COLUMN

「やり尽くし」の限界を突破する、94歳のイーストウッド『陪審員2番』―考察しない映画評 #2

MOVIE 2026.04.01 Written By 千田

(C)2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.

突然ですが質問です。最後に乗った新幹線の座席位置を覚えていますか?

 

何号車?何列目? どうせ覚えていないでしょう。私の勝ちです。

 

今日はそれくらい “印象の薄い映画” がテーマ。少し語弊がありますね。細部は覚えていないけれど、映画体験自体はべっとり脳にこびりついているんです。

 

連載2回目。「2」にちなんで『陪審員2番』(2024)という映画の話をします。

 

考察しない映画評 #2
『Juror #2』(2024年)

映画、テキスト、考察——。
世はまさに大考察時代!

 

しかしながら、吐きそうなくらい中途半端な品質の「考察」がネットの海に捨てられているのが現実だ。いっそのこと「考察」とやらを手放して、極めて私的な感想文を書き綴れ! というのがこの連載の趣旨である。

 

「俺の主観か?欲しけりゃくれてやる。探せ!!!!」

前回とりあげた『すばらしき世界』に比べると、やや知名度は劣りますが、実はクリント・イーストウッドの監督作です。なんと日本では劇場公開が見送られていましたが、幸いにも現在U-NEXTでのみ配信されてます。

 

『陪審員2番』というタイトルから分かるように本作は法廷モノ。会話が基本です。

どちらかといえば地味な部類の映画です。というかイーストウッドの映画は全部地味なんですよ。ギターが火を吹くわけでもないし、怒ってシンバルを投げつけてくるハゲも不在。馬鹿みたいな長階段の前で踊ることもないし、もちろん雨にも唄わへん。

 

地味というのは語弊がありますが「あの映画ね!!!」というみたいな名刺代わりの奇怪なワンシーンが無いのです。日本のマーケットでウケなさそうだなと劇場公開を怯んでしまう配給の気持ちも少しは理解できます。

 

それでも、『陪審員2番』は面白かった。

 

見終わってからもしばらく黙り込むくらい衝撃的だった。新幹線の座席位置なんて1ミリも覚えてないけど、その旅行の印象が鮮明に脳に残っているのと同じです。

 

そういう「地味」な映画、どうせみんな好きじゃないですか。

「奇跡」(ただし悪い意味で)

日本劇場未公開作品なので、簡単にあらすじを紹介しましょう。あくまで予告編程度のものです。ご安心ください。

妻の出産を控えた青年が主人公だ。幸福のただ中にいる――はずなのに、ひとつだけ厄介な予定が割り込む。陪審員に選ばれてしまったのだ。面倒ごとは早く適当に片づけて、是が非でも家族と過ごす時間を確保したい。

 

扱う事件はいたってシンプルな殺人事件だ。豪雨の夜、山中で女性の遺体が発見されたのだという。被告席にいるのは、筋骨隆々で刺青だらけの、いっっっっかにも悪そうな兄ちゃん。

 

この犯人と生前の被害者の女性はカップルだったという。とあるバーでカップルが楽しく飲んでいたが、痴情のもつれで激しい口論になり、女性は店を飛び出した。傘も差さずに豪雨に打たれながら、彼女が山沿いの道路から徒歩で帰ろうとする姿を、多くの人が目撃している。

 

翌朝、女性の遺体が発見される。被告席には揉めてた彼氏。しかも悪そう。状況証拠だけ見れば「激昂した恋人が殴って殺して捨てたんだろう」という筋書きに落ち着く。

 

……という事件の詳細は、裁判官や弁護士により口頭で説明される。にもかかわらず、主人公の青年にはその日の情景が手に取るようにわかる。というより思い出した。

 

「せや!俺あの日そこの店おったわ!!!」*

編集部注1:こんなに関西弁じゃないです

へーそうなんや、あのお姉ちゃん死んでもうたんや。気の毒になあ、と呑気にスナック感覚の追悼をしている矢先、陪審員に現場写真が見せられる。見覚えのある道だ。

 

「ちょちょちょちょちょ、ちょ待ってや」**

編集部注2:ニュアンスはだけは合ってます

雨の中にしゃがみ込み、不可思議な顔で凹んだバンパーを撫でる自分の姿がフラッシュバックする。その時は鹿でも轢いたんだと思った。

 

「ほな、あの日ぃ自分が轢いたんは……」***

編集部注3:もういいです

主人公の青年は、最悪な偶然の連鎖で“加害者側”になってしまう。しかもそれを、自覚しないまま数ヶ月を過ごし、ある日ようやく点と点が繋がる。

 

「自分がやりました」と言えるわけがない。妻子がいる身だ。だが被告の冤罪を見過ごすこともできない。他でもない自分の責任なのだから。

 

自己保身と罪悪感の板挟みに苦しみながら、彼は陪審員という微弱な立場から、被告劣勢の裁判を覆そうと試みる。

成立要件はたったの2つだけ

以上がこの映画の簡単なあらすじ。事実が次々に提示され、発言が積み重なり、状況が悪くなる。目を泳がせながら会話をして、肝心な場面で口を閉ざす。そういう飾りのない裸一貫のリーガルサスペンスが繰り広げられる作品です。

 

注目すべきは「この映画の成立要件がたった二つであること」です。

(C)2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.

ひとつは陪審員制度という舞台装置であり、もう一つは罪悪感です。主人公の罪悪感が物語の推進力になっています。二つ。たった二つです。政治的な主張があるわけでもなく、新たなテクノロジーの弊害を訴えるわけでもありません。

 

たしかにスマホやネットも小道具として作中に出てきますが、最悪なくたってどうにでもなるでしょう。争点となるのは轢き逃げですが、過失の原因は雨で視界が悪かったからです。工業製品としての四輪車である必要はなく、馬に乗ってても成立する事故でした。現代劇ではあるものの、現代劇である必然性はない。

 

つまり究極的に言えば、この物語は「陪審員制度」のあった13世紀の時点で作ろうと思えば誰でも作ることができたのです。

筆者注:マグナ・カルタを根拠に13世紀と言い切っていますが、解釈次第では古代ギリシャくらいまで遡ることもできます。

以下、本編の内容とはあまり関係のない話が展開されます。
ネタバレはありません。

目指すは人類未踏の地

前置きが長くなりましたが、ここからが完全に私的な話。

 

僕自身はずっと何者かになりたかったんですよ。そしてご覧の通り笑えるほど何者でもない。19歳を過ぎて芥川賞を獲れなかった時点でうっすら勘づいていたのですが、驚くほどの凡人であり、27歳を過ぎても恥ずかしげもなく能天気に生きている。

 

それでもやっぱり「作る側」への憧れを捨てきれずに、昼間に広告の仕事をしながら、今もこうして毒にも薬にもならない文章を書いて何者かであろうとしているのです。本当にみっともない。

 

そんなコンプレックスや羞恥心を抑えて、「作る側」として意見を言わせてください。それは「世の中、これ以上やれることあんのか???」です。

 

完全に成熟しきっている。そういう閉塞感で息が詰まりそうになるんですよ。だってそうじゃないですか。古今東西で面白い作品が溢れている。ちょっと思いついた程度のものは他の誰かがもうやっている。それも100年も200年も前に。

 

気が狂いそう!!!

 

いやちょっと待て、「気が狂いそう」もブルーハーツがすでにやっている。何言っても駄目だ。八方塞がりで頭が重い。

 

新しいことをやる余白の土壌なんて、もうどこにも無い気がする。生産者になることを諦めて、過去の傑作を消費することに生涯を捧げる方が幸せなのではないだろうか。これは2026年だからでしょうか。それとも僕自身だけの問題でしょうか。そういう弱音を、特に誰にも見せることなく胸中に抱えていましたが……

 

あるやん。まだやれること、全然あるんやん。

 

『陪審員2番』で思い知らされました。ある!全然ある!!

 

800年越しに新しいモノをつくったオッサンがいる。否。おじいちゃんである。公開当時イーストウッドは94歳。いや94歳?!

筆者注:脚本はイーストウッドではありませんが、そんなくらいではもう大きな瑕疵にはならないでしょう。

さらに言えば、イーストウッドはこの数十年間ずっと「罪悪感」や「裁き」をテーマにしてきた作家です。それでもなお、94歳にして自分の手癖に飽きることなく新しいアウトプットを出していることに驚愕します。

 

すっごいやん。

 

もういっそ平易な関西弁でまとめさせてください。文字数が増えたらどうにかなるものでは無い気がしてきました。すごい。すご過ぎる。

 

『陪審員2番』という映画そのものの面白さも去ることながら、それとは別に「閉塞感を打ち破って新しいものを作った」という事実が、僕自身にとっては大きな衝撃でした。

 

まだやれる。人類はまだまだおもしろの限界に辿り着いていない。

 

もちろんその次なる一手が僕であるとは限らないし、そんな大それたことを断言するほどの図太い神経があるなら、とっくにもう何者かになれているでしょう。

 

けれども、視覚に頼らないで「言葉」や「言語」に起因するエンターテイメントは、この先も更新され続けるのだという確信に近いものが残りました。いったんはそれだけで、僕は十分に嬉しい。

▼余談のさらに余談

主演はニコラス・ホルト。本当に良い仕事をしていました。すげーーー!

 

ジェームズ・ガン版スーパーマンでレックス・ルーサーを、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でニュークスを演じたイギリスの俳優です。毛がある役でも迫力がすごい。マッドマックスで思い出したけど、ジョージ・ミラーも80歳近いのに現役で映画を作りまくってる。なんなんだろう。本当にどういう理屈なんだろう。

これまでの「考察しない映画評」

 

この連載について

映画、テキスト、考察——。 世はまさに大考察時代!

 

しかしながら、吐きそうなくらい中途半端な品質の「考察」がネットの海に捨てられているのが現実だ。いっそのこと「考察」とやらを手放して、極めて私的な感想文を書き綴れ! というのがこの連載の趣旨である。

 

「俺の主観か?欲しけりゃくれてやる。探せ!!!!」

WRITER

RECENT POST

COLUMN
煌びやかな非日常ではなく、役所広司が見せる地味でつまらない丁寧な生活『すばらしき世界』―考察しない映…

LATEST POSTS

COLUMN
「やり尽くし」の限界を突破する、94歳のイーストウッド『陪審員2番』―考察しない映画評 #2

映画、テキスト、考察——。世はまさに大考察時代!しかしながら、吐きそうなくらい中途半端な品質の「考察…

COLUMN
【2026年3月】今、西日本のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「各地域のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」このコラムでは、西日本エリ…

INTERVIEW
美容室と雑貨が合わさり人が集う、 甲府のゼネラルスポット『Yauch』

山梨県甲府市に位置する〈Hair Salon & General Store Yauch〉。2024…

INTERVIEW
甲府のカルチャーを耕す根城『文化沼』

甲府を訪れたら足を運びたいと、長らく機会をうかがっていたのが『文化沼』だった。U-zhaanやあだち…

ART
INTERVIEW
何をやっている人?油売ってます!-諸国調味料探訪 カミヒラヨウコが語る ウクレレ・甲府・サンラー

口に入れるとぶわっと広がる朝天唐辛子と花山椒による爽やかな麻辣感。その直後に野菜や干しエビによるうま…