2013年に活動を開始した家主は、3人のソングライターとボーカリストを含む4人組バンド。メンバーの1人である田中ヤコブは、2018年のソロアルバム『お湯の中のナイフ』でも注目を集めた。そんな彼らが2019年12月にリリースした1stアルバムがこの『生活の礎』だ。
“家主”というバンド名を最初に目にした時に感じたのは、シニカルさや脱力感のようなもの。なんらかの文脈を汲むわけでもなく、特別な情景を喚起させることもない絶妙な単語のチョイスだ。アルバムタイトルになっている“生活の礎”という言葉も、コロナウイルスの影響によって生活が一変した2020年の今でこそシリアスにも響くが、このアルバムが発売された2019年には、こんな非日常を誰も予想だにしなかったはずだ。そんなバンド名とアルバムタイトルが、日常の象徴ともいえる食卓を切り取ったアルバムジャケットとも相まって、どこか飄々とした雰囲気を醸し出している。
ところが、実際に曲を聴いてみると、意外なまっすぐさにグッと心を掴まれた。一聴して即テンションが上がるキャッチーなメロディ。アレンジが重層化する昨今のインディーロックの潮流から、まるで軽やかに「一抜けた!」と宣言するかのような、シンプルに聴かせるバンドサウンド。ゆるい前のめりのドライブ感を生み出す言葉のリズムも心地よい。3人のボーカルにはそれぞれ異なる持ち味があり、それらが重なるコーラスワークも鮮やかだ。すがすがしいほど直球の“いい曲”たちに私は夢中になり、外出自粛中でなまった体も気づけば踊り出していた。
しかし聴けば聴くほど、「まっすぐ」という最初の印象はかたちを変えていく。とらえどころのないバンド名と直球な“いい曲“の間に感じたギャップが徐々に埋まっていく。ただただ好きな音を鳴らすその瞬間の裏側にある、日々のやるせなさの堆積。それらを背負いつつもシニカルな視点で曲に昇華し、あっけらかんと歌うある種のしたたかさ。そんな一筋縄ではいかない「ねじれた」部分に徐々にピントが合ってくる。
例えばM2“家主のテーマ”にはこんな歌詞がある。「家主の曲はいつでも君の味方なのにさ / どうしてこう伝わらないの?」。バンドのテーマソングという体をとっているにもかかわらず、リスナーへのいらだちを歌うのだ。かと思えば曲の最後には「忘れられたハーモニー / 一緒に歌えるかい?」とちょっと切ない共犯関係を持ちかけてくるのだから、本当にずるい。私は味方だよ!と思わずにはいられなくなってしまう。
相反するような言葉の組み合わせの思わぬ作用にドキッとさせられるような歌詞も多い。M4“夜”では、「頼もしい明日よ きっといい日になる」と澄んだコーラスで日常を言祝いだかと思えば、「そしてその先にさよならが」と唐突にそんな日々の終わりが暗示される。体を揺さぶっていた疾走感あふれる演奏も急に切なく感じられ、なんともいえない寂しさが襲ってくる。憂鬱なドラムのイントロで始まるM5”おはよう”では、「君が生まれて死ぬまでの間 / 僕が生まれて死ぬまでの間 / 二度とは交わらない平行線が続くよ / おはよう」と、一緒に今日一日を始めようという朝のひとときにさえ、わかりあえなさへの諦念が顔を出す。さわやかなギターのサウンドと張りのある歌声でドライブの情景を描くM11“オープンカー”にも、「僕たちの金なんだ どう使っても構わないだろう / 霧が晴れていく 一面の海」と開き直りのようないびつな感情が滲むのだ。
世の中のままならなさに葛藤しつつも、ゆるくサバイブしていく術を身につけた彼らが、衒いも狙いもぶっとばして鳴らす“いい曲”。だからこそ、“ただのいい曲”ではない奥深さがあるのだろう。
聴き終わった後、改めてこのアルバムが『生活の礎』と名付けられていることを思う。同じく2019年にリリースされた1st EP『YANUSHI EP』に収録された、同タイトルの”生活の礎”という曲から感じられる「美しい物語なんかなくても、今いるここで自分のやり方で生き抜くんだ」という決意は、このアルバムにもさりげなく、しかし確かにちりばめられている。そしてあたりまえの生活が様変わりした今、その決意はさらに力強く響く。不要不急という言葉の無慈悲さに押しつぶされそうになっても、音楽を鳴らし続けること、聴き続けることは私たちの生活に深く根付くまぎれもない“礎”なのだ。
家主『生活の礎』
定価:2,420円(税込)
フォーマット:CD
HOLIDAY!RECORDS購入リンク:HOLIDAY!RECORDS(SOLD OUT)
収録曲
1. Independence Day
2. 家主のテーマ
3. カメラ
4. 夜
5. おはよう
6. ぜんまいじかけ
7. 茗荷谷
8. p.u.n.k
9. マイグラント
10. お湯の中にナイフ
11. オープンカー
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ライターや編集を中心にいろいろやっているフリーランス。大阪市在住。蚕とクミンが好き。京大総合人間学部卒の人間性フェチ。
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