ソロで活動していた京都の５弦ギター使い The Shinkos が、2019年にバンド The Shinkos Trio を結成。2020年4月23日に1st アルバム『Play Chimera』を世に放った。１弦を外した変則チューニングのギターから放たれる雄大なサウンドと、優しく包み込むメロディで物語を奏でてきた彼が、けーた（Gt / Cho）と武村彩音（Dr / Cho）の２人をバンドメンバーに迎え、楽曲をより立体的に、そして多彩なアプローチで表現している。３人のゲスト・ミュージシャンも同アルバムに参加しており、彼らの門出を引き立てている。

何歳になってもアルバムの１音目は筆者の五感を刺激する。力強くベースコードが鳴らされ、緊張感と期待感が一気に押し寄せる。続いて、少し気怠く高音弦が鳴らされた直後、ブラシ・スティックの歯切れの良い打感と共にスネアのロールが始まった。アルバムのスタートを鳴らす “If Only I Could Know Your Mind” は、スティックを振り下ろす瞬間の風を切る音すらも聴こえてきそうな空気感に包まれている。バンドサウンドによって、音が織りなす風景がより立体的になり、３人のフレージングの絡みが、楽曲へ躍動感を与えている。

作品全体から溢れ出る彼らのこだわりはなんと言っても「周りに存在するあらゆる音に寄り添った多彩なアプローチ」ではないだろうか。フォーク・サウンドを基調に、The Shinkos がソロ時代から達観していた楽曲の持つ懐かしさや美しさは、バンドサウンドになっても顕在しており、そこに２人のメンバーが、R&Bやエスニック音楽などのさまざまな音楽ジャンルの要素を追加することで楽曲の表情をさらに際立たせている。そして、遠くからかすかに聞こえてくる生活音や環境音など、一般的にはノイズと呼ばれるものすらも、聞き手の耳を惹き付ける録音へのこだわりとして楽曲の中に落とし込んでいるのだ。

アコースティックギターと歌からはじまるM3の “25” において、その精神性が伺えるさまざまな音が聞こえてくる。例えば、コードチェンジの際の「キュッ」という音すらも物語の一部分として内包されている。本来不要と捉えられ、ミックス作業において消すこともできる音を効果音的に入れることで、ライブさながらの臨場感をつくりだし、「ありのまま」のサウンドを閉じ込めている。曲の中盤にさしかかると、音がいくつもせめぎ合うかのようなリバースディレイの響きが私たちを神秘的な世界へと誘い出す。目を瞑り、幻想的な音の波の中に身体を預けていると、深く長いリバーブがかかったバスドラムが力強く踏まれた。その瞬間、はっと我に返った。このバスドラムの入りからさらに様相を変えた楽曲は、四季を超越し、時間の流れを忘れてしまうほど壮大な夜空が広がっているかのような風景を想像させる。

日常生活を送る中で、私達は時には旅に出て、非日常的な風景に出会い、時間を忘れてその風景を目に焼き付ける。そのような日常と非日常を行き来する様を１曲で体感させてくれる彼らの感受性と創造性が私たちの琴線に触れる。

コーラスワークが美しくメロディと絡み合い、アットホームな雰囲気を醸し出すM6 “Ideal Romance”。アウトロで、突如として始まるカオスなパートは、平穏な一日が、次の日もおとずれる保証はないことを教えてくれているようだ。常に隣り合わせな安定と不安定。ただ、苦しい日々が続いたとしても止まない雨がないように、いつかは平穏が戻ってくる。私は、最後の混沌したパートから、そのような逆説的なメッセージを受け取った。そんな予定調和を崩したような景色を見せてくれる楽曲で、彼らの最初の旅路を詰め込んだアルバムは締めくくられる。生活の中のあるあらゆる音を作品の一部として迎え入れた楽曲たちは、聴くたびに新たな発見があり、聞き手が受ける印象もその都度変化するような表情に富んだ作品である。