君と地球で”で締めくくった。
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8のリリックは、地元の奈良で音楽活動を続けながら思うようにいかない日々の苦しみであったり、掴み取りたい野望、葛藤の中で見失いたくないものを吐き出したような内容が一貫している。そうした感情は非常にパーソナルなものでありながら、聴き手に他人事で終わらせない、リアリティと共感性があった。
「現状と僕が持ってる熱量が釣り合わなくて、苦しんでたとき、東京の人もみんな僕と同じ顔してたんですよ」
本人がMCで語ったように、彼が抱えて吐き出す言葉たちは、実はこの場に居合わせた人にも通じる葛藤だったのかもしれない。だからこそ、彼の荒々しく吐き出すスタイルが目の前で語りかけてくるように、オーディエンスへ届いていたはずだ。
燃え滾る歌声とうねるグルーヴ、Lovebuffという超常現象
「おれら、音楽シーンの顔になるんで」
息遣い荒く、眼光鋭く言い放ったHiroki(Vo)の言葉を信じたい。初めてライブを観て、帰りの電車、風呂の中、翌朝の支度をしている間、耳から離れなくなる。そんな体験を久々にしたからだ。
Hiroki(Vo)、Makito(Ba / Vo)、Kohta(Gt)、Koki(Dr)の4人編成で活動するロックバンド、Lovebuff。ロックには様々なジャンルが存在するし、彼らの楽曲には様々な音楽からの影響が垣間見えるが、具体的に「○○のような音」と括ってしまったら、彼らはあまりに窮屈に思うだろう。メロディアスで親しみやすいポップさ、ささくれだった毒気、心拍数を上げるグルーヴ感……。一つの曲の中に違ったアプローチが共存していることもあるし、曲のなかにも多彩な表情がある。バンドという共同体が持つポテンシャルを一切出し惜しみせず、この瞬間にぶつけてきていることが伝わってくる混沌とした音の塊だった。
4人の表現の振り幅が存分に発揮された上で、ギリギリの均衡を保っているようなヒリヒリとした緊張感。それは、漫画『BECK』(ハロルド作石)に登場するBECK(Mongolian Chop Squad)のように、ようやく巡り合えたメンバーによる化学反応と言い換えられる。彼ら自身がそれを楽しんでいる様子が何よりも心強い。
R&Bシンガーとしての経歴を持つHirokiの歌声は、「本当に同じ人が歌っているのか」と思うくらい、様々な表情を見せてくれる。弾力的なベースラインが躍動するダンサナブルな“DYSTOPIA”でやさぐれた歌声を気怠く吐き棄てるように披露したかと思えば、うたものバラード“ハイザラ”では鳥肌が立つほどの情感を込めたソウルフルな絶唱を響かせる。
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この縦横無尽に暴れまわる怪物のごときフロントマンに負けず劣らず、バンド全体で創り上げるサウンドも強靭且つ変幻自在だ。「このバンドはどこまでやってくるんだ?」「次は何をしてくるんだ?」そうやって固唾をのんで見守っているうちに、夢中になってしまう。
気が付くと満員になっていた会場は、揺れ動き、歓声と喝采に包まれて終演した。
オーディエンスへと伝播していくステージの音と熱
最初は傍観者であったオーディエンスが、徐々にステージのバンドを震源地とした騒ぎの当事者として、巻き込まれていく。その様子が明確に体験できる一夜だった。
最初から熱烈に歓迎を受けたバンドが終始大盛り上がりの中ステージを終える日は、間違いなく大成功だ。観る側も演者も一番楽しい状況なことは間違いない。ただ、それ以上に聴いたこともない楽曲でいつの間にか身体が反応してしまうことや、心が動いて脳裏に焼き付いて離れないこと。そんな体験もまた非常にプリミティブで刺激的な音楽体験だといっていい。
この日ステージに立った3組の表現力、個々の魅力が際立ったからこそ為し得た現象だ。確かな爪痕を、この日足を運んだ人たちの心に刻み付けた彼らの今後にぜひとも注目したい。
撮影:大坪 侑雅
WRITER
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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