編み物の魅力は「人とのつながり」?——映画『YARN 人生を彩る糸』レポート
ふと乗り込んだ電車の車内。見渡すと、斜め下を向きスマートフォンを眺める人ばかり。かく言う自分もその中の1人で、何を見たいわけでもないのに、気づいたらスマートフォンの小さな画面を見てしまっていることがあります。
みさなんはスマートフォンから広がる世界はどこにつながっているのか考えたことはありますか? みんな、どこにいる誰とつながっているのか、私たちは目には見えないインターネットの世界で、目には見えない「つながり」を必死に探し続けています。インターネットによって時間・空間的な距離はもはや無くなりましたが、同時に人との心理的な距離を感じることも多くなったのではないでしょうか。
人と関わる、人とつながりを持つこと。これは今を生きる人々にとって、大きな課題のように感じます。
この問題に、身近にある「編み物」を通じて新しい見方を与えてくれる映画『YARN 人生を彩る糸』が公開されます。
『YARN 人生を彩る糸』って、どんな映画なの?
YARN、あまり聞き馴染みのない英語ではないでしょうか。【YARN(ヤーン)】とは、糸のこと。名詞として「織物や編み物に用いる糸」という意味があるほか、動詞としては「面白い冒険談をたっぷり話す」という意味を持つ言葉です。
近年、ハンドメイド作品を購入できるアプリがすっかり浸透しており、さらには全国各地で手づくり市が開催されるなど、人の手しごとで作られたもの=クラフトがブームとなっています。このクラフト・ブームは世界的なもので、地球上のあらゆる土地でその土地に根ざしたクラフトが人気となっています。
本作は、そんなクラフト・ブームの渦中で活躍する4組の”編み物”アーティストが、糸=YARNを紡ぎ、編み、表現する姿を、丁寧に丁寧に追っていくドキュメンタリー作品となっています。
カラフルな糸とアニメーション、ポップでかわいいドキュメンタリー
まず声を大にして言いたいことは、この作品は糸を紡ぐことで表現するアーティストたちの芯に迫るしっかりとしたドキュメンタリーでありながら、ポップでかわいくて、とっても楽しめる作品であるということ!
ドキュメンタリー映画と聞くと、どのようなイメージを持たれるでしょうか? もしかしたら、小難しくて退屈、眠くなってしまうという方もいるかもしれません。何を隠そう筆者もドキュメンタリー作品に親しんできたわけではありませんでした。しかし、この映画には強く引き込まれ、あっという間にエンドロールにたどりついてしまいました。
その秘密とは? それは、アーティストの思いをポップに楽しく表現するために施された2つの仕掛けにあります。
まず1つ目はアニメーション。今作が長編デビューとなるウナ・ローレンツェン監督はアニメーション出身の映像作家で、彼女によるカラフルで遊び心たっぷりのアニメーションが作品中にたくさん登場します。テーマである糸・編み物をふんだんに使ったアニメーションがかわいいのなんのって! まるで魔法をかけられるように編み物とアーティストたちの世界に連れていってくれます。そしてポップなだけでなく、アーティストの物語にさらなる深みと味わいも与えているところがすごいところです。
YARNの世界へと観客を誘うしかけはもう1つ。それは、ナレーション。アメリカのベストセラー作家、バーバラ・キングソルヴァーによる短編小説「始まるところ」の朗読が随所随所に差し挟まれ、それがまたやさしく、穏やかな詩的風景を広げてくれるのです。
撚り合わさり編みこまれるアニメーションと朗読。主役である4組のアーティストたちの物語をゆるやかに、でも確実につなぎ、ドキュメンタリーをエンターテインメントに昇華しています。あっという間の76分間がそこにはあります。
「人と繋がりたい」——4組の”編み物”アーティストたち
では、気になる主役となる4組のアーティストはどんな人たちなのか、簡単に紹介したいと思います。
1人目は、アイスランド生まれの”ヤーン・グラフィティ・アーティスト”、ティナ。かぎ針編みアーティストとして活動する彼女はやがて、ずっと家の中にあった女性の手しごとである編み物を、街に引っ張り出す=ヤーン・グラフィティを始めます。道路標識のポールや塀など、街中の公共物に編み物を施す活動を世界各地で住民と関わりながら行う彼女がヤーン・グラフィティに込めるメッセージとは。
2人目は、ポーランド生まれのかぎ針編みアーティスト、オレク。「編むことは私の言葉なの」と話す彼女は、その言葉によって”手芸”と軽視されがちな編み物の地位をアートにまで引き上げるべく活動しています。彼女の編み物はときに全身ニットの集団となり、ときにシニカルなメッセージで男性優位のアート界に牙を剥く。あるおばあちゃんは4人の全身ニット集団が町を練り歩く様に「一体どうなるの? あれがアート?」と驚愕するように、彼女の編み物アートは、誰も見たことがない物を生み出して街行く人たちの目を釘付けにし、新たな接点を生み出していきます。
3番目は、白い糸を舞台セットのメインとするスウェーデンのサーカス集団”サーカス・シルクール”。糸は複雑にもつれあったり、きちんと編み込まれればさまざまな模様を作ったりする。そこに人生のメタファーを感じ取った彼らは、自らのパフォーマンスの素材として白い糸とロープを選びました。ロープの上を歩く、ありえない体勢で寝そべるなど、肉体と素材の関係性を築く鍛錬の結晶である珠玉のパフォーマンス。そこに彼らは「自分との戦い」を封じ込め、見る者に「人生の意味」を語りかけます。
4人目は、日本人テキスタイル・アーティスト、堀内紀子。編み物を用いたアート作品を作っていた彼女はあるとき壁にぶつかり、自らの心の空洞に気づきます。それは「人とつながっていない」ことによるものでした。そこから「人とつながること」を追求し始め、カラフルなネットでできた巨大なハンモック遊具の制作にたどり着きます。子供達が遊ぶことで、ゆれ、うねる遊具は、1人で遊んでいたとしても他者の存在を感じさせる、人とつながらずにはいられない遊具なのです。彼女がこの遊具の先に見ているものとは何なのでしょうか?
人とつながるということ。そのために戦う女性たちの姿。
見ているだけで柔らかく、暖かい心地のする色とりどりの編み物たち。アーティストたちによって生み出されるセーターやマフラーだけでない編み物の魅力と、糸に乗せられ編み込まれる強いメッセージに心を震わされます。知らないうちに、当たり前のように私たちのそばにある糸という素材。身近なものの知らない姿から、人とつながることの重要さを問い直すことができるドキュメンタリーとなっています。
そしてもう一つ感じるのは、女性の力強さ。この映画は戦う女性たちを描いた作品でもあるのです。これだけ広い地球上で、どこでも同じようにずっと女性の仕事であった編み物という手しごと。その編み物を通して女性の生を表現していく彼女たちの姿には、芯の通ったかっこよさがあります。
糸=YARNによってつながる物語、つながる人々。つながったそれらはやがて編み合わされ、多種多様な美しい模様を描き出します。編み物の楽しさと素晴らしさを映し出す映画『YARN 人生を彩る糸』、12月2日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムをはじめとした全国の映画館で順次公開!
関西では1月13日(土)よりシネ・リーブル梅田にて公開されるほか、公開日は未定ですが京都シネマでも上映予定です。ぜひご覧ください!
公式HP | |
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劇場 | 12月2日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
シネ・リーブル梅田(1月13日〜)、元町映画館、京都シネマでも公開予定
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監督 | ウナ・ローレンツェン |
脚本 | クリスチャン・アロラ |
ナレーション | バーバラ・キングソルヴァー「始まるところ」 |
撮影 | イガ・ミクラー |
編集 | ソールン・ハフスタズ |
音楽 | オルン・エルドゥヤルン |
製作 | ヘザー・ミラード/ソルズル・ヨンソン |
日本版字幕 | 大西公子 |
後援 | アイスランド大使館 |
提供・配給 | ミッドシップ + kinologue |
WRITER
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1997年生まれの大学生ライター。
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