
タイインディーの今を体現する、“怪獣たち”―『怪獣の夢』Solitude Is Bliss / MAKARA
タイ、チェンマイ出身のオルタナティブロックバンドSolitude Is Bliss(ソリチュード・イズ・ブリス)とタイの首都バンコクを拠点に活動するサイケデリックロックバンドMAKARA(マカラ)が2025年1月30日(木)、東京・青山の〈月見ル君思フ〉にて来日公演を行った。タイ国内のインディーミュージックシーンでは高い人気と一定のキャリアを誇る2バンドだが、共に初来日でまだまだ日本での認知度は低い。初めて生で目にする日本のリスナーとタイから追いかけてきたファンが入り混じった当日は、タイインディーシーンの“今”を体感できる空間が広がっていた。
天井を突き破りそうな熱気
初来日のアーティストによるダブルヘッドライナーツアー。決して「ない」とは言えないが、珍しい。Solitude Is BlissとMAKARAという2組によるこの日のライブは、まさにそんなシチュエーションだった。
2組は、共にタイのインディーシーンで活躍する4人組オルタナティブロックバンド。サイケデリックな味付けと身体を揺さぶるグルーブ感、タイ東北地方の伝統音楽モーラムの要素を感じさせるフォーキーなメロディーラインなど共通項も多い。バンドが持つ表現者としてのキャラクターは微妙に異なる一方で、互いに一体感をもって一つの場を作りだす。そんな、通常の来日公演では味わえない非日常体験が味わえる一夜となった。
実際、当日のフロアには、タイから駆け付けたと思わしきファンも多数おり、本当にここが日本なのか一瞬分からなくなるくらい、独特の盛り上がりを見せていた。踊り、騒ぎ、ステージからアーティストがジョッキを掲げて乾杯を促し、合唱が沸き起こる……。タイのライブシーンで繰り広げられている“今”の空気感で、〈月見ル君思フ〉の吹き抜けになったフロアが天井ギリギリまで満たされていた。
気まぐれでスリリング、MAKARAが纏う楽し気な狂気

吸い込まれていくかのように、そのショーに没頭する。ステージ上にいるアーティストがオーディエンスの五感を奪って放さない。約40分の持ち時間を目いっぱいに使って、そのショーマンシップと求心力、独創性に満ちたエネルギッシュなサウンドを見せつけた。
元々はQ(マカラ・ドルスックラード、Vo / Gt)のソロプロジェクトとしてスタートしたMAKARA。プロジェクト名義も彼自身のファーストネームからとられたものであり、現在はバンドとして活動している。そんな経緯もあってか、MAKARAというバンドは4人のミュージシャンによる集合体というよりも、それ自体一つの生き物であるかのような印象を受けるライブだった。個々人とは別にバンドが意思をもって気まぐれに動き回る様を見ているうちに、あっという間にステージが終わっていく。それは、圧巻の一言に尽きる。

彼らのステージは、Stone RosesやKula Shakerを思わせるレイブ×ブリットポップな“S word”でスタート。短髪に無精ひげ、大きなサングラスをかけたQのいかついルックスからは想像もつかないほど中性的な甘い歌声がフェイドインしていく。曲の終盤、オーディエンスのボルテージが上がり切ったところで、ギターが唸る。Led Zeppelinからの影響を公言している通りブルージーな音色を響かせつつ、これは2曲目からがらりと雰囲気が変わる布石となっていた。よりサイケデリック色濃く不穏な“Dancing”へと移ると、Qの声も何かが憑いたかのように妖気を帯びていく。タイ・イサーン地方の民族音楽を思わせるエキゾチックなリフが顔を出すと、もはや一曲目とは別世界に連れていかれてしまったように錯覚する。

その後もまるで遊園地のアトラクションかのように、彼らの息もつかせぬ圧巻のショーは続く。ジャジーにスウィングしつつシアトリカルに歌い上げる“The Matrix”や、前半をしっとりとタメておきながら後半は目まぐるしい変拍子で聴く者を翻弄する“Instead of World”など。一筋縄にいかないレパートリーの数々は「そう簡単に踊らせてなるものか」とばかりにニヤリと笑った実体のない生き物の姿を浮かび上がらせる。いずれも妙に中毒性があり、心地よくグルーヴィー。それでいて次の一手は何を出しているのかわからないスリリングさがオーディエンスを楽しませていた。
曲間、地鳴りのような拍手と歓声を浴びて満足げなメンバーたち。Qが「してやったり」とばかりにほくそ笑む様子がサングラス越しにも見える。すべての音が一つの生き物として一体化する。手となり、足となり、自由に動き回る。その一部始終が、音源で聴く以上に生々しく感じられた。
Solitude Is Blissの時に優しく時に毒々しいオルタナポップ

細身の身体にアイメークを施した風貌や鼻にかかった甲高い声が印象的なFender(Vo / Gt)と、小柄で可愛らしい笑みを浮かべながら変態的なリードギターで楽曲にフックをつけているBeer(Vo / Gt)。二人の強烈な個性を持つフロントマンが並び立つ構図は相当にアンバランスだが、楽曲やステージにはかなり安定感があり、オーディエンスは安心してその音楽に身を任せているようなライブが繰り広げられていた。

音楽性を一言で表すならキャッチーで、ダンサブル。バンド名をTame Impalaの名曲から引用しているだけあり、オルタナティブミュージックながらもポップさがあり、同時につかみどころがないシュールさを持ち合わせている。ポストパンクも、ネオソウルも、サイケデリックロックも呑み込みつつ、どれでもない。強いて言えば“異形のポップミュージック”、という塩梅だ。そして、彼らの音楽において特筆すべきは、そうした音楽性の中でも神髄が“歌モノ”であること。事実、ライブ中に度々合唱が起こり、日本人の来場者も楽し気に口ずさんでいた。

メロディアスながらも機械的で切れ味鋭いリズムがThe CribsやThe Vaccines、The Futureheadsら00年代のUKロックを思わせる“Background Noise”からスタートし、ラフで脱力感のあるローファイサウンドながらメリハリが効いたガレージロックをかき鳴らす“Pegion Catcher”へと続く。小粋なUKロック風味のナンバーでひとしきり会場を温めたSolitude Is Blissだが、中盤以降は徐々にバンドの“色”が濃くなっていく。Tame Impalaの影響が一際色濃いスペーシーでノスタルジックなシンセが豪勢に鳴り響く“ระบายกับเสียงเพรียก(Rabai Gub Siang Priak) Part 1”やファンタジックで多幸感に溢れたリフが反復される“Monsicha”など、会場の空気をがらりと変えるインパクトのある曲を一気に畳みかける。後半は、代表曲であるバラード”Just One Thing”、シューゲイザー調のノイジーなギターサウンドの中、牧歌的なほど穏やかな歌が浮遊する“Vintage Pic”という流れで締めくくった。
現地で彼らのライブを目にしたわけではないが、きっとお初のオーディエンスが多いことを見越した上での名刺代わりに組まれたセットリストだろう。序盤を知らない人でも入りやすい曲で固め、温まり切ったところで「らしさ」を見せてくれる。フロアも踊り、歌い、大いに沸き立つ中、初見の人もいつの間にかステージへと吸い寄せられていく。

聴いていると、ヴォーカルパートにも印象的なフレーズを反復する曲が多く、どこからともなくバンドに合わせて歌う人が現れていた。それがいつの間にかフロア全体の大合唱になり、瞬く間に場が彼らの色に染まっていく。歌詞も多くを語らず、受け取り方が委ねられているようなものが多いため、むしろ多くの人が自分なりに噛みしめているようだ。
彼らは、代表曲の一つである“Just One Thing”がYouTubeで1005万(!)再生されるなど、タイの音楽シーンでは相当な人気を誇っている。2013年に結成と10年を超えるキャリアもあり、今やタイインディーシーンを牽引するバンドの一つと言っていい。今回が初来日で、まだまだ日本のリスナーにはなじみが薄いが、彼らの音楽は確実にその日のオーディエンスに届いたのではないだろうか。そう思わせるだけの説得力を持ったパフォーマンスを見せてくれた。
先に登場したMAKARAが“没入型”、“劇場型”であるとするなら、Solitude Is Blissは“巻き込み型”とでも形容したい。縦横無尽に見る者を翻弄し、ひたすら己の世界へと没入していくエクスペリメンタル成分が強いMAKARAと比べ、DJプレイのように緩急が効いて心地よく踊れるセットリストは幾分の親しみやすさがある。かといって、ありきたりな商業主義を感じさせることは一切ない。国外の様々な音楽を独自に咀嚼したオルタナティブなバンドだ。ただ、それを一種のエンターテイメントとして純粋に楽しむための仕掛けも随所に感じられるパフォーマンスだった。
タイインディーシーン成熟のキーワードは“リスナー参加型”

これまで、タイは経済的にも、文化的にも東南アジア全体をリードしてきた。独立を維持してきたがゆえに国としての歴史の長さが群を抜いていることもあるだろうし、一早く経済政策に取り組んだ背景もあるだろう。これは、ユースカルチャーやポピュラー音楽においても言えることで数々の国際映画祭で受賞してきたアピチャートポン・ウィラセータクンやアジアの現代文学を代表する作家の一人であるプラープダー・ユンら国外にも影響力を持つアーティストを複数輩出している。また、ヒッピー、パーティーカルチャーの聖地として知られるパンガン島に代表されるレイヴカルチャーが根付き、『SUMMER SONIC BANGKOK』や『WONDER FRUITS』などの大型フェスが数多く催され、国内外の音楽に触れる土壌が伝統的にある地域ともいえる。
こうした背景からもわかる通り、タイは昨今注目度が上がり続ける東南アジアの音楽シーンにおいて、中心にしてハブとなるポテンシャルがある。実際、まだライブハウスがない(もしくは非常に少ない)周辺の国で活動しているバンドがツアー先にタイを組み込むことも、タイのレーベルからほかの国のバンドがデビューすることも既に起きている。
『怪獣の夢』は、そんなタイのシーンを象徴する一夜だった。オルタナティブな音楽であっても、一体感をもってオーディエンスが参加できる(非常にポジティブな意味での)大衆性を持ったバンドこそが熱狂的に受け入れられる。この傾向は、『SUMMER SONIC 2012』でいち早く日本に紹介されたタイインディーの代表格、Yellow Fangや近年タイの若者たちから支持を集めるTelevision Offといったバンドにも顕著だ。それと同時に、リスナーは新たな音楽への好奇心も強く、かなり変化球なアプローチにも食らいついてくる。非常にエネルギッシュでどん欲だ。
しかしこれだけのバンドがありながらも現地のリスナーやシーンの空気感も含めて魅力的なライブを見せてくれたアーティストとなるとまだまだ多くない。『怪獣の夢』はSolitude Is BlissとMAKARAという確かな力量のあるバンドが、同じステージで共演を果たしたことで化学変化的にタイの“今”を実現したライブになったことは間違いないだろう。この試みが今後日本のシーンやリスナーにとってどのような意味を持つのか、アジアシーンの盛り上がりとどう関わっていくのか。今後もその移り変わりを見続けていたい、そう思わせてくれるライブだった。
撮影:Krai Sridee
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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