集めてきたものが「大人」を形作り、終わりのない行路を照らす
もう帰れない場所や二度と戻らない時間は積み重なっていくが、変化を求める意思と行動力があれば、人生の選択肢が増え続け、世界が更新されていく。そのようないつまでも続く人生の行路の存在を感じさせてくれるバンドがいる。2010年に結成し、広島で音楽を紡ぎ続けている the Loupes だ。SHIN OKAHARA(Gt / Vo / Syn)、SOUYA TAMURA(Gt / Cho)、TAKUMI NAGASUE(Dr / Cho)、NAOKI OSAKO(Ba / Cho)の4人で構成されている。彼らにとって3年ぶりとなるアルバム『ほゝのEP』が、2020年8月31日にリリースされた。
温かみを含み、優しく爪弾かれるエレキギターと心地の良い合唱を取り入れた M1 “太陽のベッド”。そして「We got it / まだ間に合うかも / 祈りにも似た両の手をかざし」と声高に歌われる M2 “あ、人工衛星”のメロディラインに、幸せの形を模索する青年の姿を想像させられ、2本のギターとバスドラムの4つ打ちが絡み合うアウトロに思わず身体を揺らされる。1曲目から吸い込まれるように始まる2曲目を聴き終えると彼らのメッセージがじんわりと滲んでいることに気づく。
街の匂いや、人の心の動きに対して、常に五感を研ぎ澄ませている彼らの探究心と遊び心が序盤から顕在している。それは冒頭だけではない。このアルバム全体に「大人になること」についてのメッセージが散りばめられているのだ。30歳を迎え、彼らを取り囲む環境が少しずつ変わる中、自らが成熟していく過程をこの作品に収めたのではないだろうか。成熟していく中にも、変わらないものはある。それは自分たちの核となるものを持ち続けていることだ。いつかは終わる人生の中で、人々は百人百様の日々を送る。決して楽ではない道程の中で、「好きなもの」に心の拠り所を見出していく人たちもいるだろう。the Loupesにとってはそれが「音楽」だった。彼らが夢中になった音楽を咀嚼し自分たちの新たな表現へと変化させる。この作品にはゆらゆら帝国やFISHMANSが見え隠れしているように感じたのだが、「その時々の音の潮流に流されること無く、自分たちの音楽を作り続けてきた」と思いを綴っている彼らからは、好きなものを「好き」と言い続ける意思の表れも伝わってくる。
M3 “にほひ”は、低音域にしっかりとした芯があるベースの音作りが印象的である。自由に動き回るベースフレーズと少し後ろにリズムがもたれかかっているドラムは、夜の街を自由に歩きながら過去のことを回想し、現在の自分の位置を確かめたくなるような気分にさせてくれる。「思い出しそうになって不意に蹲る / 叫びだしたっていいよ / 走り出したっていいよ」。好きだったことも嫌だったことにも「匂い」がある。それらはやがて記憶になり、その忘れられない匂いと共に私たちは生きていく。
「大人になりたくない」と声高に歌うバンドも多い。しかし the Loupes はむしろ、「大人になりたい」からこそ、過去のことも振り返りながら歌い続けているのではないだろうか。広島という都市でイベントを精力的に行いながら、the Loupesに関わる人の波をつくり、常にユニークなアイディアと共に音楽を鳴らし続けてる。そんな彼らが吹かせた風と、街や人が生み出す風の中に彼らは身を置いているのではないだろうか。温かくて少し儚さを含んだ彼らの音楽は、新しく始まることへの高揚感となにかが終わることへの儚さが混在する春と、一年の終わりが近づいていることを感じさせ、自分を見つめ直したくなるような秋。その少し感傷的な気分になる2つの季節の訪れを告げる風のようである。
幼い頃、筆者は曾祖母がいたこともあり、よく広島市に旅行していた。あの時、キラキラしていた流川通りの灯りは、夜の街のギラギラだったと今は知っている。これまでの人生で集めてきたものや知ったもののすべてが良い方向に働いているわけではない。しかし、現実を知ることは理想を探す時の道標にもなるのではないだろうか。M6 “リーダー”にてシンプルな言葉で歌われる「父さん父さん / 俺はもう / 後悔後悔しないよもう」というメッセージが私たちの小さなためらいを洗い流してくれるようだ。『ほゝのEP』は「大人になること」が生み出す無数の可能性を謳い、新たな道筋を照らしてくれるような作品である。
WRITER
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1994年生まれ、鳥取県育ちの左利きAB型。大学院をサッポロビール片手に修了。座右の銘は自己内省ポップ。知らないひと Gt.Vo
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