INTERVIEW

【Playgrounds Vol.1】3代続く老舗スポーツ用品店〈FUJIKURA SPORTS〉が、ひらかれた街のホットスポットになるまで

千葉県松戸市で創業77年を誇る老舗スポーツ用品店がアート、ミュージック、ストリートカルチャーをテーマにした遊び場として生まれ変わった。その名も〈FUJIKURA SPORTS〉。リニューアルから早くも7周年を迎え、国内外のアーティストやクリエイターに加え、地域に住む家族連れから80歳を超えるおじいさん、おばあさんも集まる交流の場となっている。どうしてこの場所は、これだけ多様な人を受け入れられる寛容なスペースとなっているのだろうか?

OTHER 2023.06.07 Written By ivy

若い世代はあらゆる音楽や、映画などのカルチャーをオンラインで手軽に享受するのが当たり前となった。その一方で、パンデミックや、実質賃金の低下など社会環境の変化でリアルな場でカルチャーを体験するハードルが上がっていると感じる。
しかし、次世代の表現者にとって、感性を磨く、地域に根付いたリアルな「遊び場」は大切な場所だったはず。

 

それは誰にも話すことができなかった好きなこと、興味があることを思う存分表現する場所であり、そして、普段身を置く学校や会社では見つからなかった仲間や、出会ったことのない見識や価値観をもった大人に出会う可能性を秘めていたからだ。この2点の役割を果たす場が、今の時代においても重要であることに変わりないはずだ。

 

そこで、本連載では、「今の時代における良い遊び場とはどういったものか?」ということや、「どのようにその場が生まれ、育まれていったのか?」ということを、当事者たちの証言から解き明かす。こうした「面白い兆しが見える場所」を取材し、紹介していくことで今、同時代で起きている様々な動きをつなぎつつ、それぞれの地域差に注目しながらこれからの時代、どのようなカルチャーが育まれていくのか、そのヒントを得たい。

何屋かわからない

東京駅から電車で30分の場所にあるベッドタウン、千葉県松戸市。約50万人の人口を持ち、住宅街として発展はしているが、恐らく住んでいる人以外にはあまり馴染みがない。

 

それもそのはず、松戸には遊びに行く場所がない。駅前は一見それなりの規模の街だが、どこか閑散としていて商業ビルも空きテナントが目立つし、ラーメン店はやたらと激戦区だが、逆にそれ以外は繁華街を歩いてみても週末だというのにあまり人が歩いていない。都心に好アクセスなベッドタウンという特性上、住んでいる人は東京都内で行動することがほとんど。「とにかく、市内で遊ぶ場所、人が集まる場所があまりない」、そんなことを取材前にも聞いたことがある。

 

〈FUJIKURA SPORTS〉は、そんな松戸で77年もの歴史を持つ老舗スポーツ用品店だ。現在も家族で営み、3代目店主、久也さんと妻の琴美さんが店に立つ。いざ、〈FUJIKURA SPORTS〉の前を通りがかると、こうした事前情報からは想像もつかないような店構えに面食らう。ピンクを基調にした天井の高い内装、店内の壁に並ぶスケートボード、スケートシューズ、ヴィンテージ古着、アナログレコード……。壁一面にアイコニックなペイントが施され、手作り感溢れるカウンターが鎮座する隣の冷蔵庫にはボトルビールが並ぶ。

取材を行ったのは、土曜日の午後。静まり返った週末の住宅地からは想像もつかないくらい店は賑わっていた。店先のベンチには近所に住んでいるという若いカップルと外国人のご夫婦が腰かけ、ビールを片手に談笑している。常連客だというシアトル出身のミュージシャン、Joeが到着するや否やギターをかき鳴らし、ゲリラライブが始まった。ほどなくして、ロシア人の2人組が遊びに来たが、彼らは現在市内に滞在しながら、アートユニットとして活動しているという。退屈なベッドタウンに住んでいる人、というステレオタイプからはこれほどかけ離れた情報量とバリエーション豊富な顔ぶれも珍しい。

 

「一体、何屋なんだ」初めて見る者はほぼ間違いなく口にするであろう情報過多な空間は、ほかでもない老舗スポーツ用品店〈FUJIKURA SPORTS〉の現在の姿だ。肩にかかるロングヘアが特徴的な久也さんにも、店の反響は届いている。

 

「目立った看板も掲げていないせいか、『入りづらい』っていわれることがあります(笑)。でも、そこからなんか気になってくれて覗いてくれるんですよ。あとは、車でたまたま通りがかって、覚えててくれて後日フラっと、みたいな。近くにある松戸市役所へ行くとき、偶然見つけてくれた人もいるみたいで」

 

何屋かわからないけれど、なんだか気になってしまう。そんな〈FUJIKURA SPORTS〉は、そもそも今の状態で何屋、というくくりにあてはめること自体がナンセンスかもしれない。

〈FUJIKURA SPORTS〉の創り方

久也さんの祖父の代から続く家業として、スポーツ用品や学校の遊具の取り扱い、跳び箱の修理、部活のユニフォーム製作などを行っている。そうした昔ながらの生業を受け継ぎながら、久也さんのイラストを用いたオリジナルのグッズ、国内・国内外のアーティストの作品、海外で買い付けた古着や雑貨、シルクスクリーンや刺繍の受注制作まで、新たな試みを続けている。久也さんが影響を受けてきたアメリカンカルチャーやアート、音楽、ファッションといった好きなこと。そして、企業・ショップのロゴやポスターのデザインを中心に幅広く活動する久也さんのクリエイターとしての側面。これらを店に取り入れた形だ。

 

「今のスタイルでスタートしたのが6年前だったかな。前は、昔ながらの街のスポーツ屋、って感じの雰囲気でした。内装とか外観をリノベーションして、少しづつ自分の色を出していくようになったのもその頃からです。元々、いつか好きなことを形にしたいっていうのはあったんだけど……。両親がずっと、祖父の代から続けてきた家業ですからね。これまで守ってきた店のスタイルとか、古くから店を知ってくれている地域の人とかお客さんを大切にしたい気持ちも強かったと思います。最初は家族からの反対もあって、実現まで葛藤はありました」

 

先代が引退するタイミングで、元々の〈藤倉運動具店〉から〈FUJIKURA SPORTS〉へ、内装も店そのものもリニューアルへと踏み切った。その時、久也さんの背中を押したのはパートナーであり、元々デザイン事務所で働いていた経験もある琴美さんだった。

 

「家業は学校関係など外商が中心だったのもあって、せっかく店舗を構えているのにお店に人が来ない、と当時の彼(久也さん)は少し悩んでいました。私の中で街のスポーツ屋さんって大型店と比べてしまうと少し古くて入りづらいというイメージがあって。実際、リニューアル前のお店は、天井が低く、什器も古く、事務所スペースには小上がりの畳があったり……。もっと店舗として何かできないかと考えました。松戸には、クラブやライブハウスみたいな人が集まる場所があまりなくて、自分たちにとっても、誰かにとっても楽しめる空間になれたらと思い『思い切ってお店を新しくリニューアルしよう!』と彼に伝えたんです。

 

あとは、彼はストリートカルチャーやアートやデザイン、音楽が好きで、見たり聴いたり触れたりするのはもちろんだけど、どちらかというと自分で創る側というか、彼自身が絵を描いたり、デザインをしたり創り出す側のタイプというイメージが私の中にありました。当時の仕事だと部活のユニフォームや学校行事のTシャツなど、オーダーいただいたデザインを製作することがメインで、彼のデザインでTシャツを作るということがなくて。彼が好きなものを取り入れつつ、店舗も仕事内容も全てに置いてアップデートしようという思いから、アート、ミュージック、ストリートカルチャーというコンセプトになりました」

店舗の改装工事は、完全DIY。店を切り盛りしながらレイアウトから材料の仕入れ、内装工事に至るまで、2人で何度も話合いを重ねてスタートしたDIYは、周りの友人の協力もあって、完成まで実に2年を要した。長い準備期間は、2人にとって、「人生の夏休み」ともいえる濃厚で実りある時間となったらしく、改装工事の直前には、店舗改装に必要なノウハウを学ぶため、ストリートカルチャーのルーツでもあり、DIYの本場でもあるアメリカへと向かった。アメリカ西海岸を中心に周り、小さな文具店からレコードショップ、スケートショップや古着屋、飲食店などその土地に強く根付いているカルチャーやアートにも触れた。現地のアーティストや様々な場所や空間で集まる人との新しい出会いも生まれた充実の西海岸滞在を、久也さんはこんなふうに振り返る。

 

「8年前くらいかな。ちょうどここを直す前くらいに行きました。周りの友だちも自分も80〜90年代のアメリカンカルチャーにすごく憧れがあって、音楽とか、映画とか、スケートとか、サーフィンとか。最初はカリフォルニアに行きたいと思っていたけど、DIY精神が根付いてる街って知ってからポートランドへ行ってみて、面白かったなあ。あとは、サンフランシスコも行きましたね」

 

タイミングとしては、日本においてポートランド発のカルチャーやローカルブランドが雑誌やメディアで紹介されるより少し前だった。だからこそ、目に映るものそれぞれが新鮮で店や人、景色など刺激を受けたものが鮮明に二人の中に残っている。久也さんもこのアメリカ滞在はよく覚えているようで、当時のことをさらに詳細に語ってくれた。

「もし、アメリカにあるような個性的な店が松戸にあったら、なんかすごいことになるんだろうなって漠然と思っていました。たとえば、ポートランドにある〈Cal’s Pharmacy〉とか、印象に残っています。薬局の息子さんがスケートにのめり込み過ぎて、お店の名前はそのままでスケートショップになっていて。外観とか内装よりも、そのストーリーが面白かった。他には、サンフランシスコとベニスビーチで行ったサーフショップの〈Mollusuk Surf Shop〉。ウッドデザインを基調としていて、店内にはツリーハウスがあったり、サーフボートの他には、アートポスターやレコードもあって。どちらにも共通して感じたのは、オーナーの好きなものが溢れてて、自由な発想の空間だったことですね」

 

店の背景から実際のコンテンツに至るまで、様々な旅先で受けたインスピレーションを咀嚼し、取り入れていった。今の〈FUJIKURA SPORTS〉が持つ、家業を受け継ぎながらも好きなものを取り入れ色々な要素が共存するスタイル。それは、これまでになかった店の在り方を新しい方向へと導く大きなきっかけとなった。

 

「結構俺、ミーハーだから行く先々で影響を受けるようなところがあるんだよね(笑)。だから、この街のこれ、とかあの時代のこのカルチャー、みたいに限定的なコンセプトには絞っていなくて。全体的にアメリカが好き、みたいなところがあるなって思います」

 

久也さんの言葉通り、好きなものや好きなこと、リアルな経験と人との出会い、訪れた様々な場所。そういった感性を動かす体験を二人のフィルターを通して形にしたものが〈FUJIKURA SPORTS〉の現在の姿に繋がっている。

共に創った仲間たち

店を創り上げていく上で携わったアーティストやクリエイター、友人や地域の人との出会いも、そういった体験を語るうえで外せない。きっかけは琴美さんの友人だった。

 

「アメリカへ行ったとき、ウォールアートを見てまわりました。日本では壁に自由にアートを描ける場所が少なくて、自分たちのお店の壁にアートが描かれていたらとても素敵だなって、いつか実現したいと思っていました。お店のリニューアルも終盤に差し掛かった頃、ちょうどその頃に私の友人が半蔵門にある〈ANAGRA〉っていう場所でアートと音楽のイベントに携わっていたんです」

 

そのイベントでライブペイントをしていたアーティストに強く刺さるものを感じ、声をかけたという琴美さん。店の壁面にアートを描いてほしいとお願いしたところ、快く引き受けてくれたアーティストが、MAHAROさんだった。店の左側に大きく描かれたFUJIKURA SPORTSの店名にスケートボードとギターを持ったキャラクターのイラストがMAHAROさんの描いてくれたアート。「お店のコンセプトやイメージを伝えて、何度もお店に足を運んでいただき、彼のテイストを入れて完成に至りました」と当時を振り返る。

 

「リニューアルオープンの時に、レセプションパーティーを開催したのですが、その記念すべき日にライブペイントをお願いしました。MAHAROさんが所属しているのがミュージシャンを中心にアーティストやクリエイターが集い始まったクリエイティブな集団で。彼のアーティスト仲間や友だちも遊びに来てくれました。その中にいたフランス人のデザイナーアーティストでアニメーションディレクターのAlexandre Osmoze Brakhaさんと仲良くなって。彼がショーウィンドウの壁にローラースケートの絵を描いてくれました」

 

店を創る過程で携わってくれた人たち。今の〈FUJIKURA SPORTS〉を語る上で欠かすことができない、人と人の繋がりがある。当時を思い出したように、もう一つ琴美さんがエピソードを語ってくれた。

 

「松戸には、〈PARADISE AIR〉っていう国内外の芸術家が滞在するアーティスト・イン・レジデンスがあります。そこに滞在しているアーティストとも交流があって。最初、2018年にご縁があって、バルセロナを拠点にしているアーティストのJoan Tarragoさんがお店の外壁にアートを描いてくれたんです。去年は、ロシアのAndrey Bergerさんがお店のシャッターのアートを描いてくれて。Andreyさんはロシアのストリートウェーブの代表的なアーティストなんです。あとは音楽ライブとか、ライブペイントとか、不定期でイベントを開催しているんですけど、そういうときにお店のコンセプトに共感してくれる人が自然と集まって来てくれたことにも感謝しています」

冒頭で触れたロシア人のアーティスト2人も、〈PARADISE AIR〉のレジデンス利用者だとか。このように、松戸というベッドタウンの場所柄もあるのか、新しく入ってきた人と周囲に住んでいる人たちとの生活が近い距離で、共存している。一方で、それぞれの人は共存している他者の生活が独立していることが多く、お互いの違いや魅力に気づくことが難しい。身近な場所にいながら、交わることがない文化や人へ目が向く場所として、〈FUJIKURA SPORTS〉が機能しているのかもしれない。松戸で生まれ育った久也さんには、幼い頃から成長を見守ってきたローカルのコミュニティもある。久也さんと琴美さんがこれまで過ごしてきた、「人」、「街」、訪れた場所、好きなものそういったものすべてが合わさってできあがったのが今の〈FUJIKURA SPORTS〉だ。

街の中と外、その境目に

当初こそ、松戸になかったものを、外部からのインスピレーションで創り上げた店だったが、意外にも今では街の中から得るものが多いことに久也さんは気づいていた。

 

「意外と近所の人が面白くて(笑)。デザイナーやミュージシャン、家具職人、学校の先生、美容師……(この街には)面白い人が住んでいるんだなあって思えたんですよね」

 

それは主に、前述した〈PARADISE AIR〉に滞在するアーティストたちや、近所に住んでいるクリエイター、音楽好き、古着好き。そして、それ以上に想定もしていなかった人たちがお店へ足を運んでくれたことについてのことだったが、琴美さんはハッと思い出したように付け加えた。

 

「普段こういう感じ(の雰囲気のお店)だと、年代が私くらいかちょっと下の人が来るのかなと思っていたら80~90のおじいちゃん、おばあちゃんが定期的に入ってくるんですよ(笑)。この間は編み物でハンドメイド品を製作されている80代のおばあちゃんがお店に興味を持っていらしてくれて、そうやって年齢に関係なく遊びに来てくれるのはすごくうれしくて」

 

思いのほか、近くにいた存在が気になる。〈FUJIKURA SPORTS〉をリニューアルしてから気づいたことだった。これは、元々の家業であるスポーツ用品店というルーツを残していたことに繋がってくる。

 

「上の世代の人たちは、それこそちっちゃい頃から、かわいがってくれていた親世代の近所の人も、気にかけてくれていて、お店の前を通る度に声をかけてくれて、遊びにも来てくれてます。未だに、『久也くん、こんなにちっちゃかったのに!大きくなって』って様子を見にきてくれるんです。それは、地元で長くお店を続けてきたいいところだなあ、と。俺がいうのも変かもしれないけど、祖父や両親のおかげかなって」

 

地域に根付いてきた家業を引き継ぐことは、営みの基盤であることに加え、地域との関係性をも引き受けることだった。想定外とはいえ、ローカルに根付いていく店の在り方として大切であることは間違いない。

とはいえ、こうした長年住み続けているお付き合いのあった住民たちにとって、〈FUJIKURA SPORTS〉が今扱っているサービスや商品へ馴染みがあるようには思えない。住民に限った話ではなく、世代や嗜好、コミュニティの外にいる人が店へ一歩踏み入れるきっかけは何なのか。

 

「音楽が共通言語であることは、間違いないですね。いつの時代も年齢関係なく音楽が好きな部分は一緒だなって思うんです。上の世代の人がレコードを持ってきて、自分の時代ではこういうのが流行っていたとか、下の世代の子たちが、デジタルの音源で、今こういうかっこいい音楽がありますとか、みんなから教えてもらうことがたくさんあって。これとか、近くに住んでるおじいちゃんが『いるときにかけてよ』って持ってきてくれたやつ。おじいちゃんたちは、レコードを持ってきても、針を落とすのは絶対に自分たちでやらないんですよ(笑)」

 

近所で喫茶店を営んでいる80代の男性が持ってきたくれたというレコードを数枚見せてくれた。往年のジャズやソウルミュージックは確かに、意外と見落としがちかもしれない。音楽から始まる会話は、元々付き合いのあった地域の人以外と関わる上でも当然ながら入口になる。当時高校生だった近所に住んでいるラップクルーRaf Scott Nationも同じくレコード棚が目に留まって会話したのがきっかけだ。久也さんにとっても音楽をきっかけにした会話の広がりには、手ごたえがあった。

 

「ちょうどレコードだけ先に買っちゃってターンテーブルを後から買ったんですよね。俺、収集癖がすごくて増えちゃって。そのおかげでDJの方がプレイしてくれたり、レコードを持ち寄って音楽の話で盛り上がったりいいきっかけになってますね。よく柏の(ディスク・)ユニオンにレコードを探しに行くんですけど、この前そこで初対面の外国人に『いいの持ってんな!』って話しかけられて、意気投合して(笑)。そうやって音楽から会話が始まるのは大きいと思うんです」

 

久也さんが店でかけるために置いているレコードのコレクション。カウンターの前にあるレコード棚で足を止め、結果として常連になった人も多い。

 

「初めてうちに来たら、まずレコードを見るお客さんが多いです。レコード見て、『レコード売ってるんですか』みたいな入りで。『売ってはいないけど、DJはできますよ』みたいな話をしたら、『実はDJやってるんです』って言ってくれることがよくあって」

 

松戸は、人口が決して少なくない街だ。一方で、人が集まったり、遊んだりする場所はあまりない。だからこそ、〈FUJIKURA SPORTS〉で会話をすることで、これまで関わりがなかった身近な場所にいる人の面白さや奥深さに驚かされる。

生まれ育ち、現在も住む松戸について、久也さんには思いがあった。

 

「松戸は、良くも悪くもベッドタウンですよね。基本的には街の外(東京)で遊んで仕事をして、ここには夜寝るために帰るだけみたいな。でも、ものづくりとか好きなことを追及している人、面白いことをしてる人、アーティストはたくさんいるんです。正直、今のままでもいいのかなって思うこともあるけれど……。若い子が遊んだり、地域の人が集まったりする場所がもう少しあってもいいんじゃないかなと思います」

 

この思いは、〈FUJIKURA SPORTS〉を創り上げていく上で、実は琴美さんも共有していた。

 

「私は、結婚を機に(地元の)横浜から松戸に引越してきました。私にとっては、松戸は新しい場所で、知り合いもいなければ友達もいない。土地勘もわからない。そんな中で最初に感じたのは、人が集まれる場所があまりなくて、だからこそ、遊び場というか自由に色々な人が出入りしてつながれるような場所が創れたらなって思っていました」

 

人が集まる場所、地域にいる表現者と繋がる場所であると同時に、外からのものに触れる場所でもある。街の外にいた経験があり、友人たちも街の外と繋がる2人がいるからこそ、その要素も強い。久也さんも今から20年ほど前、松戸を出ていた時期がある。

 

「ある日、友だちが松戸から柏に引っ越すタイミングがあって、一緒に遊んでいるうちに俺もそこにルームシェアで住み着いちゃいました(笑)。2000年代前半くらいですね。柏は今とそんなに変わっていなくて。ただ、古着屋の量がすごく多くて、人も多かったです。その時、20代の同世代の子が沢山いて。一番、っていっていいくらい盛り上がっていたんじゃないかな。そのあとは別の友達が恵比寿に住んでいたのでそこに移動して。その時はもう、ひたすら友達と遊んでました(笑)」

 

松戸へ戻ってきた理由は本人曰く「遊びすぎちゃって」とのこと。仕事と生活の安定を求めて地元へ戻ったときには、決して積極的な理由ではなく、今〈FUJIKURA SPORTS〉と築いている関係性とはほど遠かったかもしれない。

 

一方で、東京に住んでいた頃遊んでいた地元の友人たちが今になって松戸に戻ってきていたり、今でも遊んだり、関係性は大きく変わらないという。そうした中で当時の知り合いを介して一緒にイベントを開催したり、新しく店へ来てくれる人や、アーティストたちと交流することもある。

 

レコードや古着、ストリートカルチャー……。そういうこれまで久也さんが触れてきた好きなものを共通言語として街の外と中が繋がる場所。だからこそ、世代やジャンルの壁を越えて人が集まる「遊び場」となっている。

理想の遊び場

「最初の理想通りではあるかな、私のイメージとしては。もちろん、まだまだ満足はしていなくてお店としても、自分達もさらにアップデートし続けていきたいと思っていますけど。アート・ミュージック・ストリートカルチャーというコンセプトはブレずに、イベントや発信も続けていきたいですね。そこに興味を持ってくれてる人がお店を一緒に創っていってくれているんだと思っています」

 

琴美さんがこの6年を振り返った通り、〈FUJIKURA SPORTS〉には、自然と場を魅力的にしてくれるような人が集まってきている。もちろん、そうした人が興味を持つコンテンツがあることは前提にありながら、思いがけない出会いも多くあったに違いない。

 

事実、今のような形は、久也さんにとっても計画通りというわけではないようだ。

 

「自然と、こうなったかなって。結局、自分たちと似た感覚だったり、好きなものが同じだったり、求めてた人が来てくれたというのはあると思います(笑)DJイベントやれたらなあと思ってたらDJできる人がお店に来て、その友達もDJでクラフトコーラを作っていたり、(琴美さんが)デザイン会社の繋がりでクリエイター仲間も遊びに来てくれたり。みんなそれぞれがアンテナを張ってくれているからこそ気づいて遊びに来てくれるのかなっていう」

 

こうした経緯から、最近では久也さんの店に対するスタンスにも変化があった。

 

「今は来てくれる人に合わせていくことも増えた気がします。元々は自分が好きだったものを色々と取り入れていったんですけど、それ以上に来てくれた人が楽しんでくれる要素も大切にしたくて。その意味ではスタイルも少し変わってきたのかもしれないです」

ベーシックな家業を続けつつ、古着の買い付けやシルクスクリーンや刺繍の受注、デザインや看板製作、コーヒー豆の焙煎、カフェ、イベント……。盛りだくさんのコンテンツも、こうして増えてきた。時間や体力的な部分はかなり大変な部分も多いようだが、できることを自分たちでやるDIYで回っている。そして、それでも回らないときには周囲の人や店に集まる仲間の力を遠慮なく借りる。

 

目指していた理想の姿は、間違いなくできあがってきている。そして、それまでのプロセスには、必ず関わる人の力やアイディアとアクションが必要だったということだ。

 

取材の後、まだ賑わっている店を外から振り返った。一見、誰がお店の人かわからなくなるくらい、フラットで、その場にいる人それぞれが創り出す空間が見えた。〈FUJIKURA SPORTS〉には、久也さんと琴美さん、2人のこだわりや家業といった、店の核は残しながらも、自由に新たな要素を持ち込める「余白」が残されている。こうして、集まった人たちへ向けて手放された部分があったからこそ、来る人それぞれが当事者として「自分たちの場」という意識を持つ遊び場ができあがっていったのだ。

FUJIKURA SPORTS

 

営業時間:10:00〜19:00

定休日:日、月
Instagram:@fujikurasports

WRITER

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